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Sample Snitchingって? サンプリングミュージックの「元ネタ特定」をする前に考えてみたいこと

英語圏のヒップホップ/サンプリングミュージックの世界では、“Sample Snitching”という言葉があります。「Snitch」とは「告げ口する」という意味。ヒップホップ/サンプリングミュージックのサンプル(元ネタ)をネット上で特定することが、特定した本人も意図せずして権利侵害の「告げ口」になっていることを問題視するものです。

実際に正式な権利処理の手続きをしていなかったのだから、その書き込みが「告げ口」と非難されるのはおかしいだろう!(正しいことをしているのに!)というご意見もあるかもしれません。しかしこの問題が難しいのは(そして、テクノロジーによる音楽の権利処理の効率化を目指すSoundmainがこの話題をわざわざ扱うのは)、その「告げ口」が「意図せずに」なされているものだからなのです。

どういうことでしょうか。現在、ヒップホップ/サンプリングミュージックの「元ネタ」が数多く書き込まれているCGM(コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア。不特定多数のユーザーの書き込みによって集合知的に情報が蓄積されていくタイプのメディア/コミュニティサイト)のひとつとして、「WhoSampled」があります。2008年にローンチしたこのサービスは、元ネタとなっている(かもしれない)楽曲を検索窓に打ち込むと、その楽曲がサンプリングされている楽曲がずらりと並んで表示されるというものです(YouTubeへのリンクも埋め込まれ、実際にサンプルソースが使われている楽曲を聴くこともできます)。

ヒップホップ/サンプルミュージックの作り手たちが危惧しているのは、WhoSampledのようなサイトがまさしくCGM=集合知的なメディアである点です。つまり、そこに集う人たちは純粋な(ある種の学術的な?)好奇心によって、「元ネタ」のデータベースを充実させようとする。日本でいえばアニメキャラの持っている小物や場所が現実にないか探し当てる「特定班」が旺盛に活動しているのと同じメカニズムで、ただただ「元ネタを探す」という行為が「楽しい」からやっているわけです。しかし、それで権利処理が実際にされていないということが「意図せずに」明らかとなり、侵害が訴えられたりしたら、ヒップホップ/サンプルミュージックの担い手からしたら、「たまったもんじゃない」ということになる。

「だったら最初からサンプリングなんて手法を使わないで、ゼロからトラックを作ればいいのに。何を言ってるんだ?」と、思われる方もいるかもしれません(実は、筆者もこの仕事にかかわるまでそれに近い考えでした)。しかし、サンプリングとは人類の叡智、テクノロジーによって可能になった(なってしまった?)、新たな種類の「変形の芸術」であるという見方もできるのです。韓国ヒップホップ/R&Bを中心としたウェブマガジンBLOOMINT MUSICより、ブラックミュージック専門サイトRHYTHMERの翻訳記事が心に残ったので、少々長いですが引用します。

サンプリングについて論じる際、常に一番最初に、そして重要事項として記載されるのがPublic Enemy(パブリック・エナミー)の作品である。サンプリングの究極の美学がそっくりそのまま盛り込まれている彼らの多くの曲は、サンプル・クリアランスの義務というものをどこまで適用するべきなのか深い考察を要求する。

Mark Katz(マーク・カッツ)の著書『音をつかむ』の中でサンプリングの美学を説明する代表例として挙げられたパブリック・エナミーの曲には、平均で5曲以上のサンプルが使用されており、なんと10曲以上使用されている場合も多い。グループのリーダー、Chuck D(チャックD)を含む5人組の制作チーム、The Bomb Squad(ボム・スクワッド)は非常に多くのサンプルを緻密かつ精巧に組み合わせて、強力なグルーヴのビートを作り出した。重要なのは、クレジットを見てもどの曲がどのように使われたのか気づくことができないという事実である。マーク・カッツは著書の中で『Fight The Power』を例に挙げ、4秒間のうちに少なくとも10以上の異なるサンプルが1秒以下で使用されていると述べている。極端に短く切り取ったボーカル、パーカッション、楽器パートのソースが繋がって短いループを形成するということだけでも驚くが、さらにその上に別のループを重ねて完成させたという事実には舌を巻く。このような驚くべきサンプリング手法は『Fight The Power』だけでなく、そのほかの複数の曲でも聴くことができる。これは録音技術や機器の進歩のおかげで可能になった一種の見せ掛けではなく、音をコラージュで構成した革新的な芸術作法であることを端的に証明するものと言えるだろう。

このように、サンプリングとは、技術的な側面や倫理的な側面だけでは裁くことのできない変形の芸術として価値があるのだ。そういった意味では「適当に他人の曲の一部を取ってきてドラムを乗せればいいもの」といった無理解を露呈する国内の他のジャンルのミュージシャン、関係者、評論家が多いのは残念なことだ。

録音物をあくまで「素材」として扱い、サンプリング/リミックスして新しい音楽を作ることがある種の知的興奮を呼び起こすということは、たとえば著作権フリーのサウンド素材をいくつか落としてきて、適当なDTMソフト(あなたがMacユーザーなら備え付けのGarageband)を起動してちょっとコピー&ペーストして音源を作成・再生してみれば、直感的にわかってしまうことなのではないかと思います。

ヒップホップ/サンプリングミュージックを著作権の権利処理に「頭を悩ませずに」「自由に」行いたい人たち=テクノロジーによる革新を推し進めたい(とまでは思っていなくても、「結果的に」そちらの陣営に与している)人たちは、申告をしないまま元ネタがわからないくらいに切り刻んで使用したり、あるいは商用ではないという名目でとりあえずリリース可能な「ミックステープ」としてリリースするという「抜け道」を探そうとするわけです(ミックステープ:実際にテープでリリースされるのではなく通称で、SoundCloudやAudiomackといったプラットフォームで配信されてきた)。

ここで、2019年にウェブメディアFNMNLに掲載された(元)ラッパー・Logicの発言を引いた記事を見てみましょう。

「ちょっと言わせてくれ、サンプルクリアランスなんかクソ食らえ。サンプルの利用許諾なんかクソ食らえ。プロデューサー達から金をむしり取ってる奴らクソ食らえ。あとそれを言わない会社もクソ食らえ。これがヒップホップだ。もう繰り返すのに疲れたよ。金はマジでクソだ。これがミックステープが素晴らしい理由だよ」と彼は現在のヒップホップシーンにおけるビジネス構造に対して怒りを露わにしている。

このツイートに続いて彼は、現在のサンプルの利用許諾のプロセスの問題点についての主張を投稿。今のシーンは曲の作成者にコンタクトを取るのが非常に難しく、そのせいで若いアーティスト、特にプロデューサーがしばしば居場所を失っていると彼は主張している。

正式にサンプリングの許可を取ろうとすればとにかくお金がかかる。「正式な」ヒップホップ/サンプリングミュージックは金持ちしかできないということになってしまう。それはおかしいではないか、テクノロジーは皆に平等に与えられた道具だろう、と。

どうやらややこしい対立構造が見えてきました。同じく「テクノロジー」を背景にしているとは言っても、ネットワークテクノロジー=集合知を背景に顕在化した「元ネタ探し」陣営と、機材やDAWの発達を背景として、既存の音楽を「素材」として扱う自由を享受したい「サンプリング/トラックメイキング」陣営の思想は異なります。ポイントは両者の「意図」の有無にあります。後者には自分たちのやっていることは「芸術表現」であるという、作り手としての「意図」がちゃんと存在しています。一方で前者は「集合知」という言葉が示すように、その営みは個人の「意図」に還元できないものですから、新しいものを創り出そうとするクリエイターへのリスペクトが欠けている、という風にも見なせるわけです。

なお、CGMの個々の投稿者を見ていけばヒップホップ/サンプリングミュージックの作り手に対してリスペクトをしているがゆえに元ネタを明かそうとしている人もいます。「こんなマイナーな曲のフレーズを探してきて、こんな新しい曲にできちゃうこの人、すごくない?」のような、むしろ善意によって投稿する人々です(以下のRedditでの議論では、このような立場に立つ人も多く見られます)。

彼らのような人々を責めるということは、ヒップホップ/サンプルミュージックの作り手たちも難しいはずです。そこでレジェンドプロデューサー・DJプレミアなどは「(権利処理がたとえされていたとしても)頑なに自作曲のサンプル元を明かさない」リリースの仕方を徹底するようになりました。ブログ「SampledThis」の記事はDJプレミアのインタビュー動画での発言を引きながら次のように述べています。

…DJ Premier, he understands why people may feel the need to admire and dissect artists work, but there are still many old artists who either don’t want or don’t respect hip hop as a genre and would rather not have their work featured on that type of music.

彼(DJプレミア)は人々がアーティストの作品を賞賛したり解剖したりする必要性を感じる理由を理解しているが、ヒップホップをジャンルとして尊重していない、あるいは尊重していない古いアーティストはまだたくさんいるし、自分の作品がそうしたタイプの音楽にフィーチャーされるのはむしろ嫌だと思っている。(和訳:Soundmain編集部)

ここまで、サンプリング元の著作者の「意図」(著作者人格権、自分の作った著作物を意図していない形に変形、変奏されない権利)の問題は、あえてスルーした上で話を進めてきました。もちろん解決すべき問題はたくさんありますが、少しずつ法律的な議論もなされるようになってきたところですし(Soundmain Blogでは弁護士と音楽クリエイターの対談という形でこのトピックを取り上げています)、サンプルパックストアを活用することで「技術」「芸術の形式」としての「サンプリング」を著作権の問題に悩まされずに追求することも可能になっています(Soundmain BlogではTOMOKO IDAさんのインタビュー中でこの考え方を紹介しています)。これらは「芸術家」と「芸術家」との間で生じる問題であり、だからこそ「芸術表現」にかかわるルール=法律であるところの著作権についての議論を進めることが、長くとも着実な解決の道筋として開けています。

一方でSample Snitchingというキーワードは、「芸術家」と「消費者」……ではない、「投稿する」という形で、単なる消費ではない、情報をある種「生産」している立場でもある「プロシューマー」(「プロデューサー(生産者)」と「コンシューマー(消費者)」を掛け合わせた新語)の対立だからこそ起きている、新たな問題を浮かび上がらせるものだと言えるでしょう。「プロシューマー」はネットワークテクノロジーと、その上に乗るCGMという新しい形態のサービスが生み出した新たな「主体」のあり方であり、その権利を正確に扱う法律は存在していない。だからこそ上記の問題とはまた違った難しさがあるのです。

私見を述べておくならば、差し当たって必要なのは「情報の生産」と「芸術表現」はまったく違う、という当たり前だけれど見逃しがちな事実を、いま一度強く意識することに他ならないでしょう。その試行錯誤にかけるエネルギーも、費す時間も、投稿=情報の生産は芸術を生み出すことよりも価値が劣る……とまでは言いませんが、とにかく「違う」ものである。

クリエイターが「告げ口」されたと感じるとき、彼ら彼女らはCGMという巨大な「全体」を頭に思い浮かべているはずです。投稿者であるあなた/私は、そこでは匿名な存在として見なされています。そのまま黙っていれば、問題とは無関係でいられるかもしれません(法廷闘争に発展する場合、被告となるのはサイトの運営者でしょう)。ですが、Soundmainとしては投稿者の皆さんに、実際に自分でも曲を作ってみることをおすすめしたい! アーティストの大変さや、そこにかける想いが前よりもわかるようになるかもしれません。曲を作るということは、実際にリリースしなくても、クリエイターの気持ちを想像する上ですべての音楽好きに役立つものです。ぜひSoundmainが正式ローンチした暁には、使ってみてくださいね!

編集・執筆:Soundmain編集部

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