
田中秀和インタビュー(後編) アニソン界きっての人気クリエイターが考える「プロ」と「アマチュア」の違いとは
「Silent Star」(TVアニメ『ウマ娘 プリティダービー』劇中歌)、「灼熱スイッチ」(TVアニメ『灼熱の卓球娘』OPテーマ)、「Share the light」(TVアニメ『アサシンズプライド』OPテーマ)……2010年代以降のアニソンシーンを彩る数々の“神曲”を生み出してきた、アニソンリスナーの間で最も「作家買い」されるクリエイター・田中秀和さん。作家デビュー以来、長らく所属してきた音楽クリエイター集団・MONACAから独立するという今年8月の発表(田中さんご本人のツイート)は、多くのアニソンファンに衝撃を与えました。
そんな新たなクリエイター人生の一歩を踏み出した田中さんに、今回インタビューが実現。計10,000字超の貴重なお話を、前後編でお届けします。
後編となる本記事では、田中さんご自身が語る自作の記名性、DAW中心の制作環境における「作曲」と「編曲」の境界、「実はプロっぽくない」というクリエイターとしてのスタンスなど、興味深いお話が盛りだくさん。DTMを始めたばかりの人に向けたメッセージもいただきました。前編とともに必見の内容です!
インタビュー前編はこちら。
「田中秀和」の記名性はどこにある?
ネット上にも、すごく熱心に田中さんの楽曲のここがすごい! とおっしゃる方はたくさんいます。ご自身では自分の作られる楽曲の個性を、客観的に見てどういうところにあると思いますか。
やっぱり、僕は和声(コード)の進行なんじゃないかと思っていて。かなり昔、プロになるずっと前から和声の進行というものにすごく興味があるんです。自分の音楽を作るときにもそういうところにすごく執着するので、語ってくださる方も皆さんそういった部分を取り上げてくださいますね。自分がこういう風に和声が進行したときに、美しいと感じるという、そこに個性みたいなものを感じてくださっているなら、ある種ブランディングとしても成功しているんじゃないかなと思います。

和声ということについて少しお聞きしたいんですけど、最近はヒップホップの隆盛もあって、トラックメイカー的な作り方の存在感が大きくなっていますよね。音をサンプルとして取り込んで、切り貼りしていくような作り方……Soundmainも、そういう作り方をサポートするサービスという側面があるわけですけど。そんな中で、和声というものの立ち位置はどうなっていくのか。田中さんが考える現代の音楽の流れみたいなものと、それに対してご自身がどういう意識を持っているのかお聞きしたいです。
そうですね……結論から言うと、むしろ今は和声が来てると思っていて。
ほう。
確かにヒップホップ的なものは今本当に世間を席巻していて、おっしゃる通り、そういったものと和声的なものって文脈としてはちょっと異なっていて。ただそういったものを織り交ぜるクリエイターって、ここ何年かでどんどん出てきていますよね。
例えば日本に限って言っても、日本の今の売れているアーティストさんって、ものすごく和声的には複雑なことをしていて。たとえば星野源さんの楽曲なんかは、やっぱり僕もすごい好きな和声の進行、雰囲気をまとっているんですけど、でも、音の質感的にはきちんと今っぽさもあって、古くからの音楽へのリスペクトも感じられて。あとはOfficial髭男dismさんとか、King Gnuさんとか。アカデミックなものも感じさせつつ、でも、音的にはものすごくかっこよくて、折衷してるんですよね。そういったものがきちんと日本で売れているという状況は、ある時期では考えられないことで、本当にすごい。
で、そういった音楽を聴いた若い方々がやっぱりもっともっと違ったアプローチの楽曲を作り出していくと思うんですけども、そのアプローチって絶対にトラックメイク的な作り方も和声的な部分も兼ね備えたものになっていくと思う。
だから、今、そしてこれから、ヒップホップ的なものが世の中を全部覆い尽くしていったとしても、それは和声を排除するものではないんじゃないかなと僕は思っています。
なるほど。ではそういう音楽の地図みたいなものがもしあるとしたら、田中さんはご自身の作る楽曲をどういうところに位置づけられると思いますか。
そうですね……まず大前提としてやっぱり僕は、第一に職業作曲家だと自分のことを思っていて。なので、今挙げたアーティストの方々とは全然違うフィールドにいると思ってるんですね。もちろん、今は例えばアーティストの方々が何かの作品に対して楽曲を提供したりとか、逆にその職業作曲家がアーティスト的に表に出て、自分のソロアルバムを作ったりとかっていうことは全然あると思うんですけれども。基本的な立ち位置は違っていると僕は思っていますね。
やはり違いとしては、まずクライアントの依頼があって、それで作り始めるか否かというのが大きいのでしょうか。
そうですね。依頼があった上でそれに対して応えることのできるストライクゾーンというか、音楽的な幅の広さは、職業作曲家的な能力の条件という風には言えると思います。逆にアーティストさんは、そのアーティストさんのブランドの範囲内、ものすごく特定のストライクゾーンに対しては間違いなく特大ホームランを打ち続けることができる。そういった違いは、作るものにも表れているんじゃないかなと。
なので現時点で自分が作ってきたものをどう位置づけるかというのは、やっぱり難しいですね。クライアントさんに発注された仕事ではなくという形で音楽を作る経験を、それこそここ10年以上していないので。今後ソロワークスみたいなものは作りたいなと思ってるんですけどね。
でもそうですね、たとえば先ほど言った星野源さんがご自身のラジオで、僕が作らせていただいた『灼熱の卓球娘』というアニメのOPテーマの「灼熱スイッチ」という楽曲だったり、Wake Up, Girls! に提供した『恋愛暴君』というアニメの主題歌になった「恋?で愛?で暴君です!」という楽曲だったりを流してくださったことがあって。「自分がいいと思った音楽しか自分のラジオでは流さないので」という枕詞つきで流してくださったので、音楽的な好みの部分で、どこかで通じているものがあるんだとしたら、僕としては嬉しいなと思っています。
あと、the band apart(バンアパ)が昔からすごく好きで。ある時、バンアパのベーシストの原昌和さんが本当に脈絡なく、僕が作った「感情線loop」という楽曲をどこかで耳にしてくださったみたいで、その曲名をTwitterでつぶやかれたことがあって。それをきっかけにバンアパさんと交流ができたり、後に一緒にお仕事をさせていただいたりもしたんですけど、そういうことも何か、どこかで通じてるものがあったということだとしたらすごく嬉しいですし、ある種腑に落ちるところもあるというか。僕にとってはめちゃくちゃ奇跡なんだけど、ある種必然的なものもあったんだとしたら、すごく素敵な話だなという風に思います。
「作曲」と「編曲」の境界
昔はバンドもやられていて、バンアパさんなどバンド音楽からの影響もあるというお話でしたが、作曲のアイデアを膨らませる際に、楽器を使うことはありますか。
そうですね、主に鍵盤を使って弾いたりするんですけども、たまにギターも弾いたりして、口ずさみながら作ったりはしますね。
例えば歌ものでクライアントさんからこういう楽曲にしたいです、というオーダーを受けて、まず頭の中で、どういう楽曲が今回ふさわしいのかなというのを組み立てるというか、アイデアをいろいろ出してみる。ある程度頭の中で鳴らせる状態にするというか。そのときに口ずさんだり弾いたり、あるいは全然関係ないときに頭の片隅にその楽曲のことが頭にあって、アイデア的にちょっと思い浮かんだフレーズをiPhoneに録音してみる、とかは割とあって。それでMacに向かってDAWを開いて、ある程度形がなんとなくぼんやり見えてきたものを打ち込んでいって、そこからのフィードバックでまた作り上げていく、ということが一番多いかもしれないです。

作曲の段階で、サウンドの質感についてどのくらいまで詰めているのかも気になります。昔だったらエンジニアさんに一任していたようなサウンドのデザイン的な工程も、現在のDAW環境だと作曲の工程と切り離せないものになってきていますよね。
そうですね。特に昨今のトラックメイキング的な音楽の作り方だと、いわゆるエンジニアさんが最後にやる、ミックスだったり、もっと言うとマスタリングだったり、そういった部分とアレンジ作業の部分が、かなり切り離せなくなってきていて。例えばパンは絶対こうだ、とか。あるいはいわゆるEQだったりコンプだったり、そういったエフェクトをかけた音がそのまま用いられる……つまり「かけ録った」(エフェクトをかけた上で録音した)状態で、さらにエンジニアさんにお渡しするということが普通になっていて。エンジニアリング的な部分もアレンジだったりトラックメイク的な段階で意識するというのは、ものすごくあります。
ちなみに職業作曲家の仕事の中でも、劇伴ってそのあたりがもっと密接にくっついているんですよ。音の質感を作るのがいわゆるイコール作曲みたいなところもあるので、例えばメロディがなくても、音の質感だけを作り上げるのが「作曲」になる場合があります。
先ほどいただいた名刺に「作曲・編曲・プロデュース」と書いてあるんですが、ご自身の一番のアイデンティティとしてはどこになると思いますか。
難しいですね(笑)。元々は作曲が一番得意だと思っているんですけれども。さっき言ったサウンドのデザインみたいな部分ではなくて、メロディや和声を作ったり、楽曲の構成の仕方の部分ですね。
でも、割と最近編曲だけのお仕事をいただけるケースも増えて、それはそれで好きだなと。たとえメロディが他の人が作ったものだったとしても、編曲の部分だけでも自分が美しいと思う音楽を実現させていくことができると思えるようになってきたし、自分とメロディを作られた方のクリエイティブをかけ合わせるということも、すごく面白く感じていて。自分のアイデンティティはどっちにあるんだろうなというのは、今模索中な感じかもしれないですね。
場合によりけりだとは思うんですけど、この楽曲を編曲してください、と言われたときに具体的にどういった領域まで踏み込むものなんでしょうか。
楽器の編成とかは、ほぼ編曲の段階で自分が作り上げていくものだと思いますね。あとは、オブリガートというメインのメロディではない部分のメロディ……他の楽器が奏でていく、メインのメロディを縫うようなメロディを作るのも、やっぱり編曲家の仕事ですね。
一般に、作曲の段階でメロディと和声がすでにあるケースがほとんどなんです。で、自分が編曲をする場合は、その和声の部分を変えることも割とあります。その部分で「らしさ」みたいなものが乗ってくるんじゃないかなと思うんですけれども……そこに踏み込むときはかなり慎重になるようにしていて。自分自身が和声に執着が強いからこそ、それが他の誰かによって組み替えられる暴力性みたいなものも、よく想像できるので。なのでそこはうまい具合に、ここは絶対に残そう、あるいは、ここはもしかしたらこういうアプローチだと良いのでは? と、提案する感じを心がけています。作曲した方をあっと言わせられたら、以前よりもっと良くなったねと思ってもらえたら僕としても感無量だし、大胆なことをしつつも、かなり気を遣っている部分ですね。
作編曲・作曲・編曲とクレジットされている中で、それぞれ田中さんらしさが出ていると思われる楽曲を教えていただけますでしょうか。
・作編曲:「さんさーら!」(ARuFaさん)
コード進行とメロディーが密接に結びついている楽曲で、アレンジやサウンドのテクスチャーもこれまで自分が培ってきた手法がふんだんに盛り込まれているので、「らしさ」が強く出ているかと思います。
・作曲のみ:「罰と罰」(鹿乃さん)
佐高陵平さんの編曲によって元々のデモからかなり大きく楽曲の印象が変わった楽曲でしたが、大胆にサウンドが変わってもなお残る根幹の部分に、逆説的に作曲家としての自分の作家性(のようなもの)を感じさせられた楽曲でした。
・編曲のみ:「ファーストキッスは竜人くん♡」(ねもぺろ from でんぱ組.incさん)
清竜人さんのデモがとてもシンプルでありながら既に楽曲としての強度が極めて高いものでした。アンサンブル感や要所要所のリハーモナイズに「らしさ」を感じられるのではないかと思います。
メインで使用されている機材やプラグインなどについても、可能な範囲で教えていただけますでしょうか。
・メインで使用しているDAW:Logic Pro、Pro Tools
・ご自身のシグネチャー・サウンドを作り出すのに重宝しているソフト、機材、プラグイン:Sonic Academy「Kick2」、Loopmasters「Bass Master」、Xfer Records「Serum」、Cable Guys「Shaper Box2」、IK multimedia製品、Fabfilter製品など
・どんなオーダーにも対応できる、ユーティリティプレイヤーとして活躍してくれるソフト、機材、プラグイン:Native Instruments製品、Spectrasonics製品、Audio Modeling製品など
・ギター、鍵盤などアナログ機材:Native Instruments A49、Studio Logic Numa Compact2、Leap Motion、Gibson Les Paul Special TV Yellow、K.Yairi Irish Bouzoukiなど
です。

「プロ」であること/「アマチュア」の強み
作った楽曲を、ネット上のいろいろなプラットフォームを介してすぐに世界中に発信することができる。そういう状況の一般化も踏まえつつ、改めてプロとアマの違いってどういったところにあると思いますか。
ありきたりな答えになってしまうかもしれないんですけど、やっぱりプロはまず何か発注があって、それに対して、一定以上のクオリティできちんと応えられる、ということがありますよね。それに対価が発生して、お仕事になっている=プロなんだと。
つまり「応える能力」の有無が、作曲家としてのプロとアマのかなり明確な違いなんじゃないかなと思います。あとはその応えるということを継続していけるかどうか。1回まぐれでオーダーに応えられただけでは、プロとは全然呼べないと思っていて。つまり、継続してある一定以上のクオリティのものを提供し続けられるということが、プロとアマチュアの違いなんじゃないかなと思っているんですけれども。
でも実はそれって、ある種プロの弱点みたいなところにもつながっているなと思っていて。

というのは?
逆に言うと、そういうことをしなくていいのがアマチュアということだと思うんですよ。つまり、プロは常に一定のクオリティの高さを求められる一方、アマチュアの作る音楽はクオリティの低いものもあるけれど、ものすごく高いものも生まれ得る。出来上がる音楽の多様さという意味においては、アマチュアのほうが全然可能性に開かれていると思うんです。
なるほど。最終的な作品のクオリティだけを考えるのであれば、自分がどういうスタンスで音楽と付き合うべきか、見極めることも必要そうですね。実際に対価はもらわない=職業としてのプロではないにしても、プロのような意識で作るほうが良いものを作れる人もいるでしょうし、その逆もいるだろうし。
そういう意味で言うと、実は僕の音楽ってあまりプロっぽくないと思っていて。どんなオーダーにも応えられているかといったら、僕自身は、100%は全然応えられていないと思っているんですよね。
やっぱり元々のヒーローである神前暁さんなんかは、どんなオーダーに対してもすごいクオリティで返されますから。ずっと背中を追い続けたいなって思うし、僕もそうありたいんですけれども、一方でそうはなれない現状でも、横並びで、神前さん含めいろんなクリエイターの方々と戦っていかないといけない。そこで自分は作る音楽にある種の記名性を持たせることだったりとか、器用さで勝てないなら、逆に不器用なほうの記名性に何か価値を感じてもらうという方向性で、少しずつ、これまで頑張ってきたんです。
なので僕としては、先ほども言ったプロであることの弱点、裏を返せばアマチュアの長所である音楽的な多様性という点を、うまく自分の武器として今後も取り入れていくことができたらいいなという風に思っていますね。オーダーにきちんと応える、スキルや柔軟性や音楽的な素養ももちろん磨いていきつつ、何かそこだけではない、自分がこれまで培ってきたものも大事にしたいなと思っています。
意外なようでいて、ファンとしてはすごく腑に落ちるお話でもあったように思います。そして、これからどんどん曲を作ろうという人に置き換えたら、最初から決めないほうがいいということですよね。自分がクリエイターとしてどういうタイプかとか、何に向いているかとか。
誰かに憧れることは全然あっていいと思うんですよ。僕自身もそうだし、その人の真似をするのも大事だと思うんですね。でもそうしていく中で、自分の至らなさを痛感するタイミングというのは必ずある。そういう繰り返しの中で、そこに挑戦していくこともちろん大事なんだけれども、自分の強みみたいなものに目を向ける作業というのは、すごく大事なんじゃないかなと思いますね。

DTMをやっているとどうしてもひとりで煮詰まりがちというか、良いところに目を向ける、ということがなかなか難しいこともあると思うんです。
そういう方々向けのメッセージになるかわからないですが、もしDTMをやっているけれども、まだ自分の作った曲を誰にも聞かせたことないという人がいたとしたら、まず誰かに聞かせるというのはとても大事なことだと思います。その一歩って結構、僕も勇気が要るほうだったんですけども、そこを生み出したことによって得られたものって、ものすごくたくさんあるので。客観的な聞いた人のリアクションを得られるというのはやっぱり大きくて、そこに喜びもあるかもしれないし、がっかりするようなこともあるかもしれないんですけど、そういうのを全部含めて、ものすごく大きな経験になると思うので。なんなら完成していなくても、1回聞いてみてもらうというのはすごくいいことなんじゃないかなと思います。
ありがとうございます。それでは最後に告知や、今後の作曲家・田中秀和の展望がございましたら、ぜひお願いします!
まだ公表出来ないものばかりなのですが、独立後にお声掛けいただいたみなさんと楽曲をたくさん作っておりますので、ぜひご期待ください。 新しいことにもチャレンジしていきたいです。今後とも応援していただけますと幸いです。
取材・文:関取大(Soundmain編集部)
田中秀和 プロフィール
1987年生まれ。大阪府出身。
神戸大学発達科学部人間表現学科卒業。
2010年よりアニメ・ゲーム作品をはじめとした様々なプロジェクトにて楽曲制作を担当。
近年ではCMやアーティストへの楽曲提供も積極的に行なっている。
趣味は散歩。好きなものは絨毯と温泉。