
『Logic Proで曲づくり!』著者・谷口尚久さんインタビュー ボカロから劇伴まで、「10の作例」で学ぶ作曲の奥深さ
9月22日、ビー・エヌ・エヌより『Logic Proで曲づくり! つくりながら覚えるDTMのレッスン』が刊行された。タイトル通り、Logic Pro上で展開できる豊富なプロジェクトファイルとともに作曲のプロセスを体感できる、ビギナー向けの作曲指南本だ。
著者の谷口尚久さんは、CHEMISTRY、SMAP、中島美嘉などのJ-POPアーティストから、TrySailなどの声優アーティスト、「すとぷり」などネットカルチャー周辺のアーティストまで、幅広いジャンルで楽曲提供をされているクリエイター。「ボカロ切ない系4つ打ち」「2000年代J-POP王道バラード」「壮大な劇伴」といった10の具体的な作例をもとにした本書の構成は、大学卒業後、一般企業に10年間勤めながらプロ作曲家に転身したという経歴を持つ、いわば「独学のプロ」である谷口さんだからこそ生まれたものだという。
誰でも曲を作ったらすぐにネットに上げられる時代だからこそ、様々な種類の音楽にDAW上で触れることで、音楽がもっと楽しくなると語る谷口さん。今回の本のサブテキストとしてはもちろん、DAWでの曲づくりに少し行き詰まりを覚え始めた人にもヒントになるだろう言葉をたくさんいただいた。ぜひ最後までご一読いただければ幸いだ。
ボカロ前提の時代
はじめに、今回の本を書かれた経緯を教えてください。
最初は出版社から提案があって。自分はずっと独学でやってきた人間で、昔だったら「本を書くなんて、そんな偉そうなことはできない!」と思っていたと思うんですけど、10年ほど前から美大で講師をやるようになったんです。その中で「教える」という形で誰かに喜んでもらえるんだという実感も生まれてきていたし、いい機会だし書いてみるかと。
ただ、今は誰でもすぐインターネットで発信できちゃうこともあり、作曲をしたいイコール、プロを目指すって感じでもないですよね。一方で、それで食べていこうとかは思ってないけど、やっぱりもっと音楽がうまくなりたいという、ある意味より純粋な音楽への衝動がある。そういう今の若い世代の人たちが何に困ってるかな、こういう本があったらいいんじゃないかなと想像しながら書きました。
今回、ボカロやJ-POPからBGM、劇伴まで、いわゆる裏方的な種類の音楽も含む10の作例が並んでいるんですけど、どういった理由でこういった形になったのでしょうか。
自分も仕事を始めて、音楽に関わる仕事ってこんなにいろいろあるんだというのを知ったんですね。その前はやっぱり音楽を仕事にするって、アーティストになることだと思っていたんです。だから自分でユニットを組んで、オーディションを受けたりしていました。
一方、今の若い人たちを見ているとボカロという形で、いきなり歌ものを作って発表することができる。まずそのニーズに答えるために、最初の2つの作例(「ボカロ切ない系4つ打ち」「ボカロ和風ハイテンション」)を入れました。次にもうちょっと広げてEDM、J-POP、BGM、劇伴……という風に、段階を踏んで「いや、こういう音楽も実はあるんだよ」となるように10本並べたという感じですね。
10個の並びは、この本のページの順番通りに読んでいくということが想定されているのでしょうか。
そういう風に読んでいくのはおすすめです。というのも、ニーズが多いであろうジャンルから、どんどんマニアックな方向へ進んでいくことを想定しているので。レッスンの最初の方は手厚くサポートする形になっていて、その分ページ数も多く作っていますし、後ろに行くほど端折っていることは多いです。
ボカロって面白いですよね。本来はあくまでツールの名前で、その中にもちろんR&Bっぽいことをやっている人もいれば、ロックをやっている人もいるはずなんだけど、「こういうのがボカロっぽい」という共通了解もなんとなくあって。谷口さんは、何がボカロ曲の特徴だと思いますか?
まずはテンションの高さでしょうね。音の詰め込み方。びっくりしたのは、別にBPMは遅くないのに、歌詞も含めた世界観が優しいトーンだと、もう「バラード」と言うみたいなことがあって。従来のバラードの定義は、そんなに万人に通用するものじゃないんだなと感じたりもします。
最近の若手のボカロPは、生身のボーカリストとのコラボを積極的に行っている印象があって。ボカロに歌わせるのと人に歌ってもらうのを、以前よりフラットに捉えているような印象があるんですよね。
僕の中でもそこに区別はないですね。メロディーのキーは考えますけれども。ボカロというソフトウェアのすごいところは、やっぱり声的な要素が入ると、歌になるというか、単なるインストじゃなくなるというところで。
自分で歌うようなタイプじゃなかった人が、歌ものから音楽に入っていくことができるようになった。
昔だと、僕は音楽をやりたいんだ、しかも歌ものが好きなんだ、でも歌えない、という壁があったんだけど、そういう人も作曲に入っていくことができる。
昔のバンド結成秘話とかだと、「こいつのすごい歌声に出会ったから、こいつのために俺は曲を書こうと決めたんだ」みたいな話がよくあったと思うんですけど、その順序が逆になっているみたいなところがありますよね。
ボカロで曲を作っておけばマッチングアプリじゃないですけど、それを聞いたボーカリストの人から連絡が来たりとかありますからね。
Logic Proの理由
今回の本はタイトル通りLogic Proで作ることを前提にした作曲指南本なんですけれども、これは谷口さんご自身が普段お使いになられているということが第一にあるとは思うんですが、どうしてこういう切り口になったのかお聞かせいただけるでしょうか?
出版社の方とブレストする中で、「今みんなどのDAWを使っているんだろう?」って話になって。それで改めて考えてみると、自分の周りでLogicを使う人が増えていたんですよ。以前は音が悪いから使わないって言う人が多くて、僕もそう思っていたんですけど、最近は(音が良いとされる)Pro Toolsとも遜色ないくらいに、すごく音が良くなった。あとは機能がすごく充実しているのにびっくりするくらい安くて、2万円台で手に入るというのも、最初に手に取るDAWとしてはいいだろうなと。
なるほど。他にLogicならではの特徴や魅力はあるんでしょうか。
Apple純正だから、安定はしていますよね。当初よりも動作も速くなっているし。あとは自動保存の機能があって、以前別のDAWを使っていたときは作業中にコマンドでセーブする癖をつけていたんですけど、その必要がなくなりました。Macのタイムマシン機能もあるから遡りやすくて。
あとはピッチ補正ソフトのMelodyneにARA(Audio Random Access:DAWとプラグインの間でより自由度の高いデータのやり取りを可能にする)という機能があるんですけども、LogicだとMelodyneに1回読み込ませる時間が要らないんですよね。そういう本当に些細なところでも、効率がどんどん良くなっている。しかもそれがどんどんアップデートされていく。最新のMac OSにももちろん対応しています。
最近は中高生で、iPhoneにプリセットで入っているGarageBandから作曲し始める人も多いと思います。GarageBandからだと、Logicには入りやすいのでしょうか?
見た目はやっぱり似ていますよね。コマンドも似ているし。違いとしては、GarageBandではMIDIの書き出しができないんです。そうすると、人と共同作業ができない。ひとりでやっているときはGarageBandでも満足できると思いますが、誰かと曲のデータを交換したり、共同作業を始めようとなったら、Logicを買ったほうがいいですよというのが僕の意見です。

当然MIDIで書き出せば相手が、別のDAWを使っていてもやり取りできるわけですよね。
そうですね。ちなみにこの本を書くにあたっては、使う音源やエフェクターも含めて、Logicの中だけで作るという一種の枷を自分に課しました。普段はサードパーティー製のソフトシンセやオーディオエフェクトも使っているから、自分がプロとして作っている、市場に出回っている音とは違うんです。
でも、いきなり凝りまくったものを見せると、初心者の人は何がなんだかわからなくなってしまいますからね。最初にLogicを買ったけど何をすればわからないという人が、この本に付属の音源をダウンロードして、とりあえず中を開けてみたらわかる形にしています。トラック自体の数も、かけるエフェクトの数も少なくして。



それをLogic上で実際に組み合わせてみることで、曲が出来上がるまでのプロセスがわかるようになっている。
そうですね。いったん形になっているものを自分で好き放題いじるというのは、一番勉強になると思うんですよ。付属の音源はあくまで素材で、それに自分で弾いたメロディーを乗せたり、自分が思う歌詞に書き換えてみたり、そういうことをやってまず楽しんでみてもらえると一番嬉しいです。あくまで取っかかりのための道具として、これが完成形というよりも、遊んで二次創作してもらいたい。それをYouTubeにアップしてもらえるのを楽しみにしています。
ここは太字にしておきますね(笑)。ちなみに、完全なビギナーにとってDAWのファーストチョイスはやっぱり迷うところだと思うんですけど、こういうタイプの人にはLogicがおすすめ、というのはありますか。
DAWというのは画材みたいなもので、つるつるの画用紙か、ざらざらの画用紙か、水彩なのか油彩なのか、その程度の差しかないんですよ。例えば「Ableton Liveはダンスミュージック向きだ」とか、一般的に言いますよね。でも実はそうでもない、何でもできますよ。逆にLogicでダンスミュージックを作っている人だっていくらでもいる。ただ、Macを持っているんだったら、Logicはさっき言った通り安定性もあるので、おすすめできると思います。