2021.09.03

カニエ・ウェストが発表「Donda Stem Player」は何をデザインしようとしているのか?

度重なる延期の果てに2021年8月29日リリースされたニューアルバム『Donda』が、リリース初日にSpotifyで1億回を再生、AppleMusicで6000万人のリスナー(アメリカのみ)を獲得したカニエ・ウェスト。
そんなカニエが、新作のタイトルを冠した新しいガジェット「Donda Stem Player」を発表しました。

Donda Stem Playerは「任意の曲をカスタマイズ」できるという新しい音楽ガジェット。イギリスのスタートアップ企業「Kano」とカニエの共同開発となっています。
正式なリリース日は「今夏発送とのみ」公式サイトには記載されており未定ですが、今なら200ドルで予約注文できます(注文が可能なのは米国と英国のみ)。

楽曲を複数のステム(ドラム・ベース・ボーカルなど、役割ごとにまとめられたオーディオデータのこと)に分離する機能を備えたこのガジェットには、アルバム『Donda』がプリインストールされます。

以下、カニエ・ウェストのホームページ(https://www.kanyewest.com/)より。

機能
ボーカル、ドラム、ベース、サンプルのコントロール
パーツの分離
エフェクトの追加
4チャンネル・ロスレスオーディオミキシング
リアルタイムのループとスピードコントロール
触感のあるエフェクト
ミックスの保存・再生・共有
カラーカスタマイズ
コンテンツとソフトウェアのアップデート

スペック
Blutooth
柔らかい触り心地
触覚フィードバック
4つのタッチセンサーライトスライダー
97dbスピーカー
3.5MMジャック
USB-C電源およびデータ
帯電防止コーティング
8GBストレージ

サポート形式
.aiff .aif .flac .m4a .mp3 .wav .wave .aac .alac .mp4

イギリスのコンサルティング会社・MIDiAのレポート(執筆者:Kriss Thakrar)では、こうしたステム・プレイヤーがもたらす体験を「流動的なオーディオ体験」と名付け、そのインパクトを以下のように説明しています。

「Audionamix、Audioshake、AudioSourceREなどの企業は、ミックスされた録音物を各パーツに分離する技術を進歩させてきました。そして今、この技術は、流動的なオーディオ体験を通じて消費者に提供されています。レベルの調整やステムのリミックスは、ソーシャルメディアで育った世代にはおなじみの、指先のスワイプだけで行うことができます」

「カニエのStem Playerは、ゲーム内でのコンサートやTikTokを通じて、音楽がインタラクティブなものであることを学んでいる世代をターゲットにしています。Z世代にとって音楽とは、参加と表現であり、流動的なオーディオ体験によって、ユーザーはこれまで以上に簡単に自分自身を表現することができます」

「消費と創造は、誰もが簡単に参加できる共同体験になります。これを可能にするアーティストは、ファンダムを構築し、収益化するのに最適な立場にあります」

「テクノロジーは、消費者の音楽との関係の境界を、本来の意図を超えて押し広げています。流動的なオーディオ体験の出現は、音楽がもはや固定されていないことを意味し、音楽のフォーマットに大きな変化をもたらしています。消費者は今や、最初に作った人と同じ選択肢を持つことができるのです。音楽との関係が異なる新世代のリスナーによって、音楽の創造と消費が再構築される臨界点がもたらされようとしています」

Fluid audio is here, and music is about to meet its next mp3 moment

通常、既存の音源データを分割しようとしても技術的に難しいですし、仮に音源分離技術のようなテクノロジーが浸透しても、それを商業リリースしようとなったら、権利問題の解決にはまた別の難しさが伴います。
カニエは自分が権利を持つオリジナル楽曲を搭載したガジェットを販売することで、上記のような価値観を一気に浸透させようとしていると言えます(それはもちろん慈善活動ではなく、カニエを中心としたコミュニティが育つことにもなり、彼にもメリットがあります)。

また、「柔らかい触り心地(SOFT SKIN)」「触覚フィードバック(HAPTICS)」がスペックとして謳われているのも注目すべきでしょう。
MIDiAのレポートで「音楽との関係が異なる新世代のリスナー」とされるZ世代は、スマートフォンネイティブで、情報といえば「触る」ことが当たり前になっている世代。
画面の中だけでなく外、デジタル世界とリアルな身体性とのインターフェイスまでデザインしようとしているところに、カニエの思想性が表れていると言ってもいいかもしれません。

新しい人と音楽の関係や、それが生み出すコミュニティの力、デジタルとリアルをつなぐ考え方まで。
数度にわたるド派手なリリースパーティーや、リリースされたアルバムの再生回数が注目されがちな『Donda』ですが、広い射程で音楽の未来をデザインしようとしていると考えれば、また音楽史上における見方が変わってくるかもしれません。

【参考サイト】
https://www.kanyewest.com/
https://midiaresearch.com/blog/fluid-audio-is-here-and-music-is-about-to-meet-its-next-mp3-moment
https://www.hypebot.com/hypebot/2021/08/kanye-wests-new-200-donda-stem-player-will-let-you-customize-any-song-video.html
https://www.digitalmusicnews.com/2021/09/01/kanye-west-donda-spotify-apple-music/

ソニーの音源分離技術についての取材記事

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