2021.04.09

ハンス・ジマー、ブライアン・イーノ、コーネリアス……なぜミュージシャンは電子機器のサウンドを手がけるのか

『ライオン・キング』でアカデミー作曲賞を受賞し、最新作『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』『トップガン マーヴェリック』の公開も控える映画音楽の巨匠、ハンス・ジマーが、中国のスマートフォンメーカー・OPPOの最新機種の着信音とシステムサウンドの制作を手がけました。

OPPOが制作したプロモーションビデオで、彼は次のように述べています。「パンデミックのために、世界からは「(物理的な)接触」の観念が消えてしまいました。(そういう時代において)心と心をつなげる方法を見つけるにはどうしたら良いか、音楽家としての義務のようなものを感じました。音楽を作るには音符をつなぐしかありません。しかしその音符が音楽家につながり、音楽家が聴衆につながることで、今までにないコミュニケーションの形が生まれるのです。最近の携帯電話は、まさにそれを実現しています。」

名のある作曲家が電子機器のサウンドを手がけた例として真っ先に思い浮かぶのは、なんと言ってもブライアン・イーノによるWindows 95の起動音でしょう。イーノは「環境音楽」とも訳される「アンビエント・ミュージック」というコンセプトの生みの親でもあります。今にして思えば、このOSを皮切りにより生活に溶け込んでいくことになったパーソナル・コンピュータと人間の実生活の接点を演出するサウンド・デザイナーとして、これ以上ない人選だったと言えます。また後続のOS、Windows Vistaの起動音は、イーノとも交流のあるキング・クリムゾンのロバート・フリップが手がけたことも知られています。

日本の事例では、auのスマートフォン「INFOBAR A02」のサウンドデザインをコーネリアスこと小山田圭吾が手がけました。下記のオフィシャル動画に使われているBGMは、同機種に収録されている効果音を編集して作られたものだといいます。

またロックバンド・スーパーカーのメンバーとしてデビューし、現在は電子音楽を中心にソロで活動する中村弘二(ナカコー)も、富士通「ARROWS」のサウンドデザインを手がけました。プロジェクトへの参加経緯について言及した動画が公開されています。

商業的なフォーマットに乗っていない、「エンターテインメント」ではない形で一般市民との接点を持つことができるこうした仕事は、ミュージシャンにとっての刺激にもなるようです。

また、メーカーにとっても単なるブランディングということを超えて、「生活をデザインする」という観点から音の要素は重要視されています。

家電メーカーのバルミューダが発売した電子レンジは、ツマミを回した時の音や「チン!」という音の代わりに、プロのミュージシャンによるアコースティックギターやドラムの生演奏をサンプリングした音を採用しました。なんともウキウキしてきませんか?

人間は情報認識の8割以上を視覚に頼っていると言われます。一方で、記憶に残りやすいのは聴覚や嗅覚、触覚といった別の感覚からの情報であると言われています。
「鍋に火をかけたまま別の作業を始めて、気づいたら吹きこぼれていた!」といった経験は、「弱火」「強火」といった視覚に偏った情報のみを頼りに次の行動に移ってしまうがゆえに起こる現象と言えます。聴覚からの情報は人間の無意識に働きかけ、行動の方向づけをサポートしてくれるものと言えそうです。

サカナクションの山口一郎さんは、2016年のWIREDの記事(AOKI takamasaとの対談)の中で、バンドのミュージックビデオ作品がチームとしてのクリエイティブではなく自身の名前に還元されて評価されてしまうことへの違和感を枕に、「裏方」と呼ばれる役割とミュージシャンとのフラット化、ひいては、ミュージシャンが「裏方」とされてきたようなサウンドデザインの仕事にも幅を広げていけるのではないかとの見解を示しています。

もちろんそれは無名ではダメで、芸能の世界で活躍することがセットなんですけど、今後は音楽家としての商品価値が、これまでとは違ったビジネスに発展できる道筋を提示していきたい。例えば、スピーカーを開発してみたり、電気自動車や家電のサウンドとか、身の回りにあるものの「音」を更新してみたいんです。

音楽って、何もないところに雰囲気をつくるひとつの「空間」を生み出すものだから、音楽家が空間デザインに入ることもできると思う。そうした柔軟な発想力をもった人たちがクルーになって、新しい何かをつくり出せるシステムができるといいなと思いますね。

(中略)

可能性はいくらでもあるはずなんですが、マネジメントやレーベルというシステムがそれを制約している。その制限を一気に解除できれば、もっと新しいタイプの音楽家が生まれてくるはずなんです。ぼくはそういうきっかけをつくる役割で、さらに若い音楽家のなかから新たに才能ある人が出てくるのが理想。そうすれば、ぼくらは「未来の音楽」というシステムに嫉妬できるんじゃないかなって。

「未来の音楽システム」に嫉妬したい──サカナクション山口一郎×AOKI takamasaインタヴュー | WIRED.jp

同じ「音」を扱うという仕事でも、その一般市民との接点の持ち方は多岐にわたり、そしてそれらの「越境」を制限するものは、業界慣習やビジネス上の制約だったりする。
「音」が生活に与えうる好影響の幅を狭めているものは何なのか。継続して考えていきたい課題です。

編集・執筆:Soundmain編集部