トラックメイカーTOMOKO IDAさん
2020.12.15

TOMOKO IDAが語る、合法かつクリエイティブなサンプリングのために今できること

楽器が弾けなくても音楽を作ることのできるサンプリング・ミュージックは、既存の音源を自身の楽曲に取り込み制作できるようにした楽器「サンプラー」の登場によって実現した、まさにテクノロジーが生んだ革新的な音楽です。

今回のSoundmain Blogは、「どうすれば公式にサンプリングできる?~意外と知らない、法律からみたサンプリングの権利処理方法とは」にご登場いただいたトラックメイカーTOMOKO IDAさんに、最新のサンプリング事情をお聞きすると共に、公式なサンプリングが難しい中でいかにクリエイティブにサンプリングを取り入れることができるかなどをお聞きしました。

最新のサンプリング事例から、素材サイトの可能性まで幅広くお話しいただいたインタビュー、是非お楽しみください!

「サンプリングと著作権」記事の反響

前回サンプリングの権利処理方法についての記事にご参加いただきましたが、周りのクリエイターの方々から反応などありましたか?

とってもありました! 基本的に音楽関係者の友達が多いのですが、「仕事でわからない事あって、あの記事読み直して勉強しちゃったよ」とか「あの記事のファンです」とか、クリエーターの方からは「この場合はどうなるの?」とか質問されるようになったり、海外の方からは「Googleで翻訳して全部読んだよ」など、凄くいっぱい反応をいただきました。

今回はTOMOKOさんのキャリアについても少しお話させていただきつつ、引き続きサンプリングの話ができたらと思います。まず音楽に興味を持ってから、トラックメイクを始めるまで、そしてサンプリングという手法との出会いを教えていただけますか。

小学生の時からピアノとダンスを習っていて、音楽教師の母親もいたので、音楽は身近にありました。高校卒業くらいでDJを始めて、実家にあった6トラック重ねられるシンセサイザーYamaha DJXでトラックを作ってみたのがきっかけだと思います。

ヒップホップが大好きだったので、見様見真似、耳コピをしてみたりして、トラック作りを始めました。サンプリングはDAWを使うようになってからですね。レコードやCDの素材集から抜いて。

持っていたMPC2000は友達に安く売ってもらったのですが、MPC2000の出す音の質感だけが欲しくて、音素材をそれぞれMPC2000に通して自分用の素材フォルダを作り、それをDAWで使うという意味のわからない使い方を当時はしていました(笑)。

ビートメイカーとしての経験値を上げるため、アメリカに渡られた時期もあったんですよね。

2008~2009年頃にニューヨークに住んでいました。いろんなアーティストとのネットワーク作りが目的で。もちろん、たくさんビートを作ってレコーディングもして。その時の記事は以前別のインタビューでまとめていただきましたが、さらに濃厚なニューヨーク生活を詳しく話す機会があれば是非またお願いします(笑)。

ビートメイカー・TOMOKO IDA、AWAでプレイリストを公開。「NYでの経験が自分を本当に強くした」(ABEMA TIMES)

あの頃は素人としてがむしゃらに頑張っていましたが、ここ数年よく通っていたロサンゼルスや韓国、またスウェーデンやフィンランドは、プロとして現地の作家とのコライト目的で行っていたので、どちらかというとここ数年の海外での経験の方がサンプリングの話に役立つことが多いと思います(笑)。

海外でホットなのは「お金」と「訴訟」

今回、インタビューさせていただくにあたり、事前にサンプリングについてSNSでフォロワーの皆さんに色々と聞いてくださったんですよね。

はい。私のSNSのフォロワーはビートメイカー、作り手側が多めだと思うんですけど、先日サンプリングについての良し悪しについてインスタグラムのストーリーズで質問してみたら、たくさんの人達が反応してくれました。

日本・海外共通の意見としては、サンプリング元を調べるだけで古い曲を知ることができるとか、古い楽曲を新しい世代に伝えることができるとか、打ち込みでは表現できないことがサンプリングではできる良さがあるとか、という感じでした。

面白かったのは、知人でもあるヒップホップ・レジェンド、D.I.T.CのメンバーでプロデューサーのBuckwildからいきなり「ヒップホップのカルチャーを知ってたらわかるだろ? サンプリングはヒップホップの必要な要素なんだ」って返事が来たことですね。ただ、今はヒップホップだけでなく、あらゆるジャンルでサンプリング音楽が存在するので、さらに興味を持つ方が増えていると思います。

ちなみに、海外勢はプロ、アマ関係なく、圧倒的にお金=サンプリングクリアランス費のことを気にしている印象でした。

海外では訴訟問題とかお金にまつわる話題が多いですしね。

ガンガン訴訟が起こっていて、そういうニュースもたくさん目にするからこそ身近に感じているのかもしれないですね。ちゃんとクリアランスしなきゃいけないという意識がある。インディペンデントのアーティストにとってはクリアランス費や弁護士の費用は高いですし、クリアランス費ってレーベルから必ず予算確保してもらえるものではない。結局正式にリリースするまでに至らず、SNSで発表するだけで終わるという話も多かったです。

トラックメイカーTOMOKO IDAさん

1991年にあったBiz Markie「Alone Again」の訴訟事件までは、サンプリングに関する目立った訴訟は少なかったみたいですね。それ以降サンプリングされた権利者にも使用料が入るようになったと知って、「結構最近の話じゃん」って。

サンプリングと著作権 ─裁判例1─ ~アメリカにおけるミュージック・サンプリング事件とは? | よくわかる音楽著作権ビジネス【Web担特別掲載版】(Web担当者Forum)

1991年であればヒップホップは普通にカルチャーとして存在している時期だし、ということは、その前はもうみんな好き放題楽しく遊んでいたんだなって思います。公式に許諾を取ってサンプリングした曲を作ろうとしたら、今ではお金を持っている人でないと作るのが難しいのかなと。何をサンプリングするかにもよりますが、日本でクリアランス費が確保できて、公式にサンプリングできた曲はそもそもメジャーレベルからのリリース以外は想像しづらいかもしれません。

サンプリングをして音楽を作りたい場合に、許諾ハードルの高い順に考えた時、一番ハードルが高いのが原盤を使うサンプリングで、その次が弾き直しと言われているカバーサンプリング。カバーでも申請は必要だし、それでもダメだったとしたら、もう著作権フリーの素材を使って、タイプビートを作ったほうがいいですよね。それが無理ならやめるしかない(笑)。

サンプリングするための手段とそのハードル

やっぱりみんな原盤を使いたいけど使えないから、その次の手段としてカバーサンプリングがあるというのが広まるのもいいかもしれないですね。サンプルリプレイ(サンプリング用に原盤をオリジナルのように作り直すこと)みたいに、カバーか原盤かわからない精度のものもあるわけですし。

サンプリング音楽の面白さは「ディグり」にあり

TOMOKOさんは、サンプリング音楽の魅力はどういうところにあると思いますか。

やっぱり打ち込みでは出せないものが出せるというのが一番ですね。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとかの弦楽器や管楽器の、録音した時の空気感や息づかい全てが音源の中に入っているわけじゃないですか。そういう要素が何重にも重なっているものを綺麗に仕上げてくれている感じは、自分ではできないところですし。

ビートメイカーやプロデューサーは「ディガーでナンボ」みたいな部分があると思っていて。音素材の追求や、サンプリングのネタを探すこともそうだし、ドラム素材、プラグイン、さらに言えばリリックも、そのジャンルの背景など、関わること全てにおいてディグることに面白さや喜びを感じる人でないとプロデューサーって厳しいと思っています。新人プロデューサーが生意気言ってすみません(笑)。でも大事なことだと思います。

ディグる力を身につける、耳を鍛える秘訣はありますか?

例えばヒップホップであれば、最新の曲でも既発曲をサンプリングしている曲がたくさんあって、そのサンプルネタを検索して遡る。そうすると、「このネタは他の曲にもサンプリングされてるんだ」とつながっていく。曲によって調理のされ方も全然違っているので、聴き比べてみたりとか。同じサンプル素材でもリバースにする人もいるだろうし、キーを1オクターブ下げて使う人もいるだろうし、そこでの創造性はその人次第ですね。

2020年サンプリングして作られた楽曲まとめ(WhoSampled)

同じサンプル使いで別曲の違いがわかる比較動画

今は合法な定額制の素材用ストアもありますし、そこをディグするだけでもすごく面白いんですよ。ディグ力が上がると、別に名曲をサンプリングしなくても良いものが作れるじゃんっていう素材にも出会えると思っていて。名曲をレコ屋で掘ったのと同じで、今はパソコンの前に何百万という素材があって、選べるわけですから。

素材ストアでサンプルソースを探すことでディグる力を鍛えることはできるわけですね。

できますね、しかもそれはめちゃめちゃ楽しいことで。例えば素材ストアで良い音を見つける→聞いたことない名前が載っている→その名前をググってみる→Spotifyで曲聴いたらカッコ良かった→あ、この人のプロデュースもしてるんだ……みたいに永遠に掘れます。

フリー素材とかでも面白い音とか「誰が作ったんだろ!?」っていう凄いクオリティーのものがありますし。辿ってクリック、辿ってクリック。指でディグれる良い時代になりました(笑)。

Spliceに素材をアップしている主なレーベル(素材屋)一覧の一部
Spliceに素材をアップしている主なレーベル(素材屋)一覧の一部

素材を探す時間と制作の時間はどういう風に配分していますか?

私は基本的にサンプリング素材、特にドラム素材探しから作り始めるので、作っているうちの多分7~8割ぐらいがディグってる時間だと思います。音との出会いが一番大事で、いい素材が見つかれば作るのは本当に一瞬なんです。

ちなみにアーティストに楽曲を提供する作品の場合は、制作ポイントをPDFにまとめて送ったりします。Spliceにアメリカの有名なトラップ・プロデューサー達の素材があったので、ハイハットは誰々、スナップは誰、クラップは誰々ってオタクな感じで資料にまとめて送って。そうしたらすごく喜ばれました(笑)。

正直ハットとかオープンハットなんて誰のを使っても、わからないじゃないですか。でもそれこそ2017年のナンバーワン、2018年のナンバーワンの人の血も通わせられるだろうと思って、全部そういうレジェンドクラスのプロデューサー達の素材で構築したんですよ。Spliceみたいなサービスを上手く使えば、そういう「スーパーコライトバンド」みたいなこともできる。

Spliceのプロデューサーシリーズ
Spliceのプロデューサーシリーズ

そんな制作スタイルなので、環境としてはノートパソコン一台とオーディオインターフェイス、キーボードはもちろん必須だけど、あとはもう本当にすべてなくしたいんです。スピーカーすら使っていなくて、ヘッドホン(Focalのリッスンプレミアムモバイル)を使ってます。これに慣れておくとホテルで仕事する時も家と同じ制作環境で作れるし、海外で制作する機会が多かった自分には合ってるなというのもあり。耳に悪いかもしれないのでお勧めはしませんが(笑)

DAWはCubaseで、オーディオ素材をサンプリングする時はCubaseデフォルトのサンプラーを使ったり、素材をいろんなリズムに変えてくれる「MRhythmizer」、キーを変えて試す事もできる「Arcade」などのPluginもよく使っています。

TOMOKOさん作業画面
TOMOKOさん作業画面

サンプリング素材「まんま使い」でもOK?

最近の曲で、サンプリングの観点から面白かった曲はありますか?

最近ではヒット曲でも、先ほどハードルが一番低いと言った著作権フリー素材のサンプルをそのまま使うっていう流れがありますね。

DaBaby – Find My Way (Prime Loopsのギター素材を2小節まんま使い!)
XXXTENTACION – whoa (mind in awe) (CAPSUN ProAudioのPluck素材を4小節まんま使い!)
Logic – YSIV (CAPSUN ProAudioのPiano素材を4小節まんま使い!)
NGHTMRE – Wrist feat. Tory Lanez (TOMOKOさん激好み素材、Soul Surplusのループ素材をまんま使い!)

何故そのまま使うことが増えていると思われますか?

料理と似ていて、美味しい高級食材だったら塩だけで食べられる、もしくは何もしなくても食べられる、みたいなイメージというか。いい素材はそのまま使ったほうがいいものができる、ということなのかなと。

それに既発の曲をサンプリングする場合はある程度そのまま使っている方が原曲の作者・著作者に対してのリスペクトが表れるようにも思うんですよね。チョップするのももちろんアリなんですけど。めちゃめちゃにミンチにされても……みたいな(笑)。

サンプリングシーンについての展望をお聞かせください。

今はサンプリングをするときにまず許諾費のお金が大前提にくる、というのが不思議で面白いですよね。特にヒップホップにおいてはお金がない文化から生まれたのが、サンプリングするにはお金のことを考えないといけない。

でも逆に考えると、自分がサンプリングされる側になるためにSpliceやTracklibを使って良い素材を利用して完全なオリジナルを作っておいて、これを次の世代にサンプリングされるという流れにすれば回っていくと思うんです。今の時代を作るために今の時代のサンプル素材を使う方が、クリエイターとして前に進める感はありますよね。

先ほど海外のヒット曲で素材をそのまま使っている例を紹介しましたけど、それは単純にその方がカッコいいと思っているというのもあるんです。クリエイターの中には、そのまま使うのはダサいと思って原曲わからないくらい刻むとか、そういう意識の人もいると思いますが、私はどちらかというと海外のビートメイカーによく見られる「まんま使い」も感性に反することなく作っている点でクリエイティブだと思いますし、潔くてカッコいいなと。自分の感性に嘘をつかなければ、本当に自分の満足いくものが作れる気がします。

「何かに似てるかな?」とかも気にしないでどんどん作っていくのがいいと思いますね。例えばトラップを作ったとして、最初は他のトラップ曲に似てるように聴こえちゃうかもしれないけど、たくさん曲が出きた結果、自分の味や手癖がわかるようになると思います。

同じカレーのルーを買ってきて、AさんとBさんに作らせたら違う味になるじゃないですか。それと同じで、ちゃんと自分なりに作れば、他のビートメイカーと同じ素材を使ってても、絶対どこかで自分のオリジナル性は出ると思っています。

トラックメイカーTOMOKO IDAさん

取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)

TOMOKO IDA プロフィール

東京都出身。日韓のトップアーティストを手掛ける女性プロデューサー。また、国内ドーム・アリーナツアーなどの大規模プロジェクトでインストゥルメンタル・ダンストラックを多数手がけるビート職人としても活躍中。
プロデュース、トラック提供アーティスト:SixTONES, SUNMI, EXILE, EXILE THE SECOND, THE RAMPAGE, GENERATIONS, CRAZYBOY, SWAY, MARIA, ちゃんみな, ASOBOiSM etc..

オフィシャルホームページ
http://www.tomokoida.com/