2020.10.06

「ミュージシャンになりすぎてはいけない」――『ヒロアカ』『ハイキュー!!』の劇伴作家・林ゆうきに訊く仕事の極意(インタビュー前編)

『僕のヒーローアカデミア』、『ハイキュー!!』、『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』、『プリキュア』シリーズ(2017〜2019年)、『ガンダムビルドファイターズ』といったアニメ作品、『ストロベリーナイト』、『リーガル・ハイ』、連続テレビ小説『あさが来た』、『あなたの番です』といったテレビドラマなど、多数の劇伴音楽を手掛ける林ゆうきさん。

作家として多忙を極める中、Twitterやnoteなどの個人メディア、Spotify for Artistsなどミュージシャン向けの分析ツールも駆使して積極的にファンに向けた情報発信をされているほか、最近ではTuneCoreを使い、自主原盤の作品の配信にも取り組まれています。

「Spotifyのフォロワーの97%が海外のファン」など驚くべきデータを教えていただいた今回のインタビュー。日本で活動しながら海外にアピールしていくためのヒントも満載の内容となりました。

前編では劇伴作家になるまでのいきさつや、劇伴作家という存在は他の音楽家と何が違うのか、「ミュージシャンになりすぎてはいけない」など仕事の極意を教えていただきました。

新体操選手から音楽家の道へ

まずは作曲家として活動を始めるまでのご経歴から伺えますか。

今年で10年ほど劇伴作家として活動しているんですが、音楽を始めたのは大学生の終わりぐらいなんです。それまでは男子新体操というマニアックなスポーツをやっていたんですけど、フィギュアスケートのように伴奏音楽を使うスポーツなので、そこでサウンドトラックのような音楽に興味を持ち始めたんですね。

でも、当然いきなり音楽を仕事にできるとも思えなかった。そこで自分が持っているものって何かなと考えたときに、新体操の知識とコネクションがあったので、新体操の伴奏音楽を作ることから始めたんです。競技のルールが理解できていないと伴奏曲って作れないんですよ。

そうして伴奏曲を作りながらお金を貯めて、機材を買ったり勉強したりして音楽の知識を高めつつ、5~6年かけて劇伴の世界に入りました。テレビドラマから始まって、今はアニメや映画、ゲームなどの音楽をやらせていただいています。

なかなか異色のキャリアだと思うのですが、最初から劇伴作家になることを明確な目標に伴奏曲を作り始めたのでしょうか。

徐々に気づいていった感じです。作曲を始めてからも、最初は自分が好きな音楽ジャンルは何かずっと説明できなくて。今だとシネマティック・チルアウトという言い方もあると思いますけど……仕方なく「ダンスミュージックみたいなビートがありつつ、その上でストリングスやピアノが鳴っているような曲が好きです」なんて言っていて。

そうしたら選手が「この曲で踊りたいです」持ってくる曲が、その時々で流行っている映画の――『もののけ姫』が流行った時は久石譲さんの、『踊る大捜査線』が流行った時は松本晃彦さんの――音楽だということに気づいたんです。それを通じて、「あ、自分が好きな音楽はサウンドトラックというものなんだな」と。

その中でも特に気になった作家さんはいらっしゃいましたか?

当時人気があったのは松本晃彦さん、自分の師匠であるHideo Kobayashiさん、そして僕が新体操の音楽を離れる少し前ぐらいから人気になったのが澤野弘之さんの作品でした。その中でも「この人の音楽が、今自分が作りたい音楽に一番近いな」と思って、澤野さんのHPにデモを送ったのが今の事務所に入るきっかけだったんです。

ちなみに、事務所に入って自分が最初に担当させてもらったドラマ『トライアングル』は澤野さんと僕とで共作で作らせてもらって、その後1作ほど一緒に作らせてもらってから1人で作り始めた、という流れです。

学生時代、伴奏曲・劇伴音楽以外にはどのような音楽を聴かれていたのでしょうか。

母親がビートルズが好きで、それを車の中で流していたのを後部座席でなんとなく聴いていましたけど、それぐらいでしたね。やはり新体操を始めたということがきっかけとしては一番大きいです。

伴奏曲って、新体操用にアレンジされるので、壮大なシンフォニック・アレンジの曲でも、原曲を探して聴いてみたら全然違うオカリナのヒーリングの曲だったりするんです(笑)。そこから「アレンジって凄い」と思って、音楽を意識的に聴くようになりましたね。

作曲を始めた当初、勉強したことで特に自分のためになったことは何でしょうか?

最初は耳コピというか、原曲に近いような音を作る作業を物凄くしました。当時の新体操では、ボーカルが入った曲は使えなかったので、イントロまでは良い感じでもAメロから歌が入ってきたりすると、新体操の先生に「この曲の声抜きバージョンを作ってください」とかよく言われたんです。原曲は凄く予算をかけて生のオーケストラを使って作っているのに、それを打ち込みで再現してねという(笑)。「なんでボーカルだけ簡単に取れないの?」とよく言われましたよ。

原曲の音質や雰囲気をキープするだけでも大変そうです。

そうですね。なので例えば、イントロのループが曲を通じて流れている曲だったら、そのループだけ抜き取って全体に貼り付けて、その上に似たような音色を作ったりして構成したり、打ち込みのように聴こえないリアルなサンプルを探して使ったりといった工夫をしました。

あと「このコード進行はなぜカッコいいんだろう?」と思った曲があったらそのコード進行をメモしておいて、それを元に「好きなコード進行表」みたいなものを作ったりしていましたね。「Aメロはこの進行、Bメロはこの進行、サビはこれ、大サビはこれ」みたいな感じで。そうやって組み合わせていくと、新しい流れが見つかったりするんですよね。

クラブ・ミュージックのエディットを作るようなアプローチが多かったということでしょうか。

そうですね。師匠でありクラブ・ミュージックのプロデューサーのHideo Kobayashiさんが2コードだけでカッコいい曲を作っていて、そういうアプローチの楽曲が好きだったというのもあります。

[House Music] Rockstar feat. Tomomi Ukumori – Hideo Kobayashi

Kobayashiさんは僕が作曲を始める10年ぐらい前に新体操の伴奏音楽をたくさん作っていた方で、当時日本の男子新体操のトップが使っていた伴奏曲のほとんどが彼の手によるものだったんですよ。ちなみに先ほど触れたオカリナをアレンジした曲もKobayashiさんによるものです(笑)。

へえ!

Kobayashiさんのことはずっと知っていたんですけど、なにせ神様のような存在だったので、作曲を始めてからもなかなか連絡は出来ていなくて。そうしたら知り合いの先生が紹介してくださって……お会いしたときに自分の作品をMDでお渡ししたら「手伝ってみる?」とお誘いいただいて。その後Kobayashiさんはサンフランシスコに移り住んだんですが、自分も旅行がてらついて行って見学させてもらったり。大切なことを色々と教えていただきました。

劇伴制作において一番重要なのはディレクション力

新体操の伴奏曲を作っていた経験は、現在の仕事をする上でも生きていますか?

凄く役立っていますね。もともと僕は音楽を作る側ではなく使う側の人間だったので、ディレクターさんやプロデューサーさんがどういう考えでリクエストしているのかをイメージしやすい環境で育ったと言えると思います。音楽的にも成立させつつ、かつイメージにも合ったカッコ良さが出るような曲を提案できるのは自分の強みだなと。

実際のレコーディング現場では、ミュージシャンの選定からディレクションまでご自身でされますか?

そうですね。劇伴制作において、一番重要なのがディレクションだと思っているくらいです。その作品がどんな作品でどういう音が必要なのかという情報を、ミュージシャンの方々は事前に持っていない。作った側としては、「M32(曲についた番号)はあまり上手く弾いてほしくない、なぜなら主人公が上手くいかなくて、もがいている時の曲だから」といった情報があるので、それを説明して「少しヘタウマに弾いてください」と伝えたりする必要があります。ミュージシャンの方々に作品の世界観を「通訳」するお仕事、という言い方もできると思います。

劇伴作家林ゆうきさん

劇伴制作をしていく上で、作品にかかわらず意識している一番のポイントは何でしょう?

どういうお客さんが作品を観るかというところですね。ドラマの場合、若い人をターゲットにしているのか、割と年配の人をターゲットにしているのか。ディレクターさんにヒアリングして楽曲の在り方を捉えたり、「これは若い人が観る作品だから、はっちゃけちゃっていいんだ」とか調整をしていますね。

アニメの場合は楽曲や音色の振り幅が広いので、色んなアプローチをすることができます。尺は大体30分のものが多いので、楽曲の展開もそれに付随して少し速くなる。ドラマだと2回繰り返すところでも1回だけにしたりしていますね。「編集しやすいようになるべく付けてください」と割と言われるので、最後に解決音を入れることもよくします。

また、日本の場合は海外と違い音響監督さんが楽曲を最終的にエディットするので、どういう風にデータをまとめておけば(音響監督さんが)使いやすいかも考えながら作ります。ステムに分けた時もちゃんと聴けるようなバランスにしたり、といったことですね。

「使いやすさ」まで考えて制作をされるのですね。そういった仕事の仕方は、どのようにして身につけていかれたのでしょうか。

僕の場合は、最初にアレンジャーの浅田祐介さんに色々教えていただきました。ご自宅に遊びに行かせてもらって、デモの作り方や提出の仕方など色々学ばせていただいて。

なので自分の作品でも若い作家の人に参加してもらったり、ストリングスを生で録れる機会があれば、ストリングスが入ったデモを作って貰って、それを自分のデモとして他で使ってもらっていいようにしたり、きっかけ作りを手伝えたらいいなと常に思っています。

素晴らしい活動です。

でも今はTuneCoreやAudiostockなどのプラットフォームもあるし、タイプビートという文化もあるし……クリエイターとプロジェクトをマッチングするようなサービスなども今後伸びていくでしょう。そういった新しいテクノロジーやサービスを使いつつ、楽しんで活動の基礎を作っていくことができたなら、若い人がもっと世界に出ていける下地ができるんじゃないかと思います。

「ミュージシャンになりすぎてはいけない」

作家として周りと差別化しようと思ったときに、意識したことはありますか。

自分の場合、やはり澤野弘之さんの存在は大きかったです。澤野さんの勢いが凄い時に事務所2人目の作家として僕が入ったので、やはり比べられて。元々楽曲のテイストも似ていたので、「なんか似たのが出てきたね」って言われていたんだろうなとは思うんです。

周りからそう思われたときに、澤野さんと同じ方向を見て成長しても、澤野さんは絶対さらに先に行くだろうから、これは敵わないなと。「自分がこの業界で生き残るためにはどうしたらいいのか」と考えたら、澤野さんとは違う方向で作っていったほうがいいなと思ったんです。

具体的にはどのような方向性を意識したのでしょう。

僕と澤野さんの音楽を相対的に比べて、テンポが速い曲を意識して作るようにしました。澤野さんはミドル・テンポのロックを中心に作っている時に、僕はテンポが190~200の速いロックを作ってスピード感を重視して。それがスポーツ系のアニメにマッチして、同じようなタイプの作品のお仕事が増えたりしました。当時の劇伴音楽にないものを意識して作ろうとしていて、それは正解だったかなと思っています。

TVアニメ『ハイキュー!! 』よりコンセプトの戦い

劇伴作家への道を一歩踏み出す際に、意識しておくと良いことはありますか?

曲を聴いて「この曲は誰々さんですね」と言われる何かを見つけることじゃないでしょうか。とはいえ僕ら劇伴作家ってお客さんありきで、そのオーダーに合わせて如何様にも変化できないといけない。変化しつつ、個性をどのぐらいの割合で出して作るのが良いかを考える必要があります。

例えば「このコード進行ってワンパターンで毎回使ってるけど、でもこれが外から見た僕の個性と呼ばれるコード進行だからカタルシス感が出るのかな?」といったことを、客観的に見ながら手を動かせるようにならないといけない。自分でもワンパターンだなと思いつつやることも、ある種大事だなと思います。

一歩引いて自分の立ち位置やキャラクターを見るということですね。

確かに、「木を見過ぎずに森を見る」ということは常に意識していますね。僕は自分のことを作曲家とか、アーティストとか言うのはおこがましいと思っていて、普通の「曲作り屋さん」というか、作品にあった曲を作る工場のような感じで仕事をしているんです。先方から「こうしてください」と言われたら、音楽的に変なことにならない範囲で、なるべく柔軟に対応をするようにしています。

あとはもちろん、その中でいかに意外性を突き付けられるかということも考えます。「こういう方向性も僕的にはいいと思いました」という感じで、2つデモを作って持っていったりするのも大事です。

他のタイプの作曲家、例えばいわゆるアーティスト的の活動形態と劇伴作家の違いは何だと思いますか。

いつも言っているのは、「ミュージシャンになりすぎてはいけない」ということですね。
音楽を長く続けていると、どうしても思考がミュージシャン寄りになってしまいます。映像を作る側、観る側の多くは音楽に詳しい方が多いわけではないので、そちらの感覚も保ったままでないと、映像音楽のバランス感覚が崩れると思っています。
例えば「こんな感じにして欲しい」とリファレンス曲を渡されたとして、プロデューサーさんが言っている「こんな感じ」というのはその曲のテンポ感なのか、コード進行のことなのか、はたまたギターの感じだけなのか……その人が一番求めていることをきちんと理解しなければならない。

劇伴作家に必要な能力のひとつは伝言ゲームができることだと思うんです。「青い空みたいな感じの曲」とか言われたときに、「これぐらいの青ですか」「いやもっと鮮やかな青」「じゃあこれぐらいですか」「そう、でもこれにちょっとキラキラした感じ」というやり取りを重ねて、それをミュージシャンに伝える作業が大事だったりするんです。

スタジオで作業している林ゆうきさん

後編はこちら

取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)

林ゆうき プロフィール

1980年生まれ / 京都府出身 元男子新体操選手、競技者としての音楽の選曲から伴奏音楽の世界へ傾倒していく。 音楽経験は無かったが、大学在学中に独学で作曲活動を始める。 卒業後、Hideo Kobayashiにトラックメイキングの基礎を学び、 競技系ダンス全般の伴奏音楽制作を本格的に開始。 さまざまなジャンルの音楽を取り込み、元踊り手としての感覚から 映像との一体感に重きを置く独自の音楽性を築く。

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