
ボカロP・Mitchie Mが考える、「音楽で食べていく」ハードルを越えるために必要なこととは(インタビュー後編)
「FREELY TOMORROW」「ビバハピ」「アゲアゲアゲイン」といったヒット曲を連発し、歌詞がくっきり聴こえるボーカロイド楽曲を作り出すことで“神調教師”とも言われるボカロPの「Mitchie M」。
2013年にリリースされた1stアルバム『グレイテスト・アイドル』のジャケットは貞本義行氏、昨年リリースされた2ndアルバム『バーチャル・ポップスター』は美樹本晴彦氏が手掛けるなどセンセーショナルなコラボレーションも実現しながら、安室奈美恵「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」ではミクの調声と作詞も担当しています。
「YouTube視聴者の半分が海外のリスナー(本人談)」というほど海外ボカロファンからの人気も高いMitchie Mさんに、オンリーワンでいるための作品制作手法、持つべき権利意識、また“音楽で食べていく”ためにやるべきことなど、色々なお話を伺いました。
シーンにて突出した存在になるための秘伝のソースが満載です! 前編・後編併せて是非お楽しみください。
前編はこちら:
ミクの一番きれいな声が出る音域で作るメロディー
Mitchieさんはどのような音楽を聴いて育ったのでしょうか。
初めて買ったCDが映画『ブルース・ブラザーズ』のサントラなんです。ソウルミュージックは昔から好きだったので、やっぱり今になっても影響が抜けないなと思います。ブラックミュージックの要素は自分の曲に結構入れていて、特にカッティング・ギターで顕著に表れているんですけど、自然とそういう趣味が出ちゃいますね。
Mitchieさんのメロディーや節回しは日本人にとても親和性があると思うんです。メロディーや歌詞作りでは影響を受けたなものはありますか?
やはり自分が育った年代、80年代~90年代のJ-POPは好きなので、メロディーやコード進行に影響が出ているなと思います。90年代のポップミュージックを聴いていると、凄く細かいところまでメロディーの動きとかも考えられているんですよ。最近のメロディーは平坦すぎて物足りない。そう思っていると結果的に自分の曲も古い感じの方向にはなっちゃいますね。
Mitchieさんの曲は人間でも覚えやすい、歌いやすい感じが特徴的ですよね。
元々「リアルな歌声」というコンセプトでやっていたので、「歌いやすい」というのは確かに意識していますね。人間にとって歌いやすいかどうかというよりは、ミクの一番きれいな声の出る音域で作った結果、そういうメロディーになった感じです。
僕の曲って転調が結構多いんですけど、その理由も「このメロディーを歌うにはこのキー」という、ミクの一番いい声を出すために、音域を合わせてそうなっているという感じなんです。
小室哲哉さんみたいですね。渡辺美里さんの「My Revolution」の音程がサビで下がるのは、ずっとトップノートを維持し続けるためだったとか。
確かに小室哲哉さんも転調が多い気がしますね。やはりヴォーカリストの一番いい音域に合わせる、ということを常に考えているんじゃないかな。曲を譜面で確認すると、「そういうことを考えてやっているのかな」とか思えてなかなか面白いですね。
お役立ち情報満載のブログネタはこう決まる
ご自宅の制作環境についてお聞きしたいのですが、スタジオはどのような形で組んでいらっしゃるのでしょうか。
PCとモニターとキーボードとミキサーくらいの凄くシンプルなセッティングです。ただギターは10本くらいありますね。常に曲に合う最適なものを選べるように、数は持っています。フルアコ、セミアコ、普通のアコギ、ナイロン弦、エレキだとテレキャス、ストラト……といった感じですね。
アウトボードやアナログ機材、プラグイン周りはいかがでしょうか。
そんなに大したものは使っていなくて、小さい1/3 rackサイズのFMR Audioという、小型で良い音がするコンプとマイクプリですね。あまり大きい物を置きたくないので、より小さいものがあればそれを選ぶ感じです。シンプルな方が管理もしやすいですし。また機材の基盤のパーツを音響用のものに交換したり、改造して使うことも多いですね。
プラグインも最新のものには飛びつかずに、定番になった頃に買うみたいな。定番になっちゃえば買ってハズレもないので(笑)。
このプラグインだけは全曲で使っている、といったお気に入りはありますか。
Massiveとsylenthは大体どの曲にも入っているかな、良い音だしオールマイティーで使えるので。Logic Pro内蔵のものでも十分なので、そんなに特別なものは使っていないですね。
ブログ記事のネタはどのような基準で決まっているのでしょうか。
自分が使ってみて良かったものを公開しているのと、あとは自分の学習のため、このプラグインって実のところどういう処理をしてるのかな? とか、そういうことを記録として残すために書いています。最近Logic純正のプラグインについて取り上げたのは、サードパーティものに関しては持っていない人もいるだろうし、Logicだったら初心者でもわかりやすいかなと思って書きましたね。
ブログではそれぞれの配信サービスの「For Artist」機能を調べていらっしゃいましたよね。
そうですね。ブログのネタになりそうな新機能があれば飛びつく、みたいな感じでやっていて。先日はSoundCloudのマスタリング機能がリリースされていたので、それを試して今日書こうかなと思っています。
創作ストーリー×音楽は海外で人気
アナリティクスを各サービスで比べてみたり、中国のYoukuやbilibiliでも発信をされていますが、自分の作品を世界に広げたいと思われた何かきっかけがあったのでしょうか。
結構早い段階からYouTubeに作品をアップしていたんですけど、海外の人が英語でコメントを書いてくれることが多かったんです。でもその当時はアナリティクス機能とかもそんなに充実していなかったので、せいぜいアクセス数を見るくらいだったんですよ。今は国別でアナリティクスを見て、どの時間帯にMVをアップしたらいいかなとか考えていますね。
作品を制作する上で、ネットの評判やアナリティクスの数字などを意識したりしますか?
結局のところ好きなものを作っているという感じで、あまり意識はしてないですね。歌詞に英語を入れたら海外の人も聴いてくれるかな、とか少しは意識しますけど、そこを重点的にしようということはなくて、あくまで参考程度で。
海外の人は、日本語で出しても普通に聴いてくれますし、むしろ初音ミクの歌声としては日本語のほうがいい声が出るので、無理して英語にしなくてもいいんじゃないかなと思ってます。でも機会があれば、英語詞の曲をやってもいいかなとは思っていますね。
海外のボカロファンダムというものを意識して作っているわけではないんですね。
海外の人にはキャラクターが出てくる作品が好まれる傾向があるのはわかったので、その辺りは引き続き意識していきたいです。あとは、創作ストーリーがベースにあるタイプの音楽って海外にないんですね。それを面白がって聴いてくれる傾向もあるようなので、手探りしながら今後の曲作りに反映できればなと思っています。
ちなみに、曲によって日本と海外とで反響が違ったりするんでしょうか。
bilibiliでは日本でそれほど伸びてない作品が伸びていたりするので、そこは中国人の独特の好みたいなものがあるんじゃないかとは思いますね。
ちなみに、どの曲ですか?
「ぶれないアイで」です。中国の人たちは3D系のMVを好む傾向があるなと思います。中国のボカロ「洛天依」とかも3Dを使ったライブを大々的にやっていたりして、全体的に新しいテクノロジーが好きな印象がありますね。
作詞作曲の権利だけでなく、原盤権も持っておくべき
権利関係についてお聞きしたいのですが、ご自身の楽曲の権利をいかに守るかということについて意識するところはありますか。
なるべく原盤権を持つことは意識しています。ボカロを始める前までは全然意識していなかったんですけど、今では楽曲がゲームで使われたりだとか、ライブで使われたりだとか、そういった二次利用での収入が結構多くなっているので。二次的に使ってもらえたとき、作詞作曲の権利以外に原盤権を持っておくと大きいなというのはわかりましたね。
管理団体などにも入ってらっしゃるのでしょうか。
JASRACの信託会員です。あとネットクリエイター協会(JNCA 日本ネットクリエイター協会)にも入っています。コンテンツIDの登録とかも代行してくれるらしいので、完全フリーで活動している人は入っておくとオススメですね。
まだ特に権利を意識してない人などに「こうしておくといいよ」といったアドバイスはありますか?
先ほど触れましたけど、原盤権は持っていた方がいいということですね。例えばYouTubeにアップしてコンテンツIDを取得すれば、YouTubeというプラットフォームが存続する限り将来にわたって収益を得ることができますし。動画サイトってストック型コンテンツなので、規模が大きくなればなるほど、一個一個の作品から得られる収入が大きくなるんですよ。
(取引先に提示された)目先のお金に飛びつかずに、原盤権は自分で持っておいいたほうがいいですね。SoundCloudにアップして広告収入を得たりとかもできますし、使い道は色々あるので。
ライフワークバランスを整えるため、健康維持のために実践していることはありますか。
最近だとコロナ禍であまり外に出られないので、VRでボクシングとか(笑)。普通に息切れするくらい運動になるんですよ。Oculus Questで『Creed: Rise to Glory』という『ロッキー』のスピンオフ映画を題材にしたゲームがあって、試合もできるんですけど、ちゃんと準備運動しないと筋を痛めるくらい(笑)。VRって意外とのめり込んじゃうので、普通のテレビゲームと違って運動になりますよ。
創作モードに切り替えるときに気を付けていることはありますか?
昔から趣味の延長みたいな感じなので、あまり切り替えとかがないんですよね。仕事の時間を決めてやっているわけではなくて、休憩と食事とお風呂と睡眠以外は常に音楽をやっているという(笑)。ただずっと集中してやっているわけではなくて、こまめに休憩も入れて、元気になったら作業に戻るみたいな感じですね。他の人から見たらだらだらと長い時間をかけて作業しているように見えるかもしれないんですけど、自分にはそれが合っているというか。こういうスタイルが合う人・合わない人いると思いますけどね。
納期を守れていれば、クオリティーに加えて“信頼”で仕事が来る
初音ミクのオフィシャル・タイアップも多数手掛けられていますが、クリエイティブを追求することと納期を合わせるということの間で、ご自身の作業ルーティーンをどのように確立されたのでしょうか。
「基本このアイデアでいこう」という、合格ラインを越えられるようなアイデアを最初に作っておいて、時間が余ったらそのアイデア以上のことをできるように詰めていく感じです。「このアイデアが駄目になったら納期を守れない」みたいなことにはならないようにしています。
納期が遅れるというのは、単純に経験不足な部分もあると思っていて。「これくらいのペースであれば間に合うだろう」みたいなのは、数をこなすとわかってくるんですよね。
音楽の仕事を始めた頃はいつ仕事を失うかわからない状況だったこともあり、納期は昔から守るように気を付けています。何より納期を守れていれば、クオリティーに加えて“信頼”で仕事が来ると思っているので。そういう意味でも若い人へのアドバイスとして、「納期は必ず守る」ということは伝えたいですね。
なるほど。
ただ自分の作品については納期とか特に無いわけで、アイデアも出てこない時は出てこないし、どうしても時間がかかってしまうときはありますね。
「作りたい」という気持ちがないと面白い作品にもならないので、無理して作るということはしないようにしています。
クリエイターとして活動するうえで、これは続けてきて良かったなということはありますか。
僕、実際に作曲し始めたのが遅かったんですよね。学生の時はあまり曲を作っていなくて。むしろ耳コピで人の曲を譜面に起こしたりといったことが多かったんですけど、そのプロセスが役に立ったと思います。好き嫌いに関わらず幅広いジャンルの音楽を聴いてきたのも、今の音楽作りに役立っているかなと思いますね。
あとは大人になると時間が無くなるから、学生の時に少しでも興味を持ったことはなるべくやっておいたほうがいいかな。自分の経験で言えば、学生の時にオーケストレーションを少しかじったんですけど、今後オーケストラアレンジなんてやることはないだろうと思ってたんです。でも後に「初音ミクシンフォニー」でやることになったので、無駄じゃなかったなと。
あとは音楽以外にも色んなことを吸収してみるといいと思います。絵を描くでも、3DCGをやるでもいいですし。今はクリエイターとしてやっていくのであれば何でも出来たほうがいい時代だと思うんですよね。現にボカロPでもはるまきごはんさんなんかはMVも自分で作られますし。英語もやったほうがいいですよ。世界に向けて発信するためには、英語第一なので。
若いクリエイターには、音楽で食べていくのは大変だよって伝えたいですね。コロナ禍もあって、食べていくのは相当大変ですし、自分も運に助けられた部分が大きかったと思うので。
技術力を身に付けることに時間を掛けるべし!
コロナ禍もあってストリーミングの可能性に改めて光が当たっていたりなど、ピンチをチャンスにという考え方もあるかと思います。
個人で出来るようになったことも多いので、音楽から収益を得ること自体は昔よりハードルが下がったとは思います。ただ将来的にそれを仕事にして食べていけるかというと凄く難しい。年齢が上がるにつれて収入も多くしていかないとですから、そういうことまで考えると「音楽で食べていく」のはいまだに凄くハードルが高いことだなと思います。
また、確かに音楽を通してお金を得る手段は昔と比べて確かにたくさんあるんですけど、逆に言うとそこから抜け出す、一歩前に出る、他とは違うオリジナリティを持って受け入れてもらう……って、以前よりもさらに大変なことになっていますよね。
僕も結局「FREELY TOMORROW」がヒットしましたけど、この曲がなかったら今頃大変なことになっていたかもしれない。多くの人に自分の楽曲を知ってもらう最初のきっかけが欲しければ、少し目立つこともしないといけないんだなというのが「FREELY TOMORROW」の時に感じたことでした。運に助けられた部分も大きかったと思います。
とすれば、改めてこれからクリエイターとして生きていきたい人が心に留めておくべきことは……?
覚悟というか、やるべきことをやって、技術力を身に付けることに時間を掛けなければいけないということに尽きますね。自分でコントロールできない部分も大きいので、若い人には自分は本当にこの道で生きていくのか、ちゃんと考えてほしいなと思います。
最後に、最新のリリース情報などがあれば教えてください。
Gigaさんとのコラボでスマートフォンゲーム「プロジェクトセカイ」のテーマ曲と、個人名義でもゲーム内に登場するユニットの曲を作りました。
テーマ曲のゲーム・バージョンはひさしぶりに作った、人間とボカロが一緒に歌う曲です。今までボカロオンリーでやってきたので、声の質感とかはそんなに意識していなかったんですけど、今回、人間の声と混ぜるとボカロの声質が少し浮いてしまうことが改めてわかりました。EQ設定を変えたりして自然に馴染むようにするのは勉強になりましたね。また、GigaさんのK-POPの今風の音の取り入れ方も凄く勉強になりました。お互い、どういう音を使うかに関する感覚は似てるなとも思いましたね。
また、同ゲームに登場するユニットのために書き下ろした最新曲「アイドル新鋭隊」では、得意とするアイドル風の楽曲を作らせてもらっています。
曲の中では懐かしい感じの親衛隊のコールが入ったり、ライブ感のある内容になっているので、MVを観ながら盛り上がって楽しんでもらえたらと思います。
ありがとうございました。
取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)
Mitchie M(ミッチー・エム)
2011年7月、自身2作目となる「FREELY TOMORROW」をニコニコ動画に投稿。すると投稿から僅か20日6時間4分でVOCALOID伝説入り(100万回再生/歴代最速記録)するという偉業を達成。
「歌詞がくっきり聴こえる」という、それまでのVOCALOID曲にはなかった“神調教”スキルとハイクオリティな楽曲が、J-POPリスナーから国内外VOCALOIDファンまで幅広いユーザー層を虜にし、2013年11月にリリースされたファーストアルバム『グレイテスト・アイドル』にはジャケットイラストに貞本義行氏を迎え、オリコン週間チャートウィークリー6位を記録。
2014年には『SNOW MIKU』公式ソング「好き!雪!本気マジック」を手がけ、2015年には安室奈美恵「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」の初音ミクの調声と作詞(一部)を担当。そして2016年には初音ミクが出演して話題となった『Lux』のTVCMの楽曲も手がけ、同楽曲は『初音ミクシンフォニー』のテーマソングとしても起用されている。
VOCALOIDリスナーでない人でも自然に聴ける歌声の楽曲を制作しており、昨年にはイラストレーターに美樹本晴彦氏を迎えた約6年ぶりとなるセカンド・アルバム『ヴァーチャル・ポップスター』をリリースした。
Twitter https://twitter.com/_MitchieM
HP https://mitchie-m.com/