
「調教すげえ!」 Mitchie Mが語る、初音ミクによって広がる楽曲制作の可能性とは(インタビュー前編)
「FREELY TOMORROW」「ビバハピ」「アゲアゲアゲイン」といったヒット曲を連発し、歌詞がくっきり聴こえるボーカロイド楽曲を作り出すことで“神調教師”とも言われるボカロPの「Mitchie M」。
2013年にリリースされた1stアルバム『グレイテスト・アイドル』のジャケットは貞本義行氏、昨年リリースされた2ndアルバム『バーチャル・ポップスター』は美樹本晴彦氏が手掛けるなどセンセーショナルなコラボレーションも実現しながら、安室奈美恵「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」ではミクの調声と作詞も担当しています。
「YouTube視聴者の半分が海外のリスナー(本人談)」というほど海外ボカロファンからの人気も高いMitchie Mさんに、オンリーワンでいるための作品制作手法、持つべき権利意識、また“音楽で食べていく”ためにやるべきことなど、色々なお話を伺いました。
シーンにて突出した存在になるための秘伝のソースが満載です!前編後編併せて是非お楽しみください!
Giga × Mitchie M – ワーワーワールド feat. 初音ミク&鏡音リン(プロジェクトセカイ テーマ曲)
中国語訳はこちらから:
「発注仕事だけでいいのか?」と思った時、初音ミクと出会った
最初に音楽に触れたときのことや、作曲に目覚めたきっかけを教えていただけますか?
ピアノを6歳頃から習っていたのですが、親に習わせられたみたいな感じだったのであまり好きじゃなかったんです。でも音楽に触れるきっかけになったし、譜面の読み方など基礎を学べたのは良かったですね。ピアノをやめた後の中、高校生くらいからはバンド活動に興味が出て、学園祭で演奏をしたりもして。
大学でも中高からの流れで軽音的なことはやっていたんですが、その頃にはDTMのほうが面白くなってきていました。ちょうどテクノが盛り上がってきた時期だったので、もう完全にひとりでDTMをやるようになって……そのまま就職しないで音楽を仕事にしちゃったみたいな感じです(笑)。
打ち込みに触れ始めた頃はハード音源から入りましたか?
そうですね、ちょうどKORGのオールインワンシンセみたいな、シンセに直接打ち込むのが主流だった時代でしたね。KORG TRITONのちょっと前ぐらいかな。その後すぐMacでパソコンに打ち込むようになりましたけど。
今メインで使っているDAWはLogicでしたよね?
そうですね。当時はAppleではなくEmagic社の製品でしたが、DTMを始めた時からもうLogic一本で。中には途中で消えていくDAWソフトもあったので、最初にLogicを選んで良かったなって今でも思います。
キャリアをゲーム音楽からスタートされたとのことですが、制作会社などに入られていたのでしょうか。
僕の兄が音楽業界で仕事をしていたので、それでサエキけんぞうさんを紹介してもらえたんです。それで最初はサエキさんから時々お仕事をいただいたりしていました。さらにサエキさんの繋がりから色々な人の依頼が来たりして、フリーで頑張っていたという感じです。
Mitchieさんのキャリアの転機としては、やはり初音ミクとの出会いが大きいのではないかと思いますが、そこに至るまでには長かったのでしょうか。
そうですね、それまではゲームとかパチンコ関係の音楽制作がメインで、結構長くやっていました。なので当時は初音ミクを使って音楽を作ることになるとは全然夢にも思っていなかったです。
そんな中、初音ミクで曲を作ろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
当時は(2000年代後半~2010年代初め)リーマンショックの後に東日本大震災があった、結構大変な時期だったんです。そういう経験をすると、発注を受けて作る仕事が社会情勢に左右されることがわかるんですよね。リーマンショック後3ヶ月くらい経ったら発注がパタッと止まったりとか。
なんと……。
発注を受けて作るだけでなくて、自分で仕事を作れるというか、自分自身で作品を発表して収益を得られるようにした方がいいなと思っていたところに、ちょうど初音ミクが流行っていたんです。そこで「これを使えば自分ひとりで歌ものを作れるかな」と思って始めたというのがきっかけですね。
自作の曲をネット上にアップするという経験はその時が初めてだったのでしょうか?
デモ的なものをMySpaceにアップしていたくらいでしたね。ただ全く自分の曲を作っていなかったわけではなくて、時間があればレーベルにデモを送ったり、Avexさんのオーディションに呼ばれて参加したこともありました。
「調教すげぇ」と自分でタグ付けしたワケ
当時ニコニコ動画で最速100万回再生を記録した「FREELY TOMORROW」ですが、発表当時、各ボカロPが楽曲タイトルでどうバズらせるかを考えていた時期だったと記憶しています。動画投稿時に「調教すげぇ」と自分でタグを付けたのには、どんな狙いがありましたか?
僕はニコニコ動画内では無名だったので、何かしら話題になることをしないとなということで付けました。その頃は一応広告の勉強とかもしていたので、面白いタイトルにしようとは思っていたんですけど、批判はあるだろうなとも思っていて。まあでもバズらないだろうと(笑)。バズったらラッキーくらいの気持ちでしたね。
バズらなきゃ叩かれないから、これくらいやってもいいかなと思ってやってみたら予想外に注目が集まってしまったんです。けど、せっかくだからタイトルも変えずにこのまま放置しておこうかなって(笑)。
当時この曲を聴いた時、「ミクってここまで声が出るんだ」と思った記憶があります。調声の際に、独自にアプローチされていた手法はありましたか?
ボカロで曲を作る前にボーカル編集とかも(仕事で)結構やってきていたので、その知識の応用みたいな感じでしたね。なので自分としては特別なことをやったという感覚はなかったです。ただ、ピッチ編集のソフトを使って細かい波形編集を頑張ってやったりはしていました。結構細かくピッチを書いたりして、ボカロではできないようなことをやっていたという感じでしたね。今思うとよくやってたなというくらい原始的です。
今の声作りも、基本的なアプローチはあまり変わってはいないですか?
アプローチは変わっていないですけど、使うソフトがだいぶ変わってきたかなというのはありますね。iZotopeのRXは声を細かい部分まで……倍音レベルで編集できるようになったので。これで声の質感とかも変えることができるようになったのは、自分にとって大きかったですね。
RXは恐らくノイズ除去に使っている人が多いと思うのですが、そういった使い方もできるわけですね。そうですね。意外とボカロの声編集にも使えるんですよ。
MitchieさんはMVにも力を入れている印象ですが、MVの設定や見せ方はご自身が考えていらっしゃるのでしょうか。
最初は動画師さんにお任せだったんですけど、自分でも「音楽と映像をこう絡めたら面白い」といったことが徐々にわかってきたので、自分でもアイデアを出すようになって、今はラフコンテぐらいは描くようになりましたね。
セリフがある曲の投稿が続いたあたりから、楽曲とMVが凄くマッチしていて、ミクがアイドルらしく見える作品が多くなっていった印象を受けました。
確かにしゃべりを使うようになったのは大きいかもしれませんね。それで色んな演出ができるようになって、音楽の幅も広げられるようになったんです。
「初音ミク本来のコンセプトを受け継ぐ」作品作り
作品を通じて、ミクがバーチャルシンガーからバーチャル・アイドル的な存在にもなっていたように思います。
実はそんなにアイドルを意識したことはなくて……というのも、もともと初音ミクのキャッチコピーが「ポップでキュートなバーチャル・アイドル歌手」なんです。なので普通にそのコンセプトを受け継いでいる意識なんですけど、僕が投稿を始めた2011年頃はもっとロック寄りな曲をミクに歌わせている人が多かったので、逆にその(もともとの)コンセプトでやっているのが新鮮に受け取られたのかなとは思っていますね。
初音ミク本来のコンセプトを伸ばしていく方向性で続けていらっしゃると。
そうですね。アイドルブームも来ていましたし、タイミングもあってアイドルをコンセプトにしたものが多くなりました。
曲作りのアプローチについてお聞きしたいのですが、詞先、曲先、コンセプト先など、普段の流れがあったりしますか?
普段は大体曲先で作るんですけど、最近はMVとかも絡めて考えるようになったので、動画を含めてコンセプトができた段階にならないと曲作りを始めないみたいな感じになっています(笑)。
去年発表された「リングの熾天使」はコンセプト先でしょうか。
そうですね。コンセプトがあって、ストーリーとかを考えてから曲作りを始めて、同時にMVの概要みたいなものも作ったりして。同時進行になることが多いんですけど、コンセプトをまず固めて一気に作っていくという感じですね。
色々なジャンルを行き来されている印象ですが、「この時期はこういうジャンルで作りたかった」といった記憶はありますか?
一応その時に流行っている音楽を考えたりはするんですけど、最近は結局自分で作りたいものを作るという感じですね。ダンスミュージックにしても四つ打ちばかりになってしまうとつまらないですし、常に何か新しいジャンルにはチャレンジしたいと思いつつ、流行も取り入れながらバランスよくやっている感じです。アルバムに入る曲ですとレゲエとか、それまでとは違ったジャンルにチャレンジすることも多いですね。
Mitchieさんの書かれる歌詞は耳残りの良さが特徴だと思うのですが、歌詞の書き方で意識されていることはありますか。
常に印象的な言葉を選ぼうとは思っているので、耳に残る言葉があればノートにメモったり……「アゲアゲアゲイン」で言えば、繰り返す言葉というのは耳に残りやすいので、なるべく積極的に使っていこうと意識していますね。
世の中の流れ的に、歌詞の内容ってそこまで重視されなくなってきているというか、耳に残りやすい言葉がより重視される傾向にあると思っていて。K-POPも特に意味のない単語を使っていたりしますが、そういうものは現代の曲に関わらず過去の曲からも色々調べてノートに書き留めていたりはしますね。「Gee Gee Gee」(少女時代「Gee」)とか、内容まではよく知らなくても、そういうところだけ聴いていたり。
あとはボカロとネットカルチャーの親和性が高いので、あまりメジャーでは出てこないようなネットスラングも使うことがあります。何かインパクトがあるものにしようとは常に意識していますね。
曲自体の発想の取っかかり、インスピレーションはどういったところから湧き出てくることが多いのでしょうか。
意外と普段の生活の中で思いつくことが多いですかね。たとえば「ニュース39」というニュース番組を歌にした曲は、「オープニングのBGMはフュージョンっぽいな」「だったらニュース番組自体を音楽にできないかな」とか、普通にニュース番組を見ていて急に思いついた感じで。
「リングの熾天使」のときも、「長州力の入場曲、平沢進なのか。だったらプロレスで音楽できないかな」と思って曲のアイデアが浮かんだんです。
最近面白いと感じた新しいサービスやテクノロジーだとどんなものがありましたか?
以前マッシュアップ曲の「ボカロカルチャー」のMV制作に使ったツール、「PlayAniMaker」がバージョンアップしたのがすごく興味深かったです。今までのPlayAniMakerだと、VR空間内で自分がキャラになって演じて、それを撮影するのがメインだったんですけど、今回のバージョンアップでは、3Dモデルのフィギュアを撮影してコマ撮りできるようになったんです。これによりキャラクターを使っての表現の幅も向上したし、今後個人でアニメーションを作るハードルがかなり下がってくるのではないかと思っています。
テクノロジーということで言えば、音楽より3DCGとかのほうに興味があるかもしれないですね。一枚の写真から人の形を3Dにできるとか、「PIFuHD 」という、写ってない部分まで色々と予測して3Dにしてくれるサービスとか。今後MVを作るのにも役立つかもしれないですからね。
あとはMVの話が出たので言うと、映画の脚本の書き方みたいな本は、今後ストーリーを創作する時にも役立つと思うので読んでいます。好奇心は大事だと思いますね。
後編はこちらからご覧ください!
取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)
Mitchie M(ミッチー・エム)
2011年7月、自身2作目となる「FREELY TOMORROW」をニコニコ動画に投稿。すると投稿から僅か20日6時間4分でVOCALOID伝説入り(100万回再生/歴代最速記録)するという偉業を達成。
「歌詞がくっきり聴こえる」という、それまでのVOCALOID曲にはなかった“神調教”スキルとハイクオリティな楽曲が、J-POPリスナーから国内外VOCALOIDファンまで幅広いユーザー層を虜にし、2013年11月にリリースされたファーストアルバム『グレイテスト・アイドル』にはジャケットイラストに貞本義行氏を迎え、オリコン週間チャートウィークリー6位を記録。
2014年には『SNOW MIKU』公式ソング「好き!雪!本気マジック」を手がけ、2015年には安室奈美恵「B Who I Want 2 B feat. HATSUNE MIKU」の初音ミクの調声と作詞(一部)を担当。そして2016年には初音ミクが出演して話題となった『Lux』のTVCMの楽曲も手がけ、同楽曲は『初音ミクシンフォニー』のテーマソングとしても起用されている。
VOCALOIDリスナーでない人でも自然に聴ける歌声の楽曲を制作しており、昨年にはイラストレーターに美樹本晴彦氏を迎えた約6年ぶりとなるセカンド・アルバム『ヴァーチャル・ポップスター』をリリースした。
Twitter https://twitter.com/_MitchieM
HP https://mitchie-m.com/