
未来のクリエイションは若手から学べ! アーティスト/作曲家/プログラマー松本昭彦が語るテクノロジーと音楽(インタビュー後編)
レーベルビジネスとメディアアートにおける著作権の考え方
松本さんは著作権についてどういった考えをお持ちですか?
僕はインスタレーションなどの展示作品では、プログラムを使って音楽を生成するということも頻繁にやるんですけど、そういったものはいわゆる日本の音楽産業の権利の常識の中にまったく含まれない概念なので、ちゃんと契約をしようとするとアーティスト側もマネジメント側も慣れておらず、結構トラブルになりやすいなというのは最近なんとなく感じています。
例えば普通の音楽業界の、作品を制作してリリースして……という流れの中では、著作権をレーベルが買い取る契約を結んだり原盤権を保持するじゃないですか。アーティストが作品の様々な権利を譲渡する代わりにレーベルはそれを商売としていろいろ展開して、アーティスト個人で手売りするよりも大きく流通させてくれる、そしてレーベルの力でブーストした売り上げの一部を印税をアーティストは受け取る……といったような役割分担がある。
原盤を複製してビジネスをするモデルですね。
でも僕がずっとやっているような「プログラムを使って音楽を生成する」みたいなことって、プログラム自体が作品になっていて、仮にソースコードを作品を使用権だけでなく著作権まで含めて譲渡したら、作品を生み出す理論やアルゴリズムごと移動することになる。そうしたら以降はお仕事を僕に発注しなくても、僕の作風の新作を(権利を持つ)他人がリリースすることが可能になるため、失業同然になってしまうというケースが多い。
また展示作品の場合、現場で常に完成しない音楽が生成され続けているという状態なので、そうなるともう「原盤」という概念……録音したものをパッケージングして他の人に渡して流通させるという仕組みにも当てはまらない。
メディアアートに近い音楽のあり方なわけですけど、メディアアーティストで作品の売買やレンタルをすることこそあれど、著作権まで譲渡する人ってまずいないんですよ。サウンドアートや「音楽」の外側にある「音」のデジタルアートも、この時点で音楽業界の常識とは全く違うと思います。
そもそも現代アートの多くは一点もので「たくさん売りさばく」みたいな概念がないものだったりもしますし、レーベルにとっても得意な多売ビジネスに繋げられないから、著作権を譲渡して音楽レーベルの力で量を売り上げようとするということは、どちらにとっても意味がない。
なるほど……。
著作権を譲渡するのではなくて、クライアントや買いたいコレクターに対して作品を売るということをやっている会社もあると思うんですけど、この価格もおそらく1000万円以上という額で。
売った後も作品のテクニカル面でのメンテナンス費を年間何パーセントとか取って、その費用も回収していくというビジネス性があったりするんですけど、そういうビジネスモデルって個人のアーティストと音楽専門のレーベルの間ではおそらく現在はまだ作れないと思うんですよ。通常のレーベルは現代アートやメディアアートの売り方も制作も知らないので。
以前アメリカのRZAというアーティストが、世界に1枚しかない新作アルバムをオークションにかけて、富豪が落札したみたいなニュースを思い出しました。
その売り方って完全に現代美術の売り方ですよね。その場合、一点に関してとにかく価値を高めるということをしないといけなくて、アーティストや作品を凄く高い金額と交換するに値する作品なり作家なりにしなければならないんです。
現代美術の作家と同じように、歴史や文脈をきちんと踏襲して、その作品が現代に存在している必然性や新規性を位置付けない限り、なかなか一点ものの作品を著名な現代アートの作品レベルの価格で売るってことはできないと思うんですよ。
ハイブランドを一つ作るぐらいのブランディングをして、アーティストや作品の価値を高めるということをやっていかなきゃならない。100円で楽曲を買ってくれる人を1億人作り出すことと、100億円の一点ものの作品を売ることはトータル額は同じでも全くアプローチが違う。それって従来の録音の複製品をとにかく安くたくさん流通させるビジネスモデルのレコード会社には全くないノウハウだと思うんです。
一点ものを作ってビジネスをするという視点は、既存のレーベルビジネスにはないかもしれません……ちなみに松本さんご自身は、アート分野の作品以外にもそういう意識を取り込んだりしていますか。
僕は常にたとえ商業的クライアントワークであっても、アートの角度から解釈ができるような重層的な意味が生じる音楽を作ろうというスタンスで、深く分析しようと思えばかなり壮大な論文が書けるぐらいに、過度にアカデミックな西洋音楽の文脈での方法論や哲学で作っています。それをアートのように高く売ったりはしないですけど、アートとしての分析に耐えられないような、浅い作品は作らないようにしていて。
作り手としてはアートとかエンタメとか商業音楽といった明確な区分はなく、常にアートたりうる音楽を残すようにしていますが、現実的に座組が自発的に作曲家発進で立ち上がるプロジェクトばかりではないので、全てをアーティストの作品としてリリースすることは難しいです。
詳細に分析すると「このパートはこの作曲家のこの作品のモチーフの現代的発展形になっている」とか、何百年も歴史を遡って創造的引用をしたり、歴史的連続性のある現代での音楽の位置づけを意識して、重層的な意味が生じるように詰め込んでいて。表には出ないものですけど、プロデューサーに対しては長文の作品解説を添えて渡したりしていますね(笑)。
その作品解説、読んでみたいです(笑)。
僕にとってのクライアントワークのお仕事は、自分自身の表現力や独創性を披露する場ではなく、作家としてのプロデューサーやクリエイティブディレクター、彼らの世界観の中でも音の面を、作曲技術で代弁する技術者としての立ち位置をまっとうするという意識なんです。
なので先ほど言ったような取り組み方をしているのは、作曲家としての技術を鍛えるための筋トレみたいなものでもあります。そこまでやる必要はないんだけど、日々頼まれていること以上のアウトプットをやったり、慣れてないこと、苦手なことを質の面で許される範囲であえて挑戦しておいた方が技術も磨かれるし、いずれその引き出しは自作にフィードバックできるかなと。クライアントワークはキャラが渋滞するので、個人の作品では取り組めないような作風に取り組める面白さもあります。
音のアウトプットを絶やさないために「3DCG」を学ぶ!
そのほか気になっているテクノロジーはありますか?
音楽と直接関係ないんですけど、3DCGに凄く興味があります。というのもサンプルパックや音源をハイペースで大量に出そうと思うと、常にジャケットのデザインが必要になるんです。毎回外部デザイナーを探して発注していたら大変だしコストもかかるし、これだけ自主プロジェクトやプロダクトの数があるんだから、自分でこなしていれば技術が身に付いてだんだん質も上がってくるんじゃないかという期待もあって。
コロナの状況になってちょっと時間もできたので、チャンスが到来したと思ってUnreal Engine というゲーム開発に使う3Dソフトの勉強をやり始めましたね。
3DCGって仮想空間を設計してデザインすれば、それを二次元の画像にする時に、カメラをどの位置から置いて空間を見たのかで大量にレンダリングのバリエーションが作れるので、コストパフォーマンスが凄く高いと思うんです。PhotoshopとかIllustratorで二次元のグラフィックデザインをやるのとは全く違う発想ですよね。
なるほど! アングルを変えれば別ジャケットができてしまうと。
あと、最終的には3Dのバーチャル空間の中で音の展示作品みたいなものをちゃんと作りたいなと思っていて。その技術習得のためのステップでもあります。
参考にされたり、お好きだったりする3DCGクリエイターはいらっしゃいますか。
3D専門の人ではないですが、僕がやっている「SOURCE CORD」というモジュラーシンセとコンピューターを組み合わせた音楽を作ってる人たちを集めたイベントのフライヤーを作ってくれている、ヨシモリタケシさんという方に3DCGに関してはいろいろ教わっていて。最近出した『Reality』というEPのアートワークもヨシモリさんにデザインしていただきました。
その『Reality』ではDJミックスの手法も取り入れていらっしゃると作品の紹介文にもありましたよね。何かDJ周りで注目しているテクノロジーなどがありましたら教えてください。
djayという、Spotifyと連動していたサードパーティー製のアプリは面白いなと思いました。ただ残念ながら2020年6月いっぱいでSpotifyの音源が使えなくなってしまったんですけど。
DJってプレイする音源を所有していることが暗黙の条件で、制約でもあったはずなんですけど、ストリーミングでは当然所有という概念がなくなるから、その場で検索して聴いたこともない音楽を繋いでいくということができるようになるわけですよね。それってDJという概念そのものが変わることだなとも思ったんです。
確かに、既存のDJカルチャーにはないパフォーマンスになりそうです。
聴き慣れていなくて、ほとんど愛着もない音楽をプレイすることもできるということになりますしね。プレイする音楽に対する愛も大事な従来のDJカルチャーからしたら嫌われるかもしれないですけど……音の表現としては新しい考え方ができるので面白いなと。
「未来の時代を生きている人から学ぶ」姿勢
作曲作業をしている際に気をつけていることがあれば教えてください。
プログラミング技術を駆使して「音楽」と「音」の境目にあるようなそれが音楽として成立する保証がない新規性高いギリギリの創作をするようになった大学時代以来、オーソドックスな作り方で作曲をやらなくなっていたのですが、最近は普通に作曲する技術が衰えないように、全くプログラムとかを介さずに音楽を作るということを意識的にやるようにしています。
何かきっかけがおありだったのでしょうか。
僕はお仕事の性質によって、僕よりも適性がありそうな色んな同業者を誘って仕事の質の向上をはかったりすることが多いんですが、ある時15歳ぐらい若い作曲家と一緒に仕事をして、自分の作曲について細部にわたって欠けている箇所を具体的に的確にアドバイスしていただいて、スキル的な危機感を感じました。
そのときその人が「DAWは何がいいとかじゃないんです。全部覚えればいいんです」とパワフルなことを言っていて。その考え方の人は今まで一人も見たことがなかったので、下の世代には僕らの世代には存在しなかったヤバイ人がいると思いました(笑)。
集中力、エネルギー、熱意だけでなく多くの音楽スキルが自分を上回っていて。「いやこれ、ちゃんと勉強し直さないと命がけで真剣にやってる人のレベルについていけなくて失礼だな」と思って、そこからちょっと意識的に普通の作曲……特にクラシックの作曲だったりをちゃんと勉強するようにしています。
ちなみにその勇敢な方のお名前を教えて頂いてもいいでしょうか(笑)。
勇敢というか、音楽に対して誠実なだけだと思います(笑)。という作曲家さんです。最近はKAT-TUNにも楽曲提供されていますね。
僕、Twitterでは結構アカデミックに音楽を考えている人とかアートよりのクリエイターとかにしか分からないような、わりと難しめの話をしてると思うんですけど、珍しく栗原さんは学生時代から僕と音楽学についてのツイートのやりとりをしたことがあるらしいです。
最近はTwitterのコミュニケーションはどうしても一方向的になりがちだなと思って、より双方向性があるコミュニケーションを取ろうとDiscordで無料のオンライン・コミュニティをやっています。SNS時代にも、クローズドなコミュニケーションでないと話にくい話題がみなさんあると思うので。いただいたコメントには100%レスするようにしていますね。
素直に下の世代の言葉を受けて学び直すって、思ってはいても実践するのはなかなか難しいことではないかと思うのですが。
僕はフリーランスで部下も上司もいませんし、普段年齢や上下関係を意識して外部のクリエイターと一緒にお仕事することはあまりないので、難しいとは感じません。
僕の基本的な考えなんですけど、クリエイティブの世界においては若手の方が絶対に優秀なんですよ。10年20年の年齢差とかだとなかなか気づきにくいかもしれないですけど、歴史を俯瞰して見れば、500年前と比べたら現代のクリエイターはすべてのスペックにおいて当時のクリエイターを上回っているじゃないですか。
未来に進むほど知識も技術も向上しているし、アイデアもアップデートされている。自分より若い世代の人たちは「自分よりも未来の時代に生きている人」と考えればアドバイスできることなんて何もなくて、むしろこちらが追いかけたいくらいです。100年前の作曲家と100年後の作曲家どちらから技術を学びたいのか考えれば、一目瞭然なのではないでしょうか。
なるほど……!
だから僕はできるだけお仕事が発生するチャンスを作って、協業を通じて自分よりも若い世代から今のクリエイションについて教えてもらうことができるような体制を常に作るようにしています。
積極的にコミュニケーションを取って、どういうことを考えてクリエイションしているのかが情報として入ってきやすい環境を作ることに気を遣っていますね。若い人から教われなくなったら、いよいよクリエイターとしての寿命だと思うんです。
具体的には僕は教育的なコミュニティーイベントを主催していたりするので、そういうところでコミュニケーションを取ったり、逆にそういうイベントに若い人を出演者で抜擢して若い人にチャンスが広がるように心がけています。フックアップついでに自分も勉強させてもらっているという感じです(笑)。
Ableton and Max Community Japan(AMCJ)という音のプログラミングコミュニティーを一緒にオーガナイズしてる鈴木健太郎さん(@szk_1992)、岡安啓幸さん(@akiyukiokayasu)も二人も僕より10歳以上若いですが、とても優秀なクリエイターで、イベント以外でもいろんな情報交換をしていて勉強になります。後輩というよりは友達という感じですね。
プログラミング系のお仕事をよく手伝ってもらう浪川洪作さん(@73_ch)ももともと僕がやっていたRESONANCEというアートとテクノロジーに関するワークショップ企画に高校生の頃から参加してくれていた人で、彼は僕より20歳若いので、彼と一緒の現場もいろいろな自分が知らない世界、文化を吸収できる場になるので楽しいです。
貴重なお話をありがとうございました。今後の展望について最後にお聞かせください。
やっぱり一番作りたいものは実空間に恒久設置されるインスタレーションなんです。美術館とかそういった特別な展示スペースではなく、できるだけ一般の人が日常的に鑑賞体験できるような公共空間に、作品をどっしり実装するような……社会の中に浸透していて、人々の生活と共生して、存在する価値があるものを作りたいという気持ちがあって。
もともと僕は現代音楽の勉強をしていたところからアートの分野のキャリアをスタートさせているわけですが、現代音楽がとにかく閉じられた世界の芸術表現になっているということに対する問題意識がかなりあるんです。クローズドな文化の中での先鋭化した作品よりも、普通の人が普通に体験してなんとなく感じるものがあって、それが何か後の生活や意識に影響を与えるみたいな、そういうコミュニケーションが作品体験を通じてできたら一番うれしい。
ただ公共の実空間でいきなりそういうことをやるのは今の僕の知名度やキャリアではなかなか難しいので、まずはバーチャル空間やウェブ上で鑑賞できる作品を作る。それを足がかりに、現実の空間に実装チャンスを探していくことになるのかもなと今は思っています。
取材・文:岩永裕史、関取大(Soundmain編集部)
松本 昭彦 Akihiko Matsumoto

東京都出身アーティスト/プログラマー。東京藝術大学大学院修了。現代音楽の作曲や音楽理論、電子音楽の技法を学んだ。2012年に修士(芸術)を取得後、東京大学工学部知の構造化センター研究員を経てアーティスト・プログラマーとして広告の音楽や美術展示、大学や放送局、自動車メーカー等の研究機関のためのプログラムを開発を行っている。また、アートと表現についての教育プロジェクトRESONANCE、サウンド系プログラマーのためのAMCJを主宰、雑誌PROSOUNDにてアートとテクノロジーに関するインタビュー連載など多岐にわたる活動を行う。
Twitter https://twitter.com/Akihik0MA
HP https://akihikomatsumoto.com/