
「日本の個性を強くしたほうが海外で支持される」Tom-H@ckが語るクリエイターへのメッセージ(インタビュー後編)
Tom-H@ckさんへのインタビュー後編をお届けします。前編ではTomさんが見せるアーティスト、作曲家、会社社長という複数の側面が、「Tom-H@ck」という一人のクリエイターが信じるものを作り上げるために、必然的に同居していくまでの歩みをドキュメントしてもらう形になりました。
後編では、多忙をきわめる日々の中でも最も刺激を受けたという、MYTH & ROIDの海外公演時の経験について中心的にお話いただき、日本の音と海外の音の違いや、「自分の個性とは?」と悩むクリエイターに響く力強い言葉も伺えました。ぜひご一読ください!
前編はこちら:
CAT entertainment設立のきっかけ
最初に立ち上げられたTaWaRa(株式会社TaWaRa)と、そして今回立ち上げたCAT entertainment(CAT entertainment株式会社)、それぞれどのような展望から始まったのでしょうか。
簡単に言ったら、今回は役割を分割したというだけなんですよ。TaWaRaとF.M.F(株式会社F.M.F)という元の会社があって、基本的には音楽制作会社だったんですけど、ありがたいことにどんどんお仕事が入ってきて、音楽制作だけじゃない仕事も増えてきた。
その一つとしてアーティストのマネジメント……舞台の面倒を見たりとか、声優さんの面倒を見たりとかも出てきたので、それを制作会社でやるというのは一回整理したほうがいいという話になったんです。それでTaWaRaとF.M.Fのマネジメント部門だけを分離させて合体させたのが、このCAT entertainmentという会社なんです。
展望としては、30歳で会社を立ち上げた時からずっと言ってることなんですけど……ピクサーみたいにめちゃめちゃでかい会社を作りたいという夢があって。その夢を実現するために、一回役割を分割して仕事をしやすくしましょう、という整理が設立の理由ですね。
なるほど。
TaWaRaは一番最初に作った会社だったんですけど、当時は会社でやりたいことが山ほどあったんです。なので色んなことを自由自在にできる会社を立ち上げようと。会社を作ったほうがフットワーク軽く色んなことがスピーディーにできるからというのが、一番の立ち上げの目的だったのかなと思います。
ちょっと理由が違うかもしれないですけど、すごく成功した社長さんが自分だけしか社員のいない会社を別に作ったりするじゃないですか。それって税金対策だったりだとかも大いにあるんでしょうけど、裏を返すと自由自在にお金が使えるということなんです。
事業計画を立てやすかったりとか。
そうなんです。口座にいくらあるかも自分の頭の中に全部あるから、「このお金をこの新しい事業に使おう」といった決定も、今日明日にでもできる感じになるので。
過去のインタビューで、将来的に映像事業もやってみたいとおっしゃっていました。TaWaRaはもともと音楽のクリエイティブをやりやすくするために作られた会社だと思うのですが、すでに他分野のクリエイター、例えば映像作家が所属されていたりもするのでしょうか。
現状ではないですね。会社を大きくしたいとか、働く人たちみんなが幸せに生活してほしいという願いって、気持ちとしては何も変わってない一方で、それをすべて成し遂げるにはいろんな順番があるよなとも思っていて。今でも全然闘志は燃えてるけど、以前とは少し順番が変わってきている。今すぐに映像だねと言ったって無理なんですよ。
会社として人を雇うとか、所属させるということは責任……極論を言えばメンタルとか、その人の生活のケアとかの問題も必然的に出てくる。それをやるには会社としての体力がかなり要るんです。時期があればやるべきことだろうなとは思いますけどね。いま足早にやっても心配のほうが大きいと思うので、冷静に見ているかもしれないです。
日本人が「嫌だな」と思う特徴が、日本の個性になりえる
MYTH & ROIDについて、海外で受けるための戦略が企画段階からあったというお話でしたが、明確に海外を意識するようになったきっかけはありましたか。
これははっきりしていて。18歳で入った音楽の専門学校の授業でアンサンブルという授業がありまして、その課題曲が全部洋楽だった。それと、当時はギタリストを目指していたんですけど、やっぱりギターヒーローといえば海外だよねというのがあって。イングヴェイ・マルムスティーンとか、ポール・ギルバートとか、ヌーノ・ベッテンコートとか……日本人より手もでかいし、チョーキングのニュアンスも上手いなという。固定観念かもしれないけど、そういうものがまず10代のうちに入ってきて。
そして2つめの追い打ちは20歳の頃。『けいおん!』をやるまでの2~3年間、百石元さんという師匠……『けいおん!』のBGMを作っている方のもとで修行させていただいたんですね。百石さんは松居慶子さん(※)という、ビルボードでも1位をとった日本人ミュージシャンの音楽をずっと手がけられていて。海外で日本人クリエイターの音が通用するんだということを現実として経験された方なので、当時弟子として「海外の音楽をたくさん聴きなさい」ということを凄く吹き込まれたんです。
※松居慶子さんについては以下も参照。
世界で輝く音楽ができるまで ー音楽で世界中を繋げるピアニスト・松居慶子へ独占インタビュー! | エイベックス・ポータル – avex portal
アレンジの参考も、このハリウッドの音楽聴いて、本場のジャズを聴いて……みたいに全部言われて、実際聴いてやっぱり「海外の音は違うな」って思ったんですよね。
「日本から世界に羽ばたきたい」ということではなく、単純に自分のやっていきたい音楽のリスナーが、海外の方にいるんじゃないかと思った、という感じでしょうか。
そうですね。この3年くらい、MYTH & ROIDで海外にライブしに行くようになったんですよ。多い時だと1ヶ月に5ヶ国違うところに行くみたいなことをやってたんですけど、それでめちゃめちゃわかったことがあって。

どういったことでしょう。
音楽家とか音楽が大好きな人ほど、「なんで日本ってこんなにダメなんだろう?」ってみんな思ってるじゃないですか。「どうにかしないといけない」と……でも実は海外から見たらどうでもいいことなんですよ。
例えば日本人でめちゃめちゃクオリティの高い、ハリウッドみたいなオーケストラを書ける人がいたとして、「お前はハリウッドに行ったほうがいい」って言われますよね。でもあっちは必要としてない。
向こうには向こうでいるわけですからね。
そう。多分この何十年間、なんだかんだ言ってスタジオのエンジニアさんとか作曲家たちはそこを目指していたんです。でもそんなことどうでもいいことだったんだなって、僕も実際に行ってみて初めて気付いたんですよ。
僕は鋒山亘さん(※)と仲がよくて……個人的にも大好きな方なのですが(笑)。彼はまさにハリウッドで作曲家として活躍されている方ですが、本人いわく「自分はメンタルケアが上手だから、チームでメンタルケアをやってる。それが僕の存在意義だ」と。もちろん尚且つめちゃめちゃクオリティ高いものを作れるということなんですけど、この存在意義があるからこそハリウッドで第一線で作曲ができているという風に言っていて。
※鋒山亘さんについては以下も参照。
作曲家(クリエイティブ系):鋒山亘さん|アメリカで働く(多様な職業のインタビュー集)|現地情報誌ライトハウス
僕もやっぱり「ハリウッド級の~」とか、ハリウッドで仕事をするというのが夢だったので、音楽そのものにある自分の個性とかクオリティを維持しなくちゃいけないとばかり思っていたんですけど、海外に飛んでみたら全然そんなことを求められていないというのがわかった。
なるほど。
日本人が持っている「自分たちって嫌だな」といった感情って、他の国より強いと思うんですよね。政治とかでも「なんか変なことやってんな、政治家は」っていう、自分たちの国を愛してない感って、日本って結構強い方だと思うんですよ。国民性がそうなっていることが音楽にも影響していると思うんです。
でも実はそういう自分たちが「嫌だな」と……例えば固定観念で「クオリティが低くて、音も細い」って思っていたものが、海外の人からしたら実はめちゃめちゃクールで、むしろそっちのほうがクオリティ高いよっていうことを伝えてくるわけです。
それでも日本人って「いやいや、俺たちの目指すものは超一流の音楽だから、まだまだ修行しなくちゃいけないんだ」って、何か違うベクトルにずっと穴を掘ろうとしているというのがあって。
これは現地に行かないと、しかも何度も色んな国に行かないとわからない。アメリカだけにずっと行ってもわからないしね。でも自分は幸いなことにアジアもヨーロッパもアメリカも行ったから、全部総合してそういうことがわかって。
実感したのは、ライブで自分がステージに立って、客席が沸いた瞬間とかにですか?
それもあるし、現地の音楽のプロに聞いてもそうだし、スタジオに行ってもそうだし、あと街を歩いてるだけでもそういう空気が流れるし……全部ですね。
海外に無理に寄せるんじゃなく、今持っている個性で戦ったほうがいいと。
そう、個性をもっと広げて強くしたほうが絶対早い、それに気付いている人が少なすぎる。僕も今やっと気づいたばかりだし。今後も高らかに言っていきたいですね。
ただ勘違いしてはいけないのは、だからといってクオリティが低い音楽をそのまま出す、というのはお門違いですよ。自分達の音楽や国民性、インターナショナルな本当の意味での感覚を相対的に見る力が一番大事だ、という話です。世界的に活躍している人々はきちんと自分たちの売りと需要を理解しているということです。