
アーティストであり技術開発者! 松本昭彦が語るテクノロジーと音楽(インタビュー前編)
インディーレーベルの新たなビジネス:サンプルパック販売
松本さんはご自身でサンプルパックを販売されていますよね。何かきっかけはあったのでしょうか?
Ableton Live(編注:ドイツのAbleton社によるDAW音楽制作ソフト)にMax for Liveという拡張プラグインの仕組みがあるんですけど、それを使って10年ぐらい前からコツコツとプラグインを作っていて。50個から100個ぐらいは作ってオンラインで販売しているんですが、その売り上げが意外と大きいんです。
DAW全体のシェアを見てもAbleton Liveってそんなに大きくないにもかかわらず、自分みたいな個人クリエイターが作ったものでも結構な売り上げになるということは、サンプルパックならもっと大きく売り上げられるだろうなと思ったんです。
サンプルパックならプラットフォームに関係なく、音楽制作はもちろん、映像制作をしたい人が使ったりもできますしね。1年ぐらい前から販売し始めたんですが、プラグインを開発することに比べたら労力は低く、かつ多くの売り上げを出せるなという手応えがあります。
先日もシリアの音楽クリエイターから、僕のSerumプリセットパックをネットで見て購入したいと思ったんだけどシリア国内ではPaypalが規制されていて買う手段がないのでどうすれば買えるか、問い合わせのメッセージがきました。過酷な環境でも前向きに音楽活動できる人のエネルギーは無駄にしてはいけないと思ったので、いろいろと無償で提供しました。
そのきっかけで僕はシリアが今どういう状況にあってどういった音楽文化が存在するのか伺うことができました。しかし国外に出ているニュースやSNSによる情報発信も軍が多分に関与していて、シリアの実情とは違う負の側面ばかりが世界に流れてしまっていて、僕ら日本人も多分に誤解している部分はあるようです。
こういったコミュニケーションもプロダクトを販売する活動をしていなければできなかったはずで、商売はアーティスト活動とは違う社会勉強ができる点が良いと思っています。
基本はご自身のBandcampでの販売ですか?
サンプルパックはBandcamp、プリセットパックとプラグインはGumroadです。最近では、個人的にもともと好きだったLiquid Ritual(公式サイト)というロンドンのインディーレーベルからもコンタクトがありました。ベースミュージックの中でもウェイヴ(Wave)と言われるジャンルの代表的なレーベルで、主催者はKareful(@KarefulUK)というミュージシャンなんですが、ディーン・フジオカ(@deanfujioka)と対談している記事がネットで読めたりします。
今、音源そのものって全然売れないと思うんですよ。強いレーベルの作品ならサブスクとかで聴かれると思うんですけど、それだけでは売り上げが足りないから、マーチャンダイズを作ったりするところが多くて。
海外のインディーレーベル、特にSoundcloudラッパー系のレーベルなどがそうですけど、ホームページを見てもトップページがアパレル販売で、音楽を売ってるところにたどり着くのが難しいぐらいで(笑)。音源を売る以外のビジネスモデルは、みんな今探している段階なのかなと思います。
インディーレーベルはメジャーに比べて遥かに色々実験していて、その商材の中の一つにサンプルパックというのもある。もともとポップスはアーティストがモデル業や俳優業やテレビタレントをやったり、音楽作品の売り上げ一本ではない人が多いと思うので、それ自体新しい発想でもないとは思います。
ただインディーミュージックの場合、聴き手も音楽クリエイターであるケースが少なくないので、ミュージシャンのためになるような道具をリリースすると結構売れるみたいで。Liquid Ritualのサンプルパックもとても成功しているようです。
ちなみにKareful自身も「HARDWAVE SERUM KIT」というサウンドパックをレーベルの直販から、またSpliceでもSerumのプリセットをリリースされていますね。
「新しい音楽はダンスミュージックからしか生まれないのではないか」
いま特に注目している音楽ジャンルはありますか?
やっぱりウェイヴ系ですね。ベースミュージックを色々ミックスした感じの音楽で、ヴェイパーウェイヴと近いと思われがちですが、音楽的には多くの面が違っていて。
ヴェイパーウェイヴのシニカルな部分、資本主義社会をちょっとバカにしたような、おちゃらけたような面がなくて、シリアスな方向に持っていきつつビートはグライムやダブステップ、トラップも融合しながらベースミュージックとして発展していった音楽なんです。
雰囲気としては結構ダークな感じですが、メロディアスな音楽なので、その意味ではビートの面白さ以前にメロディーがなければ足切りされてしまう日本でも、様々な場面で受け入れられる可能性もなくはないのかなと。実際僕も広告仕事ではできるだけ提案して、そのスタイルの日本の一般社会への実装を試みています。
現代音楽から出発して、ダンスミュージックに興味を持たれたのはどのような流れだったのでしょうか?
理由のひとつとして、基本的にこれから先、自分が聴きたい新しい音楽はダンスミュージックからしか生まれないのかな、と思っているというのがあって。ビートとかリズムパターンみたいなものでしか、音楽の新しさを開拓しつつポピュラリティーまで獲得することはできない気がしているんです。
リズムパターンは、何か新しいものが出てきたら明確に分かると思うんですけど、それ以外の要素、例えばハーモニーだったりメロディーだったりって、既に飽和状態にあり、残されている未知のメロディーやハーモニーは濁った複雑なものしかないと思うんです。そうなると新規性がポップさを持ち得ないので、一般層に受け入れられなくなってくる。
「ウワモノは似ているけど、ビートのパターンや音色が違うから別のジャンルに聴こえる」とかいったことで常に新陳代謝していけるのが、ダンスミュージックのフレッシュな魅力なのかなと思っています。
海外からの制作オファーはどのような経路で来ているのでしょうか?
FacebookやInstagramに作品を定期的にアップしていると、向こうからコンタクトが来るんです。日本では、どんなに好きなミュージシャンでも感想を直接送ったりってあまりしないと思うんですけど、海外の人は遠慮なく感想のメールとか送ってくる。その中にミュージシャンからのオファーもあるという感じです。
僕はTwitter以外のSNS、例えばFacebookアーティストページとInstagram、YouTubeに関してほぼ日本語を使わないようにしてるんです。なるべく日本語を使わないようにして、英語でコミュニケーションが取れますよ、みたいな体でいるので英語でコンタクトが来ます。日本語でまくし立てるように文章を書いていたら、「英語がわからない人だから遠慮しておこう」と思われてあまり連絡が来ないかもしれないですから。
「自分の音楽を海外に広げたい」という考えのもと、そういったスタンスをとってらっしゃるんでしょうか。
「日本から海外に広げたい」みたいな加算的な考え方というよりも、自分はむしろ逆で、グローバルなものの方が元々基本にある、という考え方なんです。
なるほど……!
そういう考え方になった理由のひとつが、先ほどの僕が開発するプラグインの顧客やYouTubeチャンネル登録者が、9割海外の方だというアナリティクスのデータで。プログラムやプラグインに限らず、制作物が言語表現を伴わないインスト系のものであれば、日本だけを相手にするビジネスをすると損してしまうだけだなと思って。
確かに……ちなみに、なぜ日本の音楽は日本だけをターゲットにしてしまいがちだと思われますか?
それはエンタメシーンだけの話な気がするんです。クラシックも現代音楽も、グローバルな視点を持っている音楽家はポップスよりも割合は多いと感じます。日本でエンタメとして流通している音楽はそもそも歌ものが多い……というかほとんどなわけなので。そして歌ものであれば当然言語の壁はあるので、日本以外のマーケットに展開する計画はかなり後回しになりますよね。
逆に、インディーのDJやトラックメイカーで、世界中を回って各地にファンがいるという人も結構いると思うんです。一国の国内では1万枚しか売れない、でも100ヶ国にファンがいるという状態のアーティストがいたとして、全世界の売り上げを合計したら100万枚ということになるじゃないですか。
だから一つの国からはさほど評価されていないけれど、実はグローバルに活動することで評価の総数が大きくなっているという人は音楽の世界に限らずいると思います。
特にダンスミュージックとかトラックメイキングというのは、言語を使わない音楽が多いですし、日本語を使う必要がない音楽をやっている人は、グローバルに展開しない限り不必要に制限をかけることになり損をするだろうなと感じます。
後編はこちらからご覧ください!
取材・文:岩永裕史、関取大(Soundmain編集部)
松本 昭彦 Akihiko Matsumoto

東京都出身アーティスト/プログラマー。東京藝術大学大学院修了。現代音楽の作曲や音楽理論、電子音楽の技法を学んだ。2012年に修士(芸術)を取得後、東京大学工学部知の構造化センター研究員を経てアーティスト・プログラマーとして広告の音楽や美術展示、大学や放送局、自動車メーカー等の研究機関のためのプログラムを開発を行っている。また、アートと表現についての教育プロジェクトRESONANCE、サウンド系プログラマーのためのAMCJを主宰、雑誌PROSOUNDにてアートとテクノロジーに関するインタビュー連載など多岐にわたる活動を行う。
Twitter https://twitter.com/Akihik0MA
HP https://akihikomatsumoto.com/