
フィクションにおける音楽の描かれ方は、コロナ後に変化する?
「つなげる・つながる」ツールとしての音楽
7月9日より配信が開始されたNetflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』には、登場人物たちがラップをするシーンが存在する。湯浅政明監督からオファーを受け、声優陣のラップ監修を務めたラッパーのKEN THE 390曰く、「普段は思ってても言えないようなことが、ラップだと思わず口から出てしまう。そんなシーンにしたいと意識していました」とのこと。
被災時においてもポケットサイズのリズムマシン=スマートフォンによって、ビートひとつで心を通わせ合うことができる。きわめて現代的な音楽とテクノロジー、社会の関係性を描いたシーンだと言えるだろう。
これまで多くのアニメ作品においては、主人公がより大きな世界と出会うツールとして、ネット上に拡散する音楽のイメージが描かれてきた。
2011年のTVアニメ『ギルティクラウン』には現在で言うところのVシンガー(ヴァーチャル・シンガー)の要素を持った歌姫・楪いのりが登場する。いちファンである主人公の桜満集が彼女と出会うボーイ・ミーツ・ガールから物語は始まる。
2019年のTVアニメ『W’z《ウィズ》』の主人公・ユキヤはDJを趣味とする少年。プロジェクションマッピング風のエフェクトに覆われた異世界に入ることのできる能力を持っており、そこから発信したDJプレイの動画によって世界の注目を浴びることになる。
インターネットの向こうには、より大きな世界、冒険に満ちた物語がある。音楽は平凡な主人公をそんな場所へと誘う、神秘的な触媒(メディア)である――「サイバースペース」という言葉が古びてひさしいSNS以後のインターネット社会においてもそのような「信仰」は根強く、リアルな人間関係を「つなげる」ツールとしての音楽が描かれることは稀だったのだ。
コロナ禍の現在、現場で「音のつながり」を持つことは難しくなったが、「つながる」ツールとしての音楽の存在感自体は、むしろ増していると言える。星野源の「うちで踊ろう」のような例はその最たるものだし、先立って本ブログで公開したふくりゅう氏へのインタビューで触れられていた、TikTok発のヒットの例も印象的だ。真似したくなる、歌ってみたくなる音楽は、遠く離れた部屋と部屋を「つなげる」恰好のメディアなのだ。
大きな物語へアクセスするきっかけとしてではなく、ひとりひとりが抱える日常の不安や喜びを結ぶものとしての音楽。
コロナ禍をきっかけに、こうした現実を反映して、アニメでの音楽の描かれ方も変わっていくのかもしれない。
音楽を「つくる」登場人物の描かれ方
一方、音楽を「つくる」という要素を噛ませると少し違った様相が見えてくる。アニメ作品において作曲が要素として描かれる場合、それまでは「作曲をしている」ということ自体を誰にも明かしていなかったキャラクターが、おずおずと周囲に自作の曲を差し出し、「なんかいいじゃん」と受け入れられることで外の世界へと踏み出すような形が多く見られるのだ。
2017年のアニメ映画『夜明け告げるルーのうた』(これも湯浅政明監督作品だ)では、DTMを嗜む内向的な少年・カイが付き合い始めたばかりの(まだ完全には心を許してはいない)仲間とともに無人島で野外レコーディングをしていたところ、人魚の「ルー」に出会うところから物語が動き出す。
2015年のアニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』に登場する少年・坂上拓実はDTM研究会に所属する設定。もともとピアノ弾きであった彼は、家庭の事情もあり積極的に音楽に関わろうとしなくなっていた。しかし主人公の少女・成瀬順をはじめとするクラスメイトとの交流を経て、文化祭のミュージカルでそのアレンジャーとしての才を発揮することになる。
アニメに限らないことだが、フィクションにおいて「つくる」人間は孤独なパーソナリティの持ち主として描かれることが多い。自作の曲をつくってネットにアップロードしたとして、それが大きな反響を得ようが、逆にまったく発見されなかろうが、彼ら彼女らは心の深いところでは孤独なままだ。
これは当サイトで以前に紹介した、ミュージシャンのメンタルヘルス問題にも関わることかもしれない。
「孤独とは、人と深くつながっていない、見られていないということで、物理的には人に囲まれていたとしても孤独を感じるということはあります」とは、インタビューに答えてくれた心理療法士・Tamsin Embleton氏の言葉である。
身近な人からの「なんかいいじゃん」という評価は、まさに「深いつながり」への第一歩だ。作曲をし始めの頃に大切なのは、率直な感想を返してくれる、身近な人の存在だ。できれば自分よりも経験のある人から、技術的なアドバイスまでもらえるといい。
ネットコミュニティの可能性に目を向ける
フィクションにおいては、つくってみた音楽を、真っ先にYouTubeなどのプラットフォームにアップロードする描写がよく見られる。そこには、それをきっかけに大きな物語が動き出すのではないかという期待が、どうしても入り込む。
しかし本来インターネットは価値中立的なテクノロジーであり、SNSや動画プラットフォームは、あくまでその上に乗るサービスだ。不特定多数の海にボトルを投げ込むような使い方だけでなく、クローズドな使い方もできるはず。
たとえばDiscord(元はゲーマー向けのチャットサービスで、参加者を募ってクローズドなコミュニティを立ち上げるのにも適している)のようなサービスを活用した、既存のコミュニティに入ってみるのもいいだろう。「音楽」タグの付いたコミュニティの一覧も、Discordサーバー掲示板「DISBOARD」で検索することができる。
大手DTM情報サイトsleepfreaksによれば、同サイトを訪れるユーザー数がコロナ禍以降、顕著に増加したというデータがあるそうだ。
コロナ禍を機会に作曲へのチャレンジを始めたという人は、身近な仲間やアドバイザーとオンライン上でいかに出会うかということについても、スキルの習得と同じくらい意識してみるといいかもしれない。
文:Soundmain編集部