作曲家光田康典さん
2020.06.09

世界を熱狂させる劇伴作家 社長としての顔と海外レコーディング(光田康典インタビュー 2/3)

作曲家として、テレビゲームのBGMを中心に数々の人気作を手がける光田康典。スクウェア(現スクウェア・エニックス)在籍当時、若干23歳で手がけた『クロノ・トリガー』のBGMで世間に衝撃を与え、独立後は有限会社プロキオン・スタジオを設立。少数精鋭のチームで音楽制作を手がける他、スクウェア時代も含めた過去作品のアレンジCDやライブコンサートなどの企画も自社が主体となって行う、業界でも類を見ない活動を続けている人物だ。

今回、Soundmain Blogではそんな光田氏にロングインタビューを実施。全3回でお届けしている。

第2回となる今回は、プロキオン・スタジオというチームでの音楽制作の特徴や、海外ミュージシャンとの制作で見出したレコーディング哲学などを中心に語っていただいた。

第1回はこちら:

プロキオン・スタジオの歩みと、チームでの音楽作り

ご自身の会社である、プロキオン・スタジオを立ち上げたきっかけについて教えてください。

実は会社を作るつもりは全くなかったんです。スクウェア(現スクウェア・エニックス)を辞めた時は、フリーの作曲家で一生やっていこうっていうつもりで独立したんですね。

その後、ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)さんとモノリスソフトさんという組み合わせで『ゼノサーガ EPISODE I』(2002年)というプレイステーション2用のゲームを制作することになりまして。その際に、効果音、サウンド・プログラム、音楽、レコーディング・コーディネート……これらを一括して光田さんの方でやってくださいって頼まれたんですよ。

「全然やりますよ」って言って引き受けたんですけれど、ナムコさんに「会社対会社の付き合いにさせていただけるとスムーズなんです。光田さん会社を作ってくださいよ」って言われたんです。それで「じゃあ、会社の作り方を勉強します」って言って、『ゼノサーガ』の音楽を作る途中で会社も作ったんです。

もう必要に迫られて。

ええ、まあ僕としては不本意ですよ(笑)。ひとりで悠々自適に好きなことをやっていこうと思っていたところに、スタッフを抱えて会社経営もしなきゃいけないわけじゃないですか。作曲だけに集中できる環境では当然なくなっていくので、最初の数年は辛くもありました。

想定していたキャリアは、ビジネス寄りではなくクリエイター寄りだったのでしょうか。

そうですね。会社を大きくしようとか、儲けようとかって言う発想が未だにないんです。うちの会社は基本儲けない……こんなこと言っていいのかあれですけど、年間通してトントンになればいいっていう発想なので。

自分たちがこういうライブやりたいよねとか、こういうCD作りたいねとか、自社で何か作りたくなったときのための予算だけは貯金しておこうと思ってますけど、それ以外はもうスタッフの皆に還元しようっていうスタンスですね。

会社を作ってみて良かったこと、また気づいたことなどはありますか?

会社が設立された当初は銀行に振り込みに行ったりとか、他のスタッフの面倒をみたり、営業したりしていましたし、経理もやっていました。雑務をするだけで時間を取られていたという時期もありましたね。今は専門のスタッフがしっかりサポートしてくれるので助かっています。また、作品を作る上で、一緒に作業できるスタッフがいると心強いというのもあります。意見を出しあえますからね。こういったことはチームでやれることの大きなメリットですね。

気づいたこととしては、トップにいる誰かが指示を出すっていうことが、会社という組織にとってはすごく重要なんだということです。

良くも悪くも、誰かしら社長やリーダーが上にいるからこそスタッフも色々とトライできる……という安心感があるということでしょうか。

そう、上司って責任をとるのが仕事だと思うんです。そうすれば、スタッフが安心して思いっきり無茶ができる。しかも、やりがいも生まれる。会社を作って理解できた部分ですし、面白いなあと思った点ですね。

現在の体制になってから手がけた仕事で、特に印象に残っている作品はありますか。

会社的にすごく良かったと思うのは、『新・光神話 パルテナの鏡』(2012年)という作品に参加できたことですね。当時の社員総出でそのゲーム会社さん(プロジェクトソラ)に出向してた感じなんですよ。

会社まるごとが制作チームとしてそこに?

はい。その時スタッフが11人ぐらいいたんですけど、ほぼ全員稼働してましたね。(対応ハードである)ニンテンドー3DSがまだ世に出ていない時に、ハードのローンチと同時に出そうっていう計画で動いていたソフトで。

だから3DSのライブラリも全然出来上がってない状態で、自社でイチからサウンド・プログラムを作ってたんですよ。しかもそのサウンド・ライブラリーのデバッグもやりつつだったので、なかなか大変でした(笑)。世の中の誰もがまだ知らない、新しいハードウェアで作ってる楽しさというのもあったんですけどね。

あとは当時、社会保険とかにも入ってなかったんですよ。でも出向という形で仕事をさせる以上は社会保険に入らなきゃならないので、ようやくそこで入ったりとか。世の中のシステムみたいなのも勉強になったというか、そういう意味でも印象に残ってますね。

海外レコーディングで感じた、音楽に対する考え方の違い

海外でのレコーディングをされることも多いと思いますが、一番最初に経験されたのはいつ頃ですか。

初めて自分が海外録音をしたのはおそらく『ゼノギアス』(1998年)じゃないかと思います。ブルガリアン・ヴォイスをゲームに取り入れたくてブルガリアに行ったり、アイルランドに行ってスクウェア初のボーカル曲を録ったりしました。

ゼノギアス オリジナルサウンドトラック

今だと日本でもアイルランドなどの民族楽器を演奏できる方ってたくさんいらっしゃるのですが、当時はやっぱり一人もいらっしゃらなかったですし、そういう楽器があることすら日本で知っている人は少なかったですよね。もちろんブルガリアン・ヴォイスを日本で歌える人なんて一人もいませんでした。もうこれは現地に行くしかないよねっていう話になって。

インターネットも今ほど発達していないですし、歌える人を探すのも一苦労だったんじゃないでしょうか。

大変でしたね。「友達の友達の友達がブルガリアに住んでるから連絡してみよう」とか、そんな状況でした(笑)。ブルガリア大使館に聞くとか、CDを買ってブックレットに載っている連絡先に電話するとか、そういう方法で探していましたね。

さまざまな海外のミュージシャンやエンジニアさんと交流をしてきて、海外RECをする意味合いについてはどのようにお考えでしょうか。

それはもうたくさんありますね。今だと技術的にもそんなに違いは無いんじゃないかって思われる方は多いのかもしれませんが、やっぱり日本で録った方がいいものと、海外じゃないと絶対録れないものってあって。

一番の違いは、海外のミュージシャンの音楽というものに対する考え方ですね。日本人とは全く違うんですよ。

最近も僕の曲のライブツアー用のアレンジをしてくれた、北欧のDreamers’ Circusというスリーピースバンドが日本に来たんですが、せっかくなのでここ(日本)でレコーディングしようということになって。

Dreamers’ Circus – ‘A Room in Paris’ – Live

レコーディングも一緒に立ち会ったんですが、演奏が終わって僕には「ここのタイミングやピッチが気になるなぁ」とか、細かい部分が気になっていたのですが、本人たちはすごく満足してるんですね。「いや〜、良いテイク録れたね」みたいな。それで本人たちがOKって言うならまあいいかと思って、そのテイクをOKした。

で、後日ミックスしたら、もう当初僕が気になっていた部分が全く気にならなくなってるんですよ。ちょっとズレてるところも逆に味となって、すごく印象深い曲になっている。彼らはピッチとかよりも、とにかく3人のグルーヴの方を大事にしてるんですよね。自分たちの息が感じられるものなら、それがOKテイクなんです。これって日本人にはなかなかない発想ですよね。

確かに、ついディティールを直しがちですね。身に覚えがあります(苦笑)。

昔から自分はピッチを直したりタイミングを直したりするのは好きではなかったので、できる限りその時の空気感を大切にしながらレコーディングはしてきましたけど、改めて彼らのレコーディングを見ていると、これが音楽だよなー、と再認識しましたね。最近の音楽は過激に修正しているのがすごく気になってしまって聴いていられません(笑)。

そして、初めて海外にレコーディングしに行った時の衝撃は今でも覚えてます。Davy Spillaneという、イリアン・パイプスやアイリッシュ・フルートなどを演奏するアイルランドのミュージシャンと一緒にやることになった時に、譜面を渡そうとしたんです。

https://open.spotify.com/album/2mXPvIpx2Xwcqvug7gSlse?si=56iROlRDTPiAiT3qm4n6Vg

そうしたら「ごめん、俺は譜面を読めないんだ」と言われて――トラッドのミュージシャンは譜面が読めないんですね――「どういうメロディーを吹いてほしいか、デモに入ってる?」って言われて、打ち込んできたものを聴かせたら、1回聴いただけで5分半の曲を全部覚えちゃったんです。

で、「OK、こんな感じね」って言ってブースに入っていって、その時の曲のピッチと自分の楽器のピッチだけ揃えてレコーディングを始めたのですが……一発OK。

かっこいい!

譜面にとらわれていない分、そこにその人の魂を入れてくるんですよね。

要するに音楽というものの捉え方が全然違うんです。魂が空気となり、聴き手を魅了する。昔のレコードを聴いても、レコーディングが終わった後の笑い声とかをそのまま収めたりしてる作品ってたくさんあるじゃないですか。そういった粗さも含めて、一つの世界観になっている。

でも、じゃあそこにいくらお金かけるんだとプロデューサーに言われると、説得するのは難しいんですよね。日本でも録れるんでしょって言われたら、「いやそう言われればそうなんですけど……」となっちゃって。

でも後世に残していく音楽を作る上では、やっぱりそういった感覚的としか言えない部分に全身全霊を注いで作ることが非常に大事なんだと思いますね。

人の心を動かすテイクを収めるためには、適切な人や場所というものがあると。

そういうことですね。いわゆる名盤と呼ばれるアルバムを作るには、非常に細かいんですけど、そういう小さな積み重ねが重要になってくるんじゃないかなって思うんですよね。

例えばロンドン・フィルなんかもそうだったんですけど、海外のミュージシャンって絶対に「(こんなフレーズ)弾けない」って言わないんですよ。メチャメチャ難しいフレーズであっても、「これは作曲家がこの音が欲しくて書いてるのだから、(弾けないとわかっていても)それに近いところまでいこう」としてくれるんです。

だから初見で難しいフレーズがあっても、「ちょっと時間くれる?」って言ってみんなで練習し始めるんです。で、弾けた! ってなると皆で盛り上がっちゃうんですよ。「やっぱり俺らすげえな、できたな」って感じなんでしょうね(笑)。その上で、「もう大丈夫だからレコーディングしよう」って言い始めて。

音楽に対しての向き合い方、難しいことを成し遂げる楽しさみたいなのを保つのが、海外の人はすごく上手だなって思いますね。

楽器を学び始めの頃のあの気持ち……というか。

そう、あの気持ちが蘇ってきたみたいな感じで、最後には「難しかったけど楽しかったよ」みたいなことを言って帰っていくわけですよね。だからこそ音にも魂が乗るんだと思いますし、海外のミュージシャンのそういうところが大好きなんです。

逆に日本のミュージシャンはどうでしょうか。

もちろん日本のミュージシャンの方が得意な部分もありますよ。時間内で数多く録って、きっちりいいものを作るという意味では日本の方が確実に上です。演奏もめちゃくちゃ上手いですしね。特にピッチや速いテンポの曲に合わせて演奏するのは、日本の方が圧倒的に上手いと思います。

一概にどっちがいいというわけではなく、曲ごとだったり、プロジェクトごとだったりで使い分ける必要があると感じています。 

作品がどんな音を求めているのかを見極める

なるほど。その上で海外/日本ということに限らずお聞きしたいのですが、具体的にどういったポリシーで人選をされることが多いでしょうか。

プロキオン・スタジオには作曲家が自分以外に2人いるのですが、僕が彼らによく言うのは、自分が作りたい音楽にどういう音を乗せたいか、その音をどういう人が演奏すると最高の音楽ができるかっていうのをちゃんと考えて、人選をした方がいいよと口酸っぱく言っています。

例えば自分が作った曲はブリティッシュ系の音楽で、ブリティッシュなフレーズを演奏してもらいたいのに、仲が良いからといってアメリカンなギタリストにずっと頼んでいるのは絶対やめなさい、と。
初めての人だと怖いし、弾けるかどうかわからないし、どんなフレーズを弾いてくるかもわからない。けど、自分が作った音楽のジャンルやスタイルが得意な人をとにかく選んで、その人と仕事をした方がいいよって言ってるんです。なので僕はプロジェクトごとにミュージシャンをガラッと変えることは多いですね。

そもそもゲームのプロデューサーやディレクターも、今回のゲームはこういう世界観だからこの作曲家に頼もうとか、個々で選んでるわけですしね。それと同じですし、それが本来の考え方だと思います。仲が良いからという理由で、場違いな音を選ぶべきではありません。

いいものを作る時には絶対に大事な考え方ですよね。

やっぱり作品が何を求めているか、どういった音が欲しいかということをちゃんと見極めた上で、必要なら海外にでも行って録ってくるという。そこまでしないとなかなかいいものは作っていけないし、作品を作る意味がないですよね? だからこそ、そういったところにお金をかける意味っていうのは実はすごくあるんですよね。

以前に『SOUL SACRIFICE』(2013年)というPS Vita用のゲームの音楽を作った時は、やっぱりハリウッド的なサウンドが一番マッチするよね、ということでわざわざスカイウォーカー・サウンドまで行って録音したんですよ。やはりアメリカのオーケストラらしく、ブラスがとても印象的なサウンドになりましたし、ゲームの世界観にマッチしたサウンドに仕上がりました。僕もすごく満足している作品のひとつですね。

SOUL SACRIFICE The Music of “SOUL SACRIFICE”「魂の旋律 -main theme-」

第3回は音楽とテクノロジー、そして作曲家の権利意識について語っていただきます!

取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)

光田康典 プロフィール

作曲家、編曲家、プロデューサー
1972年1月21日生まれ。1992年スクウェア( 現スクウェア・エニックス)入社、1995年『クロノ・トリガー』で作曲家デビュー。『ゼノギアス』等の作曲を担当した後、1998年に独立。フリーランスで活動後、2001年プロキオン・スタジオを設立し、同社の代表を務める。
現在はテレビや映画、アニメ、ゲームなどジャンルにとらわれない多様な作曲をこなし、有名アーティストへの楽曲提供やアルバムプロデュースを手がけるほか、国内外のライブ出演や海外でのレコーディング、書籍の寄稿も積極的に行うなど多岐にわたり活動中。
主な楽曲代表作に、『クロノ・クロス』『ゼノサーガ エピソードI』『ソーマブリンガー』『新・光神話 パルテナの鏡』『SOUL SACRIFICE DELTA』NHKスペシャル『宇宙生中継 彗星爆発 太陽系の謎』『イナズマイレブン1〜3』『イナズマイレブンGO クロノ・ストーン』『イナズマイレブンGO ギャラクシー』『イナズマイレブン アレスの天秤』『イナズマイレブン オリオンの刻印』『黒執事 Book of Circus』『ゼノブレイド2』『FINAL FANTASY XV エピソード イグニス』他多数。

光田康典 公式ウェブサイト “Our Millennial Fair”
http://www.procyon-studio.com

Yasunori Mitsuda & Millennial Fair『CHRONO CROSS 20th Anniversary Live Tour 2019 RADICAL DREAMERS Yasunori Mitsuda & Millennial Fair Live Audio at NAKANO SUNPLAZA 2020』

2020年7月1日(水)より主な配信サイト(iTunes、mora、レコチョク、animelo mix、Amazon、Google Play Music、e-onkyo music、music.jp)にて配信スタート!

PlayStationソフト『クロノ・クロス』発売20周年を記念して、同ゲームの作曲家である光田康典が総監督となり開催されたクロノ・クロスライブツアーの中から、2020年1月25日に中野サンプラザで行われたツアーファイナル公演を収録した音源。ライブの臨場感を損なうことなく、音楽だけに集中できるよう光田康典が自ら特別に編集やミックスダウン、マスタリングの監修をおこない、音楽単体として十分に楽しんでもらえる作品に生まれ変わった。今回のライブツアーを応援してくださったたくさんのファンの皆様へのお礼の意味も込めて特別に¥1,800(税込)という破格で配信が決定した。

配信日:2020年7月1日(水)
moraハイレゾ先行配信日:2020年6月24日(水)
特設サイト https://procyon-studio.co.jp/special/ccliveaudio/
特設サイト(英語) https://procyon-studio.co.jp/special/ccliveaudio/indexen.html