作曲家光田康典さん
2020.06.03

『クロノ・トリガー』『ゼノブレイド』作曲家のルーツと仕事術(光田康典インタビュー 1/3)

作曲家として、テレビゲームのBGMを中心に数々の人気作を手がける光田康典。スクウェア(現スクウェア・エニックス)在籍当時、若干23歳で手がけた『クロノ・トリガー』のBGMで世間に衝撃を与え、独立後は有限会社プロキオン・スタジオを設立。少数精鋭のチームで音楽制作を手がける他、スクウェア時代も含めた過去作品のアレンジCDやライブコンサートなどの企画も自社が主体となって行う、業界でも類を見ない活動を続けている人物だ。

今回、Soundmain Blogではそんな光田氏にロングインタビューを実施。全3回でお届けする。
第1回となる今回は、多くのゲームプレイヤーに衝撃を与えた『クロノ・トリガー』の音楽に関する興味深い自己分析や、驚きのDAW使いについても明かされた仕事術について、お話をいただいた。

今までになく大変だった数年間

まず、最近の活動について教えていただいてもよろしいでしょうか。

去年は今までほとんどやってこなかったライブ活動をしていたので、実は作曲活動はあまりしていなくて。私自身、コンスタントにライブをおこなったりする作曲家ではないため、ライブをやるんだったらしっかり作り込んでいこうという発想で、いつも構想も含めれば2年ぐらいかけてしまうんです。

『CHRONO CROSS 20th Anniversary Live Tour 2019 RADICAL DREAMERS Yasunori Mitsuda & Millennial Fair』

また、その間にはモノリスソフト(株式会社モノリスソフト)さんの『ゼノブレイド2』にも参加させていただきました。

『ゼノブレイド2 オリジナル・サウンドトラック』Cross Fade Movie

普段はプロジェクトをたくさん並行して動かすというよりも、この年はライブ、この年は制作という風に集中して作っていく感じなんです。

しっかり時間をかけて作っていくのが自分のスタイルだと思っていて。そういう意味では、ここ数年は今までになく大変でした。

『クロノ・トリガー』の音楽が衝撃を与えた理由

スクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社されてから、はじめは効果音などの制作をされていたそうですが、劇伴制作に関わったのは『クロノ・トリガー』(1995年)が最初ですよね。

そうですね。ゲームの作曲家としては『クロノ・トリガー』が初めての仕事でした。

王道ファンタジー感もありながら、民族音楽的な要素やさまざまなジャンルもふんだんに取り入れていた楽曲が衝撃的で。『クロノ・トリガー』を担当するときに、そういった音楽性をすでに確立されていたのには、どういった背景があったのでしょうか。

元々自分はジャンルレスというか、聴くにしても作るにしても、このジャンルは好きとか、このジャンルは嫌いとかっていうのは全くなかったんです。

どちらかと言うと、ありとあらゆる音楽が本当に大好きで。僕らの年代の、いま40代の人ってそういう人が多いんじゃないかなと思うんです。70年代後半から80年代って、テクノロジーの進化も相まって、もう凄まじく色々な音楽のジャンルが生まれたじゃないですか。シンセサイザーやパーソナルコンピュータが発売されて少しずつ身近なものになったりとか、MIDIのシーケンサーが徐々に出てきはじめたりとか。テクノロジーの進化と音楽の進化が一気に加速したのが70年代後半から80年代だと思うんですよ。

ロックやジャズの中に電子音が入ったりとか、いろんな民族音楽とロック、プログレが融合したりとか、シンセを使った実験的な音楽など……もうとにかく出てくる音楽全部が聴いていて楽しかったんですよね。

YMOさんたちがテレビに出て、シンセサイザーのSystem700を使ってライブをやられたりとか、音楽的にも見栄え的にも衝撃的でしたし。当時ブリティッシュ・ロックなども日本で凄く流行ってて、CMとかでもよく使われていましたね。

メディアからも伝わってくるワクワク感があったんですね。

ええ。一方で、ラジオでもチャンネルごとに色んな曲が流れていて。アイルランドの音楽だとか、トルコやブラジルの音楽だとか……もう毎日ラジオを聴くのが楽しくてしょうがない時代でした。

特に好きだったのはCarpentersやArt Blaky、GenesisやYes、Chick Corea、そして、民族音楽ならやはりアイリッシュや中央ヨーロッパや南東ヨーロッパ、ブラジルやアフリカなどの音楽が好きで、アイリッシュだとAndy IrvineやDónal Lunnyなどもよく聴いていましたね。おすすめの音楽を紹介して、と言われれば、数年はラジオ番組ができるぐらいネタはあります(笑)。それほど多種多様の音楽が溢れていたし、聴いていたと思います。

だから自分が作曲家になりたいって思った時も、ロックもやってみたいし、クラシカルな曲もやってみたい、民族音楽も面白そうだし……っていう感じで。

そのタイミングでいただいた仕事が『クロノ・トリガー』というゲームの音楽で、「タイムトリップして色んな時代に行く」っていう作品のテーマと自分の音楽性がたまたまマッチしたんですよ。

CHRONO TRIGGER – Launch Trailer

作品のテーマとご自身の作風が幸福な出会いをされたということですね。とはいえ、当時のゲームハードの表現力ではアイデアをすべて実現させるのが難しい面もあったのではないでしょうか。

そうですね。おっしゃる通り(『クロノ・トリガー』の対応ハードだった)スーパーファミコンは、8音しか鳴らすことができないんです。そんな中でも僕はもうちょっと刺激的にしたいということで、結構ジャズ的な要素を取り入れたりしていて。音数が少ないのに、テンション・コードなどが山ほど入ってるんですよ。

当時流行っていたタイトルとしては、やはり『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』ですよね。それとは違う音楽性で何か勝負したいっていう思いは確かにありました。

聴いてきた音楽とゲームのテーマ性が合致した音楽であったこと、そしてハードウェア的にちょっと難しいところにチャレンジしたっていうところが、皆さんが「衝撃だ!」って言ってくださったポイントなのかなと思います。

光田流、驚きのタイムマネジメント術

生活リズムは一定に保たれているタイプですか?

三十代後半まではもう、ぐちゃぐちゃでしたね。朝も昼もない状態で(苦笑)。

若い時ってどうしても「締め切りを越えちゃいけない」っていう強迫観念があるじゃないですか。だから徹夜して頑張らなきゃって思うんですけど……実は数時間寝て仕事をしても大して差がないんですよね。

どちらかというと寝たほうがいいものができたり、効率も良くなるということがわかってきたところで、もう徹夜して仕事を頑張るのはやめようと決めたんです。明日締め切りでも今は眠たければ気にせず寝ちゃいますね(笑)。なので生活リズムは結構整っていて、朝6時ぐらいに起きて夜は11時くらいには寝るみたいな生活です。

すごく健康的ですね。運動もされたりするんですか?

最近は午前中に必ずラジオ体操をするようにしています。あとは時間でスケジュールを結構細かく区切っちゃいますね。その区切りごとに来る締め切りが効率を良くしてます。

例えば今日だったら15時からインタビューなので、それまでにこの仕事を終わらせる、みたいな感じですね。こうするとモチベーションが保てるんです。

「3日間以内にデモを上げる」とかではなく……

そうですね(笑)。例えば「昼までに8小節作る」なら「3日間かけて3分くらいの曲が書ける」とか考えていくんです。もしくは「昼までに1曲分のスケッチだけを渡して、あとは1時間毎おきに何小節まで終わらせる」とか。なので「今何小節できてます。聴きたければ送りますよ」っていうこともできちゃうんです。

オン/オフの切り替えもしっかりできていそうですね。

そうですね。それを続けていくと、16時ぐらいに仕事を終わらせて飲めたりするじゃないですか(笑)。映画を観たりもできますし。

あと作曲の場合はDAWの中にマーカーで時間を入れちゃいます。「8小節目まで14時」とか、曲の時間軸に締め切りの時間が書かれているわけです。時間、スケジュール名、と常に見えているので、「うわ~、やばい、30分経っても全然出来てないぞ」みたいに焦ったりできる(笑)。

光田康典のDAW作業画面
実際の光田さんのDAWスクリーンショット。黄色のマーカーで「A:11:30」など、締め切り時刻が記載されている

本来はマーカーって曲の構成メモ用ですよね。そんな使い方があったとは……その方法ならディティールは別にしても、尺は確実に埋めていくことができますね。

そうなんですよ。とにかく尺を埋めて、気に入らなければまた変更すればいい。見直す時間もスケジュールの中に入れてあるので。気に入っていればその分、時間が空くわけですから、その時間に違うことをやったりもできますし。

今の仕事のスタイルに切り替えようと決めた一番のきっかけってありますか?

がらっと変えたのはテレビの仕事とアニメの仕事をした時ですね。テレビや映画はゲームと違って締め切り(放映日)が決まっているので、絶対に遅れることができない。そんな状況になった時に、一日何分ずつ作っていけばいいんだっけ? というのを全部逆算したんです。それをシーケンサーに打ち込んでいったのが最初ですね。ゲームの音楽をずっと続けてたらこういう発想にはたどり着かなかったかもしれない。

ゲームは尺の変更とか、中身自体が変わることも多いですもんね。

そうなんですよね。開発スパンも長いし、変更点も多くなるので。(映像作品は)尺に対するリテイクが基本ないので、とにかくまず曲数を揃えるっていうところに念頭を置いて作るっていうのも大きな違いでした。

でもそのやり方が性に合っていたというか、続いているということは……

ええ。それが意外に良いなっていうのと、ゲームのロングスパンの制作においても、このやり方を使っていくと非常に効率よく作品が作れることがわかったんです。

むしろゲーム制作の方が余裕がある分、このやり方を導入することで、「もうちょっと詰めて考えてみよう」っていうのができるようになったんですよね。なので作品のクオリティーは昔に比べてかなり上がったんじゃないかと。

最近は昔よりももっともっと細かいところまで考えて作っているので、自分的には最近の作品の方が好きなんです。まあ曲って抽象的なものですから、若い時の方の曲のほうがパワーがあっていいよねと言う人もいますけどね。 

制作のポイントは「構成力」と「ミニマル」

タイムマネジメント以外のところで、普段の音楽制作について教えていただけますか?

本当に色々な作り方をしますね。先ほど言ったように、8小節をどんどん積み重ねていくっていう作り方もしますし、全体を通した軽いスケッチを作っておいて、後で肉付けするっていう作り方もしますし。例えばギターの曲だったら、当然ギターを持ってギターで作っていくとか、作る曲によって楽器を持ち替えていくというやり方もありますし。

会社としてアニメやゲームの劇伴仕事を受ける際にも色々なパターンがあって。スタッフが効果音を付け、セリフも当てた段階の映像ファイルをもらって、僕がそれらを邪魔しないように音楽を隙間に埋めていくっていうやり方もあれば、まず映像をもらって、僕が音楽をつけた後に効果音チームに渡して、音楽の邪魔をしないように(効果音を)付けてと依頼する場合もあります。

もう本当に色々なパターンがあって、どれが正解っていうのもないですし、映像が上がってくる時期もまちまちだったりするので、なかなか一概にこういうルーティーンでやりますって言えるものはないんですけど。

楽曲を見直すタイミングになったとき、どういった点に気をつけて詰めの作業をされているんでしょうか?

僕はとにかく、構成というものが楽曲にとってすごく大事だとずっと思ってまして。楽器の数を増やしたり、メロディー、裏メロをちょっと変えてみたりすることによっていかに楽曲の「構成力」を引き立たせることができるか、という詰め方をしていることがほとんどですね。

もうちょっとここをこう肉付けするとサビでもっと盛り上がるじゃないかとか、サビの前にこういうフレーズを入れてやることによって、全体的にもう一回聴きたくなるような曲になるんじゃないかとか……逆に言うと、構成そのものをフィニッシュの段階で丸々変えるっていうのはあまりないです。

あともうひとつ、僕は「ミニマル」っていう考え方をいつも楽曲に取り入れてるんです。特にアマチュアの作曲家さんとか、曲作りを始めた人とかに多いですけど、色々なアイデアがありすぎて、楽曲に音を詰め込みすぎちゃうんですよね。

そういう楽曲って一聴してすごい派手で、わあ、かっこいいって思うんですけど、何回も聴いてると飽きてきちゃうと思うんです。要らないもの、つまり実際には聴こえてない音が結構あったりするんですよ。

そういう音をミュートをしつつ聴いて、「これ全然耳に入ってこないな」っていうのは全部削ぎ落していく。彫刻みたいな感じですよね。そうすると、最終的に聴いて欲しい音しか残っていない状態になっていく……これは「構成力」にも関係してくることなんですけど。

「削除していく」ことってなかなか勇気がいるんです。せっかく自分が発想して出したものなのに、ゴミ箱に捨てるの? みたいな。でも、これが結構大事なんですよね。

EQやトラックも音を盛っていくのではなく、カットして必要なものを適正音量に上げるような。

そうなんですよね。やってることは同じなんですけど、ブーストしない、要らないものを削っていく、という。エンジニアでも、海外の人は引くんですよね。「ここは耳に付くから削る」みたいな、削り作業の比重が大きいんですよ。最後に引き算することの重要性っていうのは多分、絵を描いていらっしゃる方や、小説を書いている方とかにも共通することだと思います。

まあ、こういう作り方は時間がないとできなかったりするので。そのためにもスケジュールをちゃんと切って、引き算できる余裕を持ちたいなと思ってるんですよね。

ちなみに、曲作りのインスピレーションを得るために意識されていることはありますか?

生演奏のレコーディングを勉強したり、コンサートやライブを観に行くというのはすごく重要だと思っています。打ち込みだけで音楽を作っている方でも、こういった体験は大変参考になると思います。
スーパーファミコンやプレイステーションの時代は内蔵音源で作っていたので、当然全部打ち込みだったわけですけれども。その中で、いかに人間味のある打ち込みをするかということが課題だった。そうなるとやっぱり楽器のことを理解してないと、なかなか本物っぽくならないっていうのがあるんですよね。

最近は打ち込みでオーケストラの曲を作られている方も多いですけど、オーケストラの本当の作り方を知っていると、フレージングだとか、打ち込み方…たとえば同じ電子楽器でバスドラを一発選ぶのにしても、全然選び方が変わってきたりとか、自分でミックスするにもEQの使い方が全然変わってきたりするんですよ。

テクノのようなそもそもが打ち込み主体の音楽でも、ライブを観に行くと、コンピュータの前だけでは絶対に感じ取れない何かがあったりしますよね。みんながわーって盛り上がってる、そのポイントって何だろうっていうのは曲作りのヒントになる。

僕自身もたくさんコンサートやライブを観に行って、打ち込みに反映している部分が多々ありますね。

第2回はスタジオ社長としての顔と海外レコーディングでの体験について語っていただきます!こちらからご覧ください!

取材・文:岩永裕史、千葉智史(Soundmain編集部)

光田康典 プロフィール

作曲家、編曲家、プロデューサー
1972年1月21日生まれ。1992年スクウェア( 現スクウェア・エニックス)入社、1995年『クロノ・トリガー』で作曲家デビュー。『ゼノギアス』等の作曲を担当した後、1998年に独立。フリーランスで活動後、2001年プロキオン・スタジオを設立し、同社の代表を務める。
現在はテレビや映画、アニメ、ゲームなどジャンルにとらわれない多様な作曲をこなし、有名アーティストへの楽曲提供やアルバムプロデュースを手がけるほか、国内外のライブ出演や海外でのレコーディング、書籍の寄稿も積極的に行うなど多岐にわたり活動中。
主な楽曲代表作に、『クロノ・クロス』『ゼノサーガ エピソードI』『ソーマブリンガー』『新・光神話 パルテナの鏡』『SOUL SACRIFICE DELTA』NHKスペシャル『宇宙生中継 彗星爆発 太陽系の謎』『イナズマイレブン1〜3』『イナズマイレブンGO クロノ・ストーン』『イナズマイレブンGO ギャラクシー』『イナズマイレブン アレスの天秤』『イナズマイレブン オリオンの刻印』『黒執事 Book of Circus』『ゼノブレイド2』『FINAL FANTASY XV エピソード イグニス』他多数。

光田康典 公式ウェブサイト“Our Millennial Fair”
http://www.procyon-studio.com

Yasunori Mitsuda & Millennial Fair『CHRONO CROSS 20th Anniversary Live Tour 2019 RADICAL DREAMERS Yasunori Mitsuda & Millennial Fair Live Audio at NAKANO SUNPLAZA 2020』

2020年7月1日(水)より主な配信サイト(iTunes、mora、レコチョク、animelo mix、Amazon、Google Play Music、e-onkyo music、music.jp)にて配信スタート!

PlayStationソフト『クロノ・クロス』発売20周年を記念して、同ゲームの作曲家である光田康典が総監督となり開催されたクロノ・クロスライブツアーの中から、2020年1月25日に中野サンプラザで行われたツアーファイナル公演を収録した音源。ライブの臨場感を損なうことなく、音楽だけに集中できるよう光田康典が自ら特別に編集やミックスダウン、マスタリングの監修をおこない、音楽単体として十分に楽しんでもらえる作品に生まれ変わった。今回のライブツアーを応援してくださったたくさんのファンの皆様へのお礼の意味も込めて特別に¥1,800(税込)という破格で配信が決定した。

配信日:2020年7月1日(水)
moraハイレゾ先行配信日:2020年6月24日(水)
特設サイト https://procyon-studio.co.jp/special/ccliveaudio/
特設サイト(英語) https://procyon-studio.co.jp/special/ccliveaudio/indexen.html