音楽業界のためのメンタルヘルスガイド
2020.05.19

コロナ禍の今、手に入れるべきメンタルヘルスガイド AviciiらDJ/クリエイターなど音楽業界の事例から

ダンスミュージックの聖地、イビサ島で開催されているカンファレンス「International Music Summit(IMS)」。音楽制作、イベント・オーガナイズやDJブッキングについてなど、毎年様々なトピックが議論されていますが、今最も大きく取り上げられているのが“メンタルヘルス問題”です。

AviciiそしてThe Prodigy・Keith Flintの死。LucianoやBengaなどもメンタルヘルス問題を抱えていることをカミングアウトし、Hardwellが急遽休養宣言をするなど、ここ最近残念なニュースを目にすることが多いなか、IMSの運営にも関わっている団体「The Association for Electronic Music (AFEM)」が、音楽業界のためのメンタルヘルス・ガイドブック『The Electronic Music Industry Guide To Mental Health』を昨年リリースしました。

因みに昨年のIMSでは、Aviciiの父親であるKlas Bergling氏も参加し、Aviciiの遺産からの寄付金を基に、自殺の原因と予防に関する研究に取り組む組織や、気候変動や世界的な飢餓など、Aviciiが情熱を注いできた問題に取り組む団体を設立したことについて語っています。

Klas Bergling氏も参加したIMS2019でのディベートから1年後、Soundmain Blogの和訳サポートのもと、『The Electronic Music Industry Guide To Mental Health』和訳版がリリースされました。

音楽業界のためのメンタルヘルス・ガイドブック『The Electronic Music Industry Guide To Mental Health』

日本語版
オリジナル英語版を含むAFEMによるプレスリリース

和訳版のリリースに伴い、AFEMのリージョナル・マネジャーTristan Hunt氏からもコメントが届いています。

「AFEMの『Mental Health Guide For The Electronic Music Industry』が和訳されたことを大変嬉しく思っています。和訳版を実現させるために尽力してくれた、AFEMのメンバーでもあるSoundmain、そして翻訳することを立案し提供してくれたSoundmain Blogの岩永さんに感謝します。世界が封鎖され、孤立化が我々の業界に影響を与えているなかで、心の健康を守ることはとても重要です。このような激動の時代に直面しているなか、本書が皆さんのお役に立てることを願っています」

そして今回のSoundmain Blogは、ガイドブック和訳版に加え、ガイドブックの執筆に参加したイギリスの心理療法士Tamsin Embleton氏にメールインタビュー。

ヨーロッパの音楽業界でメンタルヘルス問題がどのように扱われているのか、未然に防ぐために今できることなどを色々と聞いてみました。

是非AFEMのガイドブック、本インタビュー記事と併せてご覧ください!

心理療法士Tamsin Embleton

まず自己紹介をお願いします

Tamsin Embletonといいます。ミュージシャンや音楽業界で働くスタッフへの対応を専門にしている心理療法士です。以前は音楽業界でフェスティバルやベニューのブッキング担当、アーティスト・マネージャー、ツアー・マネージャーとしても働いていました。

現在は、主にイギリスとアメリカで活動している開業医のグループ「Music Industry Theapists and Coaches」を運営しています。グループでは最近、Live Nationのバックアップのもと、不安の緩和と自己隔離について書かれたガイドブック『Anxiety Relief & Self-Isolation guide』を無料でリリースしました。

また『エレクトロニック・ミュージック業界のメンタルヘルスガイド』を作成した団体AFEMの、健康に関するワーキンググループの共同議長を務めています。

(Live Nationのバックアップのもと彼女が制作したガイドブック『Anxiety Relief & Self-Isolation guide』も無料でダウンロードすることができます)

音楽業界のどのような人達に専門的なサポートを提供されているのでしょうか。

クライアント情報は明かせませんが、有名アーティストから新進気鋭のアーティストまで、ダンスミュージックからクラシック、ドリル・ミュージック、フォークまで、あらゆるジャンルのアーティストのサポートをしています。またエージェントやツアーマネジャー、レコード会社スタッフなどの音楽業界の専門家もクライアントです。

AFEMがメンタルヘルス・ガイドブックを作成した動機は何だったのでしょうか?

残念なことに、The ProdigyのKeith FlintやAviciiを含め、多くの著名なアーティストを中毒や自殺で亡くしており、たくさんの人達が孤独、鬱、不安、依存症の問題について語っています。この問題についてAFEMはエレクトロニック・ミュージック業界の人達をサポートする必要性を認識しており、アドバイスを必要とする人々にサポートを提供したいと考えていました。

そこでAFEMのゼネラル・マネジャーTristan Hunt氏が、私がDJやミュージシャンの治療に関わっていたこと、またツアー中に苦しむ人達へのアドバイスを目的とした「Touring & Mental Health」という本を執筆中だったことを知っていたので、ガイドブックに貢献してもらえないかと私に声をかけてくれたんです。

ガイドブックは元々、音楽業界のマネジャー・フォーラム(MMF)のために書かれたものでしたが、エレクトロニック・ミュージック業界に特化した内容でブラッシュアップしたいとAFEMは思っていました。

多くの場合、DJは独りでツアーに出ますし、我々より頻繁に飛行機に乗ります。また彼らのプレイ時間は普通のライブイベントよりずっと後ろの時間帯であることが多いです。そうすると睡眠パターンが乱れ、快楽主義的な文化が蔓延ってしまう可能性が高くなるのです。

ヨーロッパの音楽業界で、メンタルヘルス問題はどのように扱われているのでしょうか。

メンタルヘルスは現在、音楽業界のカンファレンスで議論されている重要なトピックです。今は、ストレスや困難を業界が助長しているのかを調査するのではなく、回復力のある人間になることに重点が置かれているように思われます。

ですが本当の変化を起こすためには、個人をサポートしつつ、音楽業界が提供するシステムやサポートを変える必要があるでしょう。

ミュージシャンとメンタルヘルス問題の間には、相関性はあるのでしょうか?(例えば他の職業よりもメンタルヘルス問題が顕著に表れている、など)

心理的な困難、もしくは音楽業界での仕事の影響のどちらが原因なのか、という質問であれば、実際のところそれに関する十分なデータはまだありません。

私は両方に原因があるのではないかと感じています。音楽業界に入る前に平均以上の逆境や不運を経験している患者グループは、うつ病や不安などといった感情的な問題に傷つきやすい。加えて音楽業界で働き始めると、要求されるものも多く非常に高いストレス環境に置かれるため、心と脳と身体に大きな負担がかかっているのではないでしょうか。

メンタルヘルス問題はエレクトロニック・ミュージック業界で顕著に表れているものなのでしょうか(他の音楽ジャンルと比較して)。

私が認識している範囲では、メンタルヘルス問題はあらゆるジャンルの問題のようです。

エレクトロニック・ミュージック業界内で、メンタルヘルス問題が起こりやすい職業などはあるのでしょうか。

それぞれの仕事に軒並み職業上のプレッシャーがあります。これらのストレス要因にどのように対応、対処するかは、幼少期に培った自信、スキル、内部の安心感にかかっています。

また、周囲のサポートの有無にも依存します。他の人が自分に降りかかっている重圧を理解してくれて、自分が乗り越えるのを助けてくれていると感じることは、本当に役に立ちます。

ガイドブックのリリース後の業界の反応はいかがでしたでしょうか?

非常にポジティブだったと思いますよ!

クリエイターが、自分がメンタルヘルス問題を抱えているかどうか確認することができる簡単なテストのようなものはあったりするのでしょうか。

うつ病や不安のための自己評価の測定やガイドがオンライン上に幾つかあります(イギリスではNHS、Samaritans、Mindのサイト上にあります)。

私であれば、まず「自分の内側で起こっていることを映し出してみましょう」と問いかけます。「今何を考えていますか?(それについて)どのように反応していますか? 自分自身、他人と繋がりを保てていると感じていますか? 自分の人生の中で、何か改善すべきところがあると感じていますか? 必要な時に助けを簡単に求めることができますか?」

(ガイドに記載されている)Wellness Wheelなどのツールで、どの分野を改善したいか確認することができますよ。

メンタルヘルス問題を未然に防ぐために、例えばプライベートな時間を必ず設ける、SNSをあまり見ないようにするなどの、日々できることは何かあるでしょうか。

『The Electronic Music Industry Guide To Mental Health』では、私が新たに書いた『Anxiety Relief & Self-Isolation guide』と同様に、このことについて詳しく説明しています。

重要なのはバランスです。自分のエネルギーレベルを回復させ、心と脳と体に栄養を与えるために、ゆっくりと休んで回復する方法を見つけることです。

自分自身をどのように支えているかを考えてみましょう。「運動して、食事、睡眠を十分にとっていますか? 定期的に休憩をとっていますか? 充実感を感じ、自分の人生に意味があると感じていますか?」と。

メンタルヘルス問題の将来をどう見てらっしゃいますか? 例えばDJのプレイ時間を制限する、などの動きが出てきそうでしょうか。

非常に複雑な質問ですね。アーティストにはそれぞれの能力がありますし、個々人が収入を得ることが業界全体の利益にも繋がりますから、基本的には業界が一律的な働き方の基準や、アーティストが年間にプレイできるギグの数を決めることはないと思います。

私の知る限りでも、現在、職業的ストレス要因を特定するいくつかの研究が行われています。研究の数が多ければ多いほど、より精度の高い情報に基づいて、苦しみを軽減するための対策を講じることができるようになります。

業界としても、注意義務の道徳的かつ法的な重要性をきちんとしたデータに基づいて考える必要があるでしょう。アーティストだけでなく、雇用者の健康を保護するためにも。

Armin van Burrenのドキュメンタリー動画では、人気と孤独には関係性があるといったことが触れられていました。そのような関係性はあるのでしょうか?

孤独とは、人と深くつながっていない、見られていないということで、物理的には人に囲まれていたとしても孤独を感じるということはあります。DJとして活動していると、〔フロアにいるお客さんを楽しませる人という〕ある特定の役割の中で見られてしまいます。移動も独りですることが多く、退屈や寂しさを感じることもあるでしょう。

物理的な移動距離や時差があるため、深い人間関係を築き維持することにも難しさがあります。また成功を収めると、突然「イエスマン」と呼ばれる人たちに囲まれるようになるかもしれません。そうなると誰を信頼していいのか、誰が本当にあなたの背中を押してくれるのか、誰が人としてのあなたの深いニーズを満たしてくれるのかを判断するのが難しくなる場合があります。

取材・文:岩永裕史(Soundmain編集部)