
札幌からアメリカへ。プロデューサー/DJ・Qrionが語る、ギグと制作を両立させる自己管理術(インタビュー前編)
世界を舞台に活躍中の日本人プロデューサー/DJ・Qrion。現在はサンフランシスコを拠点に、Mad Decent、Moving Castle、Anjunadeepなどのレーベルからリリースを続ける傍ら、DJとしてTomorrowlandやEDC Mexicoのステージに立つなど、まさにダンスミュージック・シーンの最前線を走り続けています。

このたびそんなQrionに、日本人が海外に移住し活動するということ、ツアーの日々と制作をどのように両立させているのかなどを伺いました。「7月まですべての週末が埋まっている」という忙しい彼女のマインドの保ち方は、すべての物づくりを志す人にとってヒントになるはずです。
※インタビューは先月実施されたのですが、その後のコロナウイルスの影響で、DJギグもキャンセルが続いているようです。ですが、ご自身のTwitchアカウントを立ち上げ、音楽を発信し続けています。
SoundCloudにアップした作品がすべてを変えた
出身地の札幌から海外に行かれたのには、どんなきっかけがあったんでしょうか。
今でも仲良くしているアメリカ在住の友人が、私がまだ海外のイベントに出たことがなかった時期に「ネットで聴いて気になったから、ギャラは払えないけど、もし私達のためにイベントをしてくれるんだったら、アメリカでライブやってみませんか?」って連絡をくれたんです。
知らない人から急に「アメリカに来て」って言われたわけですけど、「もしかしたらこれはチャンスかもしれない」と思って。そんな風になんとなくみたいな感じでアメリカに行ったら、そのイベントが凄く楽しくて。
初めてのアメリカでしたし、英語も全く話せなかったんですけど、そういうのと関係なくお客さんも盛り上がってくれたので、「アメリカで音楽やるのは楽しいかもしれないな」と思えて、徐々に海外への興味が出てきたんです。
興味が湧いてきたとき、目指すところが結局海外だったら、札幌から直接海外に行っちゃってもいいじゃないかなと思って。なので東京には行かずにアメリカに移り住んだ感じです。
当時はどんな音楽が好みだったんですか?
その時は今みたいにハウスとかプログレッシブ・ハウス寄りではなくて、もう少しアンビエント寄りの音楽とか、あとはPorter Robinsonだったり、インターネットっぽい音楽、若い世代でネット世代が支持するアーティストやジャンルを聴いていましたね。
その後は継続して海外で活動されているわけですが、今のマネージメント会社と契約したのはどのような経緯だったのでしょうか。
最初にお世話になったマネージメント会社はオクラホマ州(アメリカ南部)にあって、ダブステップとかグリッチ・ホップとか、そういった系統のアーティストが所属しているんですけど、担当してくれていたマネージャーが、家庭を持つために業界を辞めることになって。
しばらくは同じ会社の新しいマネージャーと働いていたんですけど、今のロサンゼルスのマネージメント会社(SEVEN20。deadmau5やTodd Edwardsが所属)が――たぶんSoundCloudで見つけてくれたと思うんですけど――自分に興味があるとある日連絡をくれたんです。
その時の条件として、マネージャーと2人で一緒に来てほしいということだったので、2人で元々いたところを辞めて契約しました。マネージャーは元々オクラホマに住んでいたんですが、この会社に入るためにロサンゼルスに引っ越してきてくれたんです。
Qrionさんご自身は現在サンフランシスコにお住まいで、マネージメント会社はロサンゼルスですよね。普段マネージャーとのやり取りはどのようにされているんですか?
メールか、あと月に1回ぐらいスカイプで会議をしたりとかですね。前のマネージメント会社の時はDJの機会が全然なくて、3ヶ月に1回とかだったんです。なのでそこまで毎週電話する必要とかもなくて、ゆるい感じでやってました(笑)。
今の会社に移ってからDJの回数が増えた感じですか?
そうですね、あとはブッキング・エージェンシー(Spin Artist Agency)が2年前位から新しい会社になって、その担当の方が色々ブッキングを取ってくれてるんですけど、以前はどんなイベントに出たらいいのかもわからなかったのが、この会社に来てからは明確になってきて。DJのオファーも来るようになりました。
SoundCloudにアップされた作品が様々な転機をもたらしていますが、今でも自分の作品をアピールするメインの場所はSoundCloudなのでしょうか?
今は結構Spotifyになってきましたね。SoundCloudにあるプレイリスト機能がSpotifyにもあって、アーティストが好きな曲をまとめてチャートを作ったりできるんですけど、それがBeatportのチャートよりも手軽に作れて簡単に発信できるので、徐々に皆もSpotifyの方に移ってきたんじゃないかなと思います。 あとは他のアーティストのプレイリストにピックアップされたりすると、そこでも色々繋がりが増えたりとか。
あとは、EDCとかCoachellaとかのフェスティバルのアカウントがプロモーション用にプレイリストを作ってたりしていて、来るお客さんがそれをチェックして「このアーティスト、なんかいいな」と思ったらそのアーティストのステージを観に行ったりとかしますよね。そうやってイベントとアーティストとリスナーが繋がっているんじゃないかなと思います。
アメリカ中を飛び回る生活。クルーズ船でDJも!?
1週間のスケジュールは、平日はサンフランシスコにいて、週末はギグに行かれて……みたいな感じですか?
木曜日か金曜日に飛行機で移動して、日曜日の夜に戻ってきて、それで月曜日から水曜日にサンフランシスコで制作してっていう、その繰り返しですね。
ギグにはツアーマネージャーみたいな人は同行するんでしょうか。
たまに来る時もありますね。最近だと、1月にあったマイアミの「Groove Cruise」という、5日間クルーザーの中でDJをするイベント。色々コネクションを作らなきゃいけないのと、5日間海の上で拘束されるというのもあって、ソーシャル面のサポート含めてマネージャーにも来てもらいました。
クルーズ船で5日間! 船全体がクラブになっちゃうみたいな感じですか?
そうですね、船が全部で15階建てで、その船の中にダンスホールとかシアターみたいなところとかが5ヶ所ぐらいあって、一番上の階にはプールとステージがあって、24時間誰かがDJしてる感じです。
盛り上がりが凄いことになっていそうです。
狂った5日間でした(笑)。お客さんはもうパーティーをしに来てるので、本当に何も気にしなくて、ただ楽しむことに専念していて。私達DJは朝からイベントとかのスケジュールが詰まっていたので、夜10時には寝てたりしてたんですけど、朝5時に船のラジオでイベントのアナウンスがかかったりとか(笑)。だからもう寝るに寝れない5日間でしたね。でもお客さんのリアクションも良くて、みんなが温かく迎えてくれて楽しかったです。
ジャンル的には色んなジャンルをカバーしている感じなんでしょうか?
そうですね、でもメインだったのはハウスとかベースハウスが多かったです。Dirtybirdレーベルとか、ああいうアッパーな感じの4つ打ちのアーティストが多かったですね。テックハウスみたいな。
それだと、お客さんの年齢層も若そうですね。
それが、「Groove Cruise」は40代くらいの方が多くて。別の船上パーティー「Holy Ship!」の時は若かったので、客層が船というか、イベント毎に分かれているみたいですね。
今後のDJギグも結構決まってる感じですか?
そうですね、今週末はEDC Mexicoのために前乗りでメキシコに行って、あとは、今カレンダー見ると……7月ぐらいまで週末が埋まってる感じです。
すごいですね……! それだけDJが続くと体力的に大変ではないですか?
そうですね。週末が凄く忙しいんですけど、逆に平日になるとガラッと忙しくなくなるんです。その落差があるので、なかなか制作に集中しようって気持ちに持っていくのが難しいというのが悩みですね、今は。
時差ボケがあったりするとなかなか起きれなくて、寝過ぎるとすぐに週末が来て移動してっていう感じだったりするので。
ツアーやギグと制作をどのように両立する?
制作は基本自宅で制作しているんですか? それともツアー中も作っていたり。
ツアー中は本格的には作れないんですけど、メロディーを作ったりとか、ラップトップだけでできる範囲のことはなるべくするようにしてます。
週末はDJで、平日はそのための準備もしつつ、曲も作らないといけないと。
あとリミックスの制作もあって。なかなか曲作りと両立できなくて、本当にこの数週間ぐらい困ってるんですよ。
他のアーティストにもどうやってツアーと制作を両立してるのかって聞いてみたんですけど、ある人は「自分も両立できなかったから、もう制作だけに集中するようにしてツアーの回数を減らした」って言ってました。
ただその人っていうのはAnjuna(編注:イギリスに本拠地のあるレコードレーベル。Qrionも作品をリリースしている)のGabriel & Dresdenのメンバー……もうトップ中のトップのクリエイターなので(笑)。
あとは私ぐらい年齢の、ちょうど出始めたばかりのAnjunaの若手に聞いたら、「もうこれで生活してくしかないから、やっぱり気合でやっていくしかないよ」って。まあそうだよなぁと私も思います。
ここが踏ん張りどころだと。
そうですね。多分ここを超えたら、Gabriel & Dresdenみたいに選べるような生活ができると思うので。
急かして作った音楽って良くないものが多いような気もするし、何とかこの1年で制作リズムを作れたらと思ってます。
ひとりで制作することの楽しさや、辛さはありますか。
生みの苦しみというか、なかなか思ってるような曲ができない時は辛いこともあります。でも作った曲をリリースできて、イベントで自分の曲をプレイして皆が踊ってくれているのを見たりすると、他の人の曲をかけてお客さんが踊ってるのを見るよりも楽しいし、嬉しい。だからその為に何とか頑張ってますね。

アメリカのダンスミュージックシーンで、メンタルヘルスなどの話題が上がることは多いですか?
休みは適度に取るようにして、とはマネージメントから言われますね。と言われつつも7月まで週末は休めないんですが(苦笑)。
ギグがあるのはありがたいことなので嬉しい限りなんですけど、DJの現場ってお酒だったり、色んな誘惑が蔓延してるものじゃないですか。だからそういうのをちゃんと自分でコントロールして、強い意志を持って活動していかないと、後々大変になってきそうですよね。
他のクリエイターやオーガナイザーとのネットワーキングの場でもあるから、そういう意味でも大変そうですよね。
家族とか恋人と一緒にツアーしてる人は違うかもしれないですけど、イベント会場に行ってDJをして、“ワー!”ってお客さんが盛り上がってくれて、皆が「あなたの音楽が大好き」とか「DJ良かったよ」とか言ってくれて、そうすると楽しい気持ちで一杯になるのに、結局ホテルに帰ってきたら独りぼっちになって、すぐに次の現場に移動しなきゃいけない。
この感情の差とかがキッカケで、精神面が弱くなったりすることも多いのかな、と思います。
その感情の浮き沈みについては、Armin van Buurenも彼のドキュメンタリー動画で同じことを言ってましたね。そういう場面でも落ち込まないようにしなければ、という感じなんですね。
そうですね、あまり先の見えない仕事ではあるんですけど、せっかく色んなオファーがもらえているありがたい状況なので、なるべくDJの仕事をこの先も続けていきたいなと思っていて。
そうなると今、自分が若いうちから、辛くなったらすぐ友達に電話する癖をつけるとか、そういう小さいところも含めて始めていかないと、数年後、更に忙しくなった時に大変なことになっちゃうんじゃないかと思って。今から気をつけるようにしています。
そういった方法はご自身で編み出したものですか?
元々、サンフランシスコに住んでいる日本人の先生がやっているセラピーに週1回通っていて。人前に出る仕事なのに凄く緊張する癖があったので、心配性みたいなものを相談しに通い始めたんですけど。その先生も「誰か近しい人とは必ず連絡を取った方がいいよ」っておっしゃっていて。
この間友達に「ツアーでこんなことがあって……」って話をしたら、「寝てる時間とか起きてる時間とか、そういうのも気にしなくていいから、何かあったらすぐ連絡くれていいし、iMessageのボイスメッセージでもいいから、全然連絡してくれていいんだよ」って言ってくれて。良い友達ができたなと思ってます。
後編はこちらからご覧ください!
取材・文:岩永裕史(Soundmain編集部)