
むつき潤『バジーノイズ』が描く、音楽と僕たちの「変わったようで変わらない」関係
「誰でも簡単に音楽を作れる時代」「膨大なカタログに簡単にアクセスできる時代」において、音楽と僕たちの関係はどのように変わっていくのだろう……むつき潤『バジーノイズ』は、そんなことを考えさせてくれる漫画作品です。
「週刊スピリッツ」で連載され、2020年1月30日に完結巻となる第5巻が発売した本作の主人公は、DTMクリエイターの青年・清澄(きよすみ)。
クリエイターとは言っても、物語開始当初の彼は自分自身のためだけに音楽を作っていました。人間関係も含めたすべてをミニマルに切り詰め、マンションの管理人の仕事をしながら、ノートPC一台とわずかな音楽機材しかないワンルームの部屋で寝起きしている。
そんな清澄の作る音楽を聴いていた階上の住人・潮(うしお)が彼の「シンプルで完璧な生活」に乱入、演奏動画をSNSで勝手に宣伝し始め……というのが物語の滑り出しです。
その後は週刊連載の漫画作品らしく、潮のアップした動画をきっかけに昔のバンド仲間と再会→ユニットを組む→プロへ……というプロットを辿ります(もちろん、清澄が才能ある音楽家であるということは、その前提条件です)。
元々ひとりの世界で音楽を作っていた清澄は、彼の音楽が世に放たれ、新しい人と出会うたびに様々な選択肢に晒されます。
バンドとして活動していくのがいいのか、楽曲提供やアレンジを行う裏方に回る道もあるのではないか。同じバンド活動をするにしても、レーベルと一緒にやっていくのがいいのか、今ならディストリビューターを介して簡単にストリーミングサービスに配信できる、なら自分たちだけのほうが純度が保てるのではないか……など、現代における「世の中に自分(たち)の音楽を届けるための手段」のバリエーションの豊かさが、リアリティを伴って描かれていきます。
(個人的に「なんかでかいプレイリストにでも入ればおもろいな」という、ある登場人物のセリフが印象に残りました。音楽漫画における達成のひとつが今は、「でかいプレイリストに入る」ことなんだ! と)
ライブハウスを中心に活動するバンドマンや大手レコード会社のA&R、売れっ子の職業作曲家など様々なプレイヤーも登場し、それぞれの「音楽との関わり方」が態度や発言で示されていくのも興味深いです。
そんな中で、当初の清澄が送っていた「自分だけのために、音楽を作る」生活もまた否定されてはいないのが、大きなポイントだと言えます。
窓を割って部屋に侵入してきた(!)潮との出会いは、清澄にとって文字通り“事故”のようなもの。それがなければ彼は彼自身が作り上げた「クリアでシンプルなルーティン」の中で、今なお自分のためだけに音楽を作っていたかもしれません。
本作の画風は黒ベタが強調された、版画のようにフラットな印象を読者に与えるものです。感情の動きを表す集中線や、頬の赤らみを示すトーンの使用頻度が少ないこともあり、登場人物の音楽との向き合い方も、自然と内省的なものに読者には感じられます。
「誰かと一緒に音楽を奏でることこそが最高なんだ!」といった熱血ストーリーや、業界内を駆け上がっていくわかりやすいサクセスストーリーではなく、あくまで内面に向き合う形で音楽との関わり方が肯定されていく。音楽漫画としての新境地を感じさせます。
作中にはtofubeats、ペトロールズ、ceroなど実在のバンドやトラックメイカーの名前が随所に登場し、Spotifyなど実在のサービス名もそのまま出てきます。清澄の作る音楽がどういったものか、作中の描写を見るだけでは確定させることができないのですが、作者が作成したプレイリストはSpotify上にあります。
清澄の作ったユニット・AZUR(アジュール)の「広報担当」を勝手に名乗りSNSに楽曲を放流した潮の行動は、結果的に清澄の世界を広げることになりました。このように本作には(音楽を自分では作らない)リスナーの音楽に対する向き合い方も、また試しているようなところがあります。
もし、上掲のプレイリストを聴いて「何かが足りない」と感じることがあったら、その穴を埋める音楽こそが、作中に流れているはずの音楽かもしれません。
現実には存在しないその音楽を想像/創造できるのは、他ならぬ読者=リスナーひとりひとりの音楽遍歴でしょう。
音楽に対して発揮できる能動性として、「作る」と同じくらい「探す・見つける・広める」ということがあるのが、ソーシャルメディアとストリーミングサービスの時代なのです。
膨大すぎる音楽の中から、「決して自分を裏切らない」ものを見つけ出すことができるか。
『バジーノイズ』はすべてのクリエイターとリスナーに、そう問いかけている作品だと言えるでしょう。
文:Soundmain編集部
■ 書籍情報

『バジーノイズ』
1~5巻 発売中
著者:むつき潤
発行:小学館
試し読みはこちら(小学館eコミックストア)