
ドラムンベースの雄NOISIAによる、クリエイティヴかつ音楽的なミックス術とは?(世界に学ぶ! Vol.6)
2020年をもって解散することが発表されているオランダ発のドラムンベース・ユニット「NOISIA」。自身のVision Recordingsやmau5trap、OWSLAなどから曲やリミックスを多数リリースし、最近ではゲーム「Armajet」のサウンドトラックも手掛けています。
ドラムンベースはBPMが160を超え、高速ブレイクビーツと強烈なサブ・ベースが同時に鳴っている音楽ジャンルのため、ミックスがとても重要です。誤解を恐れずに言うのであれば、“ミックスは作曲の一部”とも言えるでしょう。
今回の「世界に学ぶ!」シリーズでは、デバイスメーカー「RAZER」のYouTubeチャンネルで公開中の、NOISIAのNik Roos氏によるクリエイティヴ・ミックス講座をピックアップ。
“ミックスでどこまでクリエイティヴになれるのか?”
ドラムンベースにとどまらず、ジャンルレスに使える様々なテクニックを紐解きます。
作品の「周波数上の特色」がミックスにおいて非常に重要
まず最初に彼が用意したデモ①には、キックとスネアがエフェクトがかかっていない状態で置かれ、加えてxferのSerumで作られたベースラインが2トラック配置されています(ベースラインはキックからサイドチェインでコンプレッサーがかかっています)。
全てモノラルで(*)、エフェクトもかかっていないため、非常にデッドな状態のデモですが、モノラルからデモをスタートさせたのは、「作品の『周波数上の特色』がミックスにおいて非常に重要だから」だそう。
*訳注:パンニングやステレオに広げる処理をしていない、センターに配置している素材も含まれている可能性があります
音をミックスに落とし込む際には、ステレオ・フィールドでどこに配置するか、また周波数スペクトルのどこに配置するかを決めていきます。通常、周波数スペクトルというと、そのサウンドの低周波の部分である基音、そして中域、高域、もしくは低中域のどこかにある、共鳴するエリアを強調させることが大事です。ミックスをする際には、この2箇所に気を配る必要があるとのことです(ちなみに高域に行けばいくほど、基音はそこまで重要でなくなってくるそうです)。
サウンド同士が競合しないほうが、よりクリーンな最終ミックスになる
デモ①は各サウンドの共鳴するエリアを探し出す前のものでしたが、デモ②では、モノラルのまま共鳴する部分を見つけ出し、調整したバージョンを聴くことができます。
デモ①ではベースサウンドとキックにサブ・ベースが鳴っていたため、少し競い合っているような感じになっています。これはサイドチェインで対応することも可能ですが、それぞれのサウンドの周波数的な空間を見つけて処理することでも対応できることが語られています。
デモ②ではキックの重心が下がり、ベースラインのサブ・ベース部分が少しカットされています。そうすることでキックが深くなり、そしてベースラインのサブ・ベースも聴こえやすくなっています。そしてスネアの高域部分が出過ぎていると感じたため、カットされているとのこと。
各サウンドの周波数を見直すために彼が使ったEQ「fabfilter Pro-Q2」のセッティングを通じて、彼がベースラインをどのように見直したかを見ることができます。低域が下げられ、少し高域の方の周波数が持ち上げられていることがわかります。
ステレオ・フィールドで色々と試すことでミックスを際立たせ、より独特なものにする
ここまできたところで、ベースラインの高域は良い感じだけど、まだ自分の納得するところに配置できていない気がしたとのことで、デモ③ではモノラルからステレオに音像を広げています。
ベースにリバーブをクリエイティヴな形でかけてみたことで、あたかもスタブ系のシンセ音を足したかのように聴こえています。このように、リバーブで非常に音楽的なエフェクトをかけることができる、というわけです。
デモ④では、そこから彼の好みの形に持っていったミックスが披露されていますが、高音域の箇所に色々と関心を引きそうな音が鳴らされています。前のデモではベースの高音域しかこの音域に鳴っていなかったこともあり、それだけだと物足りないと感じたとのことで、ベースの高音域にステレオなエフェクトをかけてみたとのこと。左右に「シュー」と言った音が聴こえるのがわかります。
他にも左右にはスネアのリバーブテイルが聴こえていますが、スネア自体は真ん中に置いてあります。このようにミックスを通じて空間を作り出すこと、そしてバイブスを感じる音に仕上げることが大事だと語っています。
当然のことながら、ドライな形で音素材を並べただけでは「曲ができた!」とは誰も思わないわけです。“ミックスの過程でサウンドを空間により音楽的に配置することができる”とも彼は語っています。
ミックスによって、より音楽的に空間に音を配置することができる
デモ①に戻ってベースラインをfabfilter Pro-Q2で見てみると、ベースラインが周波数全体に鳴っていることがわかります。ベースは18Khzくらいまで鳴っていることもありますが、EQを使って、基音と共鳴しているエリア以外の箇所をカットすることで、ベースラインをカットする前と同じように聴かせながらも、カットした周波数帯域を他の楽器に使えるようになります。
共鳴する部分が残っていれば、自分の脳がその音を再現してくれるとのことで、それ以外の部分はカットしても大丈夫とのこと。
次に彼は別のパターンデモを聴かせてくれます。最初はドラム系のサウンドがモノラルな状態、ベースとリフ系のサウンドがステレオに振られています。真ん中近辺だけをソロにして聴いてみると、ベースラインの一部を聴くことができますが、左右をソロにしてみると、ベースのトランジェントの部分がワイドにふられていることがわかり、それがこのデモにワイドな印象を持たせ、シンセが際立つミックスに聴こえます。
最後のデモでは逆に、ドラム系のサウンドをステレオなイメージで、ベースをかなりモノラルな状態に置いています。モノラルな状態だとベースがきちんと聴こえますが、サイドはハイハットとスネアが聴こえるのがわかります。
ただこの場合でもドラムのメインのトランジェントはモノラルにしているそうです。ダンスミュージックにおいては、メインの楽器のトランジェントをモノラルにしておくことで、メインの信号はモノラルでクリアに響くようにすることが大事だからだそうです。
ミックスによって、素材としては衝突していると思われるものでも、同じ曲の中に配置することができる
一番最後に彼が伝えていたのは、最後のデモでは8分音符で鳴っているハイハットがあり、実はこのラインは、ベースラインの3連音符とトランジェントが重なり合っているため、ぶつかっています。
ただ、ステレオ・フィールドでの配置を上手くすることで、音がぶつかっていないように聴かせることができています。ベースがワイドに広がっていて、ハイハットが中心に配置されていることで、ぶつかって聴こえないというわけです。
“素材としては衝突していると思われるものでも、ミックスで離れているところに配置することで、同じ曲のなかで聴かせることができる”というわけです。
<編集後記>
こんなにもミックスで変わるんだ……と感じましたが、彼の言葉を借りれば、「クリエイティヴなミックスの可能性は無限大」なのでしょうね!
訳・文:岩永裕史(Soundmain Blog 編集部)