
レッドブル・ミュージック・スタジオ東京エンジニア、川島隆が見てきた日本人クリエイターのポテンシャル
都内某所からエッジーなプロダクトや企画を発信し続けているレッドブル・ミュージック・スタジオ東京。国内外のクリエイターがレコーディングに訪れている同スタジオだが、スタジオのハウス・エンジニア川島隆氏に、スタジオで垣間見る国内外のクリエイター像や、ご自身の海外での経験、低域を重視したサウンド・デザイン、そしてレッドブルの音楽への取り組みについてお話を伺ってきました。

アナログ卓を触ることが楽しい、と思ってもらえる場を提供したい
まずは自己紹介をお願いします。
川島隆です。レッドブル・ミュージック・スタジオ東京のエンジニアをやっております。2014年10月にレッドブルが東京でレッドブル・ミュージック・アカデミーという音楽プロジェクトを実施することになって、その際にスタジオがオープンしてからずっと所属している感じですね。
スタジオのエンジニアになる前はどのような活動をされていたんですか?
イギリスの音楽の大学を出まして、最初はトラックメイキングみたいなことをやっていて、レーベルにデモを送ったりもしてたんですが、これはなかなか難しいぞと思って(笑)。それからエンジニアリングの道に入って、イギリスのスタジオ(ウィットフィールド・ストリート / Whitfield Street Studios)に入ったんです。1999年から2004年頃とかですね。それから日本に戻って来てフリーで活動しつつ、レッドブルのスタジオに入りました。
海外の学校に行きたいと思ったキッカケは何だったんでしょうか?
イギリスに行きたかったんですよね。元々、中高3年ぐらいイギリスに住んでたことがあったんですけど、その頃のイギリスの音楽もずっと聴いていて。その後のイギリスの音楽も結構熱かったから、実際に体感したいと思うようになりましたね。
そのころどんな音楽を現地で聴いていましたか?
当時向こうで流行っていたアシッドジャズ、あとはドラムンベースとか、あの辺のクラブシーンが結構面白かったですね。
ちょうど先日、作曲家の窪田ミナさんを取材したんですが、同じ頃イギリスに住んでいらっしゃってて、日本人のクリエイターがロンドンレコーディングをしているときにコーディネイターとして仕事をされていたとおっしゃっていました。
当時スタジオでお会いしているかもしれないですね。自分が働いていたスタジオで日本人のアーティストも結構レコーディングしていましたから。
音楽は楽しいもの、だから楽しくやらなきゃって教えられた
イギリスのスタジオで学んだことで、今でも大事にしていることはありますか?
音楽に対するスタンスみたいなものを凄く学んだな、って今改めて感じますね。僕のエンジニアリングの師匠が、60年代から活動している大ベテランで。それこそジミ・ヘンドリックスとかのエンジニアをしていた人なんですよ。彼から滲み出るベテラン感みたいなのを背中から感じて学ぶみたいな感じでしたね。
イギリスでは“音楽は楽しいこと”っていうのが根底にあって。だからイギリスのスタジオではアシスタントでも、お茶汲みでも、みんな割とフラットで。音楽は楽しいもの、楽しくやらなきゃ楽しくないってことだと思うんですけどね。
現場で意識的に心がけていることとかってあったりしますか?
現場は楽しくないといけないなっていうのはずっと思っていて。日本人、外国人関係なく、フラットに接しているというか、アプローチしていますね。
あとは、あんまり真剣になり過ぎないっていうか。「ブレインサージャリー(脳外科手術)じゃないんだから、そんなにキーキーしなくていいんだよ」ってイギリス時代に教えられましたね。
ノリで「これいいじゃん!」っていうテイクが録れていれば、パッと次行こうって早く判断する。「ここのグルーヴがヨレてるよね?」みたいな感じにはならないかなぁ。日本よりも感覚的なのかもしれませんね。
あまり煮詰まるくらいなら、セッションも終わらせてしまったりとか?
遅い人は遅いですけど(笑)、海外だと朝10時とか11時にはスタートして、終わりは20時とか。「家で飯食いに帰るわ」って夜帰っちゃう。そのON・OFFがあるというか。総じて日本より終わりは絶対早いですね。
現場を楽しく、明るくするために使ってるメソッドとかありますか?
何でしょうね……笑顔かな?(笑)

笑顔は大事ですね(笑)。
クリエイターとの仲を築けないと上手くいかないですよね、色々と。コミュニケーションが取れてないと、クリエイター側も、「このエンジニアから良いフィードバックは戻ってこないかも」って思うと思いますし、そういう意味でもコミュニケーションは大事かなと。
このスタジオでの現場は、良い雰囲気の現場になるようにしてるので、クリエイターもそう感じててほしいなと思いますね。終わったときに「今日のレコーディング良かった」って言ってもらえると、こちらも楽しくなりますし。
音楽は楽しくあるべきだし、その思いが根底にあるので。
レッドブル・ミュージック・スタジオ東京に入られて、機材の選定や気にした場所とかありました?
参加した当初は、モニターからきちんと音が出てないなっていう感じがあって、「これは電源を変えたら良くなるんじゃないか?」と思ってアンプとかの電源も変えたら低域がいい感じで出てきて。より良い音で作業出来て、より良い音で録れるようにしたいなと思って見直しました。

日本のクリエイターも、自分を出してグイグイいってほしい
レッドブルとしての、音楽シーンを支援する理念やスタンスにつて伺いたいです。
若い子を育てて一緒に大きくなるみたいな感じだと思います。だからスタジオとしても若手を応援していますね。
レッドブルは、世界各国でミュージック・アカデミーをやってましたが、イギリス生活で培った感覚と似ている部分があったりしますか?
似てますね。“何か楽しいノリ”みたいのがあって、「あぁ懐かしいな」っていう。レッドブル・ミュージック・アカデミーは海外からの参加者が大勢だったのもあるので。
スタジオで色々な海外クリエイターと共に音楽を作られてきたかと思うのですが、海外クリエイターの面白いなという点はあったりしますか?
何かやっぱりみんな自由だし、結構適当なんでしょうね(笑)。
適当というと?
ミュージシャンって割とキッチリしていない人が多いじゃないですか。西洋人とかになると、もっといろんな場面で適当さを感じましたけど。突然スタジオにアポなしで訪ねてきて「今録音できない?」みたいな(笑)。
ある意味、今やりたいことを今すぐやりたい、真っすぐな性格というか。

そういうことですよね。だけど、適当にやってそうでも、出来上がるものはクオリティが高いっていうのがやっぱり凄いなと思いました。
日本人と海外クリエイターのコライトやコラボ現場をみて、言語や文化の壁を感じることはあったりしましたか?
見ていると、日本人って割と引っ込み思案になりがちかもしれませんね。楽曲制作の主導権は必ず海外側が持っていて、日本のアーティストは「あ、じゃあ俺これやるか」みたいな感じで受け身になりがちかもしれません。
クリエイターとしてどちらかが凄いっていうことは特になくて、海外クリエイターの方が主張することに慣れてるんですよ。だからもうちょっと、日本人クリエイターも自信を持って、自分を出してグイグイいっちゃってもいいと思いますよ。
逆にワールドワイドに活動している日本のクリエイターたちの共通点とかってありますか?
それこそ良い意味で適当というか、しがらみを気にしないというか。古くからのやり方を踏襲しない、自分たちの道は自分たちで、みたいな印象は受けますね。今そういう人達が割と多くて、単純に凄いなぁと思いますね。
海外と日本の音の違いは感じますか? ある場合、なかなか大きい音を出せないなどのクリエイターの制作環境もあるのでしょうか。
そういう理由もあるでしょうし、音楽の聴き方が日本と海外でやってる人って根本的に違うのかなって。歴史なんですかね、音楽的な歴史の深さ。イギリスの人って音楽にすごい意識が高いんですよ。
窪田ミナさんも全く同じことを仰っていました……!
日本人と比べると、どんな人でも物凄く音楽に詳しい。音楽がより生活に近くて、色んなところで色んなものがかかってるから、自然と耳ができるっていうか。
40~50hz、倍音で100~200hzあたりのキックやベースが大事
先ほど低域の話がありましたが、低域のアプローチに技術的なTIPSみたいなのはありますか?
低域がわからないと、どれぐらい出していいのかわからないっていうところありますよね。家でスモールモニターを使ってるとすると、下が出てないのでわからないかもしれない。
今はヘッドフォンでも割と下が出ているものもあったりするので、家で作業するとしても、そういう低域が聴こえるヘッドフォンも併用したほうがいいと思いますね。
40~50hzの出し具合、そこから倍音で100~200hzあたりのキックやベースが割と大事かもしれないです。
ちなみに、国内外問わず、「この低域の出し方はよくできているな」と思った作品はありますか?
少し古いですけど、レディオヘッドの「Little By Little」のシェッドが作ったリミックスが結構いいです。
確かに、かっこいい……! すごいサウンドデザインですね。ちなみにご自宅でのミックス作業時のモニター環境を教えていただけますか?
GENELECですね。 DSPがついてる「Genelec 8330A」です。
ヘッドフォンは併用されますか?
今はソニーのMDR-Z7です。ケーブルを変えると更に良くなるんですよ。
お気に入りのプラグインはありますか?
プラグインがどんどん良くなっていて、ミックスにはアナログを全然使わなくなりました(笑)。UADとかは前からクオリティも良かったし使っていたんですが、ここに来て他のメーカーも頑張ってるなと思いますね。この間買ったPlugin AllianceのLindell Audio 80 Seriesがすごく良かったです。
録音ではアナログ機材を沢山使うんですけど、仕上げはプラグイン化してますね。
「ちょっとラップ録ってくんない?」
レッドブル・ミュージックが関わるアーティスト達はサウンドとしても尖った方達が多い印象があります。どういった流れでアーティストを起用されているのでしょうか?
数名のチームで検討してるんですけど、それぞれ得意なジャンルがあって。「こんな話を受けたんだけどどうかな?」みたいなのを皆でディスカッションしつつ、一緒にやってみようとなったらスタジオで作業してもらったり、一緒にコンテンツを作ったりしていますね。
新人発掘に近いイメージでしょうか。
そういう側面もあるかもしれないですよね。言葉にするのが難しいんですけど、レッドブルらしさっていうか、何か共通点があるんですよね。
一度出会ったアーティストとは、長く付き合っていきたいという方針もあるのでしょうか?
結果的にそうなってますね。なんかもっと応援したいな、みたいな感じで、複数年に渡ってサポートしたり。例えばWONKとかは結構付き合い長いですね。最初は「スタジオ使いたいんですが」って向こうから連絡をくれて、一緒に作業していたら仲良くなって。
たまにですけど、海外のクリエイターが飛び込みで来たりするんです。それで数回使ってもらったこともありますよ。アメリカ人のラッパーが急に受付に来て「ちょっとラップ録ってくんない?」って(笑)。「時間あるから録ってあげるか」ってなって、録りましたけど。
なんてお優しい……!
あと飛び込みに近かったのは、FKJっていうアーティストがいるじゃないですか? 彼が世界中のレッドブル・スタジオで、「パッと来てセッションして帰る」みたいなシリーズをやってるんですよ。
それを東京でもやりたいって急に数日前に言われて、たまたまスタジオが空いてる日があったので、スタジオの楽器を使って録って、その場でYouTubeに公開して買っていくという(笑)。結果的にその動画は結構バズりましたね。
「なんか面白そう」って、引っかかればウエルカムな感じですか? 音楽を楽しんでる人に間口が広いというか。
そうですね、そのスタンスで今後もいきたいですけどね。
ちなみに各国のスタジオと連携をとっていたりするのでしょうか。
僕らはスタジオネットワークって呼んでるんですが、各国のスタジオって、デザインは違うけれど作りが全く一緒なんですよ。設計者が同じなので、部屋の数とか、音の鳴り方もほぼ近い構成で作っていて。あとは絶対アナログのコンソールを置くという点も同じです。

ミュージシャン側から「日本のレッドブル・スタジオはこうだったね」みたいに言われることってありますか?
皆「日本最高」って言って帰っていきます(笑)。それが出音なのか、日本にいるぞというロケーションでそう思ってもらえるのかわからないですけども。
海外のクリエイターから東京のスタジオでやりたいっていうオファーは結構あるんですか?
結構ありますね。ただギリギリで話をもらったりするので、スタジオが空いてなくてごめんなさいする場合も多いんです。
逆に日本のクリエイターが海外のスタジオを使うことも可能なんですか?
可能ですよ。藤原ヒロシさんとかがLAでやってましたよね。
海外から来たクリエイターと日本のクリエイターがコラボすることもあるんですか。
そうですね。最近だと南アフリカのラッパーが来て、JP THE WAVYという日本のラッパーと一緒にやってましたね。
あとこの間、J・ラモッタ・すずめっていう、イスラエル出身でベルリン在住のシンガーソングライターが来てたんですけど、その子はそれこそWONK とかAAAMYYYちゃんとかと繋がってて、一緒にセッションしてました。
今、ストリーミングのおかげで本当に音楽に国境はないんだなって思いますね。イスラエル出身でベルリン在住でWONKが好きなクリエイターがいるわけですから。
世界でリリースや活動をしていきたいクリエイターにアドバイスはありますか?
取り敢えず行ってみる! じゃないですかね。自分の持っているものを持って、とりあえず行ってみるのが大事なのかな。そこから先、足りないものは自分で気づいて、逆に向こうのシーンにはないものを感じてくれる場合もあるでしょうしね。
レッドブルが若手クリエイターや音楽シーンを支えるにあたって、この先どう進んでいくのでしょうか。
今までできなかったことがアイデア次第でできるっていうのはレッドブルの良さだと思うんですね。話題性で面白い方向にどうにでも転がっていけるので。凄く馬鹿げた事もできるし、突飛なアイデアをも実現できる。常に変わったシチュエーションでイベントをやるとか、そういったスタンスはきっと変わらないと思うんですよね。
スタジオとしてはいかがでしょうか?
たぶんこれから先、どんどんこういう大きなスタジオで作業する人たちって少なくなっていくかもしれませんが、こういうスタジオでこういう作業ができるんだよみたいな、そういう職人魂みたいなのを見せる場として残っていきたいなとは思ってますね。

そのためにもアナログの卓を置いてるわけですね。
デジタルでなんでもできる時代だけど、ちゃんとアナログ卓を触ってほしいっていう。そういう、「なんか楽しい」というスタンスが伝わればいいかなと。スタジオワークに触れる機会の場としては続いてほしいと思いますね。マイキングとか、そういうところはクリエイターによっては参考になるだろうし。
川島さんにいろいろ教えてもらいたい! スタジオ使ってみたい! っていうクリエイターはどういう風に応募すればいいんでしょうか(笑)。
あはは(笑)。一般的に募集はしていないんですけど、頑張ればたどり着けますよ。アナログ機材を使ってみたい、大きな音を出して録りたい、けどスタジオを使えないっていうクリエイターにこそ使ってほしいと思っているので、頑張ってみてください(笑)。
自分なりの方法でたどり着いてみてねっていうことですね(笑)。今日はありがとうございました。

取材・文:千葉智史、岩永裕史(Soundmain編集部)