
80sサウンドの鉄板「ゲート・リバーブ」はこう生まれた!(世界に学ぶ! Vol.5)
Netflixでオンエアされている人気ドキュメンタリー『世界の“今”をダイジェスト』。この番組をプロデュースしている米国のニュース解説メディア「Vox」のYouTubeチャンネルでは、音楽関連の話題も取り上げられています。
今回の「世界に学ぶ!」シリーズではその中から、「レコーディング・スタジオで起きたある偶然が、80年代のサウンドを築き上げた」ことを解説する回をフィーチャー。
紹介されている「ゲート・リバーブ」という手法は、80年代だけでなく2010年代のポップスにも多用されています。
曲を聴いているだけでも、「あの曲もそうだったんだ……!」と私自身も新たな発見がありました。是非楽曲を聴きながらお楽しみください!
これらの楽曲に共通しているものは何でしょう?
どの曲にもパンチが効いている人工的なドラム・サウンドが入ってますよね。このサウンドは80年代に隆盛を極めましたが、2010年代に返り咲いています。
このサウンドを作り出しているのが、「ゲート・リバーブ」というエフェクト。多くの素晴らしい発明がそうであるように、このサウンドも偶然によってレコーディング・スタジオで発明されたのです。
偶然によって80sサウンドが生まれた
1970年代のドラム・サウンドは、このようなドライなサウンドが主流でした。
この時期は、いかにドラムをクリーンに録音するかが求められていたので、クリーンな音で録るために、ドラムのあちこち(キックドラムの中まで!)にマイクをセッティングしていました。
ピンク・フロイド、アース・ウィンド&ファイアー、ジェネシスなどのバンドがこのようなサウンドを取り入れていましたが、ある時期を境にガラッと変わってしまいます。
1979年、ピーター・ガブリエルのアルバム『Melt』のレコーディング中、フィル・コリンズがスタジオでシンプルなグルーヴをドラムで叩いていたとき、魔法のような不思議なことが起こったのです。
エンジニアのヒュー・パジャムによると、当時スタジオには新しい卓が導入されたばかりで、卓の新機能のなかに、スタジオの中にいるバンド・メンバーと話ができる(トークバック)マイクがありました。
そのトークバック用のマイクが偶然ドラムの音に反応し、その結果、ドラムにパンチの効いたリバーブがかかり、また急にフェードアウトするという現象が起こったのです。
原因を探ってみると、そのマイクにコンプレッサーがかかっていたため、サウンドにコンプがかかり、またその新しいコンソールにはノイズゲートが組み込まれていたので、特定のスレッショルド(閾値)の音が急に消えるというサウンドが出てきたわけです。
結果、当時としてはクレイジーともいえるサウンドが誕生し、ピーター・ガブリエルはアルバムの1曲目「Intruder」にてこのドラム・サウンド――「ゲート・リバーブ」――をメインディッシュのように使っています。
ピーター・ガブリエルのアルバム・リリースから1年後、フィル・コリンズがリリースした大ヒット曲「In the Air Tonight」でもそのドラム・サウンドを聴くことができますね(エンジニアはピーター同様ヒュー・パジャム)。
「In the Air Tonight」のドラムは、ロンドンの伝説的なスタジオ、タウンハウス・スタジオの「ストーン・ルーム」で録音されています。そのリバーブはスタジオの実際の壁に反響させたものです。
「ストーン・ルーム」はお城のようなサウンドを目指していました。しかし誰もがこのような広い空間で、生のリバーブを取り入れてレコーディングできるわけではありません。
80年代にデジタル・テクノロジーが発達し、エフェクターなどの、サウンドに新たなテイストを加える技術にも革新がありました。「ゲート・リバーブ」の普及にも、そうしたテクノロジーの発達が関わっています。
あのプリンスも愛した「AMS RMX16」
80年代以前にリバーブ・サウンドを録ろうと思ったら、エコーチェンバー(残響室)と言われる部屋を用意して生のリバーブを録る方法しかありませんでした。アビー・ロード・スタジオなどにはエコーチェンバーがありましたが、部屋を作るには非常に大きなコストがかかります。また、その後開発された鉄板を振動させて残響を作り出す「プレート・リバーブ」という装置も、重さが600ポンド(約270キロ)と、一度置いたら動かせないほどの重さでした。
そんな中革命が起きます。靴箱サイズのユニットにも拘らず、サーキットボードとアルゴリズムによってリバーブを作り出すことを可能にしたエフェクター「AMS RMX16」が登場したのです。
1982年にリリースされたこのエフェクターは、世界初のマイクロプロフェッサーによるリバーブ・ユニットでした。プレート・リバーブ、地下のガレージ、大きなコンサート・ホール、大小のエコーチェンバー、クラブなど、さまざまな種類のリバーブをシミュレーションすることができます。その99あったプリセットの中に、先ほどその誕生の過程を解説した「ゲート・リバーブ」も入っていたのです。
“殿下”プリンスもゲート・リバーブがお気に入りで、生のドラム・サウンドをサンプリングしたドラム・マシーン「Linn-LM1」を「AMS RMX16」を通して鳴らしていたそう。
プリンスのエンジニアのスーザン・ロジャースは、「プリンスはLinn-LM1をAMS RMX16を通して、“ノンリニア”というプリセットを使っていた」と語っています。
ノンリニア・リバーブは、現実の世界では作り出すことのできないサウンド。というのも自然なリバーブは、オーディオ信号が減衰すると同じく減衰していきます。逆にノンリニア・リバーブは、オーディオ信号を減衰させず、鳴るにつれて音を大きくするのです。
大きな波が急に止まって、壁にぶち当たるようなイメージでしょうか。これがゲート・リバーブが作り出すサウンドです。
フィル・コリンズ「In the Air Tonight」のリリースの1年後には、このゲート・リバーブがテクノロジーとしてエフェクターに組み込まれており、それから10年間程、ラジオ局でゲート・リバーブのかかったドラム・サウンドが鳴り響いていたわけです。
カーリー・レイ・ジェプセン、ロード、テイラー・スウィフト……カムバックしたゲート・リバーブ
「アルバム『Sign of the Times』まではゲート・リバーブを死ぬほど使ってたけど、その頃には結構飽きてきてましたね」とスーザンは当時を語りますが、他のアーティストも同様に、90年代に入るとドラム・サウンドはドライな質感に戻っていきました。ですが20年間ほど存在感を消した後、2010年代にカムバックを果たすのです。
カーリー・レイ・ジェプセンのアルバムでもゲート・リバーブが用いられ、プロデューサーのアリエル・リヒトシェイドは、「この曲のドラム・フィルは、ジョン・メレンキャンプの「Jack & Diane」にインスパイアされてるんだよ」と語っています。
またブリーチャーズのジャック・アントノフは、プリンスが『Purple Rain』をリリースした年に生まれたプロデューサーですが、彼がプロデュースしたロードやテイラー・スウィフトのアルバムでもゲート・リバーブが使われています。
今の時代、ゲート・リバーブを使ったサウンドを作るのに、プリンスが使ったドラム・マシーンやエフェクター・ラックなどの機材は必要ありません。オンラインで検索すると、プリンスやフィル・コリンズにインスピレーションを受けたドラム・サウンドが多数販売されています。ちなみに「AMS RMX 16」も、現在ではプラグインやエミュレーターになり現場で使われています。
80年代のサウンドが戻ってきたという背景には、以前、Tracklibの記事にもありましたが、今活躍するプロデューサーが幼少期に聴いていたサウンドであったということもあるのかもしれませんね。
ゲート・リバーブがわかるプレイリスト
今回紹介した動画の制作者、エステル・キャスウェルは、Spotifyで「An Ode to Gate Reverb(ゲート・リバーブに寄せて)」というプレイリストを作成しています。
1980年代から今に至るまでの、ゲート・リバーブを用いて作られた名曲達がまとまっていますので、是非チェックしてみてください!
文:岩永裕史(Soundmain編集部)