Pioneer DJのDJ機材
2020.01.28

DJと権利処理。Pioneer DJが思い描く、クラブミュージックにおける権利処理の未来とは(インタビュー後編)

クラブミュージック・シーンがアナログからデジタルにスムースに移行できた理由の一つは、1994年に発売された「CDJ-50」を皮切りに圧倒的なマーケットシェアを築き上げた日本発のDJ機器メーカー「Pioneer DJ」の存在があったから、と言っても過言ではありません。

現在も同社はクラブミュージックの発展に向けて積極的に新機種をリリースし続けていますが、実は音楽の権利処理に関しても取り組んでいることはあまり知られていません。

今回Soundmain編集部は、同社よりリリースされている製品がどのように権利処理に役立っているのかについて、事業企画統括部の湯浅豊久氏と内山秀幸氏にインタビューを慣行。

後編は、DJ向け録音共有アプリケーション「DJM-REC」と、このアプリが連携している権利処理サービス「Dubset」について、開発担当の湯浅氏にお伺いしました。

前編はこちら:

※部署名はインタビュー当時のものです。

Pioneer DJ事業企画統括部の内山秀幸さんと湯浅豊久さん
事業企画統括部の内山秀幸氏(左)と湯浅豊久氏(右)

DJミックスの著作権処理をすることで使用料が正しく分配される形を確立したい

まずDJM-RECのコンセプトや基本機能を教えていただけますでしょうか。

DJM-RECは、DJの方々が簡単かつ効率的に、DJミックスをプロモーションできるDJ向け録音共有アプリケーションになります。

Pioneer DJ事業企画統括部の湯浅豊久さん

DJの方々がミックスを録音する目的は大きく二つあります。自分のミックスを聞きなおして演奏スキルや選曲を振り返るためと、多くの人にミックス聞いてもらうことでプロモーションするためです。プロフェッショナルな活動をしている方ほど、ほとんどの演奏を録音されているようです。

ただ、実際に、クラブに自分でレコーダーを持ち込んで録音しようとすると、暗くて狭いDJブースで配線だらけのなか煩雑な接続をしなくてはならないので、結構大変なんですよね。

確かに、DJブースを他のDJとシェアしていると、DJの準備をしながらレコーダーを設置するのは大変ですね。

このアプリで録音するのであれば、ミキサーの天面にあるUSB-A端子にライトニングケーブルを挿して、iPhoneやiPadとミキサーをシンプルに接続するだけです。

DJ機材とアプリ「DJM-REC」をシンプルに接続できる

つぎに、レコーダーを設置・接続できても、録音するときのミキサーの出力レベルが高いと、レコーダーの入力レベルを超えてしまって音が歪んでしまうこともあります。

DJM-RECを使った場合、ミキサーがアプリとつながったことを自動認識して、ミキサー内部でリミッター処理を施すことができるので、急激で不快な音割れや歪みの発生を最小限に抑えます。さらに、ミキサーからの入力レベルをアプリ上の音量メーターで確認しながら入力ゲインを設定できます。

録音ボタンを押せば、適切な録音レベルで、すぐに録音できます。弊社のミキサーはデジタルミキサーですので、音声をアナログに変換することなく、デジタルのままダイレクトに高音質録音できます。

またミキサーのフェーダーの位置情報から、DJミックスで曲を切り替えていくタイミングをトラックマークする機能もあります。

そして録音したミックスをプロモーションに使う場合、通常ですと録音ファイルを一度パソコンに移してDAWをもちいて音圧を上げたり、その後、MixcloudやSoundCloud にアップロードしたり、録音し終わったあともなにかと手間がかかりますよね。

このDJM-RECでは、簡易マスタリングといいますか、LOUDNESS機能を新規に開発したので、小さい音で録ったDJミックスの音圧を簡単に上げることができます。

DJ向け録音共有アプリケーション「DJM-REC」

また、こちらも新規開発のSUB BASS機能では、入力信号に基づいて新たな低域信号を合成するので、低域の信号レベルを上げるだけでは得られないパワフルな重低音を強化することができます。年代の古い楽曲も最新の楽曲に劣らない迫力のあるクラブサウンドに生まれ変わります。

こうやって録音したミックスを、パソコンを経由することなくiPhoneやiPadから直接、Mixcloud、Dropbox、SoundCloud、Dubsetといったソーシャルネットワークサービスやクラウドサービスにアップロードすることができます。

主目的はDJミックスの録音なのですが、仮にCDJとミキサーを使ってリミックスやマッシュアップを作った場合も簡単に録音できますし、アナログレコードのデジタルアーカイブにも使えるなど、工夫すると色々な用途で使えると思います。

アナログのアーカイブもできるわけですね。対応しているミキサー、対応OS、料金形態を教えていただけますでしょうか。

現在は「DJM-TOUR1」「DJM-900NXS2」「DJM-750MK2」「DJM-450」の4機種が対応しています。アプリはiPhone/iPad、iOS対応です。Andoridには未対応です。

アプリは無料で全機能を30日間使うことができます。その後も、日本円で1,220円、USドルで9.99ドルの有料版にアップグレードすることで、継続してご利用いただけます。 

アプリのダウンロード状況、利用率はいかがでしょうか。

アプリの販売状況で言いますと、リリース直後はもちろん多かったのですが、その後もバージョンアップするごとにダウンロード数が増えています。

現時点では、ミキサーの出荷台数とアプリのダウンロード数がほぼ一緒、という状況です。組み合わせて使うことができるハードウェアが限定されているアプリとしては、非常に好調な利用率なのではないか、と考えています。

弊社のミキサーはナイトクラブに常設されている場合が多いので、自分では対応ミキサーを持っていないのだけれども、クラブでプレイするときに簡単に録音できるのでダウンロードして使っているよ、というかたも多数いらっしゃいます。

またアクティブ・デバイスのセッション数も日に日に上がっているので、継続的に利用している方が目に見えて増えているな、という印象ですね。

音質はどのようなフォーマットに対応しているのでしょうか。

フォーマットはWAV 16bitの 44.1 kHz、48 kHz、 AAC 64 kbps、128 kbps、192 kbps、256 kbps、320 kbpsに対応しています。

何時間でも録音できるんでしょうか。また長時間使用でのiPhoneの発熱や電池はどうでしょうか。

iPhoneの容量があればできますね。電源はミキサー側から給電します。発熱についても問題ないですね。

音質もアプリ内で変えられるのでしょうか。

変えられます。例えば対応フォーマットがそれぞれのアップロード先によって違うので、それに応じてフォーマットやAACのbit rateを変更することができます。また音質を変えるだけでなく、ファイルをエディットしたり、曲名やタグ、ジャケット画像を付けてアップロードしたりすることも可能です。

他にも、DJミックスをYouTube、Facebook Live、Periscope、Instagram、Snapchatといったライブ配信サービスを介して、世界中の人々にリアルタイムにプロモーションすることができます。

Pioneer DJ事業企画統括部の湯浅豊久さん

クラブでの利用で使い方や注意点を教えていただけますでしょうか。

クラブに常設されているミキサーのファームウェアがしっかりアップデートされていることをご確認いただいた方が良いかと思います。このアプリをリリースするよりも前に発売されたミキサーですと、ファームウェアをバージョンアップしておかないといけないので。

ミキサーのファームウェアがしっかりアップデートされていれば問題ありません。

DJ向け録音共有アプリケーション「DJM-REC」

例えば録音中にホームボタンを押して、別アプリを開いても大丈夫なのでしょうか。

継続して録音します。ただ電話の着信があった場合には電話が優先されますので、録音時には機内モードにすることをおすすめします。また通知がくると録音が停止する場合があるので、通知が来るのを防ぐためにおやすみモードにしておくとより安心です。あるいは中古の安いiOSデバイスを録音専用にするのも良いかもしれませんね。

そしてDJミックスの著作権処理のためにDubsetとの連携をされています。いつ頃から彼らとの会話をスタートされたのでしょうか。

2~3年前でしたね。当時、音楽業界でテクノロジー的に目立ったサービスの一つということで話題になっていました。我々のイギリスのオフィスで会話をスタートさせました。

彼らの話を聞いていて、クリエイター、DJなど、シーンに関わっている人たちにとって良いストーリーだなと思い、一緒にやっていきましょうということになりました。

彼らのサービスのどの辺りを、良いストーリーだと思われたのでしょうか。

Dubsetにアップロードすれば、DJの方々のDJミックスやリミックスで使用した楽曲の著作権処理が自動でされるのですが、個人で同じことをしようと思っても、ほぼ不可能ですよね。

昔はカセットテープやCDという形でDJミックスが配布されていましたが、著作権処理されているものというのは少なかったと思います。また、大手レーベルから商業的にリリースされていたミックスCDなども、著作権処理が可能な曲から選曲してミックスしないといけないなどの制約があり、DJの方々がフルにクリエイティブになるのは難しかったと思うんです。

Dubsetは現在、メジャーなレーベルの楽曲からアンダーグランドな楽曲まで約4,500万曲を権利処理することができるとのことです。ミックスでの利用がNGの曲がミックスに入っている場合などは配信不可とレスポンスがあり、きちんと反応が返ってきます。 

なるほど、そしてDubsetで権利処理ができると、彼ら経由でApple MusicやSpotifyで配信が可能になるわけですね。

そうです。たとえば、今Apple Musicには「DJ Mixes & Live Sets」というカテゴリーがあって、Dubset経由で権利処理されたMinistry of Soundレーベルや著名DJのDJミックスが配信されています。

今までのミックステープやミックスCDは、1,000人単位ですとか、実際に頒布された本数・枚数といった規模でしか配布ができませんでした。

Apple MusicやSpotifyですと、ものすごい桁のオーディエンスにまでDJミックスを届けることが可能になりますし、自分のDJミックスが聴かれることで、使用された楽曲、制作者、レーベル、そして実際にDJミックスしたDJ自身にもお金が分配されるとDubsetは言っています。

また、今まではイリーガルな形で配布されていたDJミックスなども、Dubsetを介せばきちんと著作権処理された形で大多数のリスナーに聴いてもらえる。正々堂々と正しく作品を発表できることは、この音楽業界にとって大きな意義だと我々は考えています。

ミックステープカルチャーが合法の配信サービスでも楽しめて、クリエイターにも正しく使用料が分配される時代になってきたということですね。

今はまだ額は少ないかもしれませんが、Dubsetのようなサービスを使ってきちんとDJミックスの著作権処理をすることで、曲を作った人、そしてミックスをしたDJ自身に、楽曲使用料が正しく分配される形を確立したいなと思っています。

将来的にそれの精度が高まっていけば、実際にクラブでかかっている曲を作ったクリエイターにもお金が還元されていくと思います。

Dubset経由での処理には、Dubsetのアカウントが必要になるのでしょうか。

必要です。DJM-RECで録音した音源のアップロード先としてDubsetを選ぶと、APIでDubsetからそのアカウント情報をDJM-RECが取得するという流れです。

DJM-RECからDubsetにDJミックス音源をアップロードすると、DubsetがそのDJミックスの中で使用された楽曲を解析し、著作権処理がなされるわけです。その著作権処理されたDJミックスをApple Musicで配信するかどうかなど、自分で設定することができます。

DJ向け録音共有アプリケーション「DJM-REC」

著作権処理ができるツールを使い、DJサイドもクリエイターのメリットになることをやろうとしている

DJM-RECの理想とする発展形態や、使われ方のイメージはありますでしょうか。

まずはアプリの存在を知ってもらい、試していただきたいと思います。使いやすいものだと思っていますし、フィードバックをいただければ、その内容を反映してさらに改善していけます。

DJM-RECはDJがDJミックスを用いて自身のプロモーションに使うツールですが、そのミックスで使われる楽曲のクリエイターの方にとってのプロモーションにもなりますし、DJがDJミックスやナイトクラブでの演奏する楽曲の著作権処理を適切に施すことができれば、DJ自身だけではなく、楽曲を制作しているクリエイターの方にとってもメリットになります。

今回の記事を通して、DJ業界としても音楽の権利処理にも取り組んでいるということが、クリエイターの方々に少しでも伝わると良いなと思います。

Pioneer DJ事業企画統括部の湯浅豊久さん

取材・文:岩永裕史(Soundmain編集部)

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