
Tracklibが見たサンプリングの現在:“State of Sampling 2019”より
サンプリング可能なオリジナル楽曲を提供するスウェーデン発の音楽スタートアップ企業Tracklib。本ブログにCEOパール氏のインタビューも掲載しましたが、彼らが独自に調査し公表した「State of Sampling」というブログ記事が話題となっています。
2019年サンプリング周りで話題になったヒット曲や元ネタ、そしてトレンドが上手くまとまっており、今回はTracklibのご厚意のもと、当記事の和訳を掲載させていただくこととなりました。
来年どんなジャンルの曲がサンプリングされヒットしていくのか……サンプリングを用いて楽曲制作をするうえで、ヒントになる情報があるかもしれません。
CEOのインタビューと併せてお楽しみください!
サンプリングの現在
サンプリングの現在とは? どのくらい一般的な手法になっているのか?どんな曲がサンプリングされているのか? Tracklibのスタッフが今年リリースされた曲を独自に解析、これらの質問に対する回答を探ってみました。
どれだけサンプリングされているか
サンプリングは、ヒップホップなどのジャンルから派生し、現在あらゆる種類の音楽に使われています。2019年にリリースされた曲でサンプリングを用いた曲はどのくらいあるのでしょうか? また、どのジャンルの音楽が最もサンプリングされているのでしょうか?
チャートインした曲の15%にサンプルが含まれている
今年ビルボードHot100にチャートインした曲の15%にサンプリングが使われていました。15曲に17曲分のサンプルが使われていることから、複数のサンプルが含まれている曲もありました。
今年の最大のヒット曲、Lil Nas Xの「Old Town Road」は、Nine Inch Nailsの「34 Ghosts IV」がサンプリングされています。
ここ10年間、ヒット曲に使われているサンプルの数は、平均して毎年同じくらいの比率になっています。ブレイクしたアーティストや、その年の人気のジャンルにも左右されますが、大体毎年約15%~25%のヒット曲にサンプリングが使われています。
今年はポップスが主流のトレンドでしたが、ポップ・アーティストもサンプルを使っています(そして他アーティストにサンプリングされています)!
全てのジャンルでサンプリングが使われている
ジャンルでみてみると、驚くことではありませんが、サンプリングはヒップホップで最も使われている手法です。今年大ヒットしたヒップホップ系楽曲の32%にサンプリングが使われています。ですがR&Bでもサンプリングの利用率が20%上がっており、R&B全体でみると、およそ1/4のヒット曲にサンプリングが使われています。
ヒットしたアルバムの半分に、サンプリングが使われている
Top100にチャートインしたアルバムの59%に、サンプリングが使われた曲が収録されています。これらのアルバムには、321曲分のサンプルが含まれており、ジャンルを問わず平均すると、アルバム1枚に対してサンプルが3曲分という計算になります。
ポップスターのTaylor SwiftやAriana Grandeの最新アルバムでもサンプリングが用いられています。
因みにTop100にチャートインインしたアルバムで一番多くサンプルを含んでいたのは、Tyler The Creatorのアルバム『IGOR』で、13個のサンプルが含まれています。
豆知識:
Billie Eilishの「My Strange Addiction」のイントロには、コメディー番組『The Office』のセリフがサンプリングされています。ビリーは同番組の大ファンであり、全201回からなる同番組を12回以上観ているそう!
2019年のヒット・プロデューサーの83%がサンプリングをしている
デジタル世代の制作環境においてサンプリンングは重要な部分を占めています。2019年、Top 100にチャートインしたヒット曲に関わっているプロデューサー30人の60%が、今年彼らがリリースした曲のうち最低1曲にサンプルを使っており、彼らのキャリアで計算してみると、83%が一度はサンプリングをしていることがわかりました。
何がサンプリングされているか
「Old Town Road」のカントリー・ギターから「Middle Child」のフィリーソウル系のホーンまで、ミュージシャンやプロデューサー達は、今年もサンプリングを通じてジャンルを再定義し、新しいサウンドを作り出しています。
サンプリングされた曲のリリース年の平均:1998年
今年サンプリングされた曲のリリース年の平均は1998年でした(昨年は2002年)。どのジャンルでも同様に過去に遡っていました。興味深かったのが、一番古いサンプルを使っていたジャンルはポップスで、リリース年の平均が1993年でした。
2010年代が、最もサンプリングされた年代
平均では昨年より昔の音楽がサンプリングされていましたが、10年区切りで言うと、一番人気が高かったのは2010年代でした。さらに驚きなのが、過去5年間、同じ結果だったということです。
今年は80年代の曲が1曲もサンプリングされておらず、昨年は70年代の曲をサンプリングしてチャートインした曲はありませんでした。ということは来年、あまり90年代のサンプルが使われないのかも?
豆知識:
ジャマイカの新星Billy Boyoが、サンプリングされた曲のアーティストとして最も若いアーティストでした。彼の「One Spliff A Day」が、DJ Khaledの「Holy Mountain」にサンプリングされており、Billyは「One Spliff…」を1981年にレコーディングしたとき、わずか10歳でした。
今年、ヒップホップ系のサンプルは少なめ
ジャンル的にはヒップホップが最も多くサンプリングを使っていますが、昨年に比べてかなり低くなっています。逆に、R&B/Soul/Funk系のジャンルからサンプリングすることが人気上昇中です(昨年より12%多い33%)。
また昨年は、インスタグラムやフェイスブックにアップロードされたオンライン動画からサンプリングされた曲が沢山ありましたが、今年はありませんでした(昨年は14%)。もしかしたら我々はソーシャルから離れつつあるのかもしれませんね。
ドラム・ブレイクスをサンプリングする人は殆どいない
80年代90年代は、誰もがドラム・ブレイクスをサンプリングしていましたが、最近は殆どのプロデューサーが自分でドラムを打ち込んでいるようです。
Top100にチャートインしたアルバムに使われていたサンプルのたった3%がドラム・ブレイクスでした。これはTracklibのユーザーでも同じで、ドラムトラックの販売数は2%以下です。今年一番人気が下がっているカテゴリーとなっています。
ですが、1969年にリリースされたThe Winstonsの「Amen Brother」に収録されているドラム・ブレイクスを今でも好んで使っているジャンルが一つあります。ドラムンベース(と関連するジャンル)では、今年100曲以上にこのサンプルが使われており、今でもジャンルの基礎として親しまれています。
サンプリングのダイバーシティー化
YouTubeや他ストリーミング・サービスのおかげで世界中の様々な楽曲に出会えるようになったことで、サンプリングされている曲は今まで以上に多種多様になっています。
Tracklibのユーザーでも同じ傾向が見られます。昨年に比べて、ユーザーがサンプリングしたジャンルの数は約3倍にもなっており、サンプリングされた曲が生まれた国の数も同様に増えています。西アフリカ、中東、西ヨーロッパ系の音楽の人気が上昇しています。
多種多様になったことでサンプリング処理も難しくなっていますが、Tracklibで提供されている曲であれば、他の楽曲同様に簡単に処理することができますよ。
サンプリング・トレンド
他の業界と比較しても、音楽ほどトレンドの移り変わりが速い業界はありません。定着しているトレンドや別のトレンドに進化するトレンドもありますが、トレンドになる前に消えてしまうものもあります。サンプリングにおける今年のトレンドは下記のとおりです。
ゴスペルの広がり
今年リリースされたKanye Westの『Jesus Is King』は、ヒップホップとゴスペルを結び付けた最重要作品のひとつでしょう。将来ゴスペル系サンプルの人気が上がることが予想され、Tracklibでも、ユーザーから最も問い合わせのあるジャンルとなりました。ゴスペル・サンプルを用いたヒット曲が来年沢山生まれるのではないかとプロデューサー達も予想しています。
数か月前、Chance The Rapperのアルバム『The Big Day』が、クリスチャンでもあるラッパーNFのデビューアルバム『The Search』にビルボードTop200チャートの1位を明け渡しました(因みにChance The Rapperのアルバムもゴスペルの影響を受けています)。
宗教的な音楽は、物語性、そしてサウンドのトレンドという側面から見ても、今最も人気のあるコンセプトかもしれません。
豆知識:
Chance The Rapper がようやく彼のミックステープ『Acid Rap』をストリーミングサービスでリリースしたとき、サンプリング処理に問題のあった人気曲「Juice」は収録されませんでした。そこで彼は彼らしく、この状況を覆すために、「Juice」を収録できなかった理由を自ら喋った音源を「Juice」としてミックステープに収録。
「この音源から得る収益は全てチャリティーに寄付するから、引き続きこの音源をスキップせず聴いてほしい」とファンを駆り立て話題となっていました。
ホーンが熱い
Pete Rock & CL Smoothの「They Reminisce Over You (T.R.O.Y.)」に使われたTom Scott、Jay-Zの「Roc Boys (And The Winner Is)…」に使われたMenahan Street Bandを思い出してもらえれば、ホーンセクションをサンプリングすることは新しいことではないことがわかると思います。ですが数年前と比べても、このトレンドは更に顕著になっています。
J. Cole、Young Thug、Tyler the Creator、EARTHGANG、Denzel Curry、Trippie Redd & Lizzoなどの作品にもみられるとおり、作品にパワーを足すため、またメロディーを足すために、ホーンセクションを足すことが好まれていることがわかります。
lo-fiの人気上昇中
ここ数年、新しいプロデューサー達がインターネットを席巻しています。J Dillaや、“ゴッドファーザー・オブ・ビーツ”のひとり、日本のNujabesなどの偉大なプロデューサー達の作品にインスパイアされ、埃っぽく、ループを多用した“chill lo-fi beats”を発表している若いプロデューサーが出てきています。
プレイリスト、ライブ配信、アナログリリースなどの展開によって、このサブジャンルは何百人ものリスナーを獲得しています。
そしてサンプリング処理でも今年は話題が沢山ありました。10何年にも及ぶ法的な争いから、とても野心的なミックステープ・プロジェクトまで。サンプリングにおける今年のビックニュースはこちらです。
「サンプリング・クリアランスなんてクソ」
ラッパーLogicのアルバム『Confessions of a Dangerous Mind』がリリースされる寸前、彼はサンプリング処理について怒りをツイートしました。
A Tribe Called Questの「Can I Kick It?」を引用した曲を制作した際、ATCQの曲にLou Reedの「Walk On The Wild Side」のベースラインが引用されていたこともあり、出版の100%をLou Reedの財産管理人に渡さないといけないことが判明したのです。
彼は「ATCQサイドではなくLou Reedに出版権を100%明け渡さないといけないのは狂ってる」とツイート。何千というコメントや議論が繰り広げられました。
20年経った後、Kraftwerkが勝利
2秒のサンプルに関する20年間続いた裁判に今年決着がつきました。原曲のクリエイター(Kraftwerk)にとって良いニュースですが、サンプルを使うプロデューサーにとっては気になる判断です。
欧州司法裁判所は、Kraftwerkの「Metall Auf Metall」の2秒間のループが、ドイツのラッパー兼シンガーSabrina Setlurが1997にリリースした「Nur Mir」に、不当に使用されていることを決定しました。
聴いても認識できないくらい修正されている使用は「芸術の自由」にあたると被告側は主張しましたが、裁判所の判断は、法律上サンプリングをすることについて、グレーなエリアを更にグレーにしているとも言えます。
豆知識:
Tyler The Creatorの「Puppet」では、70年代のロックバンドCzarの「Today」という曲がサンプリングされていますが、サンプリング処理を進めていたところで稀な問題が起きていました。
バンドの作曲家で、今は家具のレストア業を営んでいるMick Wareは、ソニーからサンプリング申請について連絡をもらったとき、詐欺の連絡だと思ったそうです。その後彼の孫から、Tylerが実存するアーティストであることを教えてもらい、サンプリング使用を快諾したそうです。
大ヒットアルバム『Chixtape 5』で赤字
Troy Lanezは11月に、2000年代のR&Bヒットのみをサンプリングした『Chixtape』シリーズの5枚目を正規リリースしました。彼のマネージャーによると、Toryはこのアルバム制作に10か月費やしていたとのことですが、サンプリング処理にも同じくらいの時間がかかったそうです。
40曲分のサンプルをクリアランスするために、19人の弁護士、29人の作家とやり取りをしなければならず、Tory Lanezによると、この作品をリリースしたことで赤字になったとのこと。
サンプリング処理に幾らかかったかは彼も言及していませんが、このアルバムは米ビルボードアルバムチャート初週2位にランクインしており、8万枚規模のセールスを記録しています。これだけ売れても赤字、というわけです……。
ビタースウィートな勝利
1997年にリリースされたThe Verveの「Bitter Sweet Symphony」は、今だヘビーローテーションされているモンスター級のヒット曲ですが、実はバンドには1円も入ってきていません。というのも、The Rolling Stonesの「The Last Time」のオーケストラ・バージョンがサンプリングされているため、この曲のロイヤリティーそして出版の使用料は、直接The Rolling Stonesに支払われているのです。
ですが今年、Mick JaggerとKeith Richardsは、この曲の出版権をThe Verveに渡すことを決めました。The VerveのRichard Ashcroftは、Ivor Novello Awards 2019で賞を受賞した際のスピーチで、「思いやりのある、寛大なことを彼らがしてくれた」とコメント。音楽業界に人情が戻った瞬間です。
2019年サンプリング大賞
日本のポップスからナインイチネイルズ、そしてサウンド・オブ・ミュージックまで。これらは今年最も話題となったサンプルです。
ナイン・インチ・バンジョー
Lil Nas Xの「Old Town Road」は今年最大のヒットであることは間違いありません。この曲には、カントリー・ミュージックからほど遠い、インダストリアル・ロック・バンドのNine Inch Nailsによる「34 Ghosts IV」がサンプリングされています。
「Old Town Road」はカントリー・ラップというジャンルをメインストリームにまで持ち上げました。信じられないのが、Lil Nas Xはこのビートサンプルを、YoungKioというオランダのプロデューサーからオンラインストアを通じて30ドルで購入していたのです。
この楽曲が大ヒットしたこと、そしてNine Inch Nailsがサンプリングされていたという話題性などが、サンプリング・ミュージックの重要性を物語っています。
J. Coleの安い買い物
グラミー賞にノミネートされたJ.Coleの「Middle Child」には、Tracklibのサンプルが使われています。J.Coleと共同プロデューサーのT-Minusは、1973年に発表されたフィリーソウル曲のホーンセクションを使い、Tracklibを経由して500ドルで正式なライセンスを取得しています。
Tracklibを使えば、問題なくサンプリング処理ができることを制作側が知ってたので、実はこの曲がリリースされる数時間前にサンプリング処理がなされているんです。Tracklibで5回クリックした直後にプラチナム・ヒットが生まれたという流れです。2020年のグラミー賞「Best Rap Performance」を獲る期待が高まりますね。
豆知識:
MadlibとFreddie Gibbsによるアルバム『Bandana』が今年ようやくリリースされましたが、これは全てのサンプルの処理をするために約1年かかったからだそう。「どこからサンプリングしたか覚えていない」とMadlibも主張していたことがありましたが、それによって2015年に訴えられてもいました。今作ではサンプリング処理に厳格に対応していた様子です。
サウンド・オブ・ミュージックが9割
Ariana Grandeは彼女の大ヒット曲「7 Rings」で「Lashes and diamonds, ATM machines / Buy myself all of my favorite things」と歌っています。皮肉にも、この曲は彼女が好きなダイヤモンドにはなりません。
全収入の90%が、映画『The Sound Of Music』のために「My Favorite Things」を書いたRichard Rodgers and Oscar Hammerstein II側に支払われているからです。ビートに使われているストリングスがオリジナル曲から引用されていつつ、Arianaも歌詞で「my favorite things」と引用しています。
未発表でも1位
Young Nudy & Pi’erre Bourne featuring Playboi Cartiによる 「Kid Cudi’ (a.k.a. ‘Pissy Pamper’)」は、サンプリング処理に問題がありオフィシャルには今だリリースされていません。実は1980年にリリースされた山根麻衣の「たそがれ」がサンプリングされています。
ですが、高校2年生のファンがLil Kambo「Kid Cuti」という偽名・偽タイトルでSpotifyに非公式にアップロード。結果バイラル・ヒットし200万回再生を記録、米Spotify Viral 50 chartにチャートインしています。その後偽アップロードであることが判明し、取り下げられています。
文:岩永裕史(Soundmain編集部)