
DJと権利処理。Pioneer DJが思い描く、クラブミュージックにおける権利処理の未来とは(インタビュー前編)
クラブミュージック・シーンがアナログからデジタルにスムースに移行できた理由の一つは、1994年に発売された「CDJ-50」を皮切りに圧倒的なマーケットシェアを築き上げた日本発のDJ機器メーカー「Pioneer DJ」の存在があったから、と言っても過言ではありません。
現在も同社はクラブミュージックの発展に向けて積極的に新機種をリリースし続けていますが、実は音楽の権利処理に関しても取り組んでいることはあまり知られていません。
今回Soundmain編集部は、同社よりリリースされている製品がどのように権利処理に役立っているのかについて、事業企画統括部の湯浅豊久氏と内山秀幸氏にインタビューを慣行。

前編は、クラブで演奏された楽曲の権利処理に一役買っている「KUVO」サービスについて内山氏にお話をお聞きしました。
※部署名はインタビュー当時のものです。
KUVOとは?
KUVOサービスの開発がスタートしたキッカケを教えていただけますでしょうか。
私たちのDJ機器は、ハードウェア機器としては世界でシェアNo.1ということもあり、どのクラブに行っても大抵Pioneer DJの機器が置かれているのを目にすることができます。このような状況のなかで、機材をインターネット上でネットワーク化して何かできないか、と検討し始めたことがキッカケです。

クラブで実際にどんな曲が流れているか、現場に行かない限り知ることは難しいと思うんですね。であれば、実際クラブでDJの方々がプレイしている曲目などの情報を皆さんにシェアして、クラブのお客さんがクラブに行きやすくなるようなサービスを私たちの方で立ち上げられないかというアイデアが出てきまして、約6年前に開発がスタートしました。
どのような機能、サービスを提供しているのでしょうか。
最初はインターネット上で情報をシェアしたり、好きなDJをフォローできたりするところからスタートしたのですが、現在はサービスを追加していて、DJの方にさらに自分をアピールできる場として使ってもらえるよう、ミックス作品(MixcloudやYouTubeのコンテンツ)を投稿することができるようになっています。

あとはイベント情報ですね。例えばDJの方が、次プレイする都市の近くにいる人たちに対してイベントの告知ができたりします。また、フォローしたDJのイベント情報をプッシュ通知で受け取ることもできます。
お客さんに実際にクラブへ足を運んでもらい、現場で音楽を楽しんでもらうという動線をKUVOでつなげられたら…という想いでサービスを運営しています。
KUVOの技術を使って海外では著作権処理の支援も
まずはクラブに来るお客さんとDJとクラブをつなげて、情報をシェアしつつ、お客さんが現場に行きやすくすることが目的だったのですね。
そうです。その一方で、私たちの欧州現地法人がロンドンにあるんですが、AFEM(Association for Electronic Music)というエレクトロニック・ミュージックの団体とつながりがありまして。
こういうサービス(KUVO)を開発したんだと話をしたら、「KUVOで持っている演奏情報を著作権管理団体に報告すれば、その楽曲の権利者に使用料を配分するための支援ができるんじゃないか」という話になったんです。

当時、欧州や北米ではEDMブームが来ていた時で、ダンスミュージックが商業的な成功を収める事例が急増していましたが、その傍ら、実際クラブで楽曲が演奏されても、その演奏した楽曲の著作権利者に使用料を適切に配分するのが難しいという現状があるということをAFEMから聞きました。
ご存じの通り、クラブは年間いくらという演奏使用料を、著作権の演奏権を管理する団体(PRO)に払っているんですけども、その使用料は、国にもよりますが、場所の広さやキャパシティーなどで計算されています。その使用料をPROが著作権利者に分配していますが、実際に演奏された楽曲を全て把握できているわけではないので、そこに課題があるということです。
AFEMはこの課題に対して、2014年に「Get Played Get Paid(プレイされたら支払われるべき)」というキャンペーンを掲げて、ダンスミュージックの権利をちゃんと守りましょうという運動を開始しました。
そして彼らが、KUVOの技術的な側面、クラブからインターネット上にメタ情報を発信できるというところに着目してくれまして。それなら我々としてもこれに賛同しよう、という流れになりました。
KUVOではクラブミュージックファン向けのサービスを運営していく傍ら、PROに対して、クラブで演奏されたメタ情報を報告していくというサービスを立ち上げ、クラブミュージックが盛んな海外で取り組んできました。
DJやレーベルなどからの評判はいかがでしょうか。
今まで弊社とお付き合いのある海外のトップDJやプロのDJ、レーベルの方々にKUVOを説明する機会がありましたが、多くの方々がこの取り組みには賛同してくれています。
KUVOの本来のサービスより興味があるようでした(笑)。DJは他の人が制作した楽曲を演奏する機会が多いこともあり、著作権処理に対して意識が高い傾向にあるのだと思います。
リッチー・ホーティン氏はKUVOの紹介ビデオの中で、「テクニカル・ライダーにKUVOを使ってほしいと書いてほしい」といったコメントをしていましたね。
KUVOのボックスは、直接演奏に使う機器ではないので、テクニカル・ライダーなどに載せてもらえればクラブ側もセットアップをしてくれますし、とても助かりますね。
DJとしても、曲を作ったクリエイターに対して「こういう仕組みを通じて支援しているよ」と言えると思うんです。DJ自身曲を作っている方が多いので、特に共鳴していただきやすいのかなと思っています。
現在何カ国、何ヶ所くらいのクラブに導入されているのでしょうか。
全世界で500件ほどのクラブに導入されています。導入するときにクラブ登録をしてもらうのですが、その登録数の累積数です。
私たちの欧州現地法人がイギリスにあるというのもありますが、ロンドンの周辺だけでも100件近くのクラブに導入されています。もともとPRSというイギリスのPROが協力的だったのと、AFEMもイギリスの団体なので。
日本でも導入されているクラブはあるのでしょうか。
クラブとしての登録は40件くらいですね。東京だけでなく北海道から九州まで幅広く導入されています。ただし、日本ではPROに報告するサービスのほうはまだ実施していません。クラブミュージックが盛んな海外を優先して進めているので。
5~6年運用していますと、クラブの運営母体が変わったり、閉鎖したりするクラブがどの国でも度々あります。なので1つの場所で継続して運用してもらうのも難しいんです。いったんボックスを導入したものの、こういった理由で減ってきてしまうのが悩ましいところです。
ボックスの提供もPROへの報告も無償で提供
現在報告をされているPROの数はどのくらいなのでしょうか。
地道な活動の末、現在はヨーロッパとオーストラリア、カナダのPROを対象として、合計11カ国、14のPROに、クラブで演奏されたメタ情報を毎月報告しています。
PROへの報告は、現在は無償で提供しています。本来アーティストに還元すべきロイヤルティの流れを活性化させる目的ですので。同様にクラブへのKUVOボックスの提供も無償でおこなっております。KUVOサービス全体でも今のところ全ての機能が無償です。
全て無償で提供しているのはすごいですね。ちなみに一番初めに契約されたPROはどちらでしょうか。
オーストラリアですね。APRA AMCOSという団体です。一番初めに契約したっていうこともあって、とても友好的で、著作権処理の知識などについていろいろ教えてもらいました。KUVOボックスの設置やその後の保守まで協力してくれているんです。
すごいですね!
クラブ側もアーティスト側も「APRAが言うんだったら協力するよ」と、オーストラリア全体で積極的に取り組んでいると聞いています。
現在、どのようなデータを海外の管理団体に報告されているのでしょうか。
国名、演奏日時、演奏された時間、曲名、アーティスト名、などの楽曲のメタ情報から得られる情報です。プレイヤー側で情報を抽出して、その中からPROが必要とする情報を報告しています。
KUVO自体は利益を生むものではないけども、理念があって企業として頑張って動かしているってことですよね。
まだいろいろと課題はありますが、こういった活動1つ1つがカルチャーを育み、最終的に私たちの事業にも還元されてくると信じています。
将来の見通しについて質問させてください。クラブにおける演奏権の未来は、どのようになっていくと思われますか?
今後、DJさんもストリーミング・サービスを使うようになってくると、演奏履歴などのデータはストリーミング・サービス側でも把握できると思うので、現在のKUVOのメタ情報による報告方法にも影響が出てくると思っています。
ただ、クラブのような公衆の場では、その楽曲が本当にそのクラブで演奏されたというロケーションのエビデンス(証拠)が必要になります。KUVOでは現在そのエビデンスを持っていますが、今後どうやってストリーミング・サービスのデータとロケーション情報とを紐づけするかが、著作権管理上の課題になってくるかもしれません。
他にも課題がありますが、それらはやがて技術の進歩によって解決されていくものと信じています。
DJを音楽家として考えられるような世界に
これは私の個人の想いですが、DJを、DJという区分ではなくて、演奏者やアーティストなどの音楽家として、老若男女を問わず誰もが認識してくれるような世界になるといいですね。
あなたはDJ、あなたは歌手とかではなく、皆がアーティストとして尊重し合える世界。海外ではオリンピックでDJが演奏するなど、それが浸透し始めていますので、日本もそうなる日はそれほど遠くないかもしれません。
そういった世界観がつくれるよう日々邁進してくのが私たちの役目だと思っています。

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取材・文:岩永裕史(Soundmain編集部)