2023.05.12

MON/KUインタビュー 音でモデリングされた円環の架構、自己増殖する世界

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

第16回のインタビューに登場するのはMON/KU。2018年より活動を開始し、翌年8月に1stEP『m.p.』を発表。〈音楽経験なし、楽器も弾けない、イメージのみでDAWを用いて作曲した〉というプロフィールながらハイクオリティな楽曲に音楽ファンの注目を集め、2019年以降、浦上想起や松木美定、神様クラブ、uami、THA BLUE HERBなどと共演する。

今年〈i75xsc3e〉よりリリースされたデビューアルバム『MOMOKO blooms in 1.26D』では、グリッチーな電子音と柔肌のアコースティック楽器やボーカルが重なり合い、ノイズと叙情の同居する広漠な音空間を披露した。デビューからこの1時間超の大作を作るまでの経緯のほか、同作で企図したテーマ、そしてコンセプトを実現する具体的な制作方法について話を伺った。

音楽経験のない音楽好き

まずは音楽的なルーツについて教えてください。

うちの母親も父親もパンクやロックが大好きで、車で流れていた音楽が原体験に当たるのかなと思います。特に母が邦ロック好きで、自然と僕も聴くようになって。スピッツやELLEGARDEN、RADWIMPSなど、いわゆるメインストリームの邦ロックです。

僕の今の志向を決定づけるようなターニングポイントはいくつかあるのですが、そのひとつが、たしか僕が小学校高学年の頃、ELLEGARDENが解散してthe HIATUSという別のバンドプロジェクトが始まったことです。内向的というか、ダークな雰囲気のある音楽性に惹かれて、そっち側にレールを引いてもらえた感覚があって。

フロントマンの細美武士という人間がどんな人なんだろうと、彼が言及していたBjörkやRadioheadといったアーティストも聴くようになりました。もちろん中学生だったのですぐに好きになったわけでもなく、「なんだこれは」って思いながら。

もうひとつ転換点としては、ずっと好きだったフジファブリックの志村正彦が亡くなったことでした。志村についても調べるようになって、彼が好きだったブラジル音楽も聴き始めました。Edu LoboやMarcos Valle、Dori Caymmi、Antonio Carlos Jobimといった人たちです。

そういった導線から聴くようになったのがアルゼンチンの音楽で、僕の肌にすごく合ったんですよ。Florencia Ruizという女性のシンガーは、僕の中でアルゼンチンのBjörkみたいな人。あとはSilvia Iriondoも好きで。ブラジル音楽もそうですけど、情緒感が日本の歌謡とすごく近いところにあるような気がして、中高生の頃から今に至るまで聴き続けています。

「楽器経験なし」というプロフィールを拝見しましたが、学生時代に軽音楽部などに入ろうとは思わなかったんですか?

一丁前にギターを買ってみたことはあるんですけど、しっかり挫折して(笑)。ずっとサッカーをしていたから軽音楽部に入ることもなくて、それ意外は全然。本当に小さい頃にピアノを習っていたことはあったんですけどね。もう弾き方も忘れました。

振り返ると「いつか音楽をやりたいな」って思いが漠然とあったんですけど、実行に移したのは「S I N K」を発表する直前の話です。高校を卒業して働いた仕事を辞めてフリーターになった頃に、創作意欲みたいなものが湧く隙があったのかな。

そのタイミングがMON/KUとしての活動の始まりですか?

MON/KUを始める前に、たしか1、2年くらいはTwitterの音楽好きなアカウントを一方的にフォローして、そのコミュニティには存在していたんです。自分ではそんなに発信しなかったんですけど、音楽熱は高まっていて。

直接的なきっかけは、The Weekndの来日公演。ずっと好きだったので見に行って、圧倒的なカリスマ性を目の当たりしてめちゃくちゃテンションが上がって。ウオーッ、って勢いそのままに、Cubaseを買って作曲を始めました。

それで発表したのが一作目の「S I N K」ですね。

本当に運が良かったのか、崎山蒼志くんやTHE NOVEMBERSの小林裕介さん、長谷川白紙さんなどが言及してくれて。僕がもともとフォローしていた音楽好きのコミュニティだと、『痙攣』というZINEを作っている「李氏」さんがやっぱり早かった。でも、どう批評されるかとか、そもそも聴いてもらおうとか思っていなかったし、自分のために作っていただけで……DAWを立ち上げて音を鳴らして、「あ、こんなことできちゃうんだ」って感動していたくらいだから、そうした反応をいただけたのは嬉しくもあり、驚きもありました。

「S I N K」の制作期間はどれくらいだったんですか?

すごく短い曲だし、たぶん1週間とか。DAWを触り始めてからいくつかは習作のような形にならない曲の断片を作っていて、その流れでできたものなんです。究極的には音像とサウンドスケープだけを考えて作りました。弾けもしないアコギを引っ張り出して鳴らしてみたり(笑)。

ちなみに、僕は普段あまりリファレンスを用意しないタイプなんですけど、「S I N K」に限っては明確なリファレンスがありました。The Weekndの「The Hills」という曲があって、最初の歪んだズバーンってシンセとかは完全に意識しているし、質感も近づけようとしていたはずです。

The Weekndはどのような点で影響を受けたのでしょうか?

空間を感じられる音楽が好きなんですよね。高校生になったばかりの頃に、音質のいいウォークマンZX1と、イヤホンのJVC HA-FX850を買ったんです。当時にしては結構な出費でしたが、それまで認識できなかったリバーブやディレイが聞き取れる体験に感動しちゃって。

それで、しばらくはすごくウェットな質感の、アンビエントとかポストロックに傾倒していました。部屋を真っ暗にして目を閉じて、空間に入り込むようにして。James Brakeの「The Wilhelm Scream」を聴いた時の感動はいまだに覚えています。「なんだこのリバーブ、かけすぎだろ!」って。The Weekndもその流れで入ったんじゃないかな。やっぱり声にめっちゃリバーブをかけるので。

音楽と空間、共創するイメージ

『MOMOKO blooms in 1.26D』も、全体を通して広大な空間を感じさせるような作品です。

基本的に曲を作る時、頭の中では映像が先行することが多くて。ここではない、別の世界線の景色がイメージとしてあって、その色や温度、空間に存在するものと合致する音色や音像を探していく……空間を構築していくような作業なんです。

リバーブの話もそうなんですけど、自分の聴取体験は、空間と音楽が完全に不可分なものになっているところがあって。Hans ZimmerやJóhann Jóhannssonといった映画の劇伴も好きでよく聴くんですけど、劇伴というのも映像とマッチする、その世界で鳴るべき音を配置していく音楽なわけじゃないですか。

一方で、音楽を作っていくうちに空間が拡張されていくという体感もあって。音によってイメージが導き出されるような……それに、音を作っていくことでその世界の物語が推進していくこともある。設定まで細かく作られたものではないんですけど、抽象的なレベルでの物語というのはどの曲にもあります。

なるほど。『MOMOKO blooms in 1.26D』を聴いた体感としては、まさしく音に牽引されて空間に導かれる感覚がありました。

いろんな出来事が起こってどんどん景色が移り変わる、ひとつの世界線をアルバムとして表現している感覚がありましたね。

それが「1.26D」の世界線であると。

「1.26D」の世界だったり、またそこから拡張されたりもするんですけど。

その世界はどういうインスピレーションから生まれていますか?

うーん、スピリチュアルな感じになっちゃうんですけど、自分の中に内的な宇宙がずっと存在していて、それを探求していた時に出会ったのが「MOMOKO」の世界線だった、みたいな。

BjörkやArcaのMVを見ていても、この世の理から離れた世界が表現されているじゃないですか。僕のイメージする世界も、山があって海があってとかではない、現実とは全然異なる世界で。あんまり言語化できないんですけど、「MOMOKO」を作った時に初めて見えた景色が自分的にはしっくりきたというか。

今作は「MOMOKO」の世界観が母体となって制作されている。

そうですね。リリースまでに長い時間がかかったのも、「MOMOKO」以前に作った曲を「MOMOKO」の世界観で統一された語り口にするために、いわゆるセルフリミックスのような、再構築のためにめちゃくちゃチューンアップしたからなんですよ。アルバムの最初の方の曲は特にそうです。

偶然の渦で自己増殖する空間

「MOMOKO」の世界観について、もう少し伺いたいです。

「MOMOKO」はもともと構造的なテーマがあって制作した曲でした。そこには生成と消滅……柔らかい萌芽があらわれて、絵の具が滴り落ちるように崩れていき(カタストロフィー)、そして、全てを巻き込みながらビビッドな生成が始まる、「円環」のイメージがあります。生成されて消滅して、再び生成のタームに入るという連鎖を、フラクタル構造にしたアルバムを作りたかったんです。だからリスナーにはあまり言及されていないんですけど、実は一番最初の曲と最後の曲は、なめらかに繋がるようになっているんですよ。

「MOMOKO」の途中でガラスが割れたりキックがランダムに連打されたりする、破壊的なメタファーを込めた箇所があるんですけど、アルバム全体として見たときにも中盤で炎が上がるような激しいパートがあって、最後にはなんらかの生命が芽生えてくる。「MOMOKO」一曲のテーマが『MOMOKO blooms in 1.26D』全体に敷衍されているイメージです。その過程で、「MOMOKO」以前に作っていた曲の再構築もしています。

曲とアルバムとで、構造的にフラクタルな円環が描かれていると。「再構築」ということについて、プロダクションの観点からも教えていただけますか。

グラニュラーシンセが重要な役割を果たしてくれています。「Audio Damage Quanta」というプラグインにオーディオサンプルをインポートすると、音源の波形が出てくるんです。その波形に沿ってマウスを動かすと、カーソルに応じて特定の位置が切り刻まれる。切り刻まれ方も自由に調整することができます。

あらかじめひとつの曲として完成させたものを「親データ」として、いま言ったような操作をしながらレコーディングしていくわけです。即興でリサンプリングしているようなものですね。曲の頭から終わりまで縦横無尽にジャンプして、ひとつの「親データ」を拡張する。

Audio Damage Quantaを使った制作の例

それをさらにサンプリングして、別のグラニュラーシンセ――今回は「Portal」を使います――で再びエディット。これもまたレコーディングして、トラックに組み込んでいく、というのが僕の言う再構築的なアプローチです。

Portalを使った制作の例

この手法は、ある意味で偶然性に身を委ねるというか、操作に対するソフトウェアの出力が不確定なまま、生成されたものをMON/KUさんの審美眼で選び取っていくような作業ですよね。

そうですね。グラニュラーシンセが偶発的に返してくる音を聴いて、自分の中のイメージが膨らんだり変容したり、それにより曲の展開が変わってきたりということもあります。この手法は特にアルバムの2曲目から4曲目で多用していて、「親データ」と「親データがぐちゃぐちゃになったもの」を滑らかにミックスしながら、さらに新しい音を足したりエディットを施していくことで、新たなひとつの楽曲にしました。

フラクタル構造というコンセプトを叶える手法でありつつ、サウンドデザイン的にも新鮮でマジカルな音像が作れるんですよね。

ちなみにこれはAlexander Panosとかも近いことをやっているんだろうなと思っていて。彼の場合はMaxとかを使ってもっと精緻にやっていると思うんですけど、僕が考えるに、コードやBPMだけを一致させたサウンドを前もっていくつか作っておいて、後からそれをレイヤードしたりシームレスに繋ぎ合わせたり、全体を切り刻んだり、というコーラジュ的な処理をよくしていると思います。そういう先例にインスパイアされたところもありますね。

ちなみに「親データ」の作り方はどのように?

ソフトウェア音源でピアノを弾いて、ビートを入れて、歌も入れて、という普通の作り方ですね。自分はまだ「親データ」そのままでは作曲家として勝負できないと思っているところがあって。とはいえ、個人的な嗜好としてもやっぱり複雑にエディットされたものが好きなので、単にそういうことでもあります。

異形のシナジーを、自分で作って驚きたい

「親データ」と「親データをぐちゃぐちゃにしたもの」をミックスさせると仰っていましたが、その構成はどのようなことを意識して行っていますか?

そこは本当に自由に……自分でもどんな終わり方をするのか想像がつかないまま作ることが多いです。何分の曲になるかもわからないし。アルバムの最後に「muuu6」という曲があるのですが、あれは初めに冒頭と最後の箇所だけできて、2分くらいだったんですよ。でも音を刻み始めたら「これ、もっと長く続けられるぞ」ってなっちゃって、最終的に10分の曲に(笑)。

やっぱりサウンドに引っ張られて空間が広がっていくようなイメージで作っているんですよね。だから基本的に着地が見えなくて、とはいえ終わらせなきゃいけないから、画面が切り替わるような、ゲームでたとえたら次のステージに進む橋が見えたら……というイメージで着地させています。

もう少しミクロに見ていくと、インダストリアルでグリッチーな音像とストリングスなど生音を用いたサウンド、すごく硬質なものと柔らかいものが共存している点もMON/KUさんの楽曲で惹かれるポイントでした。

それは単純に、異なるもの同士を合わせてシナジーが起きた時、めちゃめちゃ興奮するし自分にとってのツボだからですね。サンプリングもするんですけど、音楽史やジャンルの文脈は完全に無視して、音だけで考えているというか。

あと、生の楽器の音を使う理由としては、確かに柔らかいイメージがありますけど、同時にめっちゃ暴力性も秘めているように思っていて。たしか、Dos Monosの荘子itさんが言っていた気がするんですけど、激しくグリッチーな音よりも、たとえば崎山蒼志くんがバチンと鳴らすアコギの弦の音の方が、むしろものすごい暴力的に感じる、みたいな。

そういう意味でグリッチーなサウンドとの親和性は高いと思います。もちろん柔らかいものとして対置することもありますし、わりと無邪気に電子音と生音をぶつけていますね。シナジーを起こすと気持ちいいし、自分でも作っていて驚きたい。聴いてくれる人にもサウンドで驚いてほしいですね。

それと、ボーカルの存在についても伺いたいです。聴取体験として、ボーカルが主導していくような感覚もありました。

もちろんボーカルが推進していく曲もありますけど、基本的にはサウンドのひとつとして配置している感覚です。だから歌のメロディーを書いて、それを歌うということはあまりしなくて、ハミングしたものを適当に録って、ということが多い。「歌を歌っている」感覚も全然ないんです。

極論、自分の声じゃなくてもいいと思っています。Spliceで買ったボーカルサンプルも使っていますし、アルバムに入っている「Straw」は半分くらいサンプルですし。自分の歌声を聴かせようという意識は希薄です。あくまで空間を立ち上げるための道具なんですよね。

なるほど。いちリスナーとしては「MON/KUさんの歌」として聴き入ってしまっていたところもありました。

強いて言うなら、ディレイで声の姿を消したり、フォルマントを変えて無性的な声にしたり、そうしたエディットをする際に結局自分の声のほうがやりやすいというのはあるかもしれないです。そういえば制作中、サウンド的に必要なものとして、吹けもしないサックスをメルカリで買ったんですよ。2万円くらいしました。

高いサックス音源を買うのとそんなに変わらなくないですか(笑)。

やっぱりエディットするのに自分の身体から出た音のほうが狙ったものを作りやすいのかもしれませんね。でも、全然上手に吹けないんで、一音一音録音しました(笑)。

「プレイヤー未満」だから何でもできる

今回のアルバムは〜離さんの主宰する〈i75xsc3e〉からリリースされています。その経緯を教えていただけますか?

〜離さんは僕が「S I N K」を出した頃からTwitter上で絡みがあって。〈Maltine Record〉のイベントに行った時に初めてお会いしたんですけど、僕から「〜離さんのところで出せたらな」ってお話したんです。それを覚えてくれていて、半年後くらいに連絡をいただいてリリースが決まりました。toulaviさんの『神殿』もすごく好きですし、あのレーベルの正体不明さも含めていいなと思っていて。

それから制作を進めて、コラージュ的なエディットを超複雑に作ってしまったから「これ聴きづらくないですかね?」って相談したこともあったんですけど、そのとき〜離さんがAlexander Panosの名前を挙げて「インダストリアルで複雑なサウンドデザインは、シーン全体を見れば彼が金字塔を建てた感じがあるから」というようなことを言っていて。なるほど、こういうサウンドデザインが受け入れられる土壌は既に作られているよな、と。だから思いっきりやれたというところもありますね。

それは心強いですね。今回かなり長い期間の制作となったと思いますが、次作への展望などありますか?

今後はできれば、短いスパンでリリースしていきたいなと思っています。自分では「MON/KUといえばこれだ」というのがあるのかまだわからないので、リスナーの反応を恐れずに、いっそ全然違うことをやってもいいかなって。ライブに頻繁に出るようなタイプでもないし、特定の楽器を弾くアーティストでもないし、トラックメイカーという自認もあんまりないですし。自分がプレイヤーという感覚もない。本当にどんなことでも選択できるじゃないですか。もちろん、シグネチャーサウンドみたいな、自分の音を確立できたら嬉しいですけどね。

音楽性的にも変化していく可能性があると。

そうですね。でも、売れる曲を作れるかっていうと、今のところあまり考えられなくて。音楽でメシを食べていくというのも想像していなくて……労働は本当にしたくないけど。

(笑)。共作やリミックスなど、他のアーティストとの交流は考えていますか?

ありがたいことに、『MOMOKO blooms in 1.26D』をリリースしてから国内からも海外からも合作の依頼をいただくことがあって。共同制作してみたいという思いは強いです。それこそ〈PAS TASTA〉が合宿して曲を作ったこともTwitterで見ましたけど、そういう機会があれば、きっと加速度的にレベルが上がるじゃないですか。すごく羨ましいなって……共作のご依頼があれば、どなたでも気軽に声かけてくださいね、本当に。

取材・文:namahoge(@namahoge_f

MON/KU プロフィール

Twitter
https://twitter.com/MOON91756955

Instagram
https://www.instagram.com/m_o_n_k_u/

SoundCloud
https://soundcloud.com/user-731900210

Bandcamp
https://monku2.bandcamp.com/