
トラックメイカーのための音楽理論|第10回 メロディの理論④スケールのバリエーション
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これまでは、ひたすらメジャースケール/マイナースケールだけを中心に話を進めてきました。

実際に現代のポップスにおいて最も主要な役割を担うのはこの2つの音階です。ただ、より多くの音階を知ることで表現の可能性はさらに広がります。そこで今回は、この2つ以外のいくつかの音階を紹介していきます。
全音・半音
これまでの記事では音階の段差を「ピアノロール2段ぶんの段差」などと表現してきましたが、今回さまざまな音階を論じるにあたっては【半音(semitone)】【全音(tone/whole tone)】という正式な用語を使っていきます。たとえば、「ドとド♯」「ミとファ」のようなピアノロール1段ぶんの差が半音、「ドとレ」「ミ♭とファ」のような2段ぶんの差が全音です。

メロディラインを考える際にも「ドレド」のような全音の進行と「ミファミ」のような半音の進行では印象が違ってきますので、音階のどこに、何箇所半音関係があるかは重要な注目ポイントとなります。
こういった段差の構造に注目しながら、新しい音階を見ていきましょう。
音階の構造
さて、まず改めてメジャースケールとマイナースケールの違いがなんだったかを確認します。
たとえば、CメジャースケールとAマイナースケールはどちらもピアノの白鍵を順に辿れば作れる音階でしたが、異なるのは主音からのステップ構造でした。

全音・半音で言うなら「全-全-半-全-全-全-半」と進むのがメジャースケール、「全-半-全-全-半-全-全」と進むのがマイナースケールです。この2つのステップ構造をよりしっかりと比較するために、今度は主音を揃えて「Cメジャースケール」と「Cマイナースケール」を見比べてみます。

こうやってスタート地点を揃えて比較するということを、意外とこれまでやってきませんでした。こうして見ると、半分くらいは使う音が共通していることが分かりますね。ド・レ・ファ・ソを使うのはどちらの音階も同じで、マイナースケールはミ・ラ・シが半音落ちている点が異なります。番号をつけて表すと、主音から数えて3・6・7番目の音です。

この3音の差が、メジャースケールが作る音楽とマイナースケールが作る音楽との違いを生み出しているわけです。
ミクソリディアンスケール
メジャースケールは3・6・7番目の計3箇所に♭をつけるとマイナースケールに変身する。では3箇所のうち一部だけに♭をつけるとどうでしょうか?
例えばメジャースケールの7番目の音にだけ♭をつける(=半音下げる)と、こうなります。

新しいスケールの誕生です。このメジャースケールの7番目の音だけを半音下げた音階のことを、【ミクソリディアンスケール】といいます。
たった1音の差ですが、これにより、例えば「シ→ド」という主音への半音の動きが「シ♭→ド」という全音の動きに変わったり、「ド・ミ・ソ・シ」という和音が「ド・ミ・ソ・シ♭」に変わったりと、作られるメロディラインやコードが変わるので、結果としてメジャースケールとは異なる独特な曲想をこの音階は生み出すことになります。
実際に曲の形で、メジャースケールとミクソリディアンスケールを比較してみましょう。
まずこちらが通常のメジャースケールです。そして、この曲のシをシ♭に置き換えると……
こうなります。たった1音差なので全体の雰囲気として類似した部分もありますが、シ♭の登場により曲想が微妙に変わったように感じられたのではないでしょうか。最大の定番スケールであるメジャースケールから外しにいっていることで新鮮に聞こえる側面もあるでしょう。
実際の用例①
ミクソリディアンスケールはメジャー/マイナースケールと比べれば目立たない存在ではあるものの、この音階を使用した楽曲はポピュラー音楽の中にいくつも見つけることができます。
Madonnaの「Express Yourself」はその典型例です。この曲はG(ソ)の音を中心に曲が作られていて、一見するとGメジャーキーの曲かと思いきや、Gメジャーキーであれば使うはずの黒鍵の音、すなわちF♯(ファ♯)の音が使われていません。代わりに白鍵であるF(ファ)の音が使われているのです。

これはメジャースケールの7番目の音を恒常的に半音下げているということなので、まさしく「Gミクソリディアンスケール」を使用した曲になります。
ミクソリディアンスケールは80年代のUS Popのヒット曲でその使用が目立ち、他に有名なものとしてはMichael Jacksonの「Wanna Be Startin’ Somethin’」、Lipps Incの「Funky Town」、映画「ゴーストバスターズ」の主題歌などが挙げられます。
実際の用例②
より最近の例では、BTSの「Butter」のAメロでこの音階が使われています。
この曲の場合、AメロのみがF♯ミクソリディアンスケールで、それ以外が通常のF♯メジャースケールという具合に2つの音階が使い分けられています。

それぞれの音階が持つ雰囲気の違いを利用し、パートごとの個性を際立たせています。この曲が時にレトロ・ディスコと称されるのには、この音階によって80年代US Popを思い起こさせられるという面もあるでしょう。
メジャースケール(♭0個)〜マイナースケール(♭3個)の範囲の中で、メジャースケールの「7番目の音だけを下げる」ものをミクソリディアンスケールと言ったわけですが、それ以外にも「3・7番目だけ下げ」や「3番目だけ下げ」といった様々なパターンが考えられます。
ただ、醸し出す雰囲気や作れるコード進行のパターンといった点から作曲での使いやすさには差があり、よく使われるものもあればあまり使われないものもあります。
音階と中心音
ところで、先ほどの「Gミクソリディアンスケール」を見て疑問を抱いた人もいるかもしれません。「構成音すべてが白鍵の音なら、Cメジャースケールと何も変わらないのでは?」という疑問です。

これについては、第3回で述べたCメジャースケールとAマイナースケールの違いを思い出してみてください。両者とも使っている構成音は同じで、しかしコード進行やメロディの中心としてふるまう「主音」がどの音なのかが異なるのでした。
ドが中心ならCメジャースケールだし、ラが中心ならAマイナースケールとなり、全体的な曲想としては大きく異なるものになります。それと全く同じ論理で、ソが中心的にふるまえばまた特有の曲想が生まれるわけで、だからGミクソリディアンスケールはCメジャースケールとは全く別の音階だと言えます。
ビザンティンスケール
もちろん3・6・7番目に限らず、どこをどう動かしても新しい音階が生まれます。例えばメジャースケールの2・6番に♭をつけると、これは【ビザンティンスケール】と呼ばれる中東風の音階になります(ちなみに、「アラビックスケール」「ペルシアンスケール」などと呼ばれることもあります)。

この音階の場合は「ド–レ」間の全音関係が「ド–レ♭」という半音関係に変わっている点が大きく、ここのしなやかな半音の動きが妖しげな雰囲気の演出に寄与しています。
この音階が使われた有名な楽曲としては地中海東部に伝わる伝承曲「Misirlou」があります。アメリカのギタリストDick Daleがロックアレンジしたバージョンが、映画『パルプ・フィクション』のテーマ曲に使われたことで有名になりました。
このように、非西洋的な音階を取り込むことで普通と違った独特な個性を曲に与えることができます。
フリジアンスケール
「ド–レ♭」が作る妖艶なサウンドは非常に魅力的です。そこで、メジャーではなくマイナースケールを元にしてこの加工を施してみてもまた面白い音階が出来上がります。

元々3・6・7番目が下がっているところに、さらに2番目も下げる。このように、マイナースケールの2番目の音が半音下がった音階を、【フリジアンスケール】といいます。マイナースケールよりもさらに1音多く下がっていることから、より深く、よりダークな曲想を演出するのに長けています。
Perfumeの「FUSION」は一曲を通してF♯フリジアンスケールが使われています。

この曲が醸し出すただならぬ緊張感のようなものの根源の一端には、この通常のマイナースケールよりもさらに沈み込んだ音階の構造があるわけです。
フリジアンスケールはレ♭(半音下がった2番目の音)を有する点で「ビザンティンスケール」のような中東系の音階と親近性があり、それゆえインド発祥でインドの音階を積極的に取り入れたゴアトランスでよく登場します。そういった背景もあり、トランスと近い関係にあるテクノやEDMなどのベース中心の電子音楽全般で、この音階は広く受容されています。
ちなみに、人によってはこの曲のシンセのメロディから“和”っぽさを感じるかもしれませんが、それは日本の伝統的な音階にフリジアンと類似したものがあり、その節回しを一部取り入れているからです。ゴアトランスが行った“民族性とダンスミュージックの融合”の日本版のような試みがここでは行われているのです。
ヨナ抜き音階
ここまでに紹介した音階は、いずれも7音のメジャー/マイナースケールから一部の音をずらした音階でした。
しかし音階の中には5音や6音からなるものも存在します。特に有名なのは、メジャースケールから4番目と7番目の音を抜いた音階です。

Cメジャースケールで言うとファ・シの2音を取り払った「ドレミソラ」という音階。4・7番を抜くので、俗に【ヨナ(四七)抜き音階】と呼ばれます。
メジャースケールにおける半音の段差は「ミ–ファ」間と「シ–ド」間だけですので、ファ・シの消えたこの5音だと、どんなメロディラインを作ったとしても半音の動きが発生しないという特徴があります。そのため、繊細でか弱い雰囲気を出せない代わりに、力強い感じや明朗な雰囲気の表現には非常に向いています。
相対性理論の「チャイナアドバイス」は、歌のメロディが一貫してDメジャーのヨナ抜き音階になっていて、全体の軽やかな雰囲気づくりにこの音階が一役買っています。
また、このヨナ抜き音階は中国や日本で伝統的に使われてきた音階のひとつでもあり、節回し次第ではそういった東洋の雰囲気を演出することもできます。ですからこの曲の「チャイナ」というテーマに対してもこの音階は貢献していると言えますね。
まとめ
少し音をずらしたり、音を抜いたりするだけでも新しい音階が生まれ、新しい表現を見つけることができました。今回紹介できなかったものでいうと、逆に音を半音上げたり、足して8音の音階にしたりといったものもあります。
特に民族性や一部ジャンルの特色を表現する際には音階がかなり重要になってきます。作曲の幅を広げたいという時には、音階の方面からアプローチしてみるのもよいでしょう。
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著者プロフィール
吉松悠太(Yuta Yoshimatsu)
サウンド・GUIデザイナー/プログラマー、ピクセルアーティスト、音楽理論家。慶應義塾大学SFC卒業。在学中に音楽理論の情報サイト「SONIQA」を開設。2018年に「SoundQuest」としてリニューアルし、ポピュラー音楽のための新しい理論体系「自由派音楽理論」を提唱する。またPlugmon名義でソフトウェアシンセのカスタムGUIやウェイブテーブル、サウンドライブラリをリリースしている。2021年にはu-he Hive 2の公式代替スキンを担当。Soundmain Blogでは連載「UI/UXから学ぶDAW論」も執筆。
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