
アメリカ民謡研究会・Haniwaインタビュー 合成音声×ポエトリーリーディングで紡がれる、唯一無二の作風の根源に迫る
読み上げソフトごとの個性と「人間がいない」魅力
VOICEROIDやVOICEPEAKなど複数の読み上げソフトを使用されています。それぞれのソフトやライブラリの特色や使い分け方などを教えてください。
まずVOICEROIDですが、イントネーションが機械的なので【※1】、誰かに話しかけるというよりは、内省的な、独り言に近いような詩が思いつきます。たとえば、結月ゆかりは落ち着いた声なので、達観したような、諦めたような言葉がよく思いつきますし、紲星あかりはある種タガが外れているというか、「絶望的に明るい」詩が思いつきやすい、といった感じです。
昨年発売されたVOICEPEAKはAIを利用して作られた音声合成ソフトで、明らかに人の喋り方に近いんです。なので、話し相手がいるような、ストーリー性の強い詩が思いつくようになりました。
※1:VOICEROIDはAIによる機械学習ではなく、「コーパスベース音声合成方式」という「大量のテキストと、それを読み上げた音声録音データをもとに音声コーパス(データベース)を作り、統計的な手法で音声を合成する」方式を採用している。
VOICEPEAKを使っている曲では主にVOICEROIDの紲星あかりと組み合わせていると思いますが、声の相性があるんでしょうか?
ありますね。VOICEPEAKの声は人間的で落ち着いた印象で、VOICEROIDの紲星あかりは機械的で冷たい印象があります。この対比が際立つので、良い組み合わせだなと思っています。
2021年4月発表の「思い出そうとしている。」ではBPMとシンクしたポエトリーリーディングが特徴的な間や抑揚によってラップに接近している印象ですが、この楽曲はどのようにして制作されたのでしょうか?
あの曲はCeVIO AIの小春六花を使っているんですが、試しに喋らせてみたら偶然BPMにシンクするような喋りになったんです。それがすごく良いと感じたので、喋らせたWAVファイルを細かく加工しながら作っていきました。それ以降もこのやり方で作ろうかなと思って試していたんですが、難しくてなかなかできないんですよね。
どういったところが難しいのでしょうか?
リズムやメロディーに合うように詩を調整する必要があるんですが、先ほども話した通り詩を削ることが苦手ということもありますし、そもそもVOICEROIDなどのトーク系のソフトは音楽で使うことを想定して作られていないので、喋りのリズムがインストのリズムとまったく合わないんです。少しずつ喋る速度を変更しては出力するというのを繰り返して、トラックのリズムに近づけていかなければならないのがすごく大変です。
合成音声のことをどのような存在として認識していますか?
「新しい楽器」という感じがします。ピアノを使えばそのピアノの音色を生かした音楽ができるというのと同じように、合成音声を使えば合成音声らしさを生かした音楽ができます。AIを利用した最近の合成音声は人間の発音やイントネーションにどんどん近づいていっていますが、やはり人間ではない合成音声にしかない魅力というものを感じます。
もう少し詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか。
たとえば、悲しい内容の歌があったら歌手は悲しそうに歌おうとすると思うんですけど、その瞬間の歌手は、本当に悲しいわけではないじゃないですか。そこに一種の、演技をしているような雰囲気を感じてしまうこともあると思うんです。
一方で合成音声が歌っている曲だと、演技も何も全部が嘘なわけですから、人間を通さずに言葉がやってくるというか、言葉が直接聴者にやってくる感覚があるのではないかと感じています。
近作に見られるAIへのアプローチ
2022年4月発表の「balloon.」以降はエレクトロニカなどの電子音楽的な要素が強まった印象です。特に直近の2作(「貴方だけが、幸せでありますように。」「その汚い手を二度と見せるな。」)はポップなトラックや感情的なボーカル、AIによるイラストの使用など、新しさを感じさせる楽曲でした。こうしたアプローチをとった背景や経緯があれば教えてください。
サンプリングの手法を用いて音楽を作り始めた頃からエレクトロニカが好きになってきて、少しずつ習作を作っていくうちに、自分でも出来そうだなという気がしてきたので本格的に作ってみたというのが経緯です。それまではノイジーな音楽をたくさん作ってきたわけですが、うるさすぎてかえって静かに聞こえるというか、視界が白く霞んで、騒音の向こう側へ行くような感覚を覚えるところに魅力を感じてきました。それに対してエレクトロニカは、その騒音の向こう側にある、静かで綺麗な世界そのものを表現しているような音楽だなと感じたので、「balloon.」はそれを目指して作ってみました。風船という意味のタイトルには、そうした世界に飛んでいくという意味も込めています。
AIイラストについては、その技術が出てきたときすごく感動したので、作品にも取り入れてみました。僕の音楽はVOICEPEAKやCeVIO AIなど、AI技術によって相当に助けられています。なのでもともとAIにネガティブな気持ちはなく、一緒に作品を作ることができる技術だと認識しています。
結局AIも人間も、良い作品ができるまで無限に試行錯誤を繰り返していて、ただAIはその速度がめちゃくちゃ速いということだと解釈しているので、自分は「人間と同じだな」と感じています。そういった思いから「その汚い手を二度と見せるな。」という曲を作ったんですが、すごくAIを責めるような内容になっちゃいましたね(笑)【※2】。
※2:この楽曲のタイトルは、「AIイラストは手を綺麗に描くことはできない」と当初言われていたことから着想を得ている。なお、その後AIは成長し「手を綺麗に描ける」ように。下記はこの件に関するHaniwaさんのツイート。
もうあの音楽は昔話になった
— Haniwa/アメリカ民謡研究会 (@0Haniwa0) February 6, 2023
凄すぎる https://t.co/qd3UPwRY65
AIイラストを動画に用いたこの2作では、VOICEPEAKの声色も曲中でかなり変化していますよね。
そうですね。VOICEPEAKのステータスを急激に変えて、感情の昂ったような喋り方をさせてみました。VOICEPEAKは声色のステータスを極端な設定にしても、同じ喋り手であり続ける感じがするんです。一方VOICEROIDの場合は、ステータスを変えると全然違う喋り手が喋っているように聞こえることがあります。これはこれで面白いので、結月ゆかりに一人二役で喋ってもらった作品を作ったこともあります。
グリッチのような加工も感情的な演出に一役買っているなと感じます。
これは偶然できたものです。リズムに合うように詩を喋らせたいんですけど、そのために詩を削ることはしたくなかったので、何か良い方法はないかと考えていたんです。あるとき、拍子の微妙な隙間はグリッチさせれば良い感じになるということに気づいて、それ以来よく使っている手法ですね。すごく人間っぽい声なのに機械であることを示唆するというか、人間じゃないことを意識させるという意味を込めてグリッチさせているところもあります。
ちなみに詩の内容としては、特定の話者がいるのか、それともHaniwaさん自身の言葉としてあるのか、どのような扱いなのでしょうか。
アメリカ民謡研究会として声ごとに統一したキャラクター設定のようなものがあるわけではありません。あくまで曲ごとにまったく別の人物がいて、そこから言葉が出てくるという感じです。声によって役割が変わることはありますが……ちょっと言葉で説明するのは難しいですね。
ボカロシーンは「音楽の無法地帯」
特に好きなボカロPと、最近注目しているボカロPを教えてください。
好きなボカロPは稲葉曇さんです。曲がめちゃくちゃ良くて、「ハルノ寂寞」と「きみに回帰線」という曲は特に好みです。稲葉曇さんの曲は、どんな端末で聴いてもベースの低い音からギターの高いところまでしっかり鳴っているので、音作りの参考にさせてもらっています。
最近注目している方は椎乃味醂さんです。初めて楽曲を聴いたとき、こんな格好良いポエトリーリーディングの使い方があるんだなと驚きました。音の作り方、音の配置の仕方もすごく上手いなと思います。
また、STEAKAさんの曲にもすごく感動しました。昨年リリースされた「スコーピオンガールの貴重な捕食シーン」という曲は、ミックスの重心が非常に高音寄りなんですよね。普通だとなかなかこんなバランスのミックスはしないと思うんですが、逆にそれが曲をキラキラと攻撃的に演出していて、とても格好良いです。
あと、yanagamiyukiさんも好きです。「ミザリーai」など、一瞬聴いただけで心が震えるような感覚がありました。yanagamiyukiさんは他にも人工の生命をテーマにした曲を作られていて、聴きながら勝手に共鳴してしまって、yanagamiyukiさんと会話しているような気分になっていました(笑)。
ボカロシーンやボカロカルチャーのどのような部分に面白みを感じていますか?
「音楽の無法地帯」なところですね。ボカロシーンはゲームセンターに置いてある格闘ゲームに似ている気がするんです。普通に楽しんでプレイしようと思っていただけなのに、突然手に負えないくらいめちゃくちゃ強い人が対戦相手として出てくるみたいな。
しかも格ゲーと違うところは、ルールがないというところです。良い曲さえ出来れば戦法はなんでも良い。だからこそ、真正面から戦うだけじゃなくて、不思議な戦い方、面白い戦い方をする人もたくさんいる。
そして、ここはどんな音楽だったとしても、絶対に聴いてくれる人がいます。最初に投稿した曲は100回再生されるかどうかだったという話をしましたが、逆に言えば初投稿でもそれくらいの人は聴いてくれるということですから、これはすごい界隈だなと思っています。
ただ一方で、先週まで人気だった曲が今日にはもう忘れ去られているみたいな非情さもあると思うんです。ものすごい速さで花が咲くけど、ものすごい速さで枯れていくような、強烈な新陳代謝があるからこそ、この文化がここまで豊かになったのだと思いますし、その中に自分がいて、必死になって忘却に抗っているのは、すごく楽しいし良いことだなと思っています。
「VOCALOIDと区別される音楽の解釈。」や「「VOCALOID」の脆弱性。」のように、まさにボカロシーンをテーマにした曲も作っていますよね。
「「VOCALOID」の脆弱性。」は初音ミクのパッケージに入っていた呼吸音だけを使っていて、「これもボカロ曲として認めてもらえるのか?」と思って投稿してみた曲です。結果、全然受け入れてもらえましたし、後から知ったのですが、この問いは既に先人の通った道でもありました。どんな音楽でも理解しようとする姿勢は、僕が所属していた「アメリカ民謡研究会」にも通じるところがあって、その点でもすごく好きなシーンです。
様々な手法への挑戦は「格ゲー」
ご自身で制作している映像も特徴的だと感じます。実写や3DCGなど様々なアプローチをとられていますが、音楽作品としての見せ方などについて、意識していることを教えてください。
映像は毎回実験しているような感覚です。やっぱり投稿するからには多くの人に聴いてもらいたいので、何をするのが正解なのかはわかりませんが、その時に面白いと思ったことを試しているという感じです。もしかしたら次の1曲で飽きられてしまうかもしれませんから、そのときにできることは全部やっています。
エフェクターを自作してみたり、BlenderやUnityを使ってみたり……そのおかげで色々なことができるようになりました。最近はドローンで空撮した映像をMVに使ってみようと思って、アマチュア無線4級と陸上特殊無線技士2級の資格を取ったんですが、取得したあたりで航空法が改正されて、自由にドローンを飛ばすには改めて国家資格を取らなければいけなくなりました(笑)。
最近ではVR上でライブ活動を行うほか、「ことはのすいてい。」というVRChatのワールドも制作されています。VRや周辺カルチャーの魅力について教えてください。
「ことはのすいてい。」という世界を公開しました。https://t.co/iZCvlzxdbq pic.twitter.com/0enbuMWtYi
— Haniwa/アメリカ民謡研究会 (@0Haniwa0) May 14, 2021
VRChatには様々な人が暮らしているんですが、そこでも音楽を表現する文化があります。興味深いなと思ったのが、VRChatの人たちはアバターを使った仮想の姿をしているんですが、音楽では自分たちのリアルな肉声を使っていることが多いという点です。逆にボカロシーンは、現実の人間が作曲者として存在していますが、声は人間を模した合成音声ですから、VRChatはまるで鏡の中の世界のようだなという感覚があって、面白く感じています。VR空間でしか成しえない表現を探っている方も多くいらっしゃって、その姿勢にはすごく影響を受けています。
「ことはのすいてい。」はVR上で音楽をやっている方たちの作品を集めてレコードショップのように展示しているワールドですが、作ろうと思ったきっかけはなんでしょうか?
ひとりでレコードショップに行って自分だけの音楽を見つけるみたいな、そういう音楽との出会い方がVR空間上で提供できたら良いなと思ったのがきっかけです。VRChatって基本的にはコミュニケーションが中心にありますから、ひとりでやると少し寂しい感覚もあるんです。ただ、たとえばそうやってひとりでワールドを巡っていく中で「ことはのすいてい。」を偶然見つけて、ふらっと立ち寄ったとき、やばい音楽がたくさん並んでいたらすごく面白いだろうなと思ったんです。
やりたかったやつこれ(ジャケットで音楽をdigれてしかもレコードになんかポエム的レコメンドコメントついてるやつ)でーーす pic.twitter.com/RCMNxYNil0
— Haniwa/アメリカ民謡研究会 (@0Haniwa0) April 28, 2021
エフェクターを自作するなど、新しい技術を積極的に学び、取り入れている印象です。制作ペースも一定に保たれていますが、Haniwaさんにとって作品を作るということはどういう意味合いを持つのでしょうか?
格ゲーです。『ストリートファイター』で言えば、最初は「波動拳」が出るだけで楽しかったところから、様々な技術を試して学んで、少しずつできることを増やしていって、自分の力で見える世界を広げていけるのが楽しい。実際に格ゲーがめちゃくちゃ好きで、ゲームセンターに入り浸っていたような人間だったので、そういうことがすごく好きなんです。
最後に今後の展望を教えてください。
大きな目標は特にないんですが、最近やりたいと思っているのは、エレクトロニカとノイジーな音楽を組み合わせて、新しい種類の綺麗さを感じさせる音楽を作るということです。大概うるさいだけになってしまうので難しいんですが(笑)。
取材・文:Flat
編集協力:しま
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