2023.03.09

隣町本舗 インタビュー VRChatでの活動から飛び出した新鋭が大切にする「視点」とは

クラブミュージックを中心に、音楽とバーチャル文化の関わりを紐解く載「バーチャル音楽シーンの歩き方」。シーンの中で実際にトラックメイカーとして活躍するプレイヤーにインタビューし、バーチャル世界の魅力や、そこに紐付いたサウンドメイクのこだわりを解き明かしていく。

第6回は、爽やかでどこか哀愁溢れる楽曲で、バーチャルシーンのみならず注目を集めるシンガーソングライターの隣町本舗。心地いいキャッチーなメロディと、文学的な歌詞が織りなす音楽の世界観は、誰が聴いても共感でき、自分のこととして考えさせられる深さを持っている。VRChatの音楽ライブから感銘を受け、バーチャルシーンへと参入した彼が、これまでどんな軌跡を辿ってきたのか、音楽のルーツから楽曲制作に対する意識を深掘りしていく。

隣町本舗 – 青二才 (Lyric Video)

BUMP OF CHICKENからの大きな影響

音楽の原体験について教えてください。

自分はもともと吃音を持っていたんです。特に定型文を言う際……たとえば小学校で新しいクラスになって、自己紹介をするときなどにどうしても言葉が詰まったりして。でも、歌だとそれが出ないことにあるとき気づいたんですね。そこからずっと歌うことが好きで、音楽自体が好きになったのも、それが大きな原点だと思います。

最初に興味を持った音楽は何でしたか?

中学生のときにBUMP OF CHICKENの『orbital period』というアルバムを聴いて衝撃を受けて、「自分もこういう風になりたい」と思いました。それまで、そもそもバンドというもの自体を知らなかったんですけど、BUMP OF CHICKENを知ってから、「ギターが何人いて、ベースが何人いて……」みたいな、音楽ってこういう構成で作られているんだ、ということも意識するようになりました。

BUMP OF CHICKEN「天体観測」のカバー

それから少し空いて、高校に入ったときにギターを買いました。バンドを組もうにも住んでいた場所が田舎だったので、わざわざ県庁所在地がある街まで行ってメンバーを探しましたね。当時集まったバンドメンバーの共通点が9mm Parabellum Bulletだったので、最初はそのカバーバンドをやっていました。

どのタイミングでオリジナル曲を演奏するようになったんですか?

大学のサークルでもしばらくはカバーをやっていたんですが、3, 4回生になったらオリジナル曲を作るという風潮がサークル内にあって、その時にいくつか作ってみました。ただ、その時はまだDTMという言葉すらまったく知らなくて、みんなでスタジオに集まって「よーい、どん!」で録る方法でしたね。

そこからひとりで音楽をやっていこうという気持ちになったのは?

大学で組んでいたバンドが、結局1回もライブをすることなく解散したんです。メンバーが留年したり、色んな理由があって続けられなくなったんですけど、そのまま大学を卒業して、でもやっぱり1人でも音楽をやりたいっていう意思はあって、じゃあどうやったら1人でも曲を作れるのかなというのを必死に検索したんです。そうしたらどうやらiPhoneの中に入っているGarageBandというアプリを使えばできるらしいということがわかって。DTMというものを始めたのもそのタイミングということになりますね。それからしばらく趣味で、どこに発表するでもなく音楽を作り続けていました。

VRChatに受けた感銘と、自分の姿を表に出さない理由

その後、VRChatで「隣町本舗」としての活動を始められていくわけですが、その経緯を教えてください。

2019年にVRChatで開催された「アルテマ音楽祭」というイベントが衝撃的だったんです。当時はVR機器も持っていなかったので、パソコンのブラウザからアクセスしたのですが、そこでの波羅ノ鬼さんのライブがあまりに感動的で。同時に「なんでここに僕はいないんだ!」悔しくて泣いてしまいました。次の日には秋葉原に行ってVR機器を買って、VRChatにも行っていましたね。

「第2回アルテマ音楽祭」のアーカイブ映像(波羅ノ鬼さん出演部分から再生)

VRChatやVTuberといったものの存在は、もともと知っていたんですか?

いや、まったく何も知らなくて、「アルテマ音楽祭」を見たのも本当に偶然でした。VTuberという言葉すら知らなかったです。

当時を振り返って、なぜVRChatでの音楽ステージにそこまで感銘を受けたのだと思いますか?

弾き語りやボカロPじゃなくて、バンドアンサンブルで作った楽曲をずっとやりたくて、それを1人でやるにはやるならどこかだろうかと、フォーマット自体を探しているようなところがありました。バーチャルの世界を見た時に、ここならできるって直感的に思ったんです。その後、2019年はずっとVRチャットでライブ活動をしていましたね。今ではAMOKAさんとかもいらっしゃいますけど、他に自分と似た人がいない時からずっと活動し続けていました。

隣町本舗 – 真夜中のキャラバン feat.はるきねる (VR Music Video)

現在はライブハウスなどでの出演が多くなっています。

VRChatで音楽をやることの限界を感じたんです。いわゆるメタバースと呼ばれるところでライブをするとなると、いろいろな技術が必要になってくるんですよ。最近だと簡略化されたツールも提供されるようになってきましたけど、当時はモノラルでしか音が流せないとか、そういう壁がありました。演出を作るにしても、ステージを作るにしてもそうですね。もともと音楽をやるために作られた場所ではないから、そこで音楽をやるには色んな人の協力が必要で。僕も手伝ってはいたんですけど、そちらに入れ込みすぎると今度は肝心の曲を作れなくなるし。VRChatにネガティブな要素があったわけではなくて、やりたいと思ったことを人の手を借りて無理やり実現してもらわなければならないことに申し訳ない気持ちがあったのと、純粋に大変だと感じたのが大きかったです。

2年前に出演したVRライブイベント「memeと森と蚕」のアーカイブ映像

現在でもご自身の姿を表に出しての演奏はされていないですが、それはバーチャルが出自にあるという理由から?

いや、そういうわけではないですね。そもそも、極力僕自身を感じさせるビジュアルを出さないということは、曲を作ってリリースする時点でかなり徹底しているんです。

僕は曲を作る上で、視点という要素がすごく大事だなと思っていて。視点ごとに曲の解釈も変わってくるじゃないですか。それが主観なのか、第三者視点なのか。僕はリスナーとして一番影響を受けたのがBUMP OF CHICKENの物語的な曲で、「どういう風にこの音楽を作っているんだろう?」と考え続けてきたことが今も曲作りのベースになっていることもあって、「画面の向こうから言っているんじゃなく、基本は僕もみんなと同じところにいるんだよ」ということを大事にしたいと思っているんです。

そう考えたときに、自分の見た目は必要ないなと。「自分はいるけど、なるべくぼかして、『実在性』だけで演出を組む」というところで、今はああいった形に落ち着いています。機材構成が大変だったりはするんですけどね。

2022年3月に開催されたBOOGEY VOXX主催イベント「ぶぎぼ二周忌 #BLACKVOXX」から、リアルタイムエフェクト演出での隣町本舗ライブ映像

具体的にどういった機材構成なのでしょうか?

エフェクトをリアルタイムでかけるために、PCを3台は持ち込んでいます。映像を受け取るためのPC、エフェクトをかけるためのPC、そしてVJ的な背景を作ったPCを組み合わせたシステムを組んでいるんです。ただ、現状の最適解がそれなのであって、ゴールではないですね。現時点での目標は、ずっと一緒にやっているVJのchaosgrooveさんにも伝えているのですが、Porter Robinsonが2021年にやった「Secret Sky」のようなライブです。

Porter Robinsonによる2021年のライブセット「Secret Sky」

曲作りにおける「視点」の重要性

視点をどこに置くかという話について、もう少し詳しく聞きたいです。

それぞれの曲ごとに設定している視点と、その理由があります。僕がビジュアルを出している曲も1曲だけあるんですけど、それは歌詞の内容そのものが明確に発信者である僕が「向こう」にいることを必要としているからで。

時系列で見ると、初期の頃は「僕が」ということだけでなく、「誰かが」言っているということすら曖昧にしていたんですよね。2曲目のオリジナル曲である「52Hzの鯨」という曲には、その傾向が顕著に出ていると思います。

隣町本舗 – 52Hzの鯨 (Lyric Video)

でも、今はそこまで厳密ではなくなっていて、「誰かが喋っているようなんだけど、僕自身の言葉ではないですよ」というくらいのところに落ち着いています。小説を書いているような感覚に近いですね。自分がこれまで言われて嫌だった言葉とか、良かった言葉とかを思い返して、小説の中でそういう言葉を話させる人を作って、それを曲にするという。

その変化のきっかけになった出来事が何かあったのでしょうか。

一時期、同じような曲しか書けなくなった時期があったんです。自分の記憶を反芻して作っていたので、その記憶から抜け出せなくなっていた。そこから抜け出すために、今現在の僕の言葉で曲を作る必要があると思って、今ある苛立ちであったり、希望であったりもちゃんと落とし込んで、でも自分が言っているのではないというバランスを探っていきました。

それに、今って音楽が消費されやすい時代じゃないですか。改めてリスナーの立場になって考えたときに、「曲というものは作り手が大事にリリースしたということとは関係なく、聞き手の中で消化されて次に進むべきものだ」と気づいて。作り手としても過去の言葉を大事にしすぎるんじゃなくて、大事に思う気持ちさえも消化してあげたほうがいいのかなと。僕の曲に対して「寂しさ」を感じると言ってくれる人も多いのですが、そういうところを意識しているからなのかもしれないなと思うことがあります

隣町本舗 – 栽培生命 (Lyric Video) 上記の変化を経た近作

現在の制作環境はどのようなものでしょうか。

DAWはLogic Proを使っています。スマホのGarageBandから入ったので、データをPCに移したいと思ったときに同じApple純正のDAWだと都合がよかったんです。途中PC版のGarageBandも使っていたんですが、やはりマスタリング性能に限界があるというところでLogicに乗り換えましたね。

ギターなどの楽器は基本自分で弾いています。ベースに関しては、いいベーシストさんを最近見つけたので、お願いすることも多いですね。FX系の音は自分で作るよりもサンプリングのほうが早いので、Spliceで探したりもします。

愛用のmomoseのストラトキャスター。「隣町本舗を隣町本舗たらしめるサウンドの肝となる機材のひとつで、これがないと曲が作れない」とのこと

今後挑戦してみたいことやコラボしてみたい人がいればお聞きしたいです。

バンドと対バンをやれるようになりたいですね。コラボというよりは、バンドと一緒のステージでライブをやりたいです。隣町本舗としてライブハウスに出演して、「やっぱり現地で音楽を鳴らすことって、あまりにも楽しすぎる!」と思い出したんですよね。ただ、メンバーを集めて生演奏するとなるとまだまだ課題はあるので、ひとつずつクリアしていきたいと思っています。

曲作りに関しては、ちゃんとしたバンドサウンドというか、4トラックだけで成立しているような曲を作れるようになりたいという気持ちがあります。DAWの便利なところでもあるんですが、「ここで何か盛り上がりがほしい」と思ったときに、ちょっとFX系の音を入れたりするだけで雰囲気を作れる代わりに、100トラックとか平気で超えてしまう。足し算の音楽ではなくて、引き算の音楽に挑戦してみたいですね。

取材・文:森山ド・ロ

隣町本舗 プロフィール

2019年よりインターネット上で音楽を始め、活動をしているシンガーソングライター。2020年には「52Hzの鯨」や「⻘い亡霊」をリリースし、2021年には、ライブユニオン(株式会社RKMusic)所属のVsingerHACHIと共同制作した「もし世界が終わるなら、僕らは選択する–隣町本舗&HACHI」などのヒット作を発表。また、にじさんじ(ANYCOLOR株式会社)所属ライバー緑仙の「藍ヨリ⻘ク」の編曲を手掛けるなど、様々なアーティストの楽曲を手がけ、その実力は界隈に認められている。2022年には複数のライブ出演を果たし、自身も作品の一部として構成された独特な世界観のライブステージはメッセージ性の強度を上げた演出でシーンに衝撃を与えた。「寂しいけど、爽やかな曲」をコンセプトに浮遊感や疾走感のある楽曲と、自身の持つ確立された世界観が注目され、現在勢力拡大中。