2023.01.20

でんの子P インタビュー マニアックな要素をポップに聴かせる、ボーカロイド音楽ならではの「縛り」と作り方

2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

第8回に登場するのは、でんの子P。その音楽性はブレイクコアやわらべうたなど様々な領域に及ぶが、独自のミクスチャー感覚によってポップスに帰結していることが大きな特徴だろう。world’s end girlfriendが主宰するVirgin Babylon Recordsからもリリースを重ねるなど、ボカロカルチャーの積極的なリスナー以外からも注目を集めるボカロPだ。また言葉遊びやコメディなど、音楽と映像が結びついたエンターテインメント性に富んだ作品を発表し続けていることもユニークな点である。今回はそのアイデア溢れる作品の制作方法や、ほとんどの楽曲で起用しているボーカロイド・蒼姫ラピスについても語ってもらった。

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マニアックな要素をポップに聴かせる

ボーカロイドに出会ったのはいつ頃でしょうか?

何の雑誌だったかは忘れちゃったんですけど、Megpoid(GUMI)のフリートライアルが付録でついていて、それを試しに歌わせてみたら衝撃を受けたんですよね。自分が入れた単語を喋ってくれることに感動して、楽しいから自分も曲を作ってみようかなと思いました。初投稿から半年~1年くらい前だったと思います。

それ以前にはどのような音楽を聴いていたんでしょうか。

幼少期はクラシックピアノを習っていましたが、当時はクラシックを趣味として聴いていたわけではありませんでした。能動的に聴いた音楽としてはロックから始まり、ジャズを聴いたり電子音楽的なものを聴いたり、その都度好きな音楽が入れ替わっていくような感じで聴いてきたかなと思います。そのうちにクラシックもいいなと思うようになりました。

そのなかでも特に聴き込んでいたのはこの音楽、あえてルーツを挙げるとするならばこの音楽、というものはありますか?

どちらかというと、極端なものや過激なものに惹かれる傾向はあるかなと思っています。ブレイクコアとかもそうですし、ロック系だといわゆるデスメタルやグラインドコアとか、できるだけ過激なものや極端なものを知りたいっていうのはあったかもしれないですね。

そういったなかで、初投稿作の「大大大キライ」や続く「時限恋人」はジャズ調の楽曲でした。ボカロ曲の制作を始めるにあたって、このような曲調を選んだことに何か理由はありましたか?

ボカロを歌わせるにあたって、歌詞を乗せたメロディを歌わせる音楽はどんなものだろうかと考えたときに、自然とあの形になったという感じです。ボカロではどんな曲調が流行っているのか、どんな曲調が主流なのかは知らなかったので、そこはあまり意識せずに作りました。

その当時は、ボーカロイドやボカロシーンに対してどのような印象を持っていましたか?

摑み所がないというか、外からだと見えにくくて、実際に中に入ってみないとわからないという感じがあったかなと思います。なので、自分が曲を投稿して、他の方の曲も聴いてみて、こういうものもあるんだというのを知っていった感じです。

ブレイクコアやJuke/Footworkの要素を取り入れた楽曲をよく制作されていますが、ハードなクラブミュージック的な側面を残したままポップスとして成立させていることが特徴だと思います。このような音楽性に至った経緯や、意識していること、そのための工夫などを教えてください。

自分では「ポップスとして成立させる」といった形で意識したことがなかったので、そう言っていただけて気付くことができたのでありがたいです。後付けで考えたことなんですが、自分の好きな音楽のここがかっこいいとか素敵だと思うところをみんなに共有したいという気持ちがあったから、歌ものに混ぜてポップに仕上げて聞きやすくしようとしたという面はあるかも知れません。技術的な面でいえば、マニアックな曲調のパートだけで一曲通すのではなく、例えばAメロはマニアックだけどサビでメロディアスな歌が入ってくると聞きやすくなるかも、みたいなことは考えたりしています。

他にも「バ​イ​バ​イ​、​バ​ベ​ル​の​塔」はGqom、「つかまえた つかまえた」ではソカなど、色々なジャンルの要素を取り入れていますよね。

そうですね。「バ​イ​バ​イ​、​バ​ベ​ル​の​塔」は2016年に作った曲なんですけど、Gqomはその1年くらい前に知って面白いなと思ったので、自分なりの方法でやってみました。Gqomの特徴的なビートを残しつつ、メロディも躊躇なく入れて作った記憶があります。

あえて「縛り」を設けるトラックメイク

制作環境について教えてください。

DAWはずっとCubaseを使っています。サンプラーはHalionとKontakt、シンセはMassive、ピアノはPianoteq、ベースはTrillian、ドラムはサンプラーで作ることが多いですが、BFDを使うこともあります。あと、EQやコンプはFabfilterを使うことが多いかなと思います。あまりこだわりがないので、色々と触ってここにたどり着いたというわけではなくて、最初に買ったものをそのまま使っているというのがほとんどです。

ドラムのサンプルはどこから持ってくることが多いですか?

市販のサンプルセットみたいなものを使うことがほとんどです。例えばスネアの音が100種類ぐらい入ったアセットを買ってきて、そこから選んで使うというような感じです。

作品のテーマやストーリーと音楽性が強く結びついている印象があります。ご自身で動画を作る場合も含め、どのような手順で音楽を作っているのでしょうか?

一見ストーリーありきに見えるかもしれないですが、基本的には音楽ありきです。「こういうテーマでやりたい」「こういう動画を作りたい」から始まることはあまりなくて、「音楽でこういうことをしたい」から始まることが多いです。

「ミッション・ボーカロイド・コマーシャル」はサビが毎回違う曲があったら面白いなと思って、ラピスがミクのCM動画を作っては怒られて作り直すという構成にしたら毎回違うサビでも自然に成立するかもしれないと考えて作った作品です。

「つかまえた つかまえた」は打ち上げ花火のドンッという音でリズムを構成したいというところから来ています。花火の音を使うなら季節は夏だろうってことで夏の歌になっていきました。

「かわらぬおもひ」は、EDMはビルドアップと呼ばれる徐々に盛り上げていくパートの後にドロップと呼ばれる盛り上がるパートが来る構成を取るものが多いのですが、ビルドアップの後のドロップを期待したところにししおどしのカコーン、という音が鳴ったら肩透かしで面白いだろうなというアイデアから来ています。どうしてもやりたいという音楽的なアイデアがあって、その周りのものを作っていくとストーリーが自然と出来上がっていくという感じで作っています。

たとえば、単にやりたい要素を取り入れた音楽を作ることもやろうと思えばできると思うんですが、そこであえてテーマを設定したり映像を制作したりするのはなぜなんでしょうか?

言われてみると自分でも不思議です(笑)。動画を作り始めたら音楽と動画を連動させることが面白くなってきた時期があって、今ではそれが自分の制作しやすいスタイルになっているんです。縛りがあると自由にできない面もあるけど、一方で縛りがあるからこそ生まれる面白さもある。制限がある中で、音楽的にやりたいこととストーリーを結びつけるのが自分にとって結局は面白いことだから、このような作風になっているんじゃないかなと思います。

なるほど。そうやって聞くと、テーマによって音楽性に幅が生まれているし、また音楽性によってテーマに深みが出ているという印象も生まれました。

ありがとうございます、そう言っていただけると嬉しいです。

動画というフォーマットを活かした作品を制作するようになったきっかけは何だったんでしょうか?

最初に作った動画では歌詞を出すので精一杯だったんですけど、そこから少しずつ作り方を覚えていきました。3作目からは単に歌詞を出すだけじゃなく場面を切り替えてみたり、4作目の「たらとぅーと らたてぃーた」では曲が進むにつれてジグソーパズルが埋まっていくような動画にしてみたりしました。パズルがはまるタイミングを音楽と連動させてみたらすごく楽しかったので、そこからこのスタイルになっていったという流れですね。

初期の作品でいうと、例えば「スイートスイートスイートパズル」はまさに動画だからこその作品ですよね。率直な感想ですが、作るのがとても大変そうだなと思いました。

15パズルの作品ですよね。こういうことを言うとあれですけど、ものすごく大変だったので二度とやりたくないです(笑)。この作品は珍しく動画のアイデアから生まれたものだった記憶があります。パズルを何ピクセルから何ピクセルまで動かすみたいな動きを計算してメモしながら作ったので大変でした。動画作りに慣れてきて、動画のほうのチャレンジをしたい時期だったのかも知れません。

他の人はこんな作業や機材の使い方はしないだろう、というような工程はありますか?

まず機材の使い方に関してはかなりノーマルというか、音を作り込んで自分だけの音を鳴らそうということはあまりしていないです。先ほど挙げた音源の中に入ってるものをそのまま使っていますし、当然イコライザーやディレイなどのエフェクトはかけたりしますけど音色自体はそのままです。良く言えば素材よりもそれをどう調理するかのほうに興味があるという感じです。

工程については、一度2mixして仕上げた曲を切り刻んで構成を変えたり、演奏したピアノパートのオーディオデータを切り貼りしたりサンプリングしたりみたいなことはたまにやっています。ボカロに関しては、ボカロの声をサンプラーに入れて使ったりもしていますね。

また、音楽理論や方法論ではあまり一般的ではないやり方をどうすれば自然に聞かせられるかということは考えています。例えばメロディに対してハモらせるときは3半音以上開けることで綺麗に響くというのが一般的で、1半音しか離れていない音を被せると気持ち悪い不協和音になってしまいます。だけどこの気持ち悪さが活きる場面もあって、たとえばロボットっぽくしたいとか、感情が抜け落ちちゃった怖い人が歌っているように聞かせたいときにはむしろその不自然さが効果的になります。

「きみきにきせき」では「サブドミナント→ドミナント→サブドミナント→ドミナント……」を繰り返すということもしました。コード進行において、サブドミナント→ドミナントのあとはトニックと呼ばれるコードに戻りたくなる性質があり、調性音楽の殆どは、たとえ作者がこの理論を知らなくてもこのルールに従って作られています。逆に、トニックに戻らずに繰り返すといつまでたっても終わらない感じが出て落ち着かなくなります。この曲ではラブレターを渡そうか渡さないか……みたいなシーンがあるんですけど(1:58~)、迷って行ったり来たりしている場面でこれを鳴らすことで逆にそのシーンの落ち着かなさを際立たせるようなことをやったりしました。

あと、「限界幸福保護区」ではDマイナーの上にEメジャーのメロディを乗せるということをやりました(2:18~)。一般的にマイナーは暗い、メジャーは明るい印象を与えるため、この組み合わせは不協和音になります。これを逆に利用して、暗い雰囲気の中で明るいことを言っている人がいたら逆に怖く感じる、みたいなことを表現するために採った手法です。

音楽的なアイデアを成立させるためにテーマを作るという話にも関連すると思いますが、一見不自然に思えるような要素を自然に成立させるための工夫を意識的にやっているという感じでしょうか。

そうですね。理論を拡張するというと大げさですけど、今までの方法論で推奨されなかったことには逆に言えば新しいことをする余地があると思っているので、そういうことを色々と試せたらいいなとは思っていますね。

『VOCALOID CRESCENDO』収録曲以降の曲、例えば「永久リアリティ」や「ツイストリブート」などはトラックや音作りがより定型から外れてきている印象です。参考にしたり影響を受けたアーティスト・ジャンル・曲などがあれば教えてください。

その時々でやりたいことやかっこいいと思ったものを取り入れていることが多いかなと思います。「永久リアリティ」はキックとスネアを高速に連打するブラストビートと呼ばれるビートがやりたくて、「ツイストリブート」はハイパーポップからの影響ですね。

それ以外だと、「ボーカロイドせいりょく地図」「限界幸福保護区」ではバイレファンキを取り入れています。ブラジルに1980年代からあったジャンルなんですが、2010年代後半くらいから音数が減る方向に進化しているのが面白くて影響を受けました。

「キリキリバラバラ」ではデスグラスというブルーグラスを速く激しくしたようなジャンルから影響を受けていますし、「おにがきた」ではトラップメタルという、ヒップホップから派生したトラップにメタルっぽいスクリームを混ぜたジャンルを取り入れたりしています。

「永久リアリティ」はブラストビートとのことですが、アーメンブレイクのように聞こえますよね。

アーメンブレイクは音色を、ブラストビートはリズムパターンを指す、というと分かりやすいかも知れません。Aメロが2回あるんですけど、1回目のほうはアーメンブレイクのスネアと他のスネアを重ねた音を使ってブラストビートのリズムパターンを作っています。2回目のAメロは音色はアーメンブレイクで、こちらはブラストビートではなくブレイクコア的なリズムパターンを組んでいたと思います。

「ツイストリブート」にはプリペアド・ピアノが入っているでしょうか?

そうですね、プリペアド・ピアノが面白いなと思ってAメロに入れていたと思います。あの曲のAメロは音楽的に危ういというか、バックトラックには調性感が乏しいけれどメロディだけはちゃんと歌ってる、みたいなことができたら面白いなと思って作った記憶があります。

以前からラップもよく取り入れていますが、特に「限界幸福保護区」や「おにがきた」ではフロウが複雑になったと感じました。あのフロウはどのようにして着想を得たのでしょうか?

打ち込みだからこそ無茶ができるというか、複雑なリズムでもラップさせることができるので、そこは模索しながら色々と試してみていますね。自分でラップしてからボカロに落とし込むみたいなことはしないので、たぶん自分がやったらできないんじゃないかと思います(笑)。

蒼姫ラピスというパートナー

主に蒼姫ラピスをボーカルにした楽曲を制作されていますが、蒼姫ラピスを起用している理由について教えてください。

GUMIのフリートライアルからボカロに入ったというのは先ほど言った通りなのですが、初めて購入するときはその当時販売されていたボカロの声を聴き比べてみて、その結果ラピスが一番良いなと思って決めたと思います。

先ほど「(実験的な要素がありつつも)ポップスとして成立している」という話をさせていただきましたが、まさのこのラピスの声によってポップになっている部分もあるなと思っています。ラピスの声についてはどのような印象を受けましたか?

当時はボカロのことをあまり知らなかったという話をしましたけど、その状態で頭の中で勝手に想像していたボカロのイメージに近かったんじゃないかなという気がします。あどけないというか、可愛らしいというイメージですね。

ボーカロイドを用いることのメリットはどういったものだと考えていますか?

ひとつは、よく言われているように自分が歌わなくてもいいし、歌える人にお願いしなくても歌が作れるというところですね。それに歌声を切り刻んだり、めちゃくちゃにエフェクトをかけてもいい。人間では歌えないような高さや低さ、サンプラー的に繰り返すような歌い方とか、いろんなことができるので遊ぶ余地があります。あと、先ほど言ったような半音下でハモらせるような自然でない歌は人間だとよほど上手い人じゃないと難しいと思うんですけど、ボカロだと容易にできるのでそういうところも良いなと思います。

ちなみに、ラピスをはじめボカロキャラクターが映像によく登場していますが、この点については何か考えがあってのことでしょうか?

そう言われて他の方の作品を思い浮かべてみると、ボカロキャラクターが出る作品が必ずしも多数派ではないことに言われて初めて気が付きました(笑)。はじめて動画を作るとなったときに、人に頼むなんて恐れ多くて出来なかったので、全部自分でやろうと思ったんですね。ラピスはすでにキャラクターがいたのでそれをもとにして描いてみたところから始まったんですが、何作か作っていくうちに愛着が湧いてきて今に至るという感じですね。