
AI音源分離、音声合成、立体音響…テクノロジーとの関係から総ざらいする2022年の音楽ニュース
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2022年は、2010年代から現在まで目覚ましい発展を見せてきたAIが、改めて注目を集めた一年だったと思います。Stable DiffusionやMidjourneyなどの画像生成AIを筆頭に、新たなテクノロジーの登場が好奇心をかきたてる一方で、これらの発展にどのように向き合うべきか、改めて問われています。
音楽制作の分野でも、AIは大きな存在感を放っています。2010年代後半から、市販の音楽制作ソフトウェアにAIが応用される例はめざましく増えてきました。お読みの方にも、ミックスやマスタリングでAIアシスタントの恩恵を受けている人は少なくないはずです。
そんな中でも、今年は音源分離や音声合成の普及がもう一歩進んだように思います。
たとえば、最新の音源分離技術によって実現したザ・ビートルズの『リボルバー』のリミックス。サウンドの実験が繰り広げられる同作ですが、録音に使われたのはマルチトラックレコーダーはわずか4トラック。つまり、ボーカルやさまざまな楽器が4つのトラックに詰め込まれているわけです。これでは、後から特定の楽器の音量だけを細かく調整するなどの操作ができない……はずでした。しかし、AIによって各トラックから特定の楽器を分離・抽出できるようになったため、これまでは不可能だった大胆なリミックスが実現したのです。
また、一部のDJソフトで徐々に実装されていたリアルタイムのステム分離機能も普及が進んでいます。現在、TraktorがiZotopeの協力で実装に向け開発中。Seratoにも最新バージョンから「Serato Stem」が搭載されました(厳密には、SeratoはAIではない独自アルゴリズムを採用しているようです)。筆者は以前から同機能を実装していたVirtual DJで試しましたが、たとえ音質の劣る低品質モードでも、曲のステムをその場で操作できるのはとても面白い体験でした。Soundmainでも、ブラウザベースのDAW「Soundmain Studio」に音源分離が実装されるなど、機能が体験できる機会を提供しています。
AIによって歌声を再現する音声合成も、ユニークな活用が見られました。10月リリースの松任谷由実のベストアルバム『ユーミン万歳!』には、改名前の「荒井由実」時代の歌唱を蘇らせたAIシンガーと現在の松任谷由実がデュエットする新曲、「Call me back」が収録されています。AI荒井由実はさすがに「これはAIだな」とわかる質感ですが、異なる時代のふたりのユーミンを共演させるこの試み自体は興味深いものです。
同じく10月末には、積極的にAIの活用に取り組んできたアーティストのホリー・ハーンドンが、自分の分身であるHolly+を使って「Jolene」(ドリー・パートンのカバー)をリリースしました。
Holly+の発表自体は2021年ですが、音源がリリースされるのはこれが初めて。ハーンドンのこれまでのプロジェクトは、単にAIによる表現の可能性を追究するだけではなく、AIの時代における「作者」や「作品」のあり方に一石を投じてもいます。ここで詳しく解説する紙幅はありませんが、ハーンドンがTEDで行ったトークを見れば、その射程の広さを感じられるでしょう。単純にデモンストレーションとしても面白いです。
音楽に関するテクノロジーについて、もうひとつ取り上げたいのが、360 Reality AudioやDolby Atmosといった空間オーディオです。いずれも2020年に本格的に導入が始まり、2021年にApple MusicやAmazon Music Unlimitedといったストリーミングサービスが対応したことで、普及に勢いがついてきたように思います。
空間オーディオ対応作品のカタログは着々と広がっています。新しいリリースだけでなく、過去の作品が改めて空間オーディオ化される例も珍しくありません。Apple MusicのDolby Atmos対応作品でいえば、前述した『リボルバー』も、松任谷由実のベストアルバムも、マルチトラックに遡ったリミックスが施され、Dolby Atmosで配信されています(この意味で、音源分離は空間オーディオという新しい表現にも密接に関係していると言えます)。
テクノシーンのベテランであるKen Ishiiも360 Reality Audioに積極的に取り組んでいるひとりで、Soundmain Blogではインタビューも公開されています。新たなテクノロジーがいかにクリエイターを刺激しているかが伺え、興味深い内容です。
ほか、11月には三浦康嗣(□□□)が360 Reality Audioに最適化した制作拠点の設立を目指し、クラウドファンディングを開始したのも記憶に新しいところ。今後も空間オーディオにいっそう注目が集まるのではないでしょうか。
最後に、少し視点を変えて、今年最も印象的だった音色について書いておきたいと思います。Soundmainでも何度か取り上げられている、南アフリカ発のハウス・ミュージック、Amapiano。オリジンである南アフリカやその周辺国のみならず、世界中にそのサウンドが浸透してきています。新譜をチェックしていると、Amapianoにインスパイアされた楽曲が思わぬところから登場することがあります。
Amapianoで印象的なのは、やはり「ログドラム」と呼ばれるパーカッションを元にした音色です。主にベースラインに用いられ、パーカッシヴかつメロディアスな響きには、あるようでなかった新鮮さを感じます。DJ・プロデューサーとして日本にAmapianoを積極的に紹介しているaudiot909(Soundmain Storeで販売中のサウンドパック「Amapiano Launch Kit」の制作者でもあります)は、「ログドラムは20年代の303、808、909みたいなものでは?」とその可能性に着目しています。
何度か言ってますがログドラムは20年代の303、808、909みたいなものでは?と思っている
— audiot909 (@lowtech808) October 8, 2022
それまで誰も注目していなかったFL Studioのプリセットをベースサウンドとして活用し、一国の音楽ジャンルをワールドワイドにまで押し上げ他国の音楽ジャンルにまで影響与えてるんだから https://t.co/Z5apyXVlwb
実際、2022年には、Amapiano以外のスタイルとログドラムの音色を融合させるアプローチを耳にすることがありました。たとえば、上海を拠点とするプロデューサー、SwimfulのEP『Rushlight』は、エッジーなベースミュージックの中にログドラムの特等的な音色やフレージングがとけこんでいるユニークな作品です。
audiot909の整理によると、ログドラムのサウンドは、人気DAWのFL Studioに付属するシンセ、DX10のプリセットが普及したことで形作られたもののようです。元を辿れば、DX10はYAMAHAのデジタルシンセDX7を参考に制作されたもの。DX7の発売は1983年ですから、40年近く前の音色です。それがAmapianoが原点となって新たな定番になるかもしれないと思うと、とても面白い現象だと思います。
音楽にかぎらず、あるコミュニティに強く結びついたスタイルを取り入れることは、ときに敬意を欠き、文化的な搾取になってしまうことがあります。そのことに留意した上で言えば、スタイルやそれを支えるテクノロジーが、時間や空間を超えて相互作用する。それがさまざまな形でクリエイティヴィティを刺激することはやはり事実です。ログドラムの例は、テクノロジーそのものの「新しさ」とは異なる形で、文化を作り出す人間と、その支えになるテクノロジーとの関係のあり方を問う、きわめて今日的な例でしょう。
以上、テクノロジーの観点を交えながら、2022年の音楽を振り返ってみました。AIや空間オーディオのように、テクノロジーによって切り開かれる新しい表現の可能性もあれば、ログドラムの例のように、ユニークな音楽のスタイルがテクノロジーを再発見するような事態も起こる。こうした両極が常に共存しているのが、音楽のような表現の分野におけるテクノロジーの面白さだと思います。来年もまた、刺激的な試みや現象がきっと起こることに期待しています。
文:imdkm