
虻瀬犬 インタビュー カオティックで異国情緒薫るサウンド、ボカロだからこそ描ける「人間ではない」モノたちの世界
2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。
第7回に登場するのは虻瀬犬。2018年、高校に入学した年から歌声合成ソフト・UTAUを用いた音楽活動を始め、翌年からは主にボーカロイドを使用した楽曲を発表。ロックやポップスを軸に不協和音や民族音楽の要素を取り入れた独自の作風は、その妖しさとカオス、力強さをもって国外でも支持を集めている。現在は先だって詳細が発表されたコンセプトアルバム『カルマーダルマ』の制作のほか、小説の執筆やMVの制作など、多岐にわたる創作活動を展開。今回のインタビューでは現在の作風にも通ずる幼少期の原体験や、注目される今後の活動の展望についても語ってもらった。
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初めてのオリジナル曲は楽譜で
音楽遍歴と、特に影響を受けたと感じる音楽を教えてください。
初めて自発的に聴いた音楽はASIAN KUNG-FU GENERATIONでした。中学生の頃に実家にあった『君繋ファイブエム』と『ファンクラブ』というアルバムにハマり、そこから邦楽ロックも聴くようになりました。
でも、今思うと小学校に上がる前から親の影響で聴いていた音楽の影響も大きいと思います。母方の家系は音楽一家で、母親は音楽大学の出身だったし、祖母は山形系民謡の歌手をやっていました。母親が車の中で好きな音楽を流していたんですが、フィッシュマンズや電気グルーヴなどの90年代下北沢系、Perfumeなどの最新ポップスもあれば、「アヴェ・マリア」などクラシックの歌曲もあって、色んな音楽が乱雑に流れていて。
また、お経の印象も強いです。父方は歴史のある家系で、お盆の時期になるとお坊さんがお経を読みにきたり、精進料理を振る舞ってもてなしたりしていたことを覚えています。僕の誕生日が8月16日ということもあって、誕生日には必ずお経を聞いていたので聞き馴染みがありますね。高校受験の頃はチベット仏教のお経を聞いて勉強していました。
子供の頃からいろんな色々な音楽に触れていたんですね。
そうですね。父親に関してはX JAPANなどのメタルや洋楽のロック系を聴いていたこともあって、その影響もあって自分も音楽ジャンルに関して固執することは少ないと思いますね。
以前「今月のお気に入り曲」としてSNS上で言及されていた中には、Galileo GalileiやPhoebe Bridgersなど、いわゆるインディー・ロック系のアーティストもいて少し意外に思いましたが、「デゴー」を聴くと近い雰囲気を感じます。
おそらくGalileo Galileiは一番聴いていると思います。『Sea and The Darkness』というアルバムが大好きで、特に印象深いのは「ゴースト」という曲ですね。目立つような曲じゃないし、リズム・メロディー・コード進行を一つひとつ見てみても珍しいものはないんですが、全部が組み合わさるとこんなにすごいものができるんだと驚きました。空気感の表現が上手いし、洗練されているなと思います。
Phoebe Bridgersは『Punisher』というアルバムが好きで、特に去年は何度も聴いていました。インディー・ロック系の音楽は目立つようなものじゃないし、それこそ流れていくような音楽なんですが、それこそが好きでよく聴きます。
自身の作風に影響を与えたと感じるアーティストはいますか?
明確に一人には絞れないですね。曲ごとに見ていくと、これを作っていた頃はあのアーティストをよく聴いていたから影響を受けているなとわかるんですけど、総括してみると要素が多すぎるなと思います。乱雑に聴いていた色んな音楽の断片をかき集めて作っているような感じですね。「蛇」という曲に関してはDr. Dreの『2001』を聴いてアイディアが浮かんできた曲ですし。
音楽制作を始めたきっかけ、ボカロPを始めたきっかけを教えてください。
きっかけは『メイドイン俺』というゲームの中にあった作曲機能です。好き勝手に音を並べて楽しんだり、教科書に載っている童謡を打ち込んだりしていました。もともと何かを作ったり一人遊びをすることが好きで、家の模型を作ったり小説を書いたり、折り紙にもすごく凝っていましたね。音楽制作もその一環でした。
小学生の高学年あたりから自宅にあったピアノを弾くようになり、中学生になると下手なりにも楽譜を見て弾けるようになったので、合唱コンクールでピアノ伴奏も担当するようになりました。その後は聞こえてくる音楽を耳コピで再現して楽しむようになって、作曲のやり方も感覚的に学びました。
オリジナル曲を初めて作ったのは中学2年生のときで、DTMではなく、「MuseScore」という楽譜作成ソフトを使って書きました。楽譜が手元に残っていたので最近弾いてみたんですけど、音楽理論のことなんて全く考えていないし、まるで打楽器のように鳴らしているので、とにかく弾いていて気持ちいい曲を作りたかったんだなと思います。中にはロシア系のラフマニノフとか、北欧系のシベリウスとか、その土地の風俗やパワーを感じるような曲に影響を受けたものもありましたね。
そして4年前、高校に入ったときに機材を買ってもらって、DTMで音楽を作るようになりました。その頃は邦楽ロック全般、またSum41やblink-182などパンク方面をよく聴いていたので、ロックな曲を作っていましたね。それにバンド活動も始めたので、バンド向けに作ったデモ曲を友人に共有するためにYouTubeも使うようになって。デモ曲を歌わせるために、UTAUの重音テトを初めて使いました。
当時の投稿者名は「ハタケン」というものを使っていて、今でもチャンネルを遡れば聴けるようになっているんですが、友人以外の人からも少しずつ反応がもらえるようになったので、虻瀬という名義に変えました。その前後でボーカロイドを買ったと記憶しています。ボーカロイドを使った理由は、ちゃんと録音できる良いマイクを持っていなかったし、自分の歌があまりうまくなかったから。小さい頃から兄にボカロ曲を聞かされていたのでボーカロイドについてはなんとなく知っていたんですが、自分でボーカロイドを使うようになってから自発的に色んなボカロ曲を聴くようになりました。なので、ボカロPになろうと思ってなったというよりは、流れでなったという感じです。
不協和音とストーリー重視のスタイル
歌モノを作る際の自然な選択肢としてボーカロイドがあったということですね。ハタケン名義の初期曲は叙情的なロック/エレクトロニカといった趣でしたが、虻瀬名義になってからの数作はハイテンポなギターロックを制作されています。それぞれの時期で意識していたこと、またその経緯について教えてください。
ハタケン名義の頃はハイテンポの曲が作れなくて悩んでいたんですよね。試しに作ってみても音に満足できなくて、公開できる作品として完成させることが出来なかったんです。当時はインディー・ロックみたいな長いストロークの音楽が好きで真似していた時期でもあるし、バンドとしてちゃんと演奏できる音楽であることも意識して作曲していたから、エレクトロニカやギターロックみたいなところに着地していたんだと思います。
虻瀬名義になってからは、友達に聴かせて内輪で盛り上がるだけじゃなくて、ちゃんと人に見せられる作品を作ろうと思いました。やるからにはバズって売れるような強い曲を書きたいなという気持ちがあったし、友達から「ゆっくりな曲しか作れないの?(笑)」とからかわれたこともあって、ハイテンポな曲にもチャレンジしてみたという感じですね。
虻瀬名義以降は一見すると違和感のある音や不協和な音をよく曲に使われています。このような表現を取り入れた理由や、影響を受けたものなどを教えてください。
曲を作る際、即興でピアノを弾いて良さそうなフレーズを見つけたらそこから膨らませていくという作り方をしているんですが、弾くのがあまり上手くないからミスタッチがところどころに出てしまうんですよね。だけどそれを許容して作っているし、それに一つの調のなかで自由に動ける範囲から一瞬逸脱する行為を意図的にやっているので、即興性みたいな感じも出ているのかなと思います。そうした部分が不協和音や違和感を覚える箇所になっているんじゃないかなと思います。
ストーリーや世界観を重視されている印象です。虻瀬犬さんの曲において、ストーリーと音楽性にはどのような関係性があるのでしょうか?
もともと、物語を考えたり妄想したりするのが好きだったので、中学生の頃はずっと小説を書いていたんです。音楽を作っている際も、時間があれば小説を書きたいなとずっと考えていました。音楽も小説も川のように流れのある表現方法なので、もしかしたら相性が良いかもと思って、どっちもやってしまえば良いという気持ちで作り始めました。そうしたら曲に対するモチベーションも解像度も上がったので、思った以上に相乗効果を感じましたね。なので、世界観を重視して作っているというよりは、自然とそうなったんだと思います。
虻瀬の「瀬」の字は、実家の近くにある広瀬川から拝借したんです。音楽にしても小説にしても、川のように上流から下流へ、あるがままに流れていくようにしたいと思って作っています。
物語の内容によって音楽性や曲調が変わることはありますか?
ありますね。曲を制作する段階で舞台を具体的に想定することが多いです。たとえば今年リリースした『猿蛇』は香港の九龍城砦や香港映画をイメージしていて、「猿」は『ドランクモンキー 酔拳』を、「蛇」は『スネーキーモンキー 蛇拳』から影響を受けています。実際に香港に行ったことはないけど、僕がイメージする香港はこうだなというイメージで作りました。
また2019年から作っている、いずれ『カルマーダルマ』というアルバムになる予定のシリーズがあるんですが、こちらは様々な異国の場所を舞台にした曲が集まっています。最初のほうの曲はスイスのラウターブルンネンという、めちゃくちゃデカい谷間にポツポツと家があるような場所をイメージしていて、音も西洋と東欧の雰囲気が混ざったようなものになっています。今後出る予定の楽曲はアリゾナ州やパンパ、パタゴニアに対する憧憬のイメージが強くて、結果的に今まで触れてきたポップミュージックと異国への憧憬と自分のモラトリアム期にあった様々なことの集大成のような形になっています。
世界観を設定してそのイメージに合うように音楽を作っていくというやり方は最初の頃からやっていたのでしょうか?
最初の頃はやっていなくて、『カルマーダルマ』を作り始めてからだと思います。物語というものは情報の密度が高いから、1曲だけでそのすべてを表すことはできない気がしていて。小説では状況を詳しく書けるけど、それに対して音楽はどうしてもある一文を切り出すような感じで表現することになるので、物語の設定や流れを説明せずに音楽として成り立たせるように作っています。それに、音楽が物語を説明するための道具になってはいけないなと心がけています。
『カルマーダルマ』はファンタジーな世界観なので、音楽があるからこそ表現できたストーリーだと思うんですが、次に書こうと思っている小説はリアル志向なので、音楽と小説を分離してみるのもありかなと考えています。
『カルマーダルマ』収録曲以降ではより広い音楽性を志向されている印象ですが、物語を意識して音楽を制作するという方針になったことが要因でしょうか?
「親愛なるあなたは火葬」から音楽と物語を組み合わせたスタイルになっていますね。それ以前はアルバムの曲として曲を作るというよりは、何も考えずにとりあえず曲を作るという感じでした。アルバムは地域性が固まっているコンセプトアルバムみたいな感じで作り始めたので、これまでの焼き増しみたいな曲は作りたくなかったんですよね。それぞれの曲で違うことをしようとした結果、色んな音楽性になっているんだと思います。