2022.11.14

トラックメイカーのための音楽理論|第6回 コードの理論② コードの機能

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前回は基本的なコードが何であるか(=音階の構成音を使う)、どんな積み方をすればよいか(=ひとつ飛ばしで積む)を学びましたが、今回はそれらを繋げて「コード進行」を作る時の考え方を解説していきます。

「番号」でコードを捉える

どのキーであっても、音階のメンバーは7音。そしてその7音から作る7種のコードが曲作りの基礎となる「ダイアトニックコード」でした。

現段階ではまだ「G7」や「Dm」といった「コードネーム」を解説していませんから、ここでは各コードを上図のように❶❷❸…と黒丸の番号で指し示すこととします。このようにコードに番号を振るシステムは本格的な音楽理論でも採用されているものです。曲のコード進行を分析するというとアルファベットのコードネームを使うイメージがあるかもしれませんが、実はこうやって数字に直すのが分析の本筋です。実際にはローマ数字を使うのが伝統ですが、ローマ数字はIVとVIが似ていたりして見慣れるまでが大変なので、この連載では親しみやすさを重視します。

何番から始めて何番へと繋げていくか。その組み合わせ次第で無数のコード進行が生まれます。もし❶〜❼から4つを選んで並べるとしても、考えうる組み合わせは7×6×5×4=840通りもあります。そして実際には❶-❹-❶-❺のように同じものを複数回使うパターンもあるわけですから、その数はさらに膨大です。

コードの機能

多すぎる選択肢の中から、候補をどのように絞っていけばいいのでしょうか? 実は各コードはキーの中でそれぞれ役割を担っていて、それを理解することでコードの取捨選択はかなり分かりやすくなります。まずは上で示したCメジャー/Aマイナーキーでのダイアトニックコードを例にとって見ていきましょう。

❶のコード

例えばのコードは、キーの中心たる主音であるドの音から積んでいった和音なので、コードとしても進行の中心、まとめ役としての機能を果たします。

まとめ役というのはすなわち、音響的印象として安定感・安心感があり、このコードに進むことで音楽のストーリーを大なり小なり終止させる能力があるということです。ちょっと音源を聴き比べてみましょう。

こちらの2つのコード進行、一つめは❶-❹-❺-❶という並びで頭と結びをのコードで固めたもの。そして二つめは❹-❺-❸-❹というふうにを全く使わない編成にしたものです。

前者はが繰り返し現れることでそのたび音楽に安定感をもたらし、全体として安心感のある明朗な曲想を生んでいます。対する後者はの不在により、どこか落ち着かなくフワフワしたような曲想に仕上がっています。

この単純比較だとちょっと違いがわかりづらいかもしれませんが、実際にアーティストたちは理論的であれ体得的であれこのようなコードの質感イメージを掴み、表現するテーマにピッタリのコード進行を構築しています。

Mikaの「Lolipop」では先ほど紹介した❶-❹-❺-❶の進行が全面的に用いられています。全体の明るい曲調はもちろんリズムやサウンド、歌い方などもありますが、コード進行もその演出に一役買っているわけです。

うって変わってBillie Eilishの「everything i wanted」では先ほどの❹-❺-❸-❹の進行がヴァースで使われています。この曲でもやはり、アンニュイで幻想的な雰囲気の表現にあたってを欠く不安定なコード進行はかなり貢献しています。

❻のコード

ほかにはのコード……Cメジャーキーだとラドミのコードになりますが、これはCメジャーキーと対になるキーであるAマイナーキーで主となるコードです。

ですのでこのコードも❶と同様にまとめ役としての安定感は有しつつ、しかしマイナーキーのダークな雰囲気を演出することになります。

こちらは❻-❹-❺-❶というコード。先ほどの❶-❹-❺-❶とは先発のコードが違うだけですが、ずいぶん全体の印象として暗さが増しました。ただも安定性の高いコードではあるので、比較的落ち着きのあるコード進行である点は変わっていません。

キーの中でコードに“安定・不安定”の差があるという概念はかなり重要で、音楽理論では、キーの中で各コードが担う役割のことを【機能】と呼んでいます。

コードの機能を理解することで、曲の静と動の展開、起承転結の流れのようなものをコントロールすることができます。コードの機能論にはさまざまな内容があるのですが、まずは音楽の流れを終止させる働きがあるを登場させるタイミングを意識してみるのがよいでしょう。

ループ素材に対するベース付け

今回の知識は、ループ素材に対してベースをつける場面でも役立ってきます。

こちらは「ドシソミ」というフレーズを繰り返しているCメジャー/Aマイナーキーのサンプルですが、ここにどんなベースを当てるかでその印象、聴かせ方を選ぶ余地がまだまだあります。

❶のコード

まずはドを基調としたベースラインをあてた場合。「ドシソミ」には「ドミソ」の音が含まれていますから、そこにドのベースが加わることで「ドミソ」のコード感がクッキリと浮かび上がります。「ドミソ」はキーにとって番のコード。それにより、全体の印象としては安定感のある明朗な印象に仕上がりました。

❻のコード

一方こちらはラを基調に演奏した例。ベースのラとフレーズ中のドミを合わせれば「ラドミ」、すなわちのコードとしての質感が立ち現れてきます。結果として全体の印象はずいぶんダークなほうへと傾きました。今回の荒々しいサウンドなら、こちらのコードのほうが似合っている感じがしますね。

❹のコード

最後に、ファを基調にした例。フレーズと合算しても「ファラド」の構成音は完成しませんが、前回述べた通りベースの音はサウンドの決定に強い影響力を持っているので、これでもかなり「ファラド」の和音に近い質感が発生しています。

キーにとってのコードである「ファラド」の和音は音楽を安定させる機能を持たないため、どこか浮遊感のあるサウンドになりました。

サンプルによってはイイ感じにつけられるベースが限定されている場合もありますが、特に今回のように少ない音数をリピートするものに対しては、こうしてベース次第でいくらでもコード感を“着せ替え”することができます。単調なループサンプルであっても、ベースをどう添えるかの選択で自分だけの表現を加えていくことができるわけです。

他のキーの場合

このような和音の機能のシステムは、他のキーでも変わりません。変わらないというのは、どんなキーでも番と番は終止役、だとやや不安定さがある…といったように番号と役割が同じように対応しているということです。

例えばAメジャーキーならド・ファ・ソの3音にシャープをつけた音階から和音を作っていくので……

このような編成になります。そして上図の❹-❺-❸-❹を繋げれば、先ほどCメジャーキーでやった❹-❺-❸-❹の曲想そっくりそのままで、高さだけが下がったコード進行が出来上がります。

第3回で述べた通り、全てのキーは結局のところ白鍵オンリーのCメジャー/Aマイナーキーを上下にトランスポーズ(平行移動)して作ったものでしたね。だから単に全体の高さが異なるという以外に違いは何もないのです。

楽曲構造の本質

「曲想はそっくりそのままで、高さだけ異なるコード進行がある」という事実は地味に重要です。もしそうしたコード進行を「コードネーム」で記述する場合、キーが違ったらばコードネームも当然違ってきます。これが意味するところは、コード進行の世界には実は違うように見えて中身の同じコード進行がたくさん存在しているということなのです。

具体的には、キーが12種類あるので曲想の同じコード進行が12個重複して存在しているということです。それらが互いに“そっくりさん”であるということは、番号で分析しないとなかなか気づけません。この点からして、今回やった「番号でコードを捉える」という行為は楽曲構造の本質を見抜くような作業であったと言えますね。

まとめ

各コードのキーの中の相対的な位置関係を番号で可視化することで、コード進行の仕組みがよりよく理解できる状態になりました。

初回で「音楽理論は音楽を情報化する“ITツール”である」と述べましたが、今回の内容はまさにその典型です。番号に直すことでコード進行を簡潔に表現できるようになり、パターンの暗記や整理も格段にやりやすくなります。コードと言わずとも、ベース音が何番の音を取っているかを分析するだけでもなかなか有益なので、ぜひ自分の曲や好きな曲のベース音の動きに着目してみてください。

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著者プロフィール

吉松悠太(Yuta Yoshimatsu)
サウンド・GUIデザイナー/プログラマー、ピクセルアーティスト、音楽理論家。慶應義塾大学SFC卒業。在学中に音楽理論の情報サイト「SONIQA」を開設。2018年に「SoundQuest」としてリニューアルし、ポピュラー音楽のための新しい理論体系「自由派音楽理論」を提唱する。またPlugmon名義でソフトウェアシンセのカスタムGUIやウェイブテーブル、サウンドライブラリをリリースしている。2021年にはu-he Hive 2の公式代替スキンを担当。Soundmain Blogでは連載「UI/UXから学ぶDAW論」も執筆。

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