2022.11.09

D.watt・まろん(IOSYS)インタビュー VTuber×音楽の可能性とは? ネット・オタクカルチャーの申し子クリエイターが語る

クラブミュージックを中心に、音楽とバーチャル文化の関わりを紐解く連載「バーチャル音楽シーンの歩き方」。シーンの中で実際にトラックメイカーとして活躍するプレイヤーにインタビューし、バーチャル世界の魅力や、そこに紐付いたサウンドメイクのこだわりを解き明かしていく。

第4回は、インターネット黎明期から活動する音楽制作チーム「IOSYS」からD.wattとまろんのお二人にご登場いただいた。2000年代初頭より『東方Project』のアレンジをはじめとした同人音楽の礎を築いてきたIOSYSは、バーチャルシーンにおいても月ノ美兎「みとらじギャラクティカ」やBOOGEY VOXX「D.I.Y.」、宝鐘マリン「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」といったアンセムを生み出してきた。コアなファンの心を掴む楽曲を生み出し続けることのできる秘訣は、またニコニコ動画カルチャーからの文脈など、過去のインターネット発音楽との連続性は何なのか。シーンならではの特徴も踏まえ、その未来について語っていただいた。

月ノ美兎「みとらじギャラクティカ」作詞:七条レタス(IOSYS)・まろん(IOSYS) / 作曲:ARM(IOSYS)
※七条レタスはD.wattの作詞時名義
BOOGEY VOXX「D.I.Y.」 Words by BOOGEY VOXX & 七条レタス / Beats by D.watt [IOSYS, USAGI Production]
宝鐘マリン「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」 作詞:まろん (IOSYS) / 作編曲:ARM (IOSYS)

活動の起点になった「東方アレンジ」

お二人が音楽を作り始めた時期と、当時の機材環境などについて教えていただけますか。

D.watt 自分が音楽を作り始めた時期というと……もう30年ぐらい前ですね。当時はWindows以前の時代で、FM TOWNSというホビーパソコンを使っていました。内蔵音源で曲を作るみたいなことを学校の先生に教えてもらって、楽譜入力でポチポチ作り始めたのが一番最初です。ピアノをやっていた影響で音感がよかったからか、楽譜入力だとそんなに抵抗がなかったんですよね。そういうことをやっていること自体、当時は珍しかったと思うんですけど。

インターネット環境も当然なかったので、作ったものを発表するのは学校のクラスの人とか、本当に身内の範囲という状況がしばらく続きました。ちなみに当時IOSYSの前身のようなものはすでにあって、高校の「パソコン研究部」という部活でした。IOSYSメンバーのARMさんともそこで出会っていますが、当時はまさか今みたいになるとは思いもしませんでしたね。

まろんさんはどうですか?

まろん 僕は中学2年生の頃に『東方』と出会って、ZUNさんをはじめ、ニコニコ動画でビートまりおさんやそれこそIOSYSの楽曲を聴いて、自分もこういう楽曲を作ってみたいと思って始めたのがきっかけですね。自分も3歳からピアノをやっていたんですが、5歳ぐらいの時に「ピアノでオリジナル曲を作ってみようコンサート」みたいなものがあって、そこで当時流行っていた『爆転シュート ベイブレード』というアニメをイメージしたオリジナル曲を作ったりしていたので、ピアノで作曲をすることに対して抵抗はなかったんです。でも、だからか逆にピアノロールというものが全く理解できなくて。唯一楽譜で打ち込める「Singer Song Writer Lite 5.0」というDAWで楽曲を作っていました。

機材に関しては、当時ZUNさんやビートまりおさんのブログを全部読み漁ったんですよ(笑)。お二人が共通してブログに書いていた機材がRolandのSC-8850というMIDI音源でした。だったらこれを買えば間違いなく同じようなものを作れるだろうと思って両親にねだって、なんとかYahoo! オークションで落としてもらって、ゲーム音楽みたいなものを作り始めましたね。

当時、周りにDTMや作曲をやっていた人はいましたか?

まろん そもそも僕は作曲を始めた中学の頃、学校に馴染めなくて引き込もっていたんです。学校に全然行けていなくて、インターネットの世界にどっぷり浸っていたので、オフ会で出会った人とか、ネットゲームで出会った人との交流ばかりだった。なので当時作った楽曲は、ネットゲームで知り合った人たちにURLを送って聞いてもらうというか、共有していたって感じですね。

そんなお二人が出会ったのはどういう流れだったんですか? まろんさんは元々IOSYSリスナーだったとのことですが。

D.watt もう10年ぐらい前じゃないかと思うんですけど、《IO-ONLY》というIOSYS楽曲をかけるDJイベントがあって、それにunoさんと一緒に自分もゲスト出演したんです。そのイベントの主催をしているみねおかさんという方のところで、当時まろん君がお手伝いをしていて。

まろん そうですね。初めてお会いしたのは《IO-ONLY》で、その後に《電波はっ☆キュン!でぃ☆Dreaming!》(略称:電キュン)という電波ソングオンリーのイベントだったと思います。お客さんとして行っていて、なぜか受け付けをやっていました(笑)。

D.watt その時にはもうARMさんとまろん君の間に親交があって、その流れでIOSYSに入ることになったんだと思います。

まろん 《電キュン》で、ARMさんとビートまりおさんが一緒に出た回がありまして。当時、マイナーな提供しているキャラクターソングとかも含めて、ARMさんの楽曲もビートまりおさんの楽曲もほぼ全て聴いていたようなオタクだったんですよ。その旨を打ち上げで伝えたら、「なんでそんな楽曲知ってんの?」みたいな形でお話できて、その後ARMさんから直々に「俺の曲Remixしない?」っていう依頼があって、そこから親交を重ねて正式に加入しました。

wattさんは、IOSYS立ち上げのメンバーですよね?

D.watt そうですね。来年この名前を使い始めて、ちょうど25周年なんですよ。

札幌の同人音楽サークルとして始まったIOSYSですが、どのようにしてその音楽を広めていったんでしょうか?

D.watt  一番最初は「ゲームを作ろう」みたいな感じで集まった仲間なのですが、そのうち先輩のツテなどで自主制作CDを地元の古本屋で扱ってもらうということになりまして。そうしたらそこそこ売れたのと、そもそも作品自体に多少自信はあったので、そのうちコミケとかにも出てみようかという話になって。それから間もなくして、同人界隈では『東方』が流行り始めた。それで割と早い段階からゲームに触れてみて、面白いじゃんとなって。ビートまりおさんの「Help me, ERINNNNNN!!」が流行ったあたりから、うちらもやってみようよと(東方アレンジを)やり始めて、一番最初に東方オンリーの即売会に出たのが2006年の春でした。で、その夏の即売会でARMさんの「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」が収録されたCDを発表して、これが当時始まったばかりのニコニコ動画で使われてめっちゃバズったんですよね。そこから知名度がぐっと上がっていったと思います。

ビートまりお「Help me, ERINNNNNN!!」
IOSYS「魔理沙は大変なものを盗んでいきました」

まろん Flashで作られたIOSYS楽曲のPVみたいな動画も脚光を浴び始めて。そうした楽曲を聞いて僕は育ったんです。

お二人とも作曲を始めるタイミングはかなり早いなと思ったんですが、作曲を始める前後にはどんな音楽を聴いていたんですか?

D.watt 僕は中学の頃なので、当時のJ-POPが最初だと思います。初めて買ったCDはB’zの「LADY NAVIGATION」でした。その後はソニーミュージックが出していたテクノのコンピとかをよく聴いていましたね。電気グルーヴが本格的にテクノに傾倒し出した頃でもあって。今になって思うと、当時からダンスビートとかそういうジャンルをずっと聴いていましたね。同時にゲームミュージックをがっつり聴いて、そこからアニソンから二次創作へという順番だったと思います。

まろん 僕は全く逆でした。中学2年生ぐらいの時は、アニメソングとかニコニコ動画のインターネットソングや東方アレンジ、あとは電波ソングばっかり聴いていたんです。理由としては、当時引きこもっていたこともあってリア充に対するヘイトがすごかったんですね。なので、リア充がカラオケで歌いそうな当時流行っていた楽曲は、意地でも聴くもんかと思って、めちゃくちゃ避けてきたんですよ(笑)。 逆にそういう一般の人が聴かないであろうアニメのキャラクターソングとかイメージソングとか、そういう濃いところを意図的に引っ張ってきて、「俺はこれが好きなんだ」ってどんどん聴くようになっていました。それから中学2年生の頃に ビートまりおさんの影響で「beatmania」というKONAMIさんの音楽ゲームに出会うきっかけがあったのですが、ゲーム内で好きになった楽曲がユーロビートやハッピーハードコアで。そこから『SUPER EUROBEAT』というコンピCDノシリーズに出会って、ユーロービートとアニソンの二刀流で音楽を楽しむようになりました。

アニメ『頭文字D』とコラボした『SUPER EUROBEAT』のセレクション盤

「解釈違い」を起こさない楽曲提供

まだまだ始まったばかりのカルチャーではありますが、今のバーチャルシーンの音楽をどのように見ていますか?

D.watt 今までのサブカル音楽の特徴をいろいろと混ぜ合わせたような構造をしていると思いますが、それ自体にジャンルとしてものすごく特徴的な部分や突出した部分があるというわけではないかもなと。ちゃんとその人の世界観を持っている、オリジナリティのある楽曲がしっかり揃っているとは思いますね。基本的には若い音楽――Spotifyなどのストリーミングサービスでよく聴かれているテイストの音楽で、ラップがどのアーティストさんも標準装備だったりする――をベースにしながらも、ボカロがルーツの人はボカロの経験から、アニソンがルーツの人はアニソンの経験からといった、それぞれの好きなものやカルチャーをちゃんと盛り込んで作っているなという意味で、めちゃくちゃバラエティに富んでいるなと思います。

まろん 僕は「VTuberとしてその楽曲を歌うに至ったストーリー」が見えやすい、というのが一番の特徴かなと思っています。例えば毎日配信活動を頑張ってきて、そのご褒美や皆さんの応援のおかげでこの楽曲ができましたとか、そういう魅せ方もできる。あとは普段の配信の中でできるカップリングというものがあるじゃないですか。ユニットソングが出たときに、「このカップリングは楽曲が出るほど相性がいいんだな」とか、その楽曲を聴くと今までの二人の楽しい掛け合いの配信の様子が思い返される、みたいなストーリーが楽曲から読み取れるというのも、バーチャルシーンならではだなと思いますね。

しぐれうい「粛清!!ロリ神レクイエム☆」 作詞:まろん(IOSYS) / 作編曲:D.watt(IOSYS)

楽曲制作において大事にしていることや、注意している点はありますか?

D.watt ビートがちゃんと出ているサウンドが好きなので、そういうビートの出ている、グルーヴのある音楽を作りたいなという志向はありますね。IOSYSとしてやる時には電波ソングが求められるので、その上に電波ソングの要素をどうやって乗せようかなと考えています。

VTuberへの楽曲の提供は、案件の振れ幅が非常に大きいなと思いますね。J-POPのアーティストさんに提供するような感覚で作るものもあれば、キャラクターソングとして徹底的にやる場合もある。特にバーチャルシンガーやバーチャルアーティストといった音楽に特化した人の場合だと、前者のように密にやりとりしながらもコテコテの電波ソング的要素を加えたりしていくという流れがあって。キャラクターの設定だけじゃなく、そこに本人の好みとか、配信上でリスナーと共有された本人のエピソードを随時取り入れながら作っていくのは、VTuber特有かもしれないです。

hololive IDOL PROJECT「飛んでK!ホロライブサマー」 作詞:七条レタス (IOSYS) & まろん (IOSYS) / 作編曲:ARM (IOSYS)

まろんさんはどうですか?

まろん 僕個人の考え方としては、VTuber楽曲の依頼があった時には、先方のオーダーがなければ基本的にキャラクターソングを目指しているんですね。より多くの人に届けるような普遍的な楽曲を目指すものが結構多い中で、相対的にキャラクターソングが少ないなという印象があるんです。それなら1人ぐらいオタクが喜ぶ方向にベクトルを向けたクリエイターがいてもいいんじゃないかなと。

湊あくあ「あくたんのこと好きすぎ☆ソング」 作詞:まろん(IOSYS) / 作編曲:ARM(IOSYS)
さくらみこ・戌神ころね「みっころね×しょうたいむ!!」 作詞:まろん(IOSYS) / 作曲:ARM(IOSYS) / 編曲:ARM(IOSYS)・紅維流星

まろん その時に一番気をつけているのは、いわゆる「解釈違い」が起こらないようにするということですね。配信をよく聞き込んで、この人のファンは、どんな歌詞でどんな音楽を聴きたいんだろうと想像しながら作っています。ただVTuberって、毎日最新話が更新されるアニメみたいなものじゃないですか。初配信の時と今で性格も成長してるわけですよ。一人称が変わってる場合すらある。できる限り配信を聞き込んでから制作を始めるようになったおかげで、作り始めるのが遅くなりました(笑)。

D.watt それはあるな、確かに。

まろん アニメやゲームなんかは、もともと設定資料があったりするので、それを読み込んで本編を全話観たらもう制作に入れるんですけど。無限にアーカイブがあるじゃないですか、VTuberの配信は。

D.watt アニメって12話見ても4時間ぐらいしか掛からないんですけど、VTuberって1人で1日4時間とか配信するんですよね。

活動歴が長くなるほど取り込むべき情報量は劇的に増えますよね。

まろん 宝鐘マリンさんの「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」の作詞をした時なんですが、依頼いただいたのがちょうど活動半年ぐらいのタイミングだったんですね。当時の僕は、配信者の文化をそんなに知らなかったので、ちゃんとファンにならないとダメだと思いまして、船長(マリンさんの愛称)の半年分のアーカイブを全部2倍速にして、LRに音声を分けて、光る単語を全部メモ帳に書いて、という作業をやりました。本当に気が狂いそうになったんですけど、おかげで皆さまから愛される楽曲になってよかったです。

D.watt 僕はまず面白いところが切り抜かれたものを見て、雰囲気を掴んでいます。こういう感じの人なんだなというのがなんとなくわかったところで、歌枠をよく見ますね。好きな音楽がわかると、こういう曲なら喜んで歌ってくれそうだなとか、人となりがわかる感じがするんです。ちなみに雑談配信も見るんですが、しっかりアーカイブまで見たくなっちゃうので、いつもめちゃくちゃ葛藤してます。時間との戦いなんで(笑)。

あおぎり高校 (音霊魂子)「VTuberのすべて」 作詞:七条レタス / 作編曲:D.watt (IOSYS/USAGI Production)

「VTuber×音楽」の可能性

バーチャルアーティストの音楽は、ニコニコ動画の文化からの延長線上にある印象があるんですけど、お二人はどう捉えていますか?

D.watt 確かにボカロだったり、アニソンだったり、あるいは『東方』だったり……オーダーのベースがそういうところにあるのはすごく感じますね。

まろん ニコニコ動画を好きだった世代が、バーチャルアーティスト自身もそうだし、我々のようなクリエイターにも多くなってきたので、ちょうどリバイバルブームのように見えるのかなというのはよく思います。

D.watt IOSYSを長いことやってきて、ちょうど一周回ったというのをすごく感じていて。当時聞いていただいてた人たちが「IOSYSがすごく好きで……」みたいなノリでオファーをくださることも多いんです。

キズナアイがダンスミュージックをやらなかったら、もっと直接的にボカロ文脈が受け継がれていたんじゃないかとも思うんですよね。

D.watt 確かに、VTuberが勃興しだしたタイミングと、Yunomiさんだったり、Kawaii Future Bassの界隈が頭角を表してきたタイミングとが一致するんですよね。アイちゃんがFuture Bassをやった時は、未来感みたいなものが彼女の存在感とあまりにマッチしていて、「なるほど、わかる」みたいに腑に落ちた感じがしました。ニコニコ動画、ネットラップ、インターネットミュージックでなければこれだろうと、しっくりきた覚えがありますね。

キズナアイ(Kizuna AI)の楽曲群。中田ヤスタカらJ-POPフィールドで活躍するビッグネームも楽曲提供者に名を連ねた

そもそもお二人がVTuberに触れたきっかけは何だったんですか?

まろん 僕はキズナアイさんとか輝夜月さんの時代から知ってはいたんですよ。初めて能動的に興味を持ったのは、おめがシスターズさんですね。大人になってから『遊☆戯☆王』カードにハマった時期がありまして。YouTuberさんの『遊☆戯☆王』動画をいろいろ見ていたら、おめシスさんが『遊☆戯☆王』の開封動画をやっていて、そこから他のやつも見てみよう、と。お仕事では、夜乃ネオンさんに提供した「しゅきしゅきぴっぴっぴ♡」が、初めてVTuberさんに提供した初めての楽曲です。

夜乃ネオン「しゅきしゅきぴっぴっぴ♡」 作曲:まろん (IOSYS)

D.watt クラブでよく会うトラックメイカーの人たちや、札幌のオタクの人がにじさんじをすごく見ていて、そんなに盛り上がってるんだって興味が湧いて観始めたのが委員長(月ノ美兎)でした。あとは、でろーんさん(樋口楓)やちーちゃん(勇気ちひろ)だったり、一期生の人たちを観て、どんどん沼にハマっていきましたね。

VTuberカルチャーの中に音楽の要素が出てきたのを目の当たりにした時、どういったイメージを抱かれましたか?

D.watt キズナアイちゃんを中心にしたメンバーが発表されたときに、インターネット発のアーティストとして実績がある人たちが集まっていて、彼らの名前も大きく取り上げられていたんですよね。僕らは東方アレンジのような、音楽的には異端なところからスタートしていますけど、キャラクター文化と隣接しながらもアーティスト的でもあるというVTuberに対してなら、そういった出自の人間でも接点を持てる可能性がある。東方界隈は一時期すごく盛り上がったんですけど、やっぱり長く居すぎたことで、作家としては新しい刺激を求める部分があって。歌い手のタレント性みたいなものと、ボカロ界隈との交差点的な存在感が僕ら的にはすごく新しかったので、ここには絶対コミットできたらいいなと思っていました。

まろん 僕は今の世界的な状況もあって、VTuberの音楽文化によって、コロナの影響で世界中で散り散りになっていたオタクたちがまた一堂に会したような印象を受けているんです。今までアニソンクラブイベントの現場に行っていたようなオタクたちがコロナでイベントがなくなって、どこに行ったらいいかわからない状態になった時に、VTuberの周りに高まれる音楽があるみたいな。

そういう意味でも、バーチャルライブの世界には可能性を感じています。タレントさんが空を飛びながら歌うこともできるわけですよ。現実ではなかなか見れない幻想的な光景の中で歌うっていう演出もできるわけで、それが実現できるかもというワクワク感はカルチャーに音楽が普及した段階で思っていました。

特に印象に残っている楽曲やライブはありますか?

D.watt 周防パトラさんの3周年ライブが印象深いですね。秋葉原の街が3Dになっていて、その中をパトラさんがいろいろ話しながら歩いていって、フィールドマップからダンジョンに移って ステージの方に立って歌うみたいな感じのストーリー仕立てになっていて。VTuberのステージを見るんだったら、こういう要素は絶対あってほしいよなという要素が全て実現できていた感じがしました。リアルの限界を取っ払う力みたいなものをちゃんと発揮していたライブだったと思います。

2022年に行われた周防パトラの3周年ライブ(冒頭部分)

まろん お仕事として関わらせていただいたということもあるんですけど、フジテレビさん主催のV-Carnivalのライブ演出が印象的でした。プロのテレビのチームが作っているので、僕らがVTuberのライブをこのクオリティで見たかったという映像がプロのカメラワークで実現されているわけですよ。加えて全編ARの講演で、時にはリアルゲストと同じ絵面で共演するんですが、それにまったく違和感がない。コスプレイヤーのえなこさんや叶姉妹とバーチャルアーティストが一緒の画面に映っていたり、ありえない光景なんですけど、技術的に違和感がなく見えるような作りをしていて。これがまさにバーチャルとリアルの融合を果たしたエンターテイメントだなと感動したのを覚えていますね。

2022年に行われた「V-Carnival VOL.2」の告知映像

おすすめは「好きな配信者のイメージソングを作る」こと

作曲の際の基本的なセットアップや、最近のトレンドの変化に合わせて導入した機材などがあれば教えてください。

D.watt 僕は普段から東京と札幌を往復していて、遠征先に移動することが多いこともあって、あまりデカいスタジオみたいなものを構えていないんです。機材はMacBook、Cubase、外付けのオーディオインターフェースがある以外はプラグインもほぼソフトです。最近はハード機材も流行っていますけど、なかなか手に取れない状況で、基本的にはMacBook一台でやっているんですよね。自分のように外出する機会が多い人間には、Soundmainみたいなクラウドベースのサービスはめちゃくちゃ助かります。AIでミックスを助けてくれるとかいったものにも、おそらくもっといい使い方がこれから出てくるんじゃないかなと。

まろんさんはいかがでしょうか?

まろん 最近気に入っているのは、KORGさんのM1とか、TRITON とか昔のハードのプラグイン版ですね。最近自分の中の好きな音楽とか、やりたい音楽というものを考えた時に、やっぱり2007年とか2008年とか10年前のあの空気感をもう一回やりたいなと思っていて。ちょうどその辺りの音が出せるのがこのM1だったりTRITON になります。あとは、Roland CloudというWebベースで使えるRolandさんの過去のプラグイン集。『東方』のZUNさんが使っている、いわゆる「ZUNペット」というかっこいいトランペットの音源があるんですけど、実はRoland Cloudの最高額のプランに入ると使えるんですよ。僕はそのためだけに月額を払ってます(笑)。

作曲家として普段からどんな立ち回りをしているとお楽曲の依頼をもらえるのかが気になるのですが、何か意識されていることはありますか?

まろん 僕は、結果論ですが「VTuberオタクだよ」ということをTwitterとかで包み隠さずよく言うようにしています。オタクだからこそ、歌詞を書いた時にも解釈一致なものができるよねみたいな。意図的にやっているわけではないんですけど、ご依頼をいただく時も、「我々の配信をたくさん見ていただけてるまろんさんだから作詞をお願いしたいです」みたいなありがたいお言葉をいただくこともあるので、ちゃんと見てますよっていうアピールになると言いますか(笑)。初めは、仕事として研究したんですけど、もうミイラ取りがミイラになったような感覚で、今ではしっかりとVTuberを追ってます。

D.watt 僕の場合は、DJをやる機会があるので、そういう現場スタートの案件を多くいただいているなという印象があります。バーチャルアーティストの音楽が消費される場所として、(アニソンイベントの流れで)クラブで遊ぶというカルチャー が最初からあった状態だと思うんですね。そこでお酒を飲みながら実は話をしていたのが、実は運営の方だったみたいなことがあったりするんです。向こうも今までのカタログをわかってくださっていて、もし良かったらぜひみたいな話から始まって提供させてもらったとかいったこともあったので、意識して立ち回ったというよりは、そうやって自然な形で仕事に繋がってきたような気がします。

バーチャルアーティストの曲から音楽を好きになって、自分で音楽を作ってみようと思う人たちもいると思うんですが、そういう人たちに向けてメッセージをお伺いできればと思います。

まろん もし右も左も分からず手が止まってしまったら、好きな配信者のイメージソングを作ってみてください! 本当にこれに全てが詰まっていて、その人のいいところ・紡ぎそうな言葉を歌詞にして、その人が歌いやすいようなメロディを作るという練習にもなります。どんなに拙いものでも、一番だけでもいいので作り切ってみてください。実際に、ファンが作ったイメージソングがタレントさんの楽曲になる例が過去いくつかありました。なので、作ったイメージソングをインターネット上に上げるというところまでぜひやってみるといいんじゃないでしょうか。僕も初めは大好きなアニメの『ベイブレード』のことをイメージしながらピアノで作曲したので、多分そういうものですよ。

D.watt 今は始めようと思ってもそんなに初期投資がかからないですよね。親御さんが使っているパソコンを使っていいんだったらそれを使ったらいいし、その他の道具に関しても、SoundmainのようなWebベースのサービスを使ったり、あるいはどのDAWにも廉価版というかスターターエディションみたいなものがあると思うので、そういうものを駆使してどんどん人の真似からスタートしていけばいいと思います。まろん君が言ったように配信者さんのテーマソングやイメージソングを作ってみるのもいいと思いますし、こういう表現をしたい、こういうのを歌ってほしいという欲望に忠実にやっていくのが一番近いんじゃないかなと思います。

取材・文:森山ド・ロ

IOSYS

1998年10月10日から活動している札幌の音楽制作チーム。
バーチャルライバー「宝鐘マリン」「しぐれうい」「月ノ美兎」「BOOGEY VOXX」などに楽曲を提供。
音楽ゲーム「BEMANIシリーズ」「CHUNITHM」「オンゲキ」「グルーヴコースター」「太鼓の達人」などに楽曲提供。
アニメ作品「THE IDOLM@STER」「ロボットガールズZ」「ディーふらぐ!」「あっちこっち」「ゆるゆり」などに楽曲提供。
東方Projectの二次創作音楽、ジャンルでは電波ソングの制作に定評があり、「スカーレット警察のゲットーパトロール24時」や「チルノのパーフェクトさんすう教室」が人気。
このほかにもDJ出演、トークやゲーム実況のインターネット生放送など活動は多岐にわたる。

https://www.iosysos.com/

D.watt/七条レタス

札幌出身。
IOSYS、USAGI Productionに所属する作編曲家/プロデューサ/DJ/おたく。
アニメ・ゲーム・ネット文化を軸とする秋葉原系ポップカルチャーに根ざし、クラブサウンドとダンスミュージックの手法を先鋭的かつポップに昇華したパフォーマンスを持ち味とする。
作編曲家/リミキサー/DJとして、アーケード音楽ゲーム・Vtuber等への楽曲提供や、自主リリース企画、国内外でのイベント出演などを中心に活動を展開している。

札幌のサークル「IOSYS」の最初期メンバーとして、同人音楽シーンで活動を開始。
2000年代後半のニコニコ動画黎明期に人気を博した東方アレンジ作品でよく知られる一方、活動の幅は「七条レタス」名義での作詞提供・シナリオ執筆なども含め、多分野に及ぶ。
現在は拠点である札幌を中心に、日本各地を股にかけながら活動中。

まろん

音楽制作集団IOSYSに所属するオタク。作詞・作編曲家・DJ。
2016年よりIOSYSに所属し、beatmaniaIIDXをはじめとした各社音楽ゲームへの楽曲提供や、VTuberへの楽曲提供、ライブパフォーマンスなど、東京都内を拠点に活動を行っている。
2000年代後半のニコニコ動画黎明期を彷彿とさせるような電波ソングのエッセンスを基準に、オタクのDNAを楽曲に練り込ませていく制作スタイルが特徴的。
A-POPクラブシーンをメインターゲットとしたDJ活動もしており、遊園地のような独自の世界観でフロアを圧倒するパフォーマンスに定評がある。

■代表作
・Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆ / 作詞
・#しゅきしゅきぴっぴっぴ♡ / 作詞・作編曲
・ホイホイ☆幻想ホロイズム / 作詞・編曲
・マツヨイナイトバグ / 作詞・編曲
・東方オトハナビ(CD) / 企画プロデュース、制作進行
・音楽ゲーム楽曲(beatmania IIDXなど)
など

[活動実績一覧]
https://note.com/maron47/n/nc5f86a2b3045

[制作動画まとめモーメント]
https://twitter.com/i/events/1257674755181666306