2022.11.04

シャノン インタビュー ボカロは既存ジャンルの夢を見る? アニメMVも手がけるマルチクリエイターの思考法

2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

第6回に登場するのはシャノン。2017年にボカロPとして活動を始めて以来、ダブステップを独自解釈したサウンドやロック~ジャズを横断する自由な楽曲展開、自身が制作するアニメーションMVが織りなす作り込まれた世界観で人気を集めてきた。また最近ではシンガーへの楽曲提供を務めるほか、はるまきごはん主宰のアニメーション映像制作スタジオ「スタジオごはん」へも参加。各方面で活躍するマルチクリエイターだ。今回はその創作の原点や背景について、「カニカマ」という象徴的なキーワードを交えてたっぷりと語ってもらった。

シャノン「僕らの最終戦争」

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ボカロ=「カニカマ」。その真意とは?

まずは音楽遍歴についてお伺いしたいのですが、どのような音楽を聴いてきたのでしょうか?

母親が胎教としてモーツァルトをずっと聴いていたらしいので、多分それが最初に聴いた音楽だと思います(笑)。それはともかく、自分から能動的に聴いた最初の音楽は中島みゆきです。9歳ぐらいの頃だったと思うんですけど、親が『大吟醸』というベストアルバムを聴いていたのをそばで一緒に聴いていて好きになって、その当時の中島みゆきの最新アルバムをねだって買ってもらったような記憶があります。それに、その頃からゲームをプレイし始めたので、ゲームミュージックも聴くようになりました。記憶にあるのは『がんばれゴエモン』『ドラゴンクエスト』『塊魂』ですね。どれも音楽が素晴らしい作品で何度も聴いていたので、原体験として強く印象に残っています。

中学生の頃からはニコニコ動画を見るようになって、アニソンやボーカロイド、東方Projectに出会いました。アニソンを歌う歌手で一番好きだったのが石川智晶さんです。アニメ『ぼくらの』のオープニングテーマである「アンインストール」が有名だと思うんですけど、自分はNHKで放送されていたアニメ『エレメントハンター』のオープニングテーマ「First Pain」とか、『機動戦士ガンダム』シリーズでの楽曲を聴いて好きになりましたね。また、その頃は東方Projectにもハマっていて。ゲームにハマったというよりは先に音楽を好きになって、その後からゲームもプレイするようになりました。もちろんボーカロイドもいろいろと聴き漁っていて、2010年~2013年のボーカロイドシーンの最初の最盛期に当たる頃はすごく聴いていました。『カゲロウプロジェクト』やハチさんの楽曲はリアルタイムで楽しんでいましたね。

石川智晶「First Pain」

2013年末の頃からはマスロックやポストロックを雑多に漁るようになりました。このアーティストが本当に好きで聴いていたという熱狂があったわけではなくて、受験の時期だったこともあって勉強用のBGMとして色んな楽曲を聴いていた感じです。可能な限り思い出してみたんですが、toeやPeople In The Box、ピアノ系だったらmouse on the keysなどを聴いていました。それと、センター試験まであと1ヶ月という大事な時期に友人に誘われて初めてゲームセンターに遊びに行ったんですよね。ちょうどこの頃はKONAMIの音ゲーが流行っている時期で、「jubeat」などの筐体がズラッと並んでいたんです。そこで初めて音ゲーの音楽というか、クラブミュージックの一端に触れました。

People In The Box「ニムロッド」
mouse on the keys「最後の晩餐」

大学生になってからは勉強用のBGMとして色んな楽曲を雑多に聴いていました。DE DE MOUSEとか、Schroeder-Headzとか。あと、あるとき変な音楽を探したいと思って偶然見つけた、Farmers Marketというバンドの「Kind of Blues」という楽曲は印象に残っています。ブルガリアのフォークソングをルーツとした謎のリズムの楽曲でした。それに、ルームシェアをしていた友人の影響で食事中にFM802がずっと流れていたので、それまであまり聴いてこなかったJ-POPにも触れるようになりました。

Farmers Market「Kind of Blues」

最近だと、参考になるんじゃないかと思ってジャズなども聴くようにしていますね。

その中でも特に今の音楽に影響を受けたと感じるアーティストはいますか?

それぞれのアーティストから少しずつ影響を受けているので誰かひとりを挙げるのは難しいですが、やはり最初に挙げた中島みゆきですね。メロディを作るときはその影響が出ているかなと思います。ちなみに、はるまきごはんさんも僕と同じ時期に中島みゆきの同じアルバムを聴いていたらしくて、はるまきごはんさんの楽曲を聴いていても中島みゆきの影響を感じます。

中学生の頃に東方Projectやボーカロイドを聴いていたとのことですが、どういうところに魅力を感じていましたか?

ハマった理由としては、言ってしまえば中学生の最も多感な時期に出会ったからだと思うんですよね。あとは東方Projectはインディーズゲームだし、ボーカロイドは同人音楽なので、そういうアングラ感も良かったのかもしれません。本流からズレているところに魅力を感じる気質なので、そういうところが自分に合っていたんだと思います。

音楽制作を始めたきっかけと、ボカロPを始めたきっかけについて教えてほしいです。

音楽制作を始めたきっかけは東方Projectですね。当時は作曲といえば紙に譜面を書くものだと思っていたし、楽器が上手く弾けなければいけないと思い込んでいました。でも東方Projectに出会ったのがきっかけで、コンピューターを使えば楽器が上手くなくても、譜面が読めなくても作曲ができるし、演奏もできるということを知って。はじめはMIDIを打ち込んでMIDIのまま再生する、音楽制作というよりはカラオケ音源を作る「MIDI譜面制作者」みたいなことをしていました。小さい頃にエレクトーンを習っていたこともあり、コードについて多少の知識があったのでだいぶ作りやすかったです。また、当時は音源を持っていなかったので、MSGS(Microsoft GS Wavetable SW Synth)というWindowsに搭載されているMIDI音源を使って東方アレンジを作ったり、友達が作っていたゲームのBGMを作ったりしていました。

高校生になる頃にはやっぱりMIDIシーケンサーだけでは物足りなくなってしまったので、ReaperというDAWの試用版を使い始めました。それで東方アレンジを作り、2013年頃にニコニコ動画に初めて投稿したんです(今と同じアカウントで投稿したので、遡ってもらえれば見つかると思います)。その後、アレンジだけじゃなくオリジナルも作ってみようかなと思い、2015年頃にCubaseとMegpoid(GUMI)を買いました。最初に作ったのは「カゲロウデイズ」のカバーだったと思います(これはどこにも投稿していないです)。だけど、操作が難しく調声もあまり上手くいかないし、大学も忙しくてなかなか次を作る気になれなかったので、しばらく押入れにしまったままでした。

その意識が変わったのは2017年7月で、ハチさんの「砂の惑星」が投稿されたのがきっかけでした。当時はボーカロイド楽曲を聴いていなかった時期だったんですけど、ハチさんが4年ぶりに楽曲を投稿したとなるとやっぱり気になるので、聴きにいったんですよね。<思いついたら歩いていけ 心残り残さないように> という歌詞があるんですが、それがとても響いて、今なんとかしなきゃ心残りに感じるだろうなと思ったので、押入れのGUMIを再び取り出して作り始めました。ボカロPを始めたのはそこからになりますね。

ボカロPとしての初投稿曲「七月十九日は永遠に」

色々なボーカロイドがある中でGUMIを選んだ理由は何でしょうか?

それは自分でもすごく謎だなと思っているんですけど、やっぱり中心から外したかったんだと思います。初音ミクが一番使われているし、鏡音リン・レンは扱いが難しそうだし、声が好きなGUMIにしようかなと。ハチさんもGUMIを使っていましたし、monaca:factoryさんがGUMIを使った「ロゼッタ」というすごい楽曲を投稿していて驚いたこともあるかもしれません。


monaca:factory「ロゼッタ」

最初期の楽曲にはポストロックやマスロックのエッセンスが目立つのですが、「アンダーグラウンドと地生魚」以降はダブステップのようなワブルベースや電子的なビートが大々的に導入されています。この背景について教えてください。

基本的に成人するまでの間に聴いた音楽の蓄積を縦に切って作っているような感じなので、その時期に聴いていた音楽が変わったから作風が変わった、影響を受けたとは限らないんですが、一作目(「七月十九日は永遠に」)に関しては明確にトーマさんの影響だと思います。途中で作風が変わった理由は打ち込みだと限界があったからですね。

シャノン「アンダーグラウンドと地生魚」

改めて考えてみると、やっぱり自分の音楽遍歴というか音楽の聴き方に特徴があるような気がします。色んな音楽ジャンルがあると思うんですけど、最初に本場の音楽を聴かないで、その音楽を取り入れたゲームミュージックやアレンジ作品を先に聴いちゃうんです。例えばシューゲイザーに関しては、ニコニコ動画に「東方靴凝視」という東方のシューゲイザーアレンジにつけられるタグがあるので、まずはそれを聴いてから本場のものを聴きに行くみたいな感じで。同じように、ダブステップだったら音ゲーを経由してSkrillexを聴いたりしたんですが、どうしても「いかつすぎる」と思ってしまうんですよ。

どの音楽ジャンルもそうだと思うんですけど、その本場で音楽をしている人はその土地の感覚というか、文化や民族性のような故郷の匂いをまとっていると感じるんですよね。そういうものを直にぶつけられた場合は、あまりに馴染みがなさすぎて、おそらくあまり興味を持てないんだと思います。逆にその音楽の雰囲気を取り入れたものを聴いたほうが興味をそそられます。たとえばジャズに関しても、『塊魂』のサントラに収録されている「真っ赤なバラとジントニック」というジャズ風な楽曲がすごくかっこよくて、それが入り口になっていたから受け入れられたんだろうなと。この感じを、僕は「蟹」に対する「カニカマ」と言っています(笑)。

カニカマ、ですか。

はい。カニカマには「蟹になる」ことへの「憧れ」の要素があると思うんです。僕自身、音楽の原体験がゲーム音楽やボカロだし、楽器もあまりできないので、どこか本当の音楽をやっていない気がしていました。そういう欠落の裏返しが「憧れ」で、それがカニカマにしかない良さにつながっていると思うんです。たとえば、蟹料理は素材の味を活かすために焼いたり茹でたりして食べることが多いけど、カレーをかけて食べる人はいないじゃないですか。蟹を素材に持ってきちゃうとそれを主役にしないといけないように、ポストロックなら最初から最後までポストロックとして終えなくちゃいけない。でも、カニカマだったらどこに入れても良いやと思える。カレーに入れても良いし、適当にご飯に混ぜても良い。蟹というすごく敷居の高そうな素材をどこにでもぶち込めるようなフォーマットとして、カニカマがあるんじゃないかと。そのカニカマというフォーマットこそがすごくハマるような場所や組み合わせもあると感じていて、それを発見できたときはすごく嬉しいですね。

なるほど。ちなみに、「死について」からはご自身でアニメーションも制作されています。この経緯について教えていただけますか。また、影響を受けたアニメーション作品やアニメーターについても教えてください。

最初の理由としては、アニメーションを依頼する人がいなかったからですね。個人のクリエイターからの依頼も受けている作家さんがいるのは知っていましたけど、それは活動歴が長くて有名なクリエイターの方だから依頼できるのであって、僕みたいな駆け出しは依頼なんてできないと思っていたんです。だったら自分で作るしかないな、と。とは言っても「よし作るぞ」という感じじゃなくて、「なんか物足りないな」と思うところをツギハギで継ぎ足して動かしていくうちに、いつの間にかアニメーションっぽくなったというのが「死について」です。

シャノン「死について」

影響を受けたアニメーターは、これは間違いなくはるまきごはんさんだと思います。ハチさんや、ハチさんとタッグを組んでいた南方研究所からも影響を受けていると思います。wowakaさんやトーマさんもご自身でイラストを描かれることがあったので、ボカロPは自分でアニメーションやイラストを描くものだという意識もありましたね。他にもMahさんやWabokuさん、WOOMAさんもすごく憧れの存在です。


南方研究所がアニメーションを制作した、ハチ「WORLD’S END UMBRELLA」MV

あとはこむぎこ2000ですね。本人と頻繁に会っていた時期があるのですが、なんとなく食事に行ったときとかでもアニメの描き方をすごく喋ってくれるんですよね。話を聞くたびに言うことが変わるのが面白かったんですけど、彼自身もどんどん成長していくので、その変化の過程まで見れるというのは自分にとってもすごく勉強になりました。

こむぎこ2000がアニメーションを制作した、ずっと真夜中でいいのに。「勘ぐれい」MV

ボカロ周りのアニメーターばかり挙げましたけど、本職のアニメーターで憧れの人というとやっぱり庵野秀明さんだと思います。近しい何かを感じると言うのはおこがましいかもしれませんけど、 自分も人物というよりはエフェクトやメカの描写が好きなんです。彼の描いたメカの破壊シーンとかを見ていると思想を感じるというか、僕のやりたいことにも近いのですごく尊敬しています。