2022.11.04

シャノン インタビュー ボカロは既存ジャンルの夢を見る? アニメMVも手がけるマルチクリエイターの思考法

2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

第6回に登場するのはシャノン。2017年にボカロPとして活動を始めて以来、ダブステップを独自解釈したサウンドやロック~ジャズを横断する自由な楽曲展開、自身が制作するアニメーションMVが織りなす作り込まれた世界観で人気を集めてきた。また最近ではシンガーへの楽曲提供を務めるほか、はるまきごはん主宰のアニメーション映像制作スタジオ「スタジオごはん」へも参加。各方面で活躍するマルチクリエイターだ。今回はその創作の原点や背景について、「カニカマ」という象徴的なキーワードを交えてたっぷりと語ってもらった。

シャノン「僕らの最終戦争」

ボカロ=「カニカマ」。その真意とは?

まずは音楽遍歴についてお伺いしたいのですが、どのような音楽を聴いてきたのでしょうか?

母親が胎教としてモーツァルトをずっと聴いていたらしいので、多分それが最初に聴いた音楽だと思います(笑)。それはともかく、自分から能動的に聴いた最初の音楽は中島みゆきです。9歳ぐらいの頃だったと思うんですけど、親が『大吟醸』というベストアルバムを聴いていたのをそばで一緒に聴いていて好きになって、その当時の中島みゆきの最新アルバムをねだって買ってもらったような記憶があります。それに、その頃からゲームをプレイし始めたので、ゲームミュージックも聴くようになりました。記憶にあるのは『がんばれゴエモン』『ドラゴンクエスト』『塊魂』ですね。どれも音楽が素晴らしい作品で何度も聴いていたので、原体験として強く印象に残っています。

中学生の頃からはニコニコ動画を見るようになって、アニソンやボーカロイド、東方Projectに出会いました。アニソンを歌う歌手で一番好きだったのが石川智晶さんです。アニメ『ぼくらの』のオープニングテーマである「アンインストール」が有名だと思うんですけど、自分はNHKで放送されていたアニメ『エレメントハンター』のオープニングテーマ「First Pain」とか、『機動戦士ガンダム』シリーズでの楽曲を聴いて好きになりましたね。また、その頃は東方Projectにもハマっていて。ゲームにハマったというよりは先に音楽を好きになって、その後からゲームもプレイするようになりました。もちろんボーカロイドもいろいろと聴き漁っていて、2010年~2013年のボーカロイドシーンの最初の最盛期に当たる頃はすごく聴いていました。『カゲロウプロジェクト』やハチさんの楽曲はリアルタイムで楽しんでいましたね。

石川智晶「First Pain」

2013年末の頃からはマスロックやポストロックを雑多に漁るようになりました。このアーティストが本当に好きで聴いていたという熱狂があったわけではなくて、受験の時期だったこともあって勉強用のBGMとして色んな楽曲を聴いていた感じです。可能な限り思い出してみたんですが、toeやPeople In The Box、ピアノ系だったらmouse on the keysなどを聴いていました。それと、センター試験まであと1ヶ月という大事な時期に友人に誘われて初めてゲームセンターに遊びに行ったんですよね。ちょうどこの頃はKONAMIの音ゲーが流行っている時期で、「jubeat」などの筐体がズラッと並んでいたんです。そこで初めて音ゲーの音楽というか、クラブミュージックの一端に触れました。

People In The Box「ニムロッド」
mouse on the keys「最後の晩餐」

大学生になってからは勉強用のBGMとして色んな楽曲を雑多に聴いていました。DE DE MOUSEとか、Schroeder-Headzとか。あと、あるとき変な音楽を探したいと思って偶然見つけた、Farmers Marketというバンドの「Kind of Blues」という楽曲は印象に残っています。ブルガリアのフォークソングをルーツとした謎のリズムの楽曲でした。それに、ルームシェアをしていた友人の影響で食事中にFM802がずっと流れていたので、それまであまり聴いてこなかったJ-POPにも触れるようになりました。

Farmers Market「Kind of Blues」

最近だと、参考になるんじゃないかと思ってジャズなども聴くようにしていますね。

その中でも特に今の音楽に影響を受けたと感じるアーティストはいますか?

それぞれのアーティストから少しずつ影響を受けているので誰かひとりを挙げるのは難しいですが、やはり最初に挙げた中島みゆきですね。メロディを作るときはその影響が出ているかなと思います。ちなみに、はるまきごはんさんも僕と同じ時期に中島みゆきの同じアルバムを聴いていたらしくて、はるまきごはんさんの楽曲を聴いていても中島みゆきの影響を感じます。

中学生の頃に東方Projectやボーカロイドを聴いていたとのことですが、どういうところに魅力を感じていましたか?

ハマった理由としては、言ってしまえば中学生の最も多感な時期に出会ったからだと思うんですよね。あとは東方Projectはインディーズゲームだし、ボーカロイドは同人音楽なので、そういうアングラ感も良かったのかもしれません。本流からズレているところに魅力を感じる気質なので、そういうところが自分に合っていたんだと思います。

音楽制作を始めたきっかけと、ボカロPを始めたきっかけについて教えてほしいです。

音楽制作を始めたきっかけは東方Projectですね。当時は作曲といえば紙に譜面を書くものだと思っていたし、楽器が上手く弾けなければいけないと思い込んでいました。でも東方Projectに出会ったのがきっかけで、コンピューターを使えば楽器が上手くなくても、譜面が読めなくても作曲ができるし、演奏もできるということを知って。はじめはMIDIを打ち込んでMIDIのまま再生する、音楽制作というよりはカラオケ音源を作る「MIDI譜面制作者」みたいなことをしていました。小さい頃にエレクトーンを習っていたこともあり、コードについて多少の知識があったのでだいぶ作りやすかったです。また、当時は音源を持っていなかったので、MSGS(Microsoft GS Wavetable SW Synth)というWindowsに搭載されているMIDI音源を使って東方アレンジを作ったり、友達が作っていたゲームのBGMを作ったりしていました。

高校生になる頃にはやっぱりMIDIシーケンサーだけでは物足りなくなってしまったので、ReaperというDAWの試用版を使い始めました。それで東方アレンジを作り、2013年頃にニコニコ動画に初めて投稿したんです(今と同じアカウントで投稿したので、遡ってもらえれば見つかると思います)。その後、アレンジだけじゃなくオリジナルも作ってみようかなと思い、2015年頃にCubaseとMegpoid(GUMI)を買いました。最初に作ったのは「カゲロウデイズ」のカバーだったと思います(これはどこにも投稿していないです)。だけど、操作が難しく調声もあまり上手くいかないし、大学も忙しくてなかなか次を作る気になれなかったので、しばらく押入れにしまったままでした。

その意識が変わったのは2017年7月で、ハチさんの「砂の惑星」が投稿されたのがきっかけでした。当時はボーカロイド楽曲を聴いていなかった時期だったんですけど、ハチさんが4年ぶりに楽曲を投稿したとなるとやっぱり気になるので、聴きにいったんですよね。<思いついたら歩いていけ 心残り残さないように> という歌詞があるんですが、それがとても響いて、今なんとかしなきゃ心残りに感じるだろうなと思ったので、押入れのGUMIを再び取り出して作り始めました。ボカロPを始めたのはそこからになりますね。

ボカロPとしての初投稿曲「七月十九日は永遠に」

色々なボーカロイドがある中でGUMIを選んだ理由は何でしょうか?

それは自分でもすごく謎だなと思っているんですけど、やっぱり中心から外したかったんだと思います。初音ミクが一番使われているし、鏡音リン・レンは扱いが難しそうだし、声が好きなGUMIにしようかなと。ハチさんもGUMIを使っていましたし、monaca:factoryさんがGUMIを使った「ロゼッタ」というすごい楽曲を投稿していて驚いたこともあるかもしれません。


monaca:factory「ロゼッタ」

最初期の楽曲にはポストロックやマスロックのエッセンスが目立つのですが、「アンダーグラウンドと地生魚」以降はダブステップのようなワブルベースや電子的なビートが大々的に導入されています。この背景について教えてください。

基本的に成人するまでの間に聴いた音楽の蓄積を縦に切って作っているような感じなので、その時期に聴いていた音楽が変わったから作風が変わった、影響を受けたとは限らないんですが、一作目(「七月十九日は永遠に」)に関しては明確にトーマさんの影響だと思います。途中で作風が変わった理由は打ち込みだと限界があったからですね。

シャノン「アンダーグラウンドと地生魚」

改めて考えてみると、やっぱり自分の音楽遍歴というか音楽の聴き方に特徴があるような気がします。色んな音楽ジャンルがあると思うんですけど、最初に本場の音楽を聴かないで、その音楽を取り入れたゲームミュージックやアレンジ作品を先に聴いちゃうんです。例えばシューゲイザーに関しては、ニコニコ動画に「東方靴凝視」という東方のシューゲイザーアレンジにつけられるタグがあるので、まずはそれを聴いてから本場のものを聴きに行くみたいな感じで。同じように、ダブステップだったら音ゲーを経由してSkrillexを聴いたりしたんですが、どうしても「いかつすぎる」と思ってしまうんですよ。

どの音楽ジャンルもそうだと思うんですけど、その本場で音楽をしている人はその土地の感覚というか、文化や民族性のような故郷の匂いをまとっていると感じるんですよね。そういうものを直にぶつけられた場合は、あまりに馴染みがなさすぎて、おそらくあまり興味を持てないんだと思います。逆にその音楽の雰囲気を取り入れたものを聴いたほうが興味をそそられます。たとえばジャズに関しても、『塊魂』のサントラに収録されている「真っ赤なバラとジントニック」というジャズ風な楽曲がすごくかっこよくて、それが入り口になっていたから受け入れられたんだろうなと。この感じを、僕は「蟹」に対する「カニカマ」と言っています(笑)。

カニカマ、ですか。

はい。カニカマには「蟹になる」ことへの「憧れ」の要素があると思うんです。僕自身、音楽の原体験がゲーム音楽やボカロだし、楽器もあまりできないので、どこか本当の音楽をやっていない気がしていました。そういう欠落の裏返しが「憧れ」で、それがカニカマにしかない良さにつながっていると思うんです。たとえば、蟹料理は素材の味を活かすために焼いたり茹でたりして食べることが多いけど、カレーをかけて食べる人はいないじゃないですか。蟹を素材に持ってきちゃうとそれを主役にしないといけないように、ポストロックなら最初から最後までポストロックとして終えなくちゃいけない。でも、カニカマだったらどこに入れても良いやと思える。カレーに入れても良いし、適当にご飯に混ぜても良い。蟹というすごく敷居の高そうな素材をどこにでもぶち込めるようなフォーマットとして、カニカマがあるんじゃないかと。そのカニカマというフォーマットこそがすごくハマるような場所や組み合わせもあると感じていて、それを発見できたときはすごく嬉しいですね。

なるほど。ちなみに、「死について」からはご自身でアニメーションも制作されています。この経緯について教えていただけますか。また、影響を受けたアニメーション作品やアニメーターについても教えてください。

最初の理由としては、アニメーションを依頼する人がいなかったからですね。個人のクリエイターからの依頼も受けている作家さんがいるのは知っていましたけど、それは活動歴が長くて有名なクリエイターの方だから依頼できるのであって、僕みたいな駆け出しは依頼なんてできないと思っていたんです。だったら自分で作るしかないな、と。とは言っても「よし作るぞ」という感じじゃなくて、「なんか物足りないな」と思うところをツギハギで継ぎ足して動かしていくうちに、いつの間にかアニメーションっぽくなったというのが「死について」です。

シャノン「死について」

影響を受けたアニメーターは、これは間違いなくはるまきごはんさんだと思います。ハチさんや、ハチさんとタッグを組んでいた南方研究所からも影響を受けていると思います。wowakaさんやトーマさんもご自身でイラストを描かれることがあったので、ボカロPは自分でアニメーションやイラストを描くものだという意識もありましたね。他にもMahさんやWabokuさん、WOOMAさんもすごく憧れの存在です。


南方研究所がアニメーションを制作した、ハチ「WORLD’S END UMBRELLA」MV

あとはこむぎこ2000ですね。本人と頻繁に会っていた時期があるのですが、なんとなく食事に行ったときとかでもアニメの描き方をすごく喋ってくれるんですよね。話を聞くたびに言うことが変わるのが面白かったんですけど、彼自身もどんどん成長していくので、その変化の過程まで見れるというのは自分にとってもすごく勉強になりました。

こむぎこ2000がアニメーションを制作した、ずっと真夜中でいいのに。「勘ぐれい」MV

ボカロ周りのアニメーターばかり挙げましたけど、本職のアニメーターで憧れの人というとやっぱり庵野秀明さんだと思います。近しい何かを感じると言うのはおこがましいかもしれませんけど、 自分も人物というよりはエフェクトやメカの描写が好きなんです。彼の描いたメカの破壊シーンとかを見ていると思想を感じるというか、僕のやりたいことにも近いのですごく尊敬しています。

トラックメイクの考え方も「カニカマ」で

音楽の制作環境について教えてください。

割とひどい環境だと思うんですけど、MacBookにCubaseをインストールしていて、友人から譲り受けたオーディオインターフェイスを接続して、そこにAppleの純正イヤフォンを挿して……MIDIキーボードもなく、マウスで打ち込んでいるので、本当にこれだけです。本当はモニタースピーカーを使いたいんですけど、家が狭くてスピーカーで音を出したら怒られちゃうので。ミックスとマスタリングはさすがに、最近はエンジニアさんにお願いすることにしています。

音楽制作の際はどのような手順で作っているんでしょうか?

歌の入っている楽曲に関しては、まずはテーマをひとつ決めることが多いです。もしくは、歌詞とメロディが組み合わさったものでなにか素晴らしいと感じるものを思いついたら、その背景となるようなテーマを考えるようにしています。最初に歌詞とメロディを思いついたときのほうが作品の出来は良い気がしますね。

トラックも、歌詞とメロディの組み合わせがあったときに、それに合う音を先にイメージしてしまうことのほうが多いかもしれないです。そこで作品の方針を作っておいて、それを実現するために作っているから、特にどこから作るという感じではないですね。強いて言えば、リズム隊から作ることが多いかもしれないです。リズムは実際に打ち込んでみないとイメージしにくいので、まずリズムを打ち込むようにしています。

テーマが先に決まっていて、その雰囲気に合うものを作るというのは、もしかしたらゲームミュージックの作り方に近いかもしれないですね。

確かに。ただ自分には音楽を作るときの常套手段みたいなものはなくて、毎回テーマからアイディアを膨らませながら一から組み立てる感じです。

他の人はこんな作業や機材の使い方はしないだろう、というような工程はありますか?

最近は実際にギターを弾いてもらうようになったのであまりやっていないんですけど、打ち込みギターで他の人がしないような使い方をしているかもしれないです。Cubaseの付属音源にひとつだけ使えるギターの音源があって、それにアンプシミュレーターを2段がけして間にコンプレッサーを挟むと、ペラペラだった音がマシになるんですよね。

ギター音源の打ち込みだけだと表現に限界があるから、初期はアルペジオ主体で成立するマスロックになっていたんでしょうか?

そうなんです、正解です(笑)。そもそもなぜマスロックなのかというと、このやり方だとそれしかできないなという感じがしたからだと思います。打ち込みのギターでもこういう感じならなんとかできそうだなって。

その後も5~6作目までは打ち込みで作っていましたが、それだけではできることに限界があるなと感じたので、近作では実際にギターを弾いてもらっています。

「こわいものがみたい」や「ヨミクダリの灯」では、日本的なポップスとダブステップが他に類を見ない形で融合していると感じるのですが、制作時のイメージや具体的な制作方法について伺いたいです。

これもやっぱり「カニカマ」の使い方だと思います。音楽ジャンルの話になると、どこで生まれて誰が作ったとか、その音楽を作っている人たちはこんなイメージがあるとか、背景や周辺の情報がつきまとってくるけど、そうしたものを切り離して音そのものを見る。蟹という生物で見るんじゃなくて、味そのものに着目する。そう考えると、日本的なポップスとダブステップの組み合わせは割とアリなのかなと思ったんですね。

シャノン「こわいものがみたい」

ダブステップで使われているワブルベースの音に対してエイリアン的なイメージを持っている人はけっこういると思うんですけど、日本的な気持ち悪くてぞっとするようなイメージにも近いのかなと思ったんですよね。『もののけ姫』に登場するタタリ神のように、どろどろとした生き物みたいな。

楽曲を聴いていて、ワブルベースの音はなにかのメタファーというか、おどろおどろしい何かをイメージしているのかなと感じました。

「ヨミクダリの灯」でのあの音は、産道を通って下に落ちる音をイメージしていて。夢分析の研究によると、生と死のせめぎ合うような特定の体験を経ると「黄泉に下る」といった神話を模したような夢を見るらしいんですね。そうしたイメージと、音が醸し出すイメージを繋げて作った気がします。

シャノン「ヨミクダリの灯」

「深夜徘徊」ではUKガラージや2ステップのようなビートを感じましたが、これはそうしたジャンルを意識して作ったのでしょうか?

たぶんジャンルは意識していないと思います。もしかしたらどこかで聴いたことがあるかもしれないけど、そのジャンルで本物とされている音を知らずに、すでにいろんなジャンルと混ざったものを聴いてきたので、無意識に出たものかなと思います。

シャノン「深夜徘徊」

最近の楽曲では、はるまきごはんさんや遼遼さんがギターを演奏していますが、その経緯を教えてください。

まず、ギターの演奏を依頼しようと考えたきっかけについては、先程も話したようにギター音源の打ち込みに限界を感じたからですね。でも、他人にギターを弾いてもらうことに最初はすごく抵抗があったんです。楽曲中のギターの音は大事な臓器のような存在なので、それを取り替えてしまうと別人の音楽になってしまうんじゃないかと感じていました。でも、やっぱり楽曲は良くしたいからそうも言っていられなくなったのではるまきごはんさんに相談したら、幸いなことに弾いていただけることになりました。

はるまきごはん「フォトンブルー」(シャノンさんセレクトのギターの音が印象的な楽曲)

遼遼さんに関しては、以前からギターの音が好きだと思っていたので候補に挙がっていたんですが、声をかける勇気がなかなか出なかったんです。でもその後に遼遼さんの知り合いの知り合いみたいな人と繋がったので、声をかけたら弾いてくれることになりました。お二人とも編曲をされる方なので、単に指示した音を弾いてくれるだけじゃなくて編曲でどう使われるかまで考えて弾いてくれるし、意見もくださるのですごくありがたいですね。

ルワン(=遼遼の別名義)「ジャイアントキリング」(シャノンさんセレクトのギターの音が印象的な楽曲)

ギターの演奏にはどのようなオーダーをしているのでしょうか?

基本的に、僕が打ち込んでMIDIに出力したものを渡して、コードはこれでお願いしますというのを伝えています。本来はリズム譜も作ったほうがいいと思うんですけど、お二人はMIDIで打ち込んでくれればできますと言ってくれるので、そのまま渡しています。その際に2~3時間ほど打ち合わせして、このパートはこういう音作りをしようという方針を決めて、それを弾いてもらったものを聴いてフィードバックしてというやり取りを繰り返して作っています。

音作りはシャノンさんとギター担当の方、どちらが担当されているのでしょうか?

アンプのいじり方がわからないので、音作りはお二人それぞれにお任せしています。僕は音を確認するだけですね。リファレンスがあるときはこういう音に近い音がいいですとお伝えすることもありますが、それ以外はこれっぽくしたいですというのをなんとか言葉にして、お二人に音をいじっていただくという感じです。

特にロック系の楽曲では、BPMや曲調が大きく変化することも特徴的です。こうした楽曲の展開はどのように構想するのでしょうか?

これは行き当たりばったりで作っているからかもしれないです。でも、ちょっと驚かせてやろうみたいな気持ちはありますね。僕が音楽を聴いたときに記憶に残ったり感動したりするところって、曲調が変化するところだったりするんです。驚きを感じる音楽を聴くのが好きだし、自分の楽曲でもそれを表現したいと思っているので、そういうことを意識しながら作っています。曲調の変化はギミックとして取り入れているので、すべてに意味があるわけじゃないですけど、ストーリーに合わせた意味のある展開ももちろんあります。でもそれはわかりやすい変化じゃなくて、リズムや音使いなどで暗示的に表現するようにしています。

ジャズ風のパートが差し込まれることも多いですよね。

ジャズの「カニカマ」は最近のマイブームで、まだ模索中なんですけどテーマとも結構関わっていると思います。ジャズにどのような印象を持つかは時代によって違うと思うんですけど、昔だったらもっと大衆的なものだったし、現在では古典的というか格式高い雰囲気があるような気がしますよね。そうした印象の変化みたいなところに踏み込む余地があるなと思っていて。ジャズを使うと大人っぽい雰囲気が出てしまうけど、逆に子供っぽさを表したいなと考えているんです。子ども番組を見ているような感じですね。

シャノン「四十九日」

子ども番組に流れている音楽って意外と格式高いというか、かなり考えられていて洗練されている音楽が流れていますよね。それに義務教育では日本の古典音楽や世界の名作も歌うじゃないですか。そうしたこともあって、ジャズなどの古典的な作品を聴くと子どもの頃を思い出すことがある。それを誘発するためにどの程度ジャズの要素を盛り込めばいいのかは模索中です。

先ほどのワブルベースの話にもありましたが、音が持つイメージを利用するために使っているという感じでしょうか?

それはあると思いますね。それぞれの音があるものを象徴していて、この音を使うとこういう感じになるという知見がここ数年でだいぶ蓄積できたなと思います。

ボカロシーンならではの「音楽と絵の両方をやる」面白さ

ボーカロイドのことはどのような存在として認識していますか?

人間なのか機械なのかという捉え方の議論はたくさんありますけど、僕はどっちでもいいかなと思っています。ただ、究極的には最も中立な歌手だと思いますね。人間の声には自我があって、先ほどのカニカマの話じゃないですけど、欠落を埋めようとする意識が働くことがあると思うんです。そのこと自体は個性というものの源泉であり素晴らしい一方で、作曲者からすると歌手の意識や癖みたいなものを汲む必要が生じる。

僕が作ろうとしている音楽は感情的に歌ってほしいものではないんですよね。何かが起こっていても、それを俯瞰しているようなものを目指している。例えば死についての歌を悲しく歌ったら、それは死を悲しいと思っている人の視点からの歌じゃないですか。それって一方向的だし、もしかしたら死んでしまった人は死を悲しんでいないかもしれないと思う。そういうテーマについてもボーカロイドは中立的に歌ってくれるから素晴らしいと思います。

なるほど。では、ボーカロイドの調声の際に意識していることや具体的な方法などはありますか?

調声方法に関しては、はるまきごはんさんの講座を参考にしています。あまり知られていない講座かもしれないですけど、それを見て勉強したので、大体の技術的なことはそこから来ているかなと思います。それ以外のことは特に何もしていないです。そのまま打ち込んだ方が感情が入っていないように聞こえるし、それが良いなと思っているので基本的にはそのままにしています。

はるまきごはんによるボーカロイド講座

人間のようにリアルに歌うよりは、ナチュラルに歌うほうが目指しているものに近いという感じでしょうか?

というか前提として、ボカロ以前には一般の人が人間が歌っている以外の歌を聴く機会は限られていたと思うので、そもそも「リアルに歌う」以外にナチュラルと言える歌が世の中に存在しなかったと思うんです。その一方で、ボカロにとってのナチュラルはベタ打ちなので、そこからどのように歌わせたいか、みたいなことだと思うんですよね。自分がそこから人間寄りの歌い方にしたいかと言われると、別にそうとは思わないです。だけど、言葉ははっきり聞こえてほしいとは思ってます。言葉が聞き取れないのはまずいと思うので、人間らしくなくてはいいけど聞き取れる、くらいの感じで作っています。

特に好きなボカロPや、最近注目しているボカロPを教えてください。

好きなボカロPはやっぱりはるまきごはんさんですね。ボーカロイド楽曲に限らず、楽曲というものには文学性、哲学性、アイディア、音……などそれぞれ重視しているものがあると思うんですけど、はるまきごはんさんは哲学性重視だと思うんです。文学性との区別でいうと、文学性重視だと日常的なことでもあの手この手で語り尽くすような感じなのに対して、哲学性重視だと言っている内容自体がすごいみたいな感じです。はるまきごはんさんの、特に最近の楽曲はまさにそういう歌詞で。たとえば最近リリースされたアルバム『幻影EP-Envy Phantom-』の楽曲は哲学性が強くて抽象的ではあるんですけど、その物語に登場する人物がリアルに作り込まれているので、その人物の感情からすっと入り込めるような作りになっているので素晴らしいんです。他にはない唯一無二の作風だから、自分もそれを目指しています。

はるまきごはん『幻影EP-Envy Phantom-』全曲クロスフェード

それに、音楽と絵の両方を自分で作っているボカロPさんにも注目していますね。中国の方なんですけど、負二価-さんは音楽と絵の両方をやっていてすごいなと思います。あとはMiwoさん。楽曲を作りながらTwitterにデッサンなども上げていて、今度から美大にも通われるみたいなんですけど、絵も音楽も素晴らしいですね。

負二価-「小陽春」
Miwo「骸骨と羽ペンのある静物」

他には椎乃味醂さんやにほしかさんが好きで、彼らはDTMが上手だなと思います。DTMが上手いというのは、小気味良い音を生み出すのが上手というか、言い表すのが難しいんですけど……。ボカロPの中には楽器が得意な人、トラックメイカーみたいな人、そしてDTMが上手い人がいると思うんですが、彼らには勝手ながら僕と近しいものを感じていますね。

椎乃味醂「ただ一度とないあの夏へ」
にほしか「夜の自販機」

ボカロシーンやボカロカルチャーのどのような部分に面白みを感じていますか?

夜中の3時にニコニコ動画を見てしょうもないコメントを打つことが(ボカロカルチャーの)醍醐味だと思うんですよね。実のあるコメントじゃなくてしょうもないコメントで溢れてほしいし、しょうもないアンチもついてほしい。そういう感じであってほしいなと。

そういう意味では、自分にとってのボカロシーンは音楽という「蟹」に対する「カニカマ」みたいな感じなのかもしれないです。いろんな音楽ジャンルが培ってきた歴史や音から、どこか外れた人たちもいられるのがボカロシーンなんじゃないかと。頑張ってそれを中心にしようと運動していた人たちもいると思うんですけど、僕はカニカマで楽しめば良いと思うんですよね。

ボーカロイドで良いものを作ったら、コメントで「ボカロに歌わせるのはもったいない」「ボカロじゃなくて人間の声でやるべきだ」「才能の無駄遣い」と言う人がいますけど、正しい反応だと思うんです。僕はそれを褒め言葉だと思うし、本流じゃないところで良いものを作れたんだと思えるから、言われたら嬉しいですね。そういう眼差しがあるのが、ボーカロイドシーンの醍醐味なんじゃないかなと思います。

ありがとうございます。ちなみに、そんなシーンの中でコレクティブ的に活動している珍しい集団として、シャノンさんも関わっている「スタジオごはん」があると思います。これについても教えていただけますか?

「スタジオごはん」は、はるまきごはんさんの夢を実現するための組織ですね。夢を作るのはあくまではるまきごはんさんで、周りの人たちはそれをサポートする役割です。特にアニメーションを作るにはひとりじゃ全く手が足りないので、それをお手伝いしています。

自分に声をかけてくださった詳しい経緯はわからないんですけど、こむぎこ2000あたりの繋がりからお声がけいただいたんだと思います。僕は「スタジオごはん」のメンバーになる以前からはるまきごはんさんのことが好きで、Twitterのidにも自主的に「gohan」と入れていたくらいなんですけど、好きな人に積極的に絡みに行くということはできなくて、こっそり覗くような感じでした。でもはるまきごはんさんのほうも僕のことを3作目を投稿した頃から知ってくださっていたみたいで、最初に話した時は嬉しかったですね。

シャノンさんやその世代にとって、はるまきごはんさんはどういった存在なのか教えてください。

2010年くらいまでは、音楽も絵も動画もなんでも自分で作れちゃうみたいなクリエイターがたまたまボカロPもやっているということが多かったと思うんですけど、最近のボカロPさんは絵や動画を他の人に依頼して、自分は音楽に徹するという人が多いと思うんです。だから、そういう人から見たらはるまきごはんさんは異質な存在に見えるんじゃないかなと。

僕個人にとっては尊敬の塊みたいな人ですね。夢の実現のために組織を作って制作をするというのはすごいですよね。実際に制作をお手伝いするようになると仕事の振り方が上手だし手際も良いので、リーダー気質な方だなとも思います。

創作における「究極の目標」

映像の制作環境についても伺いたいです。

アニメーションは基本的にiPadのCLIP STUDIO PAINTで描いています。その後にカットしたり繋げたりするときはMacBookのAdobe After Effectsで編集しています。

アニメーションを制作するのにどのくらい時間をかけているんでしょうか?

一度10ヶ月ほどかかったことがあったんですけど、さすがにこれはまずいと思って、最近では3ヶ月程度で仕上げられるように頑張っています。長期間作品を出さないと休止したのかなと思われちゃうので(笑)。

ちなみに、音楽の部分はどのくらいの期間で作るんでしょうか?

ピンキリなんですが、確実に1~2ヶ月はかかっていると思います。最近は映像と同時並行で作ることもありますね。

ストーリーはどのように構想するのでしょうか。

まずはテーマを考えて、そのテーマを象徴するようなストーリーを作るようにしています。テーマは抽象的だけどストーリーは具体的にして、ストーリー中に登場する物や人物の行動がテーマにリンクするようにしています。はるまきごはんさんの作品では、そのストーリー中のキャラクターの小さな行動などがすべてテーマに帰結するんですよね。そういうのが一番理想だと思うので、自分も目指すようにしています。

これって夢と同じだと思うんですよね。夢には突飛なものも出てきますけど、そういうものこそその人の無意識な部分を象徴しているという考え方があるんです。一見関係がなさそうでも実は繋がっている、そんな作品を作りたいなと思っています。

モチーフとして恐竜や魚がよく出てきますが、この背景を教えてください。

動物は象徴としてすごく優秀だと思うんですよね。魚は生の象徴、鳥は死の象徴みたいな考え方は古くからありますけど、それに被さる形で現れてきました。恐竜に関しても、恐竜と鳥は近縁なので、鳥のつもりで描いているんですよ。鳥として現れるはずだったものが恐竜として現れている、鳥よりも大げさに大きくて既に失われた生物が現れてしまった、というのが恐竜の意味だと思っています。

シャノン「おおきくなった恐竜」

ストーリーは楽曲ごとに完結せずに繋がっているようにも見えますが、この辺りは各々の解釈に任せているのでしょうか?

そうですね。プロジェクト名やナンバリングを書いているわけでもないけど、繋がっているつもりで作ってはいます。でも明言していないので、そこは各々の解釈に任せたいなと思っています。

シャノンさんの音楽にとって映像はどのような存在なのでしょうか?

僕にとって音楽に映像がつくことは自然なことなんですよね。その逆も然りで、映像には音楽がついているものだと思っていて。人の作った音楽を聴いても、「こういう映像が見えた」みたいな感想をよく持つんです。

でも最近は困ったこともあって、音楽と映像が喧嘩しちゃうというか、お互いを潰し合っちゃうんですよね。映像があるから音楽は多少緩慢になってもいいやとか、音楽があるから映像は多少仕上がりが粗くてもいいやみたいな。ひとりでできる作業量には限界があるのでどうしても粗い部分は出てしまうんですけど、根本的に解決するにはかなり頑張らなきゃいけないので、どうしたら良いのか悩んでいますね。

音楽も映像もすごく力が入っていますが、強いて言えばどのようなフォーマットの作品を作っているという意識なんでしょうか?

最初はよくあるようなアニメーションMVを目指していたんですが、段々とストーリー性が強くなっているんです。どちらかというと、映画を作る気持ちに近くなってきたのかなと思います。でも、やっぱりストーリーが面白くないと映画は作れないので、今の実力ではまだ難しいかなと思っていて。予算に関しても難しいので、現在のようなフォーマットで作品を作りつつ、いずれは映画のような作品を目指したいなと思っています。

音楽と映像を共に制作することのメリットや可能性についてはいかがでしょうか?

実利的なメリットはないと思うんですよね、多分損だと思います(笑)。絵師さんにイラストを依頼して、自分は音楽に集中して作品をたくさん投稿したほうが良いと思います。音楽と映像を制作することのメリットはあまり感じていないですが、手数が増えるから表現できることの幅は広がるのかなと思います。まあ、僕がやりたいからやっているというのは大いにありますね。

シャノンさんにとって創作の究極的な目標はどのようなものなのでしょうか?

現実とは違うもうひとつの世界を作って、そこに神として就職するというのが目標ですね(笑)。まずはその仕組みを作らなくちゃいけないですけど、創作の目標となると多分そういう話になると思います。

人間というのは何かを支配したい生き物だと思うんですよね。人間が人間を支配してしまうと良くない国を作ってしまうかもしれないから、僕は違う世界を作ってそこに神として就職することで、平和を保つのが一番良いのかなと考えているんです。

取材・文:Flat
編集協力:しま

シャノン プロフィール

https://twitter.com/shannon_gohan

https://youtube.com/channel/UCJIJNGZ9a53bqBdcjII4cgA