
サウンドパックカルチャーの面白さとは? 地球を3周半したバンドマン・KIHIRO(+ELEVEN)が語る
毎週Soundmainで新規リリースされているサウンドパック。その制作ディレクションを担当するKIHIROさんに、Soundmain Blogにご登場いただきました。
Loopmasters、Spliceをはじめ海外サイトはすでに地位を確立していますが、国内では当サイトを含め、まだ市場規模が小さい状況。自分のサウンドパックを作って売ることに興味があっても、どういう風に始めたらいいか迷っている音楽クリエイターの皆さんも多いのではないでしょうか?
長くバンドマンとして活動してきたKIHIROさんが、そもそもどういった経緯でこの仕事をするようになったのか。サウンドパック制作の際に心がけていること、その面白さと可能性について。音楽クリエイターのスキルを活かす新たな選択肢としてのサウンドパックカルチャーに、興味を持つきっかけになれば幸いです。

バンドマンとしてアメリカ大陸を横断
もともと帰国子女で、中学2年生の夏に帰国したということですが、当時日本に帰ってきてどう感じましたか?
自分が「アメリカノリ」だってことに気づいてないから、馴染むのが大変で。アメリカでの幼少期は勉強もできてたし、運動神経もよかったから結構オラオラしてたのが、違う形で出鼻をくじかれるっていう。そういうのに負けたくないっていう気持ちもありつつ、中3ぐらいの時にバンドに出会ったんですよね。高校生になってからちゃんとやり始めたんだけど、17歳ぐらいの時にあるリハスタがバイトとして雇ってくれて、そこで昭和のバンドマンたちに囲まれながらいろいろ学んでいきました。
高校を卒業されてからはもうずっとバンドって感じですか。
高校を卒業してすぐアメリカに行って。カリフォルニア州のロングビーチっていう街にある音楽専門のコースがある2年制の大学に入ったんですけど、ジャズとヒップホップしか(カルチャーとして根付いて)ないんですよ。いわゆる日本のスタジオに貼ってある「メン募」みたいなのもないし。1年で「人が見つかんねえ!」と思って挫折して日本に帰ってきて。
そして2000年にSupeというバンドを結成。日本での活動後、やはりその3年後には渡米しようとなったわけですよね。もう一回チャレンジしようと思えたきっかけというのは。
最初にアメリカ行ったきっかけも同じだったんだけど、要は日本でまだ英語の歌詞が受け入れられている時代じゃなかったんですよ。英語でバンドやってると売れないっていう暗黙の了解があって、それをやりたい人間としては面白くないじゃないですか。だったらいっそのことアメリカ行っちゃえというのをメンバー全員に提案して。
で、2003年に再び渡米されてからは7年。ツアーの合計距離を数えたら地球を3周半していたと。
38,000kmとかそのぐらい走って、その間に2回車が潰れました(笑)。もう本当、何もないただの道を走ってる時もあれば、パチンコ玉ぐらいの雹に振られることもあったり。竜巻があって、「やばい!」って橋の下に逃げ込むみたいな時もあったり。せっかく20万くらい稼いだギャラが、次の街に行こうって山道で事故って牽引と修理で全部飛ぶとか、そういう冒険をずっとやってましたね。
そうやってずっと巡っていく中で新しい曲を作って演奏したりということも?
そうそう、だから機材車の中で曲作ってました(笑)。当時はWindowsのCubaseをメンバーが持ってて、車の中でノートPCにオーディオインターフェースをつなげて、扉を開けてギタリストが外で弾いて作ってたり。
その時期にはもうCubaseがあったんですね。
最初にアメリカに行った頃がちょうどPro Toolsが出たぐらいか、出てもうちょっと経ったかくらいのタイミングで、学校の授業にも出てくるぐらい一般化してきてはいて。Cubaseもだいぶ使いやすくなっていたので、CubaseとかReasonとかで作曲してました。
あと今じゃもう普通ですけど、当時マイクロソフトのMSNメッセンジャーで、先にアメリカに住み着いた組とまだ日本に残ってる組とで、データをやり取りして曲を作るっていうこともしてましたね。
そんな日々が続いて、2010年にはまた帰国されたということなんですけど、それはどういった経緯で?
アメリカを拠点にしていた2006年から2010年まで、僕ら自分の家を持ってなかったんですよ。車の中か、友達の家に何週間か泊まらせてもらって、日本に帰ってきても実家がないやつは馴染みのスタジオで寝泊まりしてましたから。それに、僕らが持ってたP-1ビザ(スポーツ選手やアーティストのためのビザ)は物販なども含めて音楽で稼ぐことはできるんですけど、それだけじゃプラマイゼロぐらいにしかならないし、他の仕事はできないから、たまに日本に帰ってきて出稼ぎしなきゃいけなかった。帰国して出稼ぎしてはまたアメリカ行って……みたいな、そんな生活に限界が来ちゃったんでしょうね。メンバーが一人、もう無理って言ったことで止まってしまって。あまりにも濃い時間を過ごしていたので、誰かを代わりに入れるという選択肢もなくて。
サウンドパックで海外と日本の橋渡しを
そうして濃いバンド生活を終えても、その後も人生は続いていきますよね。そこから現在に至るKIHIROさんの歩みを聞きたいです。
Supeが終わってからLOKAという別のバンドをやって、それも結局7年間くらいの活動だったんですけど、アメリカよりもヨーロッパとか東南アジアとかに行くようになって。で、LOKAも終わったときに思ったのは、結局自分は日本人の音楽、サウンドというものを海外に持っていきたいんだと。同時に向こうで活動してた分、友達もいるからそいつらのことも日本に紹介したいという気持ちもあって。
そんな中、僕の友達がLoopmastersというイギリスに本社があるサウンド素材販売サイトで和楽器のサウンドパックを販売したいと言っていたんですけど、まあ手こずってたんですよ。音はある、でも売りたいって言っても英語で全部返ってきちゃうから、やりとりがうまくできないと。パックだけ残ってる状態になってて、もったいないじゃん、パーセンテージちょっとくれたら交渉やるよみたいな話をして。それで僕が間に立ったらパックがちゃんとできて、販売できることになったんです。
で、これが思いのほか売れるんですよ。ダンスミュージックでもないし流行りのヒップホップでもなんでもないんだけど、個性っていう意味では和楽器は日本でしか録れないよねというので。これは面白いなと思ったんですね。それで個人事業主としてとにかく仕事を受けようと思って、Loopmastersに改めて声をかけて、「日本とかもうちょっと力入れないの? 仕事あるんだったら手伝うよ?」みたいな話をしたら、ちょうど「(同社の運営している、サブスクリプション型サウンド素材販売サービスの)Loopcloudの国内マーケティングを担当してほしいんだよ」という話になって。じゃあやるやる、両方やるよみたいな感じで仕事をとったんです。
その話の流れから(編註:Soundmainのサービス設計にも初期からご協力いただいているDJ/プロデューサーの)Watusiさんと出会って、Soundmainにも関わらせていただくようになったという流れです。日本の企業のものを世界に出したいという気持ちがあったし、国産のサウンド素材販売サイトなんてものがあるんだったら絶対すごいものにしたいっていう気持ちを伝えて、じゃあいろんなアーティストに声をかけてサウンドパックを作りましょう、と。
ずっとバンド畑で活動されてきて、こういった仕事をされるようになったというのは面白いですね。
まあ自分で言うのもなんですけど、音楽をやってる仲間は世界中にたくさんいるので。それもバンドをやっていたおかげなんですよね。あとやっぱり意外と音楽を理解していてDTMも理解していて英語が話せる人間っていないんですよ。そういう意味では僕は割と特殊な業務をしているというか、人材が薄いところに立ってるなと。正直もうちょっと人手はほしいんですけどね。
自分も最近サウンドパック制作のディレクションをしてリリースしたんですけど、データの形式を揃えたり検品したり、なかなか大変で細かい作業だなと思ったし、これは単純に曲を作るということと違う何かが必要だなと思ったんですよ。そこでサウンドパックを作る上ではどういう能力が必要と感じるか、どういう人が向いているかをお聞きしたいなと。
一口にサウンド素材と言ってもビギナーとかアマチュアとかプロとか、それぞれで全然使い方は変わってくるんですけど、共通のニーズとしてあるのは、パッケージの中に個性は必ず必要ということ。ただ、同時にオールマイティに使える音も重宝されるんですよ。むしろそういう音こそプロが使いたがるものだったりする。いちいちゼロから作るのは面倒だからサウンドパックから引っ張ってこようとか、キックの音を補填するこういう周波数の音のやつはないかなとか。そういう細かいニーズに耐えられるものを、ワンパックの中にある程度は詰め込んでおく。「おっ、これは!」と立ち止まらせる部分と、ベーシックな部分のバランスが取れているかが重要だし、自分が検品するときにも気にしていますね。
ある意味では道具だからどういう風に使ってもいいわけですし、その中の全部を別に使わなくてもいいわけですし。
そうですね。やたらと個性を出してくる人とかもいるんですよ。そういう人には「やりすぎ!」って言います(笑)。「いいけど、これは多分売れないよ」って。なぜかというと使いにくいから。あくまでもやっぱクリエイターさんたちの「ちょっと足りないな」を提供するものだと思うので、そこを埋められるようなパッケージを作るっていうのが第一で、なおかつ新しいとかいい音してるとか、「これはちょっと刺激になるな」みたいなそのラインを攻めるような作り方をするのがいいんじゃないかと思っています。
サウンドパックを作る/使うことのアドバンテージとは?
サウンドパックを作ることによって、自分のアーティスト活動にフィードバックがあったりする可能性はあると思いますか?
めちゃくちゃあると思いますね。例えばDECAPっていうアーティストがいるんですけど、彼はSpliceでドラムビートのパターンだけを売って超有名になったという人で。最近だと自分のドラムビートとドラムサウンドを売るだけで資金を賄って、オリジナルのプラグインを作ったりもしていて(ちなみにこれはLoopmastersが運営しているプラグイン販売サイトのPlugin Boutiqueでも売っています!)。アメリカのビルボードトップチャートに入るようなアーティストのバックトラックに、彼の作った音が入ってるわけですよ。「こいつの音いいじゃん」っていうのは、プロならわかる。
DECAPのホームページ
https://drumsthatknock.com/
サウンドパックの制作には、通常のレコーディングよりも厳しい面があります。少しでも「プチッ」って音が入ってたらダメですからね。実はバンドでレコーディングした曲には、意外とそういうノイズが入っていたりする。「自分の曲だし、別に聞こえないからいいじゃん」が通用するから。でもサウンドパックの場合はそういうのは一切通用しない。買ってくれた人が使うのに苦労しないようなデータにするっていうことが大事なんで、そういう技術を持っているのがサウンドパックを作っているアーティストなんです。作曲やレコーディング、ミックスの技術に加えて、そういった能力が彼らにはあるということを業界の人にも知ってもらいたいですよね。
Kihiroさんは最近またバンドを始めたそうですね。
+ELEVENというバンドです。もともと友達だったメンバーとコロナ禍でもう一回何かやってみようとなって。まぁゆるい感じですが、メインコンポーザーのSOHがBABYMETALのデビュー曲とかに関わってたりもするやつなので、これまでの蓄積がいい感じで音に出ているとは思います。

動画もご自分で作られたとか。3DCGとかも使われてますよね?
そうなんです。Soundmainのサウンドパックの試聴用動画も作らせてもらってますけど、仕事を通じて学ばせてもらってますね。
サウンドパックにしてもプラグインにしてもテクノロジーの進歩とは切り離せない部分がありますが、タフなバンド生活を経験してきた KIHIROさんからすると、テクノロジーってどういうものに映りますか。
いまのバンドの曲もそれぞれ家で録ったのを組み合わせて作っている感じなんで、そういう意味ではテクノロジーを駆使してますよね。昔MSNメッセンジャーでやり取りしてたことを思うと、進歩がすごい(笑)。自分の世代だと抵抗があるやつも確かにいますけど、自分は「面白いじゃん!」ってどんどん手を出してみるタイプなんです。
Plugin Boutiqueのスタッフが言っていたことがすごいしっくりきたんですけど、もう別にいい音楽が生まれりゃそれでいいじゃんと。たくさんの人がいろんな機材やテクノロジーの使い道に気づいて、全く新しい音楽が生まれて、それがいい曲であれば俺は聞きたい、それだけだっていう。AIが勝手に生成した音楽ってなると流石にちょっと違ってくるけど、AIの機能を使って人間が作った音楽っていうのは全然ありじゃんって自分も思うし、それはサウンドパックを使うというのも同じ感覚であってほしいなって思いますよね。誰かが作った素材を使ってるから自分の作品じゃないっていう発想はいらなくない? って。それを突き詰めると「ネジを発明してないお前は、テーブルを組み立てるのにネジ使うな」みたいな話になってきちゃうから。与えられたもので自分がどんな発想をできるかチャレンジするっていうのは、すごくクリエイティブなことだと思いますね。
関わり方が変わってきつつも音楽に関わることをずっとされてきていて、モチベーションを長く保つのに一番大事なものってKIHIROさんは何だと思いますか。
20年、ただただ好きだからやってるだけなので(笑)。どのぐらい好きになれるかだと思います。甲本ヒロトさんが言っててめっちゃかっけえなと思ったんですけど、お金儲けしたいんだったらお金儲けできる仕事すればいいんですよ。音楽で儲けたいっていう邪念が入るからわけのわからないことになると。僕は音楽がすごく好きで、作るのも好きだし、音楽に付随した映像を作るのも好きで、音楽に関わってる人間たちと仕事するのも好き。好きがいっぱい結果的に音楽の周りにあるからそこでやっていれば何かと生まれてくるし、好きな気持ちなら誰にも負けないってのが結局一番のモチベーションになると思います。
みんな音楽をもっと好きになってほしいし、音楽オタクになっちゃってほしいですね。「お前もiZotopeのあの製品使ってんだ?」とか、気軽に話せるような(笑)。音楽を仕事にしてる人たちって、結局「好き」の延長なんだなってことを周りの人と話してても思う。そういう人が増えるほど、より音楽の楽しみ方も増えると思いますね。
取材・文:Soundmain編集部
+ELEVEN infomation
主催ライブ「ビッチネクスト」
日程:2022年11月22日(火)
会場:東京・新宿Zirco Tokyo
出演:+ELEVEN / JAWEYE / THE GAME SHOP / T-AK(FLOOR DJ)
前売り¥3,000-
チケット購入はこちら:https://eplus.jp/sf/detail/3702140001-P0030001
+ELEVEN Official Site:https://plus-eleven.com
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