Makoto
2019.10.08

Makotoが語る、再びピークを迎える海外ドラムンベースシーンで活動する理由(インタビュー 1/3)

行くならこれが最後のチャンスかもしれない

99年、LTJ Bukem率いる名門レーベル「Good Looking Records」と日本人初のアーティスト専属契約を結び、一躍日本クラブミュージック・シーンの“時の人”となったMakoto。

同レーベルよりファースト・アルバム『Human Elements』を全世界リリース後、DJとして世界中からオファーが殺到、国内と海外での知名度が逆転する。

現在は、ドラムンベース界の代表的アーティストLondon Elektricity率いる「Hospital Records」に所属し、昨年、再び盛り上がりを見せるドラムンベース・シーンの中心地、ロンドンに居を構え活動することを決意。

平日は楽曲制作、週末はヨーロッパ諸国でDJギグをこなす傍ら、現在は最新アルバム『Tomodachi Sessions』のプロモーションを精力的にこなしているMakoto氏にインタビューを実施した。

今回は、海外に移住して活動することの難しさやメリットなどについて語る第1回目をお届けします。

Makoto ドラムンベース
最新アルバム『Tomodachi Sessions』からのシングルカット「Shine On Through (feat. Mountain & Karina Ramage)」

不安だらけだけど、海外でやるしかない

海外に住んで1年とのことですが、1年経ってみてどうですか?

あっという間でしたね。移住する少し前からアルバムを作り始めていたので、東京で2割程度作ってからロンドンに移ってきて、それからは最近までアルバム制作に追われてました。DJで外出する以外は殆ど缶詰状態で作っていたので、ロンドンに移り住んだことも実はまだあまり実感がないんですよね。

移住する前はどのくらいの頻度で海外を行き来していたんですか?

2年前にHospitalからアルバム『Salvation』を出したことでDJギグがコンスタントに入るようになって、ここ数年は半年イギリス、半年日本という感じでした。ビザが必要になるタイミングギリギリまでいたりとか。

アルバム『Salvation』より「Salvation feat. DRS」

実はレーベルより先に、Hospital傘下のブッキング・エージェンシーと契約したんです。自分も他のブッキング・エージェンシーに移りたいなと思っていたところに、 知り合いから 「Hospitalでブッキング・エージェンシー業務をスタートさせるんだけど、どう?」って誘われて。

その知り合いは、実はGood Looking Recordsでアーティスト活動していた人で、ずっと前から知っている人だったんですよ。

そんな縁もあって、まずエージェント契約をしたんですが、契約したタイミングで新曲のデモを彼に送ったら、知らない間に勝手にレーベルに転送されてて(笑)。その流れで「レーベルとも契約しないか」っていう話になったんです。

それが3年前で、昔からの縁がどんどん繋がって今に至る感じですね。

日本とイギリスで半年ずつ過ごしていたなか、移住を決めたキッカケはあったんでしょうか?

半年もヨーロッパにいると、日本で進めていた企画も一旦ストップしないといけないし、逆に日本に戻ったら、海外で進めてたことを止めないといけないんです。これが結構大変で。

あとヨーロッパと日本の文化があまりにも違うじゃないですか。半年ぶりに日本に帰るとカルチャーショックがあって、そして半年経ってヨーロッパに行くとまたカルチャーショックを受けて…みたいな。何週間か経てば慣れるんですけど、その時間を使うのが嫌になって移住を決めたんです。

それと日本にいると、時差の関係で、海外との連絡が夕方から始まるじゃないですか。それが嫌だったことも移住した理由のひとつですね。例えばDJギグのブッキングの問い合わせとかって、すぐ返事しないとギグ自体がなくなっちゃったりするんですよ。なので夜中にメールが来たらその日のうちに返信しないといけなかったりとか。こっちの人って時差とか気にしないで仕事を進めるので(笑)。

移住することについて不安とかありました?

不安だらけでしたけど、DJの機会が海外でしかないので、もうこの形でやるしかないっていうか。でもずっと行き来していた場所でしたし、住むことをイメージできないまま移住するわけではなかったのはよかったですね。友達も沢山いますし、ここ数年間は毎年半年間住んでいたので、ある程度事前に体験できていたというか。

実際に移住するとなると就労ビザなど、色々ハードルがありますよね。

そうなんですよ、イギリスって就労ビザを取るのが凄く難しいんです。実はビザの申請をすること自体も凄く難しくて、まず最初にアーツカウンシル(イングランド芸術評議会)が許可を出さないと、ビザの申請すらできないんですよ。

若い頃からロンドンに住みたいと思っていましたけど、ビザを取るのが凄い難しいって知ってたので半ば諦めてたんです。

で、ここ15年くらいは期間限定でイギリスで仕事ができる労働許可証で対応していたんですけど、許可証で入国しようとすると毎回20分くらい待たされますし、その許可証を申請するのも1回あたり200ポンドくらいするので、毎回申請する度に「これ、どうにかならないかなぁ」と思っていて。

そんなタイミングで友達に「知り合いの弁護士に一度相談してみたら?」って言われて、試しに「自分は今までこういう実績を作ってきたんですけど…ビザ取れますかね?」って聞いてみたら、「たぶん大丈夫」「え、取れるの?!」ってなって。

それで、まずアーツカウンシルの許可を取るために、どういう曲をリリースしてきたかとか、どういうイベントに出演したかとか、今まで何をやってきたことの資料を提出しなければいけなくて。自分の名前が載ってるギグのフライヤーとかも用意したり。

あと推薦状もイギリスの会社から1通、海外の会社から1通、あとイギリスの著名人個人から1通もらわないといけなかったので、そのお願いをしたりとか。
結局1年くらいかかりましたし、お金も結構かかったんですけど、5年間のビザが取れて。そしてビザを取った理由で期間中活動していれば、永住権の申請ができるようにもなるんです。

ドラムンベースが90年代のロンドン以上に盛り上がっている

移住するならロンドンというのは決めてたんですか?

ドラムンベースがロンドンから生まれたものっていうのもありますけど、実は今、ロンドンでドラムンベースがリヴァイヴァルしてて、自分がドラムンベースを聴き始めた90年代のロンドン以上に盛り上がってるんですよ。

そうなんですね!

ダブステップが出てきたときにドラムンベースが一度殆どなくなった時期があったんですけど、その後また盛り上がってきてて。ビックリですよね。

▼2019年ドラムンベース・フェスティヴァルTOP10チャート記事▼

特にロンドンは凄いですね。Hospitalがロンドンの公園でフェスをやると1万2千人くらい来ますし、5千人以上入るPrintworksとかのクラブでも、Hospitalがイベントをやればソールドアウトするんですよ。

Hospital Recordsが主催するフェス「Hospitality In The Park 2017」のアフター・ムービー

▼イギリスのドラムンベース/シーン代表的クラブ8選▼

90年代はジャンル自体の目新しさとか、良い曲が出てて盛り上がってましたけど、今はジャンルが定着していて盛り上がってる感じですね。ただ90年代の頃は人種がミックスされてましたけど、今は白人がメインのリスナーです。

なので、盛り上がってるときに行くならこれが最後のチャンスかもしれない、これを逃したら10年くらい待たないといけないと思って。年も年だったので、ヨーロッパでやるならこれが最後かも、と。

ドラムンベース・シーンにおいては、盛り上がっている今行ったほうがいいよって、いう感じなんですね。

そうですね、ただイギリスはビザが大変なので、そこだけがハードルですよね。ドイツとかはイギリスより簡単に取れますし、ベルリンからロンドンへは2時間くらいで行けるので、ベルリンに住むことも少し考えたりもしたんですけど。

でも自分の場合は、やはりドラムンベースはイギリスだし、どうせ行くならロンドンに行かないとって思ってロンドンにしました。

DJギグをやっているMakotoさん

Makotoさんが20代の頃に行きたくても行けなかったように、日本のクリエイターが海外に移住して頑張るというのは、やはりハードルが高いんでしょうか?

難しい部分もありますよね。自分でお金を負担してDJしたりとかはできるかもしれないですけど、こっちで長く続けるためには、自分の活動から収入を得ていかないと難しいじゃないですか。

とはいえアーティスト活動で収入を得られるようになるまでに何年もかかるますし、そこまで耐えられるかどうかが大変ですよね。レーベルと契約していたりしないと難しいとも思いますし。

ロンドンで自分の活動に集中できているのは凄く幸せなこと

Makotoさんが海外で続けられていることの理由は、何だと思いますか?

タイミングが良かったっていうのがあると思います。まずドラムンベースが出てきた頃にGood Lookingと契約したっていうのが一番大きいですね。その後レーベルとは揉めたりして大変だった時期もあるんですけど(笑)、21歳くらいの頃に海外に行けたっていうのが自分的には大きかったなって思います。

今の若い子達も、このタイミングを掴まないと難しいかもしれませんね。あと何年か経つと更に難しくなっていくというか。

ロンドンで今、自分のアーティスト活動に集中できているのは凄く幸せなことだなと思います。あと何年かしたらどうなっているかわかりませんが。

音楽を作るっていっても、作りたくない音楽を作ったり、人から言われて音楽を作るのとは違って、自分から湧き出てくる音楽を作ることは全然違いますよね。
自分の音楽だけで活動できているのは凄い幸せだな、って思います。

最先端サウンド・デザインを用いた制作スキルの磨き方についてMakotoが語る第二回はこちらをご覧ください!

取材・文:岩永裕史(Soundmain編集部)

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