
トラックメイカーのための音楽理論|第3回 メロディの理論① キーとスケール
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今はループやワンショットのサンプルを組み合わせるだけでも作曲ができる時代ですが、自分でフレーズを作りたかったら「打ち込み」をする必要があります。その時問題になってくるのは、鍵盤のうちどの音を使えばいいのかという点です。そこでこの記事では、「音階」や「キー」といった、サンプルに音を合わせるための基礎知識を学んでいきます。
アルファベット音名
音階やコードといった理論的な話をする際に最初の壁となるのが、アルファベットの音名です。DAWにも理論関連の機能がありますけども、そこでは必ずABCのアルファベットに出くわします。

これは何かというとドレミに代わる英語での音の呼び名で、ABCDEFGがそれぞれラシドレミファソと対応しています。

ドがAじゃないことに違和感があるかもしれませんが、これはもう暗記する他ないところです。この記事でも早速ABCの音名を交えながら解説していきますね。
スケール(音階)
さてピアノの鍵盤は白黒合わせて12の音で1つのブロックを成し、それがループしています。そしてドから“上のド”に相当する距離を【オクターブ】といいます。

オクターブの高い低いを抜きにすればたった12種類の音だけで無数の音楽が生み出され続けているわけで、考えてみると凄いことです。
しかも実際にフレーズを作る際には、12音からさらに7音程度の音を選び取った“選抜メンバー”で作るのが基本的な作曲の形です。例えば、白鍵の7音だけで作られた曲というのもたくさんあります。

このように、音をいくつか選んで並べた集合を【スケール(音階)】といいます。「ドレミファソラシド」はスケールの代表例ですね。
スケールと曲想
音を絞りこんで音階を決めた時点で、作れるベーシックな曲想もある程度定まります。別のパターンを試してみると…

2つ音をチェンジしただけですが、ガラッと雰囲気が変わりました。どこか中東風に聴こえますが、それは実際に中東の民族音楽でこれに類する音階が用いられているからです。
絵に喩えるなら、まず12色の絵の具があり、いくつかをパレットに取ってから絵を描き始める。取った絵の具次第で、全体のおおよその色調も定まってくる。そんなプロセスとよく似ています。

スケールの構造
より精密な説明をすると、音階のアイデンティティとは1オクターブぶんの高さをどんなステップで登っていくかという段差の構造にあると言えます。

12段分の高さを7音だけ踏んで登っていったのだから、必然的に音の階段はボコボコとまばらになります。ピアノロール1段分を穏やかに登る箇所もあれば、一気に3段ジャンプする箇所もある。
この「2-2-1-2-2-2-1」や「1-3-1-2-1-3-1」といった階段の相対的構造が、作られるメロディの節回しやコードの響きに直結し、その差が結果として曲想の違いとなるわけです。
メジャーとマイナー
数ある音階の中でもポピュラー音楽において最も主要な音階は2つあって、ひとつは先ほどの「ドレミファソラシド」。もうひとつは、同じく白鍵のみを用いた「ラシドレミファソラ」の音階です。

こちらの方がよりダークな曲調を演出するのに長けていて、ヒップホップやテクノ、ベースミュージックなどではこの音階が最重要と言えるでしょう。この2つの音階は、正式名称をそれぞれ【メジャースケール】、【マイナースケール】といいます。
より正確には、前者はC(ド)を主の音としているので「Cメジャースケール」、後者はA(ラ)を主とするので「Aマイナースケール」です。

主音とは?
「主の音とする」というのはやや曖昧な表現ですね。主の音というのは、楽曲の中でフレーズの終わりなど重要な箇所に使われているとか、ベース音で多く使われているとか、そういった総合的な観点から判別できるもので、この音を音楽理論では文字どおり【主音】といいます。
絵の比喩を続けるなら、CメジャースケールとAマイナースケールはどちらも白鍵7音から構成されていますから、いわば“パレット”に取った色自体は同じという状態。でもその内どの色を主として絵を描くかでもまた絵のトーンが大きく変わってくる……というような話です。

この世界にスケールは無数に存在しますが、西洋音楽理論ではこの2種類の音階のみを軸にして理論を展開していきます。
キー(調)
原則的に曲中では全パートが同じ音階によるフレーズを奏でることで調和のとれた音楽を作ります。途中で音階を切り替えることがあっても、その時にはやはり全パートが一斉に切り替わります。
曲がどの音階を使用しているかを示す言葉が、【キー(調)】です。Cメジャースケールで曲が出来ていたら、その曲は「Cメジャーキー」の曲、Aマイナースケールなら「Aマイナーキー」の曲となります。
ループ素材のサンプルには多くの場合ファイル名にアルファベットが書かれていますが、それは原則的にフレーズのキーを表しています。

「G」のようにアルファベットのみのものはメジャーキー、「D#m」のように小文字のエムがついているものはマイナーキーを表します。サンプルを組み合わせる場合にも、キーを合致させるのが基本です。
こちらはAmキーのサンプルのみを使った例。すべてのサンプルが同じ音階を使用している状態なので、きちんと素材が調和して一つの音楽になっています。そしてもしここに打ち込みフレーズを足したかったら、Aマイナースケール、つまりラシドレミファソラで演奏すればよいということになります。
サンプルのキーを合わせる
逆に言うとキーの異なるサンプル同士を合わせたりする時は少し処置を施す必要があります。ちょっとこちらの音源を聴いてみてください。
こちらはキーがEのギター素材と、キーがGのボーカル素材を重ねたもの。キーが一致していないためフレーズ同士が調和していません。
改めてE(ミ)とG(ソ)の音を比べると、これは黒鍵も含めて数えると計3段ぶん離れていることが分かります。

調和を得るにはこのずれを解消してあげる必要があります。といってもそれは簡単なことで、単にどちらかのサンプルのピッチを3音上げ下げしてあげればキーを統一することができます。多くのDAWには、サンプルのピッチを調節する機能が備わっているはずです。

音全体の高さを上げ下げする行為を、【トランスポーズ(移調)】といいます。Gキーのボーカルを3音下にトランスポーズすれば、Eキーとなってギターと調和します。
無事に美しいハーモニーが完成しました! カラオケでよく曲のキーの上げ下げをするかと思いますが、この作業はそれを曲単位じゃなくサンプル単位で行うようなイメージです。
打ち込みでキーを合わせる
ではここに打ち込みでフレーズを足したい場合はどうでしょうか? Cメジャーキーならドレミファソラシドで演奏すればいいわけですが、Eメジャーキーはそこよりも4音高いキーです。

キーを4音上げるとは、すなわちスケールを4音上げるということ……。そう聞くと難しそうですが、要はピアノロール上でドレミファソラシドを実際に打ち込んで4つ上に動かせばいいのです。

これがカラオケのキー上げ下げでやっていることの本質です。改めて静止画で確認すると、「Cメジャースケール」を4音上げした音階は次のようになります。

音階の相対的構造は何も変わっていないので、これもまた「メジャースケール」の一種です。ただ主音がEに変わったので「Eメジャースケール」と呼ばれます。ポイントは赤く塗った4ヶ所で、シャープのついた音、つまり黒鍵の音が構成音に含まれるようになります。こうしてキーに合った音階がわかれば、トラックとうまく調和した打ち込みフレーズを足すことができます。
こちらは先ほどのループに打ち込みのピアノとベースを加えたもの。ループと打ち込みとで音階を一致させたことで綺麗なハーモニーが構築できました。厳密に言えば音階内の音どうしでもぶつかって濁ることはありますが、それでもキーが合っていない時の濁りと比べたらずいぶん聴きやすいレベルのものに留まります。
五度圏
とはいえ、毎回ドレミを打ち込んで上げ下げして音階を確かめるのは大変ですね。そこで、全てのキーでの音階をまとめた“チートシート”が音楽理論界には存在しています。
これは【五度圏】と呼ばれる図で、各キーで使う音を一覧表にしたものです(一般的な図では五線譜を使って描かれるのですが、ここでは鍵盤図に差し替えています)。五度圏を参照することで、フレーズの打ち込みも簡単にできるようになります! なぜ中央にダーツの的のような円が描かれているか疑問に思うかもしれませんが、これは後々音楽理論を学んでいく中で見えてきます。
DAW機能の活用
もしくはDAWによっては、設定したスケールをピアノロール上でハイライトしてくれる機能があるので、それを利用するのもひとつの手です。

より極端なことを言えば、MIDI演奏を自動トランスポーズしてくれる機能も多くのDAWに備わっているので、それを使えば白鍵だけで打ち込んだ演奏を任意のキーに変換することもできます。

機械に頼るとなるとズルをしている気がするかもしれませんが、これは知識と技術を駆使した正当なDAWの活用法です!
まとめ
12音から音を選抜することで、様々な音階が作れます。そして西洋音楽の基本となるのがメジャースケールを用いたメジャーキーの曲と、マイナースケールを用いたマイナーキーの曲です。キーはたくさんあれど、いずれも白鍵だけを用いたCメジャー/Aマイナーキーの音階を上下に平行移動させたものにすぎません。その原理さえ理解していれば、どんなキーでもサンプルとフレーズを合わせることができるのです。
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著者プロフィール
吉松悠太(Yuta Yoshimatsu)
サウンド・GUIデザイナー/プログラマー、ピクセルアーティスト、音楽理論家。慶應義塾大学SFC卒業。在学中に音楽理論の情報サイト「SONIQA」を開設。2018年に「SoundQuest」としてリニューアルし、ポピュラー音楽のための新しい理論体系「自由派音楽理論」を提唱する。またPlugmon名義でソフトウェアシンセのカスタムGUIやウェイブテーブル、サウンドライブラリをリリースしている。2021年にはu-he Hive 2の公式代替スキンを担当。Soundmain Blogでは連載「UI/UXから学ぶDAW論」も執筆。
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