
Kabanaguインタビュー 2ndアルバム『ほぼゆめ』制作の舞台裏(エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて 番外編)
連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。
今回は番外編として、本連載第4回にも登場し、今年6月に2ndアルバム『ほぼゆめ』をリリースしたKabanaguを迎え、アルバム制作にまつわる話を伺った。
2018年に音楽活動を始め、futurecoreやチップチューンに由来する軽やかなトラックメイクを持ち味としてきたKabanaguだが、2021年にリリースした1stアルバム『泳ぐ真似』では「デジタルクワイア」を多用した重厚な電子音楽を披露していた。すでにして分類不能な音楽性を獲得していたKabanaguだが、今作では「エレクトロニック」から「ポップス」へ、「トラックメイカー」から「シンガーソングライター」へ、さらなる大きな揺らぎが見て取れるだろう。
インターネット的なユーモア感覚が、より個別具体でリリカルな「歌」を装飾するサウンドに変質したように思える今作は、どのような経緯で作られたのか。今回のインタビューでは制作の詳細にはじまり、恒例の具体的なサウンドメイクについても触れつつ、アートワークやトレイラーといった制作の外部にまで目を向けて『ほぼゆめ』の舞台裏に迫る。
アルバム制作はポイフルと「マジの名曲」と共に
2ndアルバム『ほぼゆめ』のリリースおめでとうございます。今回、インタビュー依頼の際に「リリース直後なので、現段階でどこまで話せるか分からない」と仰っていました。まずはその意図について聞いていきたいです。
ありがとうございます。リリースしてからめっちゃエゴサしてるんですけど、リスナーが各々の喋りたいことを喋ってくれている状態なので、「これはこういう意味です」みたいなことを言うより、それぞれの感想を見ているほうが楽しいなと思って。逆にリスナーの感想から「確かに考えていたかもしれないな」って、客観的な視点から初めて気づくこともあるので、それも込みで黙っていようかなと。
では、今日は制作の経緯や技術的な面を主に伺っていこうと思います。前回取材したのが去年の12月頃でしたが、アルバムの制作に取り組もうと考えていると仰っていたところでした。それからの経緯を教えていただけますか?
『泳ぐ真似』の制作期間が2021年の2月頃で、ちょうど1年経ってしまうなというので焦っていたんですよね。そろそろ本当に何かやらないと生活が苦しくなる一方だし、自分のことや世界全体のことで諸々の状況がしんどいなと思って。事故やらなんやらでいつ死ぬか分からないじゃないですか。だから急がないとって、そういう種類の焦りがありました。
『泳ぐ真似』も焦りを原動力に制作されたと仰っていましたね。
でも、キツかったのは全然『泳ぐ真似』のほうですね。今回は一番最初の曲ができてすぐ「アルバム、たぶんできるんだろうな」と安心したというのもあって。いい気持ちで作れたと思います。
前作の制作記で書かれていたような、飲まず食わずエアコン使わずの、追い込むような制作ではなかったと。
あそこまでは追い込んでないです(笑)。けど、やっぱりどんなに少なくてもご飯を食べるとやる気が出なくなっちゃうんですよね。だから制作する日はできるだけ何も食べず……あ、でもポイフルはめっちゃ食べました。ポイフルと森永のラムネを1袋ずつ用意して、それが尽きるまでに曲を完成させるっていう。前回よりは緩めです(笑)。無理に追い込むぞっていう感じでもなくて、単純に食べると動けなくなるからですね。
なるほど、安心しました(笑)。ちなみに最初に完成した曲というのはどれでしたか?
シングルとして先行リリースもした「いつもより」です。デモが完成したのが1月だったんですけど、実質的なアルバム制作の始まりがそのタイミングでした。去年も「グラニュー」が最初に完成して、当時ひさびさに作れた歌モノでもあったんですけど、今回「いつもより」ができたときに、もろもろの状況を去年と重ねてテンションが上がったというのがあります。
1月からどれくらいの期間で制作されたんですか?
1曲ずつデモを作って、アルバムの構成を作ってから全体のミックスをするという流れだったんですけど、「いつもより」が1月24日にできて、最後の曲が4月2日ですね。1曲ずつプロジェクトファイルに数字をつけていて、最後のデモが「16」と書いてあるので、そのうち収録したのが約半分の9曲でした。

約3ヶ月。実際の制作の流れについても教えていただけますか?
今回、1曲を除いて全部最初に歌詞を書いているんです。どこがサビかも決めずに文章を書いて、それにコードもあてずにメロディだけをつけて、そのとおりに仮歌をいれたら、他の全てをまとめて作るというやり方をしていて。だから、メロのついた声だけが鳴っているトラックがある、という状態から作り始めています。
こうした流れになったのも――アルバムの1曲目に入っている「しくみ」はまさにそんな曲ですが――「いい歌詞といいメロがあればそれだけで成り立つ曲になっていればいい」というのがまずあったんです。でも演奏も歌唱もそれだけで聴かせられるような技術がないので、そこを聴けるようにするためのアレンジというつもりで作っています。
作詞の工程でかなり時間をかけるというのは「dj newtown – 2005 REMIXES」のポッドキャストでも仰っていましたね。
メロと歌詞だけで十分でなければその先に進めないと思うので、今回はこのやり方がしっくりきました。やっぱり、心から好きになる音楽っていうのは自分にとってそういうものなんですよね。前回のインタビューで「魂レベルで『うおおお!』となれる音楽」と表現しましたけど、それはたぶん、メロと歌詞なのかなと。
今作は明らかに歌を聴かせるような作りになっています。アルバム1曲目の「しくみ」からは、そんな意思表明のようなものを感じました。
そうですね。特に「しくみ」に関して、ここまで削いで作ったのは始めてだったので、「歌だけで聴ける曲を作りたい」という今までの目標が達成できたようで思い入れがあります。
ちなみに、あの宅録弾き語りのような処理はどうやったんですか?
まず、ピアノを打ち込んだものと自分の声を録ったものが1トラックずつあって、それを作業用のモニタースピーカーから流して、iPhoneに装着するステレオのマイクで録って、っていうマジの部屋鳴りです(笑)。本当は弾き語りをやりたかったんですけど、ムズすぎて。あと、歌が上手すぎても下手すぎても違うなと思って、あの曲だけすごい数のボーカルを録っているんですよね。たぶん200テイクぐらい(笑)。
弾き語りをやりたかったというのも「歌」へのこだわりの一端のように思えますが、『泳ぐ真似』から『ほぼゆめ』のプロダクションの変化について、もう少し伺いたいです。
ゴチャっとした音楽を聴くとメンタル的に疲れちゃう時期がすごく長くて。それで、ただただいい曲だけを聴いていた時期が長かったので、そのままの気持ちで作ったのが『ほぼゆめ』だったんですよね。
「ただただいい曲」というのは、例えば何がありましたか?
制作時に聴いていた曲のプレイリストを作ったんですけど、たとえばフジファブリックの「若者のすべて」とか、そのレベルのマジの名曲です(笑)。あと、hyperpopのプレイリストに入って話題になっていた椎名林檎の「あおぞら」も。自分はあのプレイリストで初めて聴いて、めっちゃいいじゃんって。あとはくるりの「ばらの花」とか。
本当にマジの名曲ですね(笑)。前回のインタビューでもハヌマーン、pegmap、PELICAN FANCLUBといった名前が挙がっていましたが、やはり邦ロックからの影響は大きいのでしょうか?
そうですね。リスナーの感想を見ていると、RADWIMPSやBUMP OF CHICKENへの言及も多いんですよね。でも、実のところどっちも通っていなかったんですよ。BUMP OF CHICKENは制作中に1曲だけ聴いていて、RADWIMPSは全くで。あとから聴いてみたら、自分でも「たしかに似てるかもな」って思ったんですけど、たぶんそれは、自分に影響を与えたアーティスト達がこれらのバンドを聴いていて、間接的に自分も影響されていたんですよね。ここが源流だったのか、という発見がありました。
ロック系以外で特に挙げたいものはありますか?
パソコン音楽クラブの『Sea Voice』はすごく大きかったです。身近な人からこういうアルバムが出たのを見て、改めて勇気をもらったんですよね。
あとは、いよわさんの「きゅうくらりん feat.可不」。めちゃくちゃポップだけど、どのフォーマットにも属していない強烈さがあるのがすごく好きです。
夢の中のサウンドを求めて
「歌」を背骨として背景には「マジの名曲」の存在があったと。一方で、DTMによって構築されている今作のサウンドに関する考えについても伺いたいです。
「予測不能な音がどんどんくる」という感想をいただくんですけど、自分の中では「予測できないようにしてやろう」とは全然考えていなくて。自分が作ってるから当たり前なんですけど(笑)。自分の中では自然な形というか、変だとは思っていなくて。作品全体として、尖ることを目的にした尖り方はやめようと思ったんですよね。
サウンドの予測不能性というのは、私もリスナーとして納得しているところで。たとえば「ばね」では叫び声みたいな声ネタが差し込まれてきますが、その声に一瞬たじろいで、ある種の緊張状態が生まれているように思います。
声ネタについて言えば、変なサンプルを入れようという意識は全くなくて、ここにはこういう声が入ったら気持ちいいだろうというのがまずあって。今回使ったXOというソフトがあるんですけど、サンプルを管理するツールで、指定したフォルダ内にある全てのwavファイルが点になって画面に表示されるんです。

僕の場合、Macのデフォルトのダウンロードフォルダに全サンプルが入っているのでそこを指定しているんですけど、クリックしながらなぞると、そこにあるサンプルが鳴るという。
フリーでダウンロードできるサンプルがあったら絶対落とすじゃないですか。そういうことを繰り返していると、落としたけど一回も開いていないサンプルも大量にあって、実質的に自分のパソコン内でディグっているんですけど(笑)。だから、元ネタがなんなのかは全く関係なくて、自分のイメージに近くて、音として必要だから入れたというだけなんですよね。
「音として必要」というのはどういうことなんでしょう?
人の曲を聴いていてもよくあるんですけど、自然に頭の中で補完される音があって。その原理をと言われるとめっちゃムズいんですけど、聴いていて、自分の脳内では鳴っているから、必要なんですよね。
なるほど。
アルバム名の由来のひとつにつながることなんですけど、僕、睡眠時間がすごく長いんです。最低でも12時間は寝ないと完璧な体調で動けなくて。で、基本的に絶対夢を見て、たとえば12時間寝たら、それ以上の体感時間がある夢を見るんですよ。毎回明晰夢だし、基本的に悪夢なんです。だから自分の脳内では夢の中で過ごしている時間が長くて(笑)。その中で訳分からない音とか訳分からない曲を聴いていて、夢の中で踊ってたおじさんが叫んだ声とか、そういうものがずっと記憶にあるから、そのまま曲に使おうという。
それに、基本的に記憶が曖昧なので、小さい頃に聴いたことがある気がする音とか、そういうものも入れていますね。
Kabanaguさんの記憶に閉じられた音が、リスナーにとっては「予測不可能」なものになっているわけですね。
そうかもしれないです。あとは、アルバムの根幹のメロと歌詞だけを抜き出したらシンプルにいい曲になるので、うまい具合に梱包というか、整える目的で音を入れていて。それを自分のオリジナリティと言っていいのか分からないけど、ただのいい曲から自分の曲にするためのフィルターがそういう音なのかなって。
私もTwitterで呟かれている『ほぼゆめ』の感想を見ましたが、そのフィルターを通すことで「シリアス」だと言われたり「ユーモラス」だと表現されたり、リスナーによって受容の幅があるのが面白いです。
「大爆笑しながら号泣してる」みたいな曲が好きで、制作中にめっちゃ聴いていた曲があるんですよ。Tek lintoweの「Unlenting」という曲なんですけど、こういうのがいいなって。
サウンドに関して、具体的な技法についても伺っていきたいです。まず、今作はMIDI音源をベタ打ちしたようなサウンドが多用されているなと思ったのですが、いかがでしょう?
実際、ベタ打ちが多いですね。上手なDTMは苦手なので、リッチな音源を使って抑揚をつけるより、わざとこうしてますよって分かるくらいがいいなと。ベタ打ちだと削ぎ落とされて平坦な音色になって、淡々と必要な機能を果たしてくれるだけなので、抑揚のない自分の気持ちにしっくりきたんです。
でも、リードなどは手で弾いたものをそのまま録音して使っているところもあって。リズムもクオンタイズしきらないで使っているので、全体としては平坦すぎるわけではなく、ちょっとした不自然さを残そうというのでいろんな試行錯誤をしています。
音源は何を使いましたか?
今回多用したのがHive 2というソフトシンセでした。それとHive 2用のプリセット集も探して、(音楽理論学習サイトの)「SoundQuest」の運営者さんが出されているAnalog Anthemというプリセット集を買ったのですが、それがめちゃめちゃよかったので、一切パラメーターを変えずに使っているところもあって。
あと、前作でも使っていたものとしてはXpand!2という、「DTM初心者がセールで買ってその後使わない」ようなチープな音源があって(笑)。それをベタ打ちでさらにチープに使いました。
音源に関してはめちゃくちゃこだわったというより、自分のイメージに近いものを探して使ってみる、ということが多かったですね。
なるほど。制作環境については前作から変わりましたか?
モニタースピーカーをiLoud micro monitorからiLoudMTMに変えたのがかなり大きかったです。部屋の音響特性に合わせて自動で出音の補正をしてくれる機能がヤバくて。
それとマイクに関しても、前作まではSM58で録っていたんですけど、歌がメインのアルバムなので、ちゃんとした収録環境じゃないとまるまる聴くのが辛いだろうなと、友達のトラックメイカーのKBSNKの家に一週間くらい泊まって録らせてもらいました。防音ブースがあって、すごくいいマイクとすごくいいオーディオインターフェースがあるので、まるまる借りて、かつ録音も手伝ってもらって(笑)。いい環境で録ったというのは、今までと違うところです。
歌の収録に関しては彼に任せっきりだったので、なんなら今電話して聞いてみます?
え、KBSNKさんと電話を繋ぐということですか?
空けてもらってるんで(笑)。
マジすか(笑)。では繋いでください(笑)。
(LINE電話をかける……)
KBSNK もしもし、こんにちは。
こんにちは、はじめまして。『ほぼゆめ』の歌の収録にあたってEQやコンプなどの設定なども担当されたと伺いました。Kabanaguさんがそのあたりを丸投げしたと仰るので、ぜひ教えてください。
KBSNK マイクプリの設定は録りの段階でハイをめっちゃ上げてますね。経験的にハイは絶対上げるだろうなと思って。強かったらディエッサーとかを噛ませればいいかなと。コンプレッサーのほうはわりと控えめで、アタック遅め、リリース早めという感じです。それと、ちょっと波形を整えるくらいの調整をしました。どうせ後でやるだろうと思って。機材はオーディオインターフェースがRME fireface ufx+、マイクプリがuniversal audio la-610mkii、コンプレッサーがElysia xpressorです。
ありがとうございます。収録はどのように進行しましたか?
KBSNK 最初の段階からデモを聴いていて、歌をちゃんと録りたいんだろうなって伝わっていたので、録ったテイクをちゃんと残しておこうと思って。Ableton Liveにコンピングという、テイクを残して編集できる機能があるんですけど、それを使って全部残しておいて、Kabanaguの反応がよかったテイクに印を付けておくなどしましたね。些細なことですけど。あと、声が通りやすいタイプだと思ったので、ハイがギラギラするマイクもあったんですけど、1回目でNEUMANN u87aiで録ってみて、これで完璧だと思ってそのまま最後まで録りました。
なるほど。最後に、Kabanaguさんのリリースに関して一言お願いします。
KBSNK えー……なんだろう。おめでとうございます(笑)。
(笑)。ありがとうございました!
(LINE電話切れる)
ありがとう。ご飯とかもずっと作ってもらったので感謝してます(笑)。
★KBSNKさんへのインタビューもSoundmain Blogで掲載中です。
アバターから人へ、一人称から二人称へ
KBSNKさんの協力があっての『ほぼゆめ』だったんですね。協業という点ではマスタリングも前作と同じくkimken studioさんに依頼されていますね。
はい。『泳ぐ真似』はオンラインで全ておまかせだったんですけど、今回はやれることはやろうと思って、スタジオのある那須まで片道4時間くらいかけて行ったんですよね。スタジオが山の上にあって、標高600mくらいあるんですよ(笑)。
本当に山の上ですね!
いわゆるマスタリングスタジオって行ったことがないからわからないんですけど、普通ではないんだろうなという感じでした(笑)。山の奥に家がぽつんとあって、窓とかも全開で、虫とか普通に入ってくるような(笑)。
それと、スタジオから一番近い施設が牧場でした。作業を中断して休憩している時、「ソフトクリーム好きですか?」って聞かれて、「はい」と言ったら牧場に連れていってくれて。ソフトクリーム食べて戻って続きをやって。それはすごく気持ちよかったですね。
ちょっとした旅行体験ですね(笑)。今作はトレーラーやアートワークも作り込まれていますよね。
プロモーション周りはトマドさん経由でCANTEENにやってもらって、アートワークは竹久直樹さんが、トレーラーは竹久さんの推薦で齊藤公太郎さんが、というふうにいろんな人が関わってくれています(※)。自分から「こうしてください」と伝えたわけでもないんですけど、竹久さんは前作も聴いてくれていて、僕以上に作品を理解してくださっているようだったので、信頼してお任せしたらいい感じにしてくれました。
※『ほぼゆめ』の関係者クレジットはKabanaguさんのnoteにまとめられている。
https://note.com/kabanagu_h/n/nbf7edb922f36
特に驚いたのはアーティスト写真で、これまでアバター的な画像だったのが実写のKabanaguさんになっていることでした。これはどういう経緯があったのですか?
自分はどうしようとか考えてなかったんですけど、制作中にトマドさんに聞いたら、「このアルバムだと、今のままでいっても伝わりづらいよね」って言われて(笑)。単純に人間がやってますよというのをわかりやすく出したほうがいいんじゃないかということで、たしかに、前のアバターみたいな画像のままでこのアルバムだったらちょっと怖いかもしれないなと(笑)。
実写が前面に出て、ある種インターネット的な存在でなくなったというのは、どういう実感なのでしょうか?
小さい頃からインターネットをやってる中で、ネットに顔出すのって怖いじゃないですか。諭吉佳作/menとやった「すなばピクニック」のMVで出してはいるんですけど、それでもガッツリ前面に出すのはなんとなく嫌だな、とは思っていました。でも、ちゃんとしたプロに整えてもらった写真をいざ出してみたら、なんでもないなと。
あと、人前に出られる服がないんですよ(笑)。写真として一生残るじゃないですか。そういう時に着ていける服とか、そういう時にどういう髪型をすればいいのか何も分からなくて、その段階から竹久さんにお願いしたんです。まず美容院を紹介してもらったんですけど、「美容院がわかっても髪型がわかんないです」って言って、髪型も提案してもらって(笑)。服とかもそうですし、全てを決めてもらってようやく撮れたので。
しっかりスタイリングが入ったんですね。
当日もその美容師さんに整えてもらって。そこまでしないと、外に姿を出すのは無理だなと思いました。これまで気を遣ってこなかったので、見た目に。
でも、前からのリスナーには良いように伝わってるんじゃないかなと思います。自分がすごく思い入れのある音楽って、それを作った人のことまで好きだったりもするじゃないですか。それこそハヌマーンとかがそうですけど、どうしても滲み出てくる人格を含めて好きになる音楽ってあると思うんです。
それに、今までトラックメイカーのイメージが強かったと思うんですけど、今回のアルバムに関してはシンガーソングライターの領域だよなと思って、そう見えるようにしてもらったというか。もちろん今後もリミックスの依頼が来たらやるし、単純にやれることが広くなった、やりやすいことが増えたんだなと思っています。
ポジティブに捉えているんですね。最初の話にも通じますが、『泳ぐ真似』の頃より焦りがなくなった、おおらかになったというのは、リリックにも現れているように思いました。今作の歌詞で「あなた」や「きみ」といった二人称が増えているのが印象的です。
そうですね。自分目線のことと自分のことしか考える余裕のない時期が長かったんですけど、そこが少し広くなって、目を向けられる対象とか事象が増えて、っていう変化はありますね。大人になったんですかね(笑)。
いいことだと思います(笑)。制作にあたって参考にしたものについても教えていただけますか?
直接自分の作品が繋がっているわけではないんですけど、『Outer Wilds』というゲームがすごくよかったんですよね。オープンワールドで宇宙を探検できて、具体的に何をしろという説明もないんですけど、好奇心に任せて探検していくと止まらなくなるようなゲームで。サントラも聴いたし、制作前に影響を受けたゲームです。
ゲームは結構するんですか?
ゲーマーというほどではないですけど、ハマったゲームはずっとやるみたいな。オンラインFPSゲームの『VALORANT』は制作中も息抜きとしてやっていました(笑)。
他にはありますか?
てらおかなつみさんというイラストレーターの方がいるんですけど、絵を見ると、絶対優しい人なんだなってわかるような犬の絵を描いている方で。てらおかさんみたいな、純粋な気持ちで好きなものへの愛が滲み出てる作品って理想的だなって思います。
あとは体験として、自分がかっこいいなと思って聴いていた音楽家の人たち、自分のルーツになっているような人たちが前回のアルバムを聴いてくれていたという体験自体が、制作に向かう気持ちに作用していたというのはありますね。それこそ崎山蒼志さんとか、ゴッチ(後藤正文)さんとか(※)。
※『泳ぐ真似』は後藤正文が主催する音楽アワード「APPLE VINEGAR -Music Award-」の2022年度ノミネート作品となった。
今回のアルバムもそのような制作の活力になるといいですね。では、今後の展望について考えがあればお願いします。
シンガーソングライターとしてもトラックメイカーとしても、制限をせずにやりたいようにやっていきたいです。だから究極的には映画の主題歌とかをやりたいですし、ゲームの曲も機会があるならやりたいです。
あと、最近は自分の周囲のトラックメイカーのこともよく考えていて。今回のアルバムみたいに、マジで好き勝手作っても、ちゃんといいものを作ろうという姿勢と努力があれば仕事としても成り立つから、みんなも同じように好き勝手やってくれ……みたいなことを考えています(笑)。
面白い曲を作っている人がそのまま面白い曲を作ることができるようになるためにも、自分が「ここまでやっても大丈夫」という限界を広げていきたいんですよね。全然まだまだ頑張らないといけないんですけど。
DTMer、トラックメイカーの共同体意識のようなものがあるんですか?
tofubeatsさんとか、上の世代が作ってきた土壌に自分たちがいると思っているというか、そういう文脈の中で同世代や下の世代についても考えることが多くなりましたね。今までそんなこと意識したことなくて、自分のことばかり優先して考えていたんですけど、これも視野が広くなったということかもしれません(笑)。
トラックメイカーに意識が向く一方で、MIDIベタ打ちなど「DTMの素朴さ」が現れているのが非常に面白いと思いました。今後について、何か具体的な予定はありますか?
今年はアルバム制作のために仕事を絞っていたので、何にも決まっていなくて(笑)。何かライブをやるとしたら、一発目はアルバムの内容に沿ったもの、リリースパーティみたいな形でやりたいですね。
楽しみにしています。本日はありがとうございました! 最後に何か一言あれば。
みんな真摯に。以上です(笑)。
▫️NEW
— Kabanagu // 新譜でた (@Kabanagu) June 28, 2022
2nd Album『ほぼゆめ』
all tracks written by Kabanagu
artwork : 竹久直樹
trailer : 齊藤公太郎
mastering : kimken studio
supported by CANTEEN
streamhttps://t.co/vcYK2YDOwf pic.twitter.com/WSadw4ySu1
取材・文:namahoge(@namahoge_f)
Kabanagu プロフィール
1998年生まれ、神奈川県横須賀出身のシンガーソングライター・トラックメイカー。
2021年4月にMaltine Recordsから1stアルバム『泳ぐ真似』をリリース。2022年6月に2ndアルバム『ほぼゆめ』をリリース。6名によるJ-POPプロジェクト「PAS TASTA」のメンバー。