2022.07.27

アフロビーツからアマピアノまで。ポップスにも影響大なアフリカ発ビートミュージック入門

アフリカ音楽のエッセンスを収録したサウンドパック「Afro Heat」「Chill Amapiano」がSoundmain Storeにて配信開始。これに合わせて、近年オーバーグラウンドのポップミュージックへの影響も大きくなり始めているアフリカ発のビートミュージックについて、『アフロ・ポップ・ディスク・ガイド』などの著書もあるライター/編集者の吉本秀純さんに執筆していただきました。


アフリカの音楽といえば、伝統的な太鼓や民族楽器を使って奏でられる音楽も当然ながら素晴らしいですが、現地で親しまれるポップ・ミュージックも、時代ごとに常に最新のスタイルを取り入れながら独自の発展を遂げてきました。例えば、1950年代にはキューバ音楽やカリプソ、1960年代末にはサイケ・ロック、1970年代にはファンクやソウル、ディスコなど……。ヒップホップ/ラップ・ミュージックの受容に関しては、最も早かったとされるナイジェリアでは1980年代の初頭からすでに始まっており、近年にはそういったアフリカン・ラップ黎明期の知られざる名作も、歴史の見直しによる再発掘やリイシューが進んで容易に聴けるようになっています。

アフロビーツ

そんなシーンの流れを背景に育まれてきたヒップホップ~R&B以降のアフリカン・ポップスは、2010年代に入ってより洗練された方向性を示すとともに、欧米圏の人気ミュージシャンの楽曲への参加などによってワールドワイドに支持されるスターが次々と登場するという、これまでにない展開をみせるようになりました。そうした新たな動きを切り開いたのが、ナイジェリアの若きポップ・スターだったウィズキッド(Wizkid)の世界的な成功です。

2011年に発表したソロ・デビュー作『Superstar』ですでにナイジェリア国内では大きな成功を収めていたウィズキッドですが、自らレーベルを立ち上げて2014年に発表した2ndアルバム『Ayo』はアフリカの外側にまでも大きな影響を及ぼす作品となりました。特に、同アルバムに収録されたメロウな「Ojuelegba」という曲は、翌年に北米のドレイクと英国のスケプタがラップを被せたヴァージョンが発表されたことで世界中のより幅広いリスナーの耳にまでも届くことに。さらに、2016年にはドレイクが彼をフィーチャリングに迎えた「One Dance」が大ヒットを記録したことで、一気に世界のメインストリームへと躍り出ました。

ウィズキッドの躍進は他のナイジェリアやガーナの新世代アーティストへの関心も高め、2014年に発表した「Johnny」がコミカルなタッチのMVとともに記録的なヒットとなったアフロ・ポップ・クイーンのイェミ・アラデ(Yemi Alade)、ウィズキッドと双璧の人気を誇っていたダヴィド(Davido)、ガーナのミスター・イージー(Mr. Eazi)、そしてダンスホール・レゲエからの影響が強いスタイルで数多くの客演をこなしながら存在感を高めていたバーナ・ボーイ(Burna Boy)らが世界進出。また、同時期にはガーナとガンビア出身の両親を持つ英国育ちのラッパーのJハス(J Hus)や、フランスからも“アフロ・トラップ”を提唱するMHDらが台頭し、それらの動きを総称して“アフロビーツ(Afrobeats)”と呼ばれるようになりました。

アフロビーツは、ヒップホップ/R&Bやダンスホール・レゲエに、西アフリカ一帯で親しまれてきたハイライフやフェラ・クティを創始者とするアフロビート(こちらは単数形)などの要素も複合的に融合したところから生まれたものですが、大きな特徴としてはビートの打ち方に〝タッ、タッ、タッ、タンタン〟という3-2(あるいは2-3)のクラーべのリズムが効いている点が挙げられるでしょう。クラーべはラテン音楽(アフロ・キューバン音楽)の基礎となっているリズム・パターンですが、そのアフリカに起源を持つビートの跳ねがしっかりと息づいている点は、他の多くの新旧のアフリカ音楽とも共通する重要なポイントです。

アマピアノ~アフロ・ハウス

そして、ナイジェリアを中心としたアフロビーツの隆盛と同時期に、アフリカ発の先進的なダンス・ミュージックの発信地として改めて注目を高めたのが南アフリカ共和国の音楽シーンです。南アフリカは1980年代後半あたりからシカゴ・ハウスをスピンするDJが活躍し、クラブ・カルチャーがかなり早い段階から根付いて独自のシーンを形成してきた国ですが、そんな背景から1990年代に生まれたのが、ハウスのBPMをややスローダウンしてヒップホップなどと融合させたクワイト(Kwaito)と呼ばれる音楽です。クワイトは、ポスト・アパルトヘイト時代を象徴するスタイルとして南アの音楽シーンに広く浸透し、数多くのヒット曲を連発した才人トリオのTKZee、カリスマ的なポップ・クイーンとして活躍したブレンダ・ファッシー(Brenda Fassie)、男女デュオのマフィキゾロ(Mafikizolo)などを筆頭とする多彩なスターを生み出しました。

そんなクワイトや独自のスタイルを確立した南ア産ハウスの発展形として、2010年代に入ってダーバンのアンダーグラウンドなクラブ・シーンから勃興して世界的な注目を集めるまでに至ったのがゴム(Gqom)と呼ばれる新興ビートでした。アフリカらしいポリリズミックなビート感覚を保ちながらも、UKグライムなどに通じるダークなノリを兼ね備えたゴムは、国外のベース・ミュージック系のファンからも熱狂的に支持され、南アのポップ・シーンにも浸透。特に、イチ早くゴムを取り入れてクイーン的な存在として成功を収めたベイブス・ウドゥモ(Babes Wodumo)の楽曲は大ヒットした映画『ブラックパンサー』のサントラ盤にも収録され、ワールドワイドな注目を高めたのはまた記憶に新しいところです。

そして、2020年代に入ってからの南アフリカにおいて、最新のサウンドとして支持されながら現在も進化を続けているのがアマピアノ(Amapiano)でしょう。アマピアノもまた基本的には南ア産ハウスから派生した音楽ですが、シェイカーやログドラム(木製の打楽器)を多用し、スクエアな4つ打ちに捕らわれないシンコペーションの効いたビートが特徴的で、これまでの南アフリカ音楽の流れを踏まえつつも、心地よく中毒性の高いグルーヴを放っています。米国のレーベルからデビューした若手プロデューサーのテノ・アフリカ(Teno Afrika)など、すでに海外に進出している新世代のアーティストも多く、今後のさらなる発展にも注目です。

また、欧米圏で発達してきたアフロ・ハウスとはまた似て非なる、南アフリカならではのハウス・ミュージックを代表する存在として、名実ともにその頂点に君臨し続けるブラック・コーヒー(Black Coffee)も改めてチェックしておきたいところ。近年には世界中の大型野外フェスでも精力的にプレイを重ねており、南アが誇る偉大なDJとして外すことができない重鎮です。

より刺激的で多様なビートの宝庫=アフリカ

今回は、西アフリカを中心としたアフロビーツと、南アフリカのアマピアノやハウスのベーシックな解説に重点を置きましたが、現在進行形のアフリカでは他のエリアでも刺激的かつヴィヴィッドなダンス・ミュージックが生み出されて独自のシーンを形成しています。2000年代にはアンゴラ発のクドゥロ(Kuduro)や南アフリカ北部のシャンガーン・エレクトロ(Shangaan Electro)などが世界的にも注目を集めましたが、近年では東アフリカのタンザニア発祥の高速ビートのシンゲリ(Singeli)が強烈なインパクトとともに話題を集めました。他にも、マリのローカルなシーンで発展したバラニ・ショー(Balani Show)など、アフリカ各地から勃興してくる新興サウンドは、どれも独創的ながらも、それぞれの国が育んできた音楽に根差した力強さを持っています。インターネットの普及などによって、現在進行形のサウンドに即座にアクセスできるようになったアフリカ発の個性豊かなダンス・ミュージックは、まだまだ予測もつかない新しい音が生まれてくる余地を残しています。

文:吉本秀純

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