2022.07.22

トラックメイカーのための音楽理論|第2回 サウンドの理論① 倍音とADSR

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一般に「音楽の三要素」といえばリズム・メロディ・ハーモニーですが、こと近年の音楽においてはサウンドの重要性も計り知れません。そこで今回は、楽器の音色に関する理解を深めていきます。

音色と周波数成分

音色の最も決定的な因子となるのが、周波数の成分です。周波数というと音の高さを表す単位としておなじみですね。ベースやギターではチューニングをするときには「○○Hz」と周波数が表示されたりしますから、一見その周波数だけが鳴っているようにも思えてしまいますが、そうではありません。実のところ楽器の音は、たった一音を弾いただけでも、そこに幅広い周波数成分が含まれているのです。

こちらはベースの単音の周波数成分を分析したものです。強く鳴っているのは200Hz以下の低域ですが、その一方で10k、つまり10000Hzあたりの高周波数域までも発生していることが分かります。チューナーが表示するのはあくまでもこのうち一番低い周波数の山(強く音量が出ているところ)のところで、今回だと55Hz辺りになります。

この周波数成分というのは、食品の原材料に似たようなところがあります。ケチャップを食べたときに我々が主として検知するのはトマトの味ですが、実はタマネギなども含まれていて、それで「ケチャップの味」が構築されている。楽器の音も同様で、我々は主の周波数をピッチとして認識する一方で、総合的な周波数成分の合算を音色として味わっているのです。

基音・倍音

より具体的に分析をすると、面白いことが分かります。先ほどのベース音の周波数の“山”を辿ると、55Hzの次は110Hz、次は165Hz…という風に、初めの周波数を整数倍した周波数が成分として多く含まれているのです。

これはベースだけでなくピアノやギター、管楽器、擦弦楽器などなどピッチ感の明確な楽器にはみな共通した特徴です。このとき、最も低い周波数の“山”を【基音】、対して基音を整数倍した周波数群のことを【倍音】といいます。

シンセと倍音

生楽器の音色の周波数成分は複雑で、揺れや鳴らしている間の変化、演奏に伴うノイズなども全部含めてそれぞれの楽器の“味”となります。

一方、波形を加工して様々な音色を作ることができるシンセでは、選ぶ波形によって周波数成分が変わります。

代表的な波形はみな倍音構成がシンプルかつ個性的です。すなわち、Saw波は全ての整数倍音が整った比率で含まれており、Square波やTri波は奇数倍の音だけが含まれている、そしてSine波には倍音が一切含まれていないといった特徴があります。

聴いてみてもわかるとおり、概ね倍音が多く含まれていればいるほどギラギラした音色になる傾向にあります。そしてこうした音色の性質は、絶対的な数値として「Square波は1000Hzが強い」といった風に決まるのではなく、あくまでも基音に対して何倍の周波数が多く出ているかという、相対的な周波数成分により決まるということを知っておいてください。

倍音と音作り

周波数成分や倍音という概念を理解することは、音作りやミキシングにおいて重要です。

例えば激安イヤホンやスマホのスピーカーでは低域があまり鳴りませんが、それでも多くのベース楽器の音が認識できるのは、倍音成分のおかげです。ところがそのベースを担当する音色がSine波主体のサブベースなどとなると話が変わってきます。

ベース音が聞こえましたか? 先述のとおりSine波には倍音がありませんから、こういった音は環境によっては本当に丸っきり聴こえないこともあり、曲の印象がだいぶ変わってしまうリスクがあります。それを防ぐためにオクターブ上の音を足したり、違う波形をブレンドしたり、音に歪みをかけて周波数成分を変えたりといった対処をすることも考えられるわけです。

あるいは逆の目線で、ベース楽器も案外と高域が鳴っていることに着目し、「不要と感じた部分をイコライザー(EQ)で削ることで他の楽器を聴こえやすくする」といったこともできます。

EQによる調整(Soundmain Studioの場合)

音色を原理から理解していれば、様々な場面で応用を利かせることができます。少し物理学寄りの話ではありましたが、倍音はハーモニーの理論とも大きく関わってくるので、実はクラシック理論書ではよく序盤に紹介されるトピックだったりします。

エンヴェロープ

さて、周波数成分と並んでもうひとつ音色に関する根幹的なパラメータとなるのが、音量の時間的変化です。例えばスネアの音には「タッ」と短くすぐに途切れる音もあれば「ズァーン」と長く伸びる音もありますよね。

一打の中で音量がいつピークに達し、どう減衰するか。これは音色に深く関わる重大要素であり、ひいては曲のリズム感やグルーヴにも影響するものでもあります。

ある音の音量変化は、波形のカーブを見れば一目瞭然ですね。この「音量変化を辿った曲線」のことを【アンプリチュード・エンヴェロープ】、もしくは略して単にエンヴェロープ(以下「ENV」)といいます。

ADSR

ENVという言葉はシンセの世界ではお馴染みです。というのも、シンセで好みの音色を作るには音量変化の設計も大切な要素となるからです。

Clean Banditの『Symphony』の象徴的なイントロの音色は、Sine波の音から作られています。周波数成分だけで言えば味気ない音のはずですが、柔らかいマレット楽器のようなENVを設計することで、幻想的な音色に仕上がっています。同じ波形でも、ENV次第でイメージがかなり変わるのです。

こちらはサイン波を素材にして、ENVだけ変えた音色たちです。それぞれに個性が生まれましたね。特にチップチューンのようなジャンルでは、使う波形が限られているぶんENVによる表現力は欠かせないものです。

一般的なシンセでは、音量変化を次のような4つのパラメータに分けて調節します。

  1. 最大音量を迎えるまでの立ち上がりのスピード。
  2. そこから減衰していくスピード。
  3. 音を伸ばしっぱなしにしている間の音量。
  4. 鍵盤を離して、音が次第に消えていく余韻の長さ。

そしてこの4つの段階をそれぞれ【アタック】【ディケイ】【サステイン】【リリース】と呼びます。

4つまとめて呼ぶときにはよく頭文字をとって【ADSR】とも。ADSRはENVをシンプルな4段階に区分化・簡略化したモデルと言えます。

エンヴェロープと音作り

生楽器の描くENVは往々にしてシンセのそれよりもっと複雑ですが、しかしADSRのモデルを元に分析をするとまた音楽を視る“解像度”がアップします。

エンヴェロープとグルーヴ

例えばピアノの音はよく聴くと「リリース」が少しだけあって、鍵盤を離してから音が完全に消えるまでにはほんの僅かな余韻が鳴っていることに気づきます。

こうした余韻により、たとえリズミカルなフレーズを弾いたとしても聴き手に柔らかい印象をもたらすのが、ピアノという楽器の特徴のひとつと言えます。

しかしソフト音源の中にはピアノのENVを調整できるものもあって、あえてこのリリースをゼロにすることで、自然界ではあり得ないようなサウンドを得ることもできます。

いわゆる「リリースカットピアノ」と呼ばれる代物です。ほんの僅かな差ですが、リリースを削ったことでリズムをよりタイトにすることができましたし、この非現実的な音色がかえって魅力的だったりもします。

リズム感とかグルーヴ感とか言うと音の始まりのタイミングをイメージしがちですが、実は音の終わり部分もグルーヴに大きな影響を及ぼしているのです。

アンサンブル内での配分

また楽器どうしの掛け合わせにおいても、それぞれのENVを意識することは重要です。

こちらのシンセベースはアタックが速くディケイも短い硬質なサウンド。毒々しくていい感じの音ですが、ここにドラムなどを重ねていくと……

ちょっと極端な例ですが、ベースとドラムの打点が多く重なったことで音が“渋滞”して、互いの質感が見えにくくなってしまいました。ここまでフレーズのタイミングを重複させたいなら、ベースをアタックの遅い音にして音量のピークをずらしたほうが賢い選択かもしれません。

ブラスの音色に替えてみると、音色のアタックが鈍いおかげでキックと合わせても互いの良さを潰すことなく共存することができました!

それぞれの音が独立して抜けてくることで、音の迫力も増したように感じられます。このように音色のバランスを考える際も、ADSRの4文字が頭に入っていると思考がスムーズになりますね。

まとめ

今回の内容はまとめると「周波数」と「時間」から「音量」を観察するという話でしたから、まさに音楽の根幹中の根幹を学んだといっても過言ではないでしょう。また音色というのが単に表現の問題だけでなく、リズム感やミキシングといった部分にまで関わってくることもわかりました。次回以降もこの調子で、実践に役立つ音楽理論を紹介していきます。

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著者プロフィール

吉松悠太(Yuta Yoshimatsu)
サウンド・GUIデザイナー/プログラマー、ピクセルアーティスト、音楽理論家。慶應義塾大学SFC卒業。在学中に音楽理論の情報サイト「SONIQA」を開設。2018年に「SoundQuest」としてリニューアルし、ポピュラー音楽のための新しい理論体系「自由派音楽理論」を提唱する。またPlugmon名義でソフトウェアシンセのカスタムGUIやウェイブテーブル、サウンドライブラリをリリースしている。2021年にはu-he Hive 2の公式代替スキンを担当。Soundmain Blogでは連載「UI/UXから学ぶDAW論」も執筆。

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