
KBSNK(カボスニッキ)インタビュー 星宮とと×TEMPLIME「ネオンライト」を生んだ注目トラックメイカーの見据えるこれから
クラブミュージックを中心に、音楽とバーチャル文化の関わりを紐解く連載「バーチャル音楽シーンの歩き方」。シーンの中で実際にトラックメイカーとして活躍するプレイヤーにインタビューし、バーチャル世界の魅力や、そこに紐付いたサウンドメイクのこだわりを解き明かしていく。
第2回のインタビュイーは、音楽ユニット・TEMPLIMEの一員としてVTuber音楽シーンの黎明期から活動を続けているKBSNK(カボスニッキ)。星宮とととの共作「ネオンライト」は、デビュー曲ながら長い間シーンのクラブアンセムとして愛され続けている。最近では、宅録ギターポップのソロバンド「Limre(ライマー)」として、自身の歌唱によるアーティストデビューを果たしている。そんなKBSNKが考えるVTuberの音楽シーンや、楽曲作りにおける考え方について話を聞いた。
「宅録」で音楽制作をスタート
最初に音楽を作ろうと思ったきっかけは何でしたか?
きょうだいが上に2人いるんですけど、2人ともギターとかDAWとかを使っていたので、その影響ですね。家族共用のMacに入っているGarageBandを使って、中学生くらいから自分も真似して作り始めました。ちなみに小6の時にはドラムを習っていたので、楽器に触れる機会はそれ以前からありました。
いわゆるロックバンド系の楽器の名前が挙がりましたが、バンド活動は通られていないんですか?
高校生の時にRADWIMPSのコピーバンドの助っ人をやっていたくらいで、基本的に聴く専門でしたね。音楽を始めようとなったときに、バンドに行く人とDTMに行く人がいると思うんですけど、僕はその中間で、家で楽器を重ね録りする「宅録」の方法でバンドサウンドを作り始めました。
では、KBSNKやTEMPLIMEといった名義で音楽活動を始めた経緯は?
最初はKBSNKの名義で宅録の音源をSoundCloudに載せる程度の活動をしていました。一度個人でM3(音楽系の同人即売会)に出てリリースしたんですけど、20枚売れるか売れないかという程度だったんです。やっぱりフックがないと難しいというか、見出してもらえない。何かしらのキャラクター性がないといけないんだなとその時に感じました。
そのあと、大学の作曲サークルで同期だったtempuraくんに誘われて、TEMPLIMEを結成しました。tempuraくんがFuture Bass系のクラブイベントによく行っていたので、その影響で自分もクラブカルチャーにハマっていった感じですね。
そして、キャラクター性の問題をクリアするためにボーカリストを探すことになって、そこで見つけたのが星宮ととさんでした。彼女は映像制作もご自身でやりますが、僕らが結成する半年前からMMD動画を上げていて、それが目に留まったんです。それが2019年の1月頃で、そこからすぐに「ネオンライト」を出しました。
VTuberのカルチャーでいうと、2019年はちょうど黎明期ですね。
そうですね。「今なら狙い目だな」みたいな感覚はありました(笑)。
VTuber、バーチャルアーティストのシーンに実際に身を置いてみて感じた魅力を聞かせてほしいです。
初めて知った時、外見や年齢を問わずVTuberになれるという点が画期的だと思いました。バーチャルシーンの影響で、ビジュアルをどんどんアップデートしていくことが受容される文化になれば、生きづらさを感じる人が減っていくような気もします。
クラブミュージックへの挑戦「TEMPLIME」と、バーチャルアーティスト「星宮とと」
3人のチームというわけではなく、「TEMPLIME」と「星宮とと」で別名義で始めていくんですね。
両方の名義があったほうが目立つなと思ったんです。グループ名をつけてしまうと、個人の名前が全然見られないんじゃないかと。
KBSNKさんから見た「星宮とと」はどういうアーティストですか?
総合的にいろんなことが見れているアーティストだと思います。イラストも描けて映像も作れるし、歌も上手くなっているし、トラックメイカーとしてもやれることが多いボーカリストですね。あまり歌だけをやりたいというタイプではなくて、「総合芸術をやりたい」と本人もよく言っています。
星宮さんと作る場合、どのような過程で曲ができていくんですか?
場合によりますけど、自分の曲ができたら渡して、それを元に歌ってもらって、「ここはダサくない?」とか言われたりして(笑)、だんだん変わっていきます。一回自分が作ったアレンジをたたき台にして、それを相談しながら改善していく感じです。歌詞やメロディは、最初の段階からほぼ変わらないんですが、アレンジ面は結構変わりますね。
最初にたたき台を作る際は、どういう順番で作っていくのでしょうか?
基本的にはドラムを作って、コードを作ってそこに自分が歌って気持ちいいと思うメロディを乗せていきます。そのあと、ガラージだったり、エレクトロポップだったり、ジャンルを選択して、そのジャンルに作り直していきます。
ジャンルはあとで決めるんですね。
最初の構想があったとしても、一週間後に同じことをやろうとすると性格的に飽きちゃうこともあって、一回フォーマットを全部消してやり直すというやり方をとっています。
SoundmainのYacaさんのインタビューでは楽器ごとに細かく分けて作っていくとおっしゃっていましたけど、僕は必ずまっさらなプロジェクトから始めるんです。たとえば「ベース、ドラム、シンセ」ってプリセットがあると、それに当てはめるようにして作っていってしまうので……なるべく手癖みたいなものをなくしたいんですよね。究極的には、ドラムと歌だけになっても聴いて良いと感じるならOKという考え方があるので、楽器構成を初めから決めないようにしています。
トラックメイカーには作曲と編曲の境目はないという人も多いですけど、そこは明確に分かれている感じですか。
そうですね。もちろん曲によりけりなんですが、自分の中で割と明確に作曲と編曲の工程は分けて考えています。結局最初にできるのはギターロックになりがちで、それを一回壊さないとクラブミュージックにならないんですよ。一度ボーカルだけにして、そのイメージから浮かぶ編曲を作るみたいな……こだわりというか、完全に性格だと思うんですけど。
歌っていて気持ちいいメロディとか、歌詞が耳に入ってくるみたいな、トラディショナルな作り方をしているかもしれないです(笑)。逆にメロディがなくても全体像が見えて作曲ができる人は尊敬しますね。たとえばquoreeさんとかISLTRさんとか、歌無しでちゃんと曲として成立させる技術というか、サウンドメイクを重視しているのですごいなと。自分が歌メロを作って、そういった人たちに編曲してもらうこともやってみたいです。
「ネオンライト」はどのような工程で作られたんですか?
これに関しても原曲の歌と歌詞を作って、一度歌ってもらった後に、それをもう一回自分でリミックスし直しています。クラブミュージックを作るのも初めてに近かったので、自分の作ったものをぶっ壊してやろうという気持ちが特に強かったのがこの曲です。TEMPLIMEとしても1曲目でしたし、ここまでたくさんの人に聞いてもらえるとは思ってもみませんでしたね。
最新作の『skycave』は、「ネオンライト」のリバイバル的な側面もあったとか。
そうですね。表題曲の「skycave」では2ステップ的なアレンジを取り入れているんですが、宇多田ヒカルの「Distance – m-flo Remix」を参考にしました。「ネオンライト」を好きな人がまた聴いてくれるような曲を作りたいなと思ったので、一回J-POP風の曲を作って、それをセルフでガラージリミックスした感じです。
クラブミュージックを作る上で影響を受けたアーティストはいますか?
きょうだいの影響で聴いたCAPSULEや当時すでに流行っていたPerfumeが、最初に聴いたクラブミュージックだったと思います。DTM(打ち込み)って何でもできるんだ、と思ったきっかけでもありました。
ちなみにTEMPLIMEを始める以前に、発表されていないものも含めて、リミックスを遊びでやったりはしていなかったのでしょうか。
いや、なかったですね。リスナーとしては原曲至上主義というか、最初は「リミックス、けしからん」みたいな感じでした(笑)。それも本当にクラブカルチャーを知ってから「こういうのもアリなんだ」と気づいた感じで。
新しいジャンルに出会うと、いままでナシだったものがアリになる。本当にロックしか聴いてこなかった人がニューロベースとかを聴いて、最初は全然わからなかったけど、そこからわかるようになるみたいな。価値観が変わるというか、そういう体験の積み重ねが自分の中で大きいですね。
TEMPLIMEとして活動していく上で、流行りのクラブミュージックなど、その時のトレンドを追いかけていたりはしますか?
最近では、phritzさんやウ山あまねさんがTwitterなどで紹介されている曲を参考にしています。テクニック系では、Mr.Billという「DTMの神」みたいな人のYouTubeを見たりして勉強しています。あと影響という意味では、Poter Robinsonは大きいかもしれないです。「HIKO」という曲のカットアップやピアノの感じは少しポーターを意識して作りました。
クラブにはあまり行けていないのですが、楽曲は全体的に聞こうとはしていて、最近はSpotifyで見つけたインドのトランスみたいな音楽にハマっています(笑)。ひとつのジャンルに影響を受けるとかはあまりなくて、いろんなジャンルに常に影響を受けていると思います。
音作りにはこだわりも「歌メロがよければいい」
楽曲の制作環境についてもお聞きしたいです。
DAWは、現在はAbleton Liveを使っています。PCは最近新調したんですが、M1のMacBook Proです。最近はプラグインだけじゃなくて、ハードのコンプレッサーとかも使ったりするんですけど、それ以外はノートで完結させています。ちなみにノートの容量は4TBあります。高いんですが、なるべく長く使いたいので頑張ってアップグレードしました。
それだけ容量があると、外で制作したりもできそうですね。
そうですね。ミックスの作業は外でやったりします。
コンプ以外で他に使っているハード機材はありますか?
Yunomiさんの影響を受けて、WARM AUDIOのTB12というラック式のマイクプリを使っています。音を歪ませる機能がついていて、DAWの中にあるWAVファイルを、一回サチュレーターを通してまた取り込むみたいなことをやっていますね。アナログを真似して作ってるプラグインより、甘くて本物感のある音が出るんです。

プラグインでよく使うものはありますか?
Soundtoysを使っています。以前Twitterでphritzさんも紹介していたんですけど、アナログっぽい音になるプラグインですね。最初は、Abletonの純正を使っていたんですが、最近はこっちがメインです。
アナログの音を求めている人は最近多い印象です。
デジタルのパキパキした音にみんな飽きてきてるんだと思うんです。Future Bassが流行っていた時は、みんなSERUMとか激しめの音が出るシンセを使っていたじゃないですか。その反動で、今はみんなアナログの音を求めているイメージですね。
曲作りのコンセプト的なところについてもお聞きしたいです。
星宮さんとの共作でひとつ前にリリースした『HYOJYO』というEPは「喜怒哀楽」というテーマで作ったんですが、『skycave』では純粋にその時に作りたい音を作りました。例えば「roly poly」は、最近MoogのアナログシンセのMatriarchを買ったんですが、それを使いたいという気持ちが一番にあって、ベースをそれで作るところから始まっています。

このシンセにはシーケンサーが内蔵されていて、音色とパターンを偶然的に生成してくれるんですね。そのランダム波形をDAWに取り込んで、そこからフレーズを選んでいくという形です。最後のグチャグチャっとなるところにはAbletonのGranulatorを使っていて、それも偶然性を取り入れる狙いがあります。
音作りをしていく上で、「自分らしさ」みたいなものはどこに出ていると思いますか?
自分は結局歌メロがよければいいみたいな考えもあって、音作りに関しては自分らしさを追求するような土俵にいないかもしれません。ただ、先ほどのシンセの話もそうですけど、いかに面白い道具を見つけるかみたいなところにはこだわりがあります。なるべく早く新しい道具を取り入れて、リリースしていくというか。でも、音作りもメロディも、両方頑張りたいという気持ちはあります。
宅録プロジェクトの「Limre」始動と、今後の展望
最近は宅録ギターポップのソロバンド「Limre(ライマー)」を始動させました。
活動していく上で、作りたいジャンルが増えて来ちゃったんですよね。自分が何を好きなのかがわからなくなってきていたので、一度原点に立ち戻りたかったという気持ちもありました。一度誰にも何も言わせない砦を作ろう、と。星宮さんとやる時は、いい意味で議論し合う感じですが、Limreは全てを自分でこなすので、その辺りは意識的に分けて作曲をしています。
クラブミュージックを作るようになってから改めて宅録バンドサウンドを作ってみて、音の捉え方や楽曲の作り方など、変わった部分、改めて気づいた部分などありますか。
スーパーローの帯域が鳴っているかどうかとても気になるようになって、「着るウーファー」のsubpacを購入したり、モニター環境を整えました。最近はバンドサウンドの楽曲でも50Hz以下のサイン波を追加したりして、ベースやキックを強化しています。
ギターの音作りには特にこだわりが感じられました。
UNIVERSAL AUDIOのOXという真空管アンプに繋いでスピーカーのシミュレーションをする機材があるんですけど、今回はそれを使って全曲録りました。昨今のトラックメイキングの潮流でもありますが、なるべくアナログに近い環境で宅録ロックを作ろうというテーマでやっています。


他の活動と並べたときに、Limreにおいて特に軸足を置いている部分はどこですか?
歌いたいな、という気持ちが一番強かったです。いわゆるアーティスト売りをしてみたいという気持ちもありましたね。ただ、正直そんなに深くは考えていないです(笑)。やってみたかったからやった、というか。
これは星宮さんも言っているんですけど、バーチャルというのは確かにフックになるものの、逆にバーチャルだから聴かないという人もいると思っていて、それはずっと悩みではありました。バーチャルシーンだけではなくて、J-POPを聴く人にも自分の作った音楽を聴いてもらいたい。自分の名義で生音系もやりたいですし、引き続きクラブミュージックを作るのもやってみたい。こちらのボールを聴き手がどう受け取ってくれるかいろいろと実験している最中で、Limreもそのひとつです。
Limreでは今後どのような展開をしていきたいと考えていますか?
TEMPLIMEのように他アーティストとのコラボといった形は取らず、少数精鋭の楽曲をずっと聴いてもらいたいと思っています。一聴して地味でもだんだん良さがわかってくるような音楽を作りたいという気持ちが強いです。あと、シーブリーズとかポカリみたいな実写系の爽やかなCM曲はいつかやりたいです。いつになるかわかりませんが(笑)。
ありがとうございます。では最後に、KBSNK名義やTEMPLIME、トラックメイカーとしての今後の展望についてもお聞かせください。
APOKIという韓国発のバーチャルアーティストがいるのですが、ああいったキャラクター性だけでなく映像作品としてのクオリティも高いバーチャルアーティストの楽曲をいつか担当してみたいと思っています。TEMPLIMEではアニメ映画の主題歌を担当したいですね。星宮さんとは、自主企画の映画を作るのもいいね、ということを話していたりもします。
自主映画! 映像方面ともさらにがっつり関わっていきたいということですね、楽しみです。本日はありがとうございました。
取材・文:森山ド・ロ
KBSNK プロフィール
東京都出身の音楽プロデューサー/SSW。2020年7月にphritz、Kabanagu、yuigotらをリミキサーに迎えたEP『5KETCHY』をリリース。また、音楽ユニット・TEMPLIMEとしての活動でも知られ、星宮とととの『クラウドダイバー』などは大きな注目を集めた。2020年にはVaundy「東京フラッシュ」の公式リミックスを手がけ、電音部やここなつ2.0への楽曲提供も行う。2022年に宅録ギターポップのソロバンド・プロジェクトLimreを始動し、初アルバムとなる『ライマー』をリリースするなど、各方面で精力的に活動している。