2022.07.19

【イベントレポート】HIROSHI WATANABEも「思考回路を侵された」!? 「終わらない音楽を構築する」AISOに学ぶ、音と社会の接点の作り方

さる7月6日、以前インタビューを実施したサウンドデザイナー/テクノアーティスト・日山豪さんが主催するイベント《HEAR to LISTEN》に足を運んできました。記事を読んだことでイベントを知り、配信や現地観覧に訪れた方も多くいたようで当ブログとしても嬉しい限りです。

《HEAR to LISTEN》は「音と社会の接点をつくる」をテーマに、東京・神楽坂のスペース「神楽音(かぐらね)」で開催される全3回のトークセミナー。日山さんが実践するサウンドデザインの事例を主に、「作品をつくってリリースする」ことだけではない、音にまつわる知識や技術の社会における活かし方を紐解いていきます。

第2回となる今回は、前半では日山さんが企画・開発に携わる「終わらない音楽を作り続ける」デバイス・AISOのプロジェクトマネージャー・津留正和さんよりAISOの概要説明と今後の展望が、後半では音楽家のHIROSHI WATANABEさんによるAISOでの音楽制作の実際が語られました。

AISO(イメージ図)

前半パートはまだAISOを知らない人にも向けた概要説明が主だったため、詳しくは前回の取材記事もご参照ください。聴講して改めて理解できたのは、「AISO」という名称が単にデバイスの名前というだけでなく、そこに搭載されている自動音楽構築プログラムや、このフォーマットで音楽を作る際クリエイターに求められる「考え方」でもあるということ。

物理プロダクトとしてのAISOには、様々な波形や長さを持った「音のかけら」を組み合わせて曲の形に構築し続けるプログラムが搭載されていますが、「生成」ではなく「構築」なのは、そのプラグラムがAIによる自動作曲ではないから。AISO用の「終わらない音楽」を作るためには、クリエイター自身がAISOのプログラムが「終わらない」音楽を構築できるように「音のかけら」をあらかじめ用意する必要があり、「この音は頻出するようにする」「この音は10分に1回しか出現させない」などパターンや確率を自ら設定する必要があります。

逆に言えば、AI=機械学習による作曲が「かけら同士がぶつかって不協和音を出さないようにする」「コード進行として気持ちの良い流れにする」などある程度定型に収まってしまうのに対して、AISOの作曲にはクリエイターの介入する余地がより大きいとも言える。さながらパズルを解くような工程となりますが、それが新たな刺激となり、「思考回路がAISOに侵される」とまで日山さんは言います。

前回のインタビューで日山さんが「AISOは音楽の「作り方」を拡張する、左から右へ流れていく通常のDAWでの作り方とは違う考え方を要求する」とおっしゃっていたのは、このような意味だったのですね。もちろんMax/MSPというプログラミング言語を用いてこのような作り方をすること自体は以前から可能ですが、AISOでの制作ではいちからクリエイターがそうしたプログラミングを勉強する必要がない……という風にも言えるでしょう。

また、AISOには「オーダーメイドライン」「アーティストライン」の2つがありますが、そのうち前者についてはここまで解説したことにプラスして、各AISOが納品される環境(飲食店やホテルなどのクライアントの要望)に応じた「デザイン」のプロセスが入ってくる。つまり「AISO」というのは正確には、「デバイスの名称」「“終わらない音楽”を構築するプログラム」「クリエイターに求められる新しい作曲の“考え方”」そして「新しい環境音楽である“終わらない音楽”をクライアントの要望に合わせてチューニングする“サウンドデザイン”のスキーム」と、大きくこの4つが掛け合わさったところに生じるコンセプトなのだと言えるでしょう。

2種類のラインの説明
AISOの導入が想定されている空間の例

イベントの後半では「アーティストライン」の事例について、実際にAISOでの音楽制作にチャレンジした音楽家のHIROSHI WATANABEさんが講演を行いました。

AISOの持つプログラム自体はツールでしかないですから、どんな風に使ってもらってもいいし、「アーティストによって、こんな発想で『終わらない音楽』を実現するんだ!」という発見がしたいのだと日山さん。それに対してHIROSHI WATANABEさんが出した答えは、「物語をセットアップする」というものでした。

HIROSHI WATANABEさんが作成したブートアップ・アナウンス

通常の音楽では、あらかじめ尺というものが決まっており、ゴールに向けて「着地する心地よさ」に向けて展開を詰め込んでいくのですが、AISOにはそれがない。「着地しない音楽」がどういうものであったらよいのか……そう考えた時にHIROSHI WATANABEさんは、聴いた人自身が主人公になって、宇宙空間を旅をするような体験ができればいいと考えました。ページをめくることで進んでいく小説的な物語ではなく、主人公が自由にフィールドを動き回れるオープンワールドのゲームといったイメージでしょうか。「スイッチを押しただけで旅人になれるような、ワクワク感を触発するマジカルなボックス」だったらよいと、自身のAISOのキャラクターを定義づけたのです。そのために始まりのアナウンス(ブートアップ)だけは、スイッチを押した瞬間に必ず流れるようにしました(AISOではこんな風に、特定の音源だけは必ずここで再生する、といった設定もできます)。これを指して、HIROSHI WATANABEさんはAISOの「作曲」においては自身が「演出家」として振る舞う視点が生じる、とも仰っていました。

制作に要したメモは膨大な数に……
パズル(プログラム)のように「音のかけら」が組み合わさるパターンを記述していく

AISOが構築する音楽は「終わらない」ですから、通常「楽曲」と言われる実体はないわけです。それをたとえば「HIROSHI WATANABEが作ったもの」とこの世界に仮留めするために、物理プロダクトとしてのAISOが存在する、という見方もできます。もし物理媒体がなかったら、「終わらない音楽」はそれこそ「アンビエント」に……環境の中に拡散してしまって、それを「誰か」が作ったものとして、取引の中で正当な対価を発生させるには、というころで問題が発生してしまいますからね。どこからどこまでが「音楽」なのか。この辺りは音楽著作権にまつわる取り組みや考え方をたびたび取材してきた当ブログにとっても、非常に興味深い話題でした。

現在は制作を依頼したクリエイターのみに公開されており見ることはできないとのことですが、AISOには専用のソフトウェアがあり、「音のかけら」の出現頻度を決めるパラメータ調整などができるようになっているとのこと。今後はDAWという形で広く提供することや、権利に関するルールの整備も構想されているとのことです。AISOにとって重要なのは何よりそのコンセプトであり、単体で市場を独占しようとする意図はないと日山さんも津留さんも強調されていました。一緒にプロジェクトを進めていくクリエイター、メーカー、デザイナー、プログラマーetc…は常に求めているとのことで、さらなる展開が楽しみです。

AISOの今後。期待が高まります

《HEAR to LISTEN》は来月に第3回が予定されています。インタビュー記事の中でも紹介があった音の鳴る陶器「モノヲト」のプロジェクトを事例にサウンドデザインについて語るとのことで、会場/オンラインのチケットが共に発売中です。第1回・第2回についてもオンラインチケット購入者向けのアーカイブ配信がされていますので、気になった方はぜひ合わせてチェックしてみてはいかがでしょうか?

文:関取 大(Soundmain編集部)

“HEAR to LISTEN” presented by 神楽音LABO

<第1回>
サウンドデザインとブランディング 〜 サウンドの役割と重要性 ※終了、アーカイブ配信あり
日時:6月8日(水)19:00〜21:00
ゲスト:Shuma Jan(bird and insect)
ファシリテーター:日山 豪、清水 宏一

<第2回>
「終わらない音楽」で新たな価値を創る 〜 AISOやってみてどうでした? ※終了、アーカイブ配信あり
日時:7月6日(水) 19:00〜21:00
ゲスト:HIROSHI WATANABE、津留 正和(AISO)
ファシリテーター:日山 豪、清水 宏一

<第3回>
さらに繋がっていくサウンドデザイン 〜 音がもたらす相乗効果
日時:8月3日(水) 19:00〜21:00
ゲスト:辻 論(224porcelain)
ファシリテーター:日山 豪、清水 宏一

イベント概要

昨今、グラフィックやプロダクトの領域にとどまらず、デザインという言葉はさまざまな分野で使われるようになってきました。
それはデザインという意味がより広義に捉え直されているとも考えられます。
同様の視点で、新たなサウンドデザインへと理解を深めることが本トークセミナー『HEAR to LISTEN(“聞く”から“聴く”へ)』のテーマです。
独自のサウンドブランディング手法を用いてサウンドデザインを手掛ける株式会社エコーズブレス代表 日山 豪氏、アーティストとしての作品リリースに加え映画音楽・音響デザインにも携わる清水 宏一氏をファシリテーターとして迎え、これまでの実績から具体的な手法を読み解いていきます。
さらに、映像作家・ミュージシャン・AISOプロジェクトマネージャー・陶芸家と、各案件へ実際に関わったクリエイターの方々もお招きして別視点からのお話も伺っていきます。

申込方法

Peatixサイト(https://heartolisten.peatix.com/view)よりご希望のチケットを選択いただき「チケットを申し込む」よりお進みください。
各回の講座を個別でお申込みいただくことも可能です(アーカイブ配信あり)。
会場参加チケットは数に限りがございます。場合によっては立ち見でのご参加となる可能性がございます。

神楽音LABOとは

東京、神楽坂にあるハイエンドな音響設備を持つオルタナティブスペース“神楽音”にて不定期で開催される企画。
“音楽機材”や“音楽制作”の正しい知識や様々なスキルを学んだり、“音”自体が持つ新たな可能性を参加者皆で探っていく実験、研究の場である。

会場情報

会場:神楽音(https://kagurane.com/
住所:〒162-0825 東京都新宿区神楽坂6-48 TOMOS神楽坂ビルB1F
TEL:03-6265-3523
アクセス:東西線神楽坂駅徒歩1分