2022.06.22

quoreeインタビュー 微細なエディットで「初音ミクが孤独にならない」空間を作るプロデューサー

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

第10回のインタビューはquoree。サウンド・ギーク集団〈PAS TASTA〉(他メンバーはhirihiri、kabanagu、phritz、quoree、ウ山あまね、yuigot)にも所属するquoreeは、2019年より楽曲投稿をはじめ、2021年には〈Maltine Records〉よりEP『鉛色の街』を発表。オリジナル楽曲のほか、Tomggg「Misunderstand」、CYNHN「ごく平凡な青は、」、サ柄直生 & ねんね「かえりみち」などのリミックスも担当している。

初音ミクのボーカルを微細にエディットした透明度の高い空間的な表現は、ニコニコ動画内では「ボカトロニカ」「ミクビエント」「ボカイノセンス」などの評価を受けている。今回はquoreeの音楽的原点を辿りつつ、ボーカロイドとの向き合い方について、またサウンドメイクの具体的な手法について伺った。

「DTMって面白い」を繰り返して

まずは音楽を始めた原体験について教えてください。

兄がアニメの『けいおん!』に影響されてギターを買ってすぐに放置していて、どうせ置いてあるなら触ってみようと思ったのが、一番はじめの音楽をやる側としての出来事でした。調べたらスピッツの「チェリー」が簡単だというのでコードを弾いてみるなど、いろんな曲のコードだけをジャカジャカ弾いている時期がありました。

しばらくして高校受験が始まるということでギターを触らずにいたんですけど、息抜きにYouTubeで動画を見漁っていたら、海外の少年がギターをボコボコ叩いてスラップする動画があって。ギターの演奏ってコードを弾くかリードを弾くかぐらいしか知らなかったので、こんなこともできるんだなと思って、それから受験勉強を中断してギターをずっとボコボコ叩いている時間がありました。音楽って突き詰めた先には全然知らないものがあるんだな、と気づいたんです。ちなみに志望校にはなんとか受かりました(笑)。

DTMを始めたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?

高校2年生の時に、ジェラードンというお笑いトリオの「アイドルの握手会」のネタがバズっていて。そのネタ内でアイドルが歌う場面があるんですけど、特別いい曲というわけでもないのに、その歌がずっと頭から離れなかったんです。そこで「頭から離れないの、何だ?」と思ってMedlyというスマホのフリーの作曲アプリで打ち込んだというのが、一番最初のDTM的な体験でした。

ジェラードンのネタから(笑)。

はい(笑)。そこで、「メロディを打ち込むのって面白いんだな」と知って。その作曲アプリにはサンプルも豊富に用意されていたので、それをバックトラックにした歌モノのような曲をいくつか作っていました。

そこから本格的にDTMをするきっかけになったのは、黒魔さんというクリエイターの動画を友人に教わったことでした。最初に「中二の俺がスーパーマリオブラザーズを頑張って耳コピしてみた」という動画を、その直後に「SOUND VOLTEX」という音ゲーの楽曲公募で最優秀賞を獲られた時の動画を見せてもらって。リズムも音程も全然取れていないマリオの耳コピ動画から、数年頑張ったらこんなにすごい楽曲を作れるようになるんだと思って、めちゃくちゃ食らっちゃったんです。

それで本腰を入れてDTMを始めようと衝動で当時の全財産を使って「初音ミク V4X」を我が家に迎え入れたんですけど、パソコンなしに初音ミクだけじゃDTMってできないと気づいて(笑)。両親に頭を下げて、「バイトして返すから」と言って一番スペックの低いMacを買ってもらいました。

ニコニコ動画に最初に投稿された(当時はpond名義)「忘れた」こそ初音ミクのボーカルが入ったいわゆる歌モノですが、その後の楽曲では緻密なエディットが施されたエレクトロニック・ミュージックに変遷しています。その経緯について教えていただけますか?

「忘れた」はギターのサウンドも入っているのですが、ギターを録音するというのがめちゃくちゃ大変で、これは毎回やっていられない、打ち込みだけで曲を作りたいなと思うようになったんです。それから電子音楽を掘るようになりました。

その頃はFuture Bassが流行っていて、YouTubeで「how to make future bass」と調べて実際に真似して作っていたんですけど、全く同じ音だと自分の曲に合わないなと。そんな頃にSoundCloudで〈Night Owl Collective〉というレーベルに出会ったんです。いわゆるFuture Bassの音像とも違って少し落ち着いているし、全部の音が気持ちよく感じられて、「この音が自分の曲の中で鳴ったらどうなるんだろう」と思ったんです。それで作った「五月より」という曲はいま聴くとモロに影響を受けていますね。〈Night Owl Collective〉との出会いは、自分のサウンドメイクの原点になっています。

また、同じ時期にKabanaguが『太陽の味は』というEPを出したことでリリース元のMaltine Recordを知りました。過去のリリース曲も掘っていったら、自分が知らないポップ音楽の世界を知って衝撃を受けて、いつかこのレーベルから出してみたいなと思うようになりました。

実際に『鉛色の街』はMaltineからリリースされていますね。

はい。経緯を話すと、ちょうどAbleton Liveの無料体験版が半年くらい使えるという時期に試しでインストールしてみたんですが、オートメーションを描くのがすごくやりやすかったり、純正のエフェクトが面白かったりで、「DTMってめちゃくちゃ面白いな」と改めて感じられて。その気持ちの勢いで作ったのが「透明」のデモで、それをMaltine Recordsに送ってみたら返事が返ってきたんです。曲を送るまできっと認知もされていなかったと思うので、自分からアピールするのって大事なんだなって思いましたね。

「初音ミクが孤独にならない」空間的音響

DTMを始めた当初から初音ミクをボーカルに用いていたとのことですが、ボカロ楽曲は以前から聴いていたんですか?

小学5年生の頃、Nintendo 3DSで配信されている体験版ソフトを軒並み落としてプレイしていた時に初音ミクの音ゲー(『初音ミク Project mirai 2』)と出会って。PVにも使われていた、くちばしPさんの「私の時間」といいう楽曲をめちゃくちゃ好きになって「初音ミク、いいな」となったんですけど、ニコニコ動画やYouTubeにアマチュアの作品がたくさんあることは知ることがなく。TSUTAYAでボカロのベストアルバムを借りてきて、そればかりを聴いていました。

ニコニコ動画のカルチャーとしての初音ミクではなく、音楽ジャンルとして初音ミクを好きになったと。

そうですね。だからボーカロイド全般に詳しいというわけでもなくて。初音ミクを使った曲の中に好きなものがあって、それをずっと聴いているという感じでした。純粋に初音ミクの声が好きなんですよね。

どういうところが好きか、具体的に教えていただけますか?

初音ミクの声ってめちゃくちゃ美しいじゃないですか(即答)。

は、はい(笑)。

感じ方は人それぞれかもしれないですけど……。僕はあの声が本当に好きで、めちゃくちゃ美しいと感じていて。ボーカルでもあるけど、楽器でもあると思っているんです。だから、トラックに対してそんな初音ミクの声がうまく馴染めるように、ということを一番に考えて処理しています。逆に言えば、初音ミクの声に合うようにトラックを作っているところがあって。たとえば、聞き馴染みがよくなるように、初音ミクと他の楽器類をSendでひとつのトラックに送って、リバーブやディレイをかけた空間をつくる処理もしています。

初音ミクの声が美しいから、楽器としてうまく響かせたいと。

そうですね。たとえばトラック全体にリバーブがかかっていて、初音ミクだけにかかっていないと、寂しいんじゃないかと思うんです。初音ミクが。

リバーブの有無で「どちらの初音ミクが寂しくなさそうか」比較動画(quoreeさんご提供)

な、なるほど……。音楽として初音ミクを聴いていたということだったので、キャラクターとしての愛着はあまり無いのかと思っていましたが、そういうわけでもなさそうですね。

キャラクターとしても初音ミクは好きなんですけど、自分はニコニコ動画のカルチャーを通れなかったんですよね。両親がインターネットの扱いに関してわりと厳しくて、制限をかけられたりしていたので。だからニコニコ動画でボカロを聴くのではなく、CDから取り込んだ音源をウォークマンに入れて……という聴き方をしていました。

ニコニコ動画を視聴してコメントなどもしていたとしたら、quoreeさんにとっての初音ミク像は変わっていたかもしれませんね。

そうですね、アイドル的なものになっていたかもしれないです。ウォークマンに入れて持ち歩いて聴くというのは、自分とウォークマンの間にしか世界がない。小学校で出会ってから、そんなクローズドなところにずっと初音ミクが「いた」んですよね。

「家族」というワードが思い浮かんだのですが、それは言い過ぎですかね(笑)。

(笑)。あながち間違いではないかもしれないです。

まじですか(笑)。とにかく親しいものとしてボーカロイドがあるということですが、特に好きな楽曲はありますか?

たくさんあるんですけど、そうですね……。一曲ということでしたら、ふわりPさんの「ゆめのかたち」という曲ですね。初音ミクだけじゃなくてボーカロイド8人が歌っている曲なんですけど、純粋に楽曲がめちゃくちゃいいのと、ふわりPさんがボーカロイドのことめちゃくちゃ好きなんだろうな、というのが伝わってきて思わず笑顔になっちゃうんです(笑)。

ボーカロイドが大事にされている、というのがいいんですね。

はい。なにごとも嬉しくあってほしいですね。

“明確にぼんやりと”頭の中にあるサウンドを

楽曲づくりに関しても伺っていきたいです。普段どのようにして制作をしていますか?

制作環境はMacbook pro、DAWは『鉛色の街』以降はAbleton Liveで、シンセはSERUMとKeyscape、最近だとAbleton Live純正のものを使うことが多いです。あまり多くプラグインを買い揃えるということは今のところしていません。

あとは、楽曲制作の際に毎回テーマを設けているんですけど、そのテーマを忠実になぞっていくのであればこういう風にしたほうがいいな、ということを考えつつ音を組んでいますね。

テーマというのは、どういったものが多いんですか?

大体は自分のことなんですけど、難しいな……結構漠然とした感じなので言語化するのが難しいかもしれないです。基本的に自分自身の考えがぼやけているというか(笑)。でも、明確にぼんやりとしたテーマがあって……。「明確にぼんやり」って変なんですけど。

なるほど……。例えば「熱風」という楽曲は、ジャケットもファンタジックなイラストで、作品世界がしっかり用意されていますね。そういった「世界」みたいなものが頭の中で作られていて、それを音楽で構築していく、みたいなやり方なんですか?

そうですね! そうです。「音楽制作が面白くて面白くてどうしようもありません」という状態になることが度々あるんですけど、その状態の時に作ったのが「熱風」でした。一つひとつのできごとに対して、過剰に頭の中で広げ過ぎちゃう癖があって、「音楽面白いですね」という一点の出来事が頭の中で、あの音像、あの音色そのまんまな感じに広がっていて、それをただ書き起こしたみたいな感じなんです。

「熱風」だと、メインになるリフが笛のようなシンセなんですけど。それがまず頭にあって、音程と音色を同時並行で調整してリフを完成させています。メロディとサウンドのどっちが最初という感じでもなく、同時にイメージに近づけていくように手を動かしています。

シンセの音色を調整する際、具体的にはどのような処理をされていますか?

シンセで音を作る時は、サイン波や三角波などの基本の波形からエフェクトを噛ませて、あるいはEQをいじって変化させていくことが多いですね。曲ごとに新しいシンセを作っていて、プリセットは一応保存しつつ制作しているんですけど、純粋に保存し忘れることもあるし、曲を作る度に新しい音を作ることが多いです。作業効率は悪いと思うんですけど、それが癖になってしまっていて。

いま、過去のプロジェクトファイルを見返していたんですけど、「透明」のドロップはシンセが自分でも分からないほど細かく弄られていることに気づきました(笑)。SERUMのサイン波とノコギリ波を使っていたのですが、かなりの数のモジュレーションをマクロに割り当てて全体の動きを作っていますね。マクロというのは、音量やデチューンやディストーションなどからリバーブ、ディレイなどの空間系まで様々なエフェクターのツマミをまとめて動かせる機能なんですが、自分は本当に至るところにマクロをアサインしていて(笑)。

マクロを用いた「透明」のシンセワーク(quoreeさんご提供)

楽曲の全体像についても伺いたいです。先ほど〈Night Owl Collective〉からの影響が大きいと仰っていましたが、微細に揺れる音の作り方がquoreeさんの楽曲とも通じているように思います。

時期によってやり方が変わっているんですけど、自分はサイドチェインをキックだけじゃなくスネアの音にも割り当てて、ウワモノとか空間系のエフェクトを噛ませたSendのトラックにも効かせることがあります。サイドチェインってキックとベースの帯域が重なるから、重なったベースを抑えるために使うものらしいのですが、それを知らなかったので全部にかける、みたいな方法になっていますね。

それに癖で音をたくさん入れがちので、全部まとめて減衰させるとミックスがやりやすいし、自分が好きな音になります。

それが空間的なダイナミズムを生んでいるのですね。

あと空間系の処理でいうと、Valhalla VintageVerbやFabFilter Pro-RやAbletonの純正リバーブをよく使います。とにかく空間を大きくしたい時はValhalla VintageVerb、なんとなくリッチな感じにしたい時はFabFilter Pro-R、DAWの負荷を軽くしたい時にはAbletonのリバーブ……と気分で使い分けています。

初音ミクのボーカルも他の楽器類と一緒にSendでひとつのトラックにまとめてから空間系の処理をしていると仰っていましたね。

「寂しいな」と思った部分をうまいこと埋めてくれるような気がして、作っている時に気づいたら空間を広くしちゃうということがよくあります。めちゃくちゃドライな曲も作ってみたいとは思っているんですけど。まだまだ技術が及ばずという感じです。本当はタイトな曲もそうでない曲も幅広く作りたいですね。

サウンド・ギークの将来は

サウンド作りの際に参考にしているアーティストなどはいますか?

「トラックメイキングって何をやってもいいんだ」というのはKabanaguだったり、hirihiriさんだったり、(ウ山)あまねさんだったり、PAS TASTAメンバーを見ていてよく思うことですね。たとえば本来、音をめちゃくちゃに割ったり、変な音を入れていいわけがないじゃないですか。なのに、それがめちゃくちゃかっこいいというのがすごいなって。

そしてそんな皆のルーツを探ると、親近感を覚えるアーティストが海外にも結構いたりするんですよね。(サウンド作りに対する)姿勢という意味では、聴いているアーティスト全てから影響を受けていると言っていいのかもしれません。

なるほど。最近聴いている音楽についても伺えますか?

最近、これまで全然聴いてこなかったものを聴いてみようというターンが来ていて。それで聴き始めたThe Booksというバンドの『Lost and Safe』というアルバムはめちゃくちゃ食らっちゃいました。もともとtoeが好きで、どこかでtoeに近い雰囲気があるという言及を見て聴き始めたんですけど、もう解散しちゃっているみたいですね。

あと、ミュージシャン単位ではないんですけど、自分はカリンバの音がめちゃくちゃ好きで。最近はカリンバの演奏動画を見ていたらサジェストされたMbiraという楽器の演奏動画がとても面白くて、ずっとそれを見ていますね。とにかく演奏している人たちが楽しそうで、自分もこういう感情を絶対に忘れたくないなと。

hirihiriさんがバイレファンキを作ったりKabanaguさんがインド音楽を聴いていたり、PAS TASTAメンバーがエスニックな音楽を好きというのは面白いですね。

新しいものを探していくうちに民族音楽にたどり着くというのが各々あるんじゃないでしょうか。分からないですけど(笑)。

ギーク的な探究心ですよね。最後に、これからの活動の展望を教えていただけますか?

まずは、しばらく前に作り終えたEPがあるので、それをできるだけ早くリリースできたらいいなと考えています。

活動全体としては、自分のオリジナル楽曲をコンスタントに出しつつ、リミックスワークとかいったこともやり続けていけたらいいなと思っています。もっと聞く人が増えてくれるような何かができればいいんですけど、どうなんでしょう。結構、純粋に将来が不安でどうすればいいんだろうと悩んでいるので、「君はこうすればいい」と言ってくれる人がいたら言ってほしいです(笑)。

是非読者の方からアドバイスをいただけたらいいのですが……(笑)。今後ともご活躍を楽しみにしております。本日はありがとうございました!

文・取材:namahoge(@namahoge_f

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