2022.06.10

ヒッキーP インタビュー ボカロアングラシーンの重要人物が語る、「感情の音楽化」と現在のボカロシーン

2007年の初音ミク発売以来、広がり続けているボカロカルチャー。大ヒット曲や国民的アーティストの輩出などによりますます一般化する中、本連載ではそうした観点からはしばしば抜け落ちてしまうオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

第2回に登場するのはヒッキーP。強く歪んだ音色やノイズを交えたサウンドコラージュといったオルタナティブな音楽性を展開する一方で、普遍的でキャッチーなメロディも得意とし、ボカロシーンにおいてアンダーグラウンドとオーバーグラウンドを接続するような、一際異質な存在感を放ってきた。

2012年には自身の楽曲が設立のきっかけになったというレーベル・GINGAより一般流通アルバム『Eutopia』をリリース。またボカロシーンの優れた観測者・キュレーターとしても知られ、その活動はオルタナティブ~アンダーグラウンドなシーンに大きな影響を与えている。今回は音楽の原体験や注目のボカロPをはじめ、これまでのインタビューではあまり語られなかった独特な制作方法や、ボカロシーンに起こった変化について語ってもらった。

連載バックナンバーはこちら:
https://blogs.soundmain.net/tag/vocaloid-sound/

cali≠gariやボアダムスに衝撃、ボカロで曲を作り始めるまで

音楽制作を始めたきっかけを教えてください。

小学生の頃にエレクトーンを習っていたんです。サボって数年でやめちゃったんですが(笑)。上手く弾けるようになったとは言えないんですけど、そこでドレミファソラシドの感覚が身についたのかなと。そこからいろんな音楽を聴いていくうちに自分も作ってみたいなと思うようになって、音楽を作れるソフトなどはあるのか父親に尋ねたら、中学2年のクリスマスにDAWを買ってくれたんです。それがその当時発売されていた最初期のSONARで。インターフェースも含めて5,6万円くらいだったと思うんですけど、それまでそのような高額なプレゼントはもらったことはなかったので、突然のことにその場で泣いてしまい。これを無駄にしちゃいけないなと思って、このソフトを使って音楽を作っていこうと思ったのが音楽制作のきっかけですね。

ボカロPを始める前には自分で歌ったりもされていたんですよね?

そうですね。最初は完全に手探りで、「こうやって音を重ねていけばバンドサウンドっぽくなるな」と試行錯誤しながら作っていました。作った曲は当時好きだったアーティストの掲示板やファンサイトに投稿していたんですけど、ボロクソに叩かれていました(笑)。「音楽やめちまえ」なんて言われたこともあったんですけど、「荒削りだけど独特で面白いから続けてみてよ」と言ってくれる人が1,2人くらいいて。そうした声をモチベーションにして、叩いてきた人たちをギャフンと言わせたい、もっとすごい曲を作ってやるぞという気持ちで作り続けていましたね。

最初はロックをやりたかったんですか?

ロックバンドに衝撃を受けていたので、やっぱりバンド形式で音楽をやりたいなと思っていました。だけど地方出身だったこともあり、自分が作っている曲に理解を示してくれる人やバンド仲間を見つけられなかったんですよね。だから、親が買ってくれたDAWを使って1人で曲を形にして、それを理解してくれる人や好きになってくれる人を探していた感じです。

そこからどのような経緯でボカロPになったのでしょうか?

まず、ボーカロイドという存在を知ったのは初音ミクが発売される2ヶ月くらい前ですね。発売前はニコニコ動画でもちょっと話題になっていて、ボーカロイドはこういうものだという解説とか、既に発売されていたMEIKOのサンプルボイスなども投稿されていたので、初音ミクは声優さんの声で自由に歌ってくれるソフトなんだという情報を得ていました。ニコニコ動画の奇天烈な世界観というか、ぶっとんだ音MADなどが生まれてくる文化が面白いと興味を持っていた時期に初音ミクの存在を知ったので、初音ミクもニコニコ動画でもきっと盛り上がるだろうなと思っていました。お金が貯まったらすぐに初音ミクを買おうと思いつつ、その動向はずっとチェックしていました。

実際に初音ミクが発売されると、既存の曲のカバーから始まり、そこからまもなく初音ミクというキャラクターをテーマにした曲がたくさん投稿され始めました。こんな声で歌ってくれるんだという衝撃を受けつつも、それ以上に、プロじゃない人が作っている曲が聴かれる文化がニコニコ動画で生まれていることにすごい衝撃を受けて。それまでにも作曲投稿サイトはあったけど、自作曲を作っている人たち同士で感想を言い合うくらいで、不特定多数に聴かれるという環境はネット上にほとんど存在しなかったんです。この文化の誕生はインディーズシーンとして革命だと思いましたね。

ただ、その当時は、初音ミクという電子の歌姫をテーマにしたようなアイドルソングしか聴かれないんだろうなという思い込みがありました。

ボカロPを始めようとした直接的なきっかけはいくつかあるんですが、まずは鏡音リンが発売されたことです。初音ミクに比べて評判はあまり良くなかったけど、鏡音リンの声を聴いたときに自分の曲を歌ってくれるボーカルはこの声しかないという衝撃を受けたんです。

それと同時期に、大学の軽音楽サークルの友達から「このボカロ曲聴いたことある?」というメールをもらったんです。普段は洋楽のロックとかファンクを聴いている人で、ボカロ曲を聴かなそうな感じだったんですけど、ボカロPのharuna808さんの曲を教えてくれたんです。聴いてみたら、それまでのボカロ曲のイメージとは違う、すごく個性的な魅力を持つ音楽でした。ボーカロイドの文化ではこういう音楽は再生されないのかと思っていたけど、その曲は3000再生くらいされていて。コメントでも、初音ミクのキャラクターとか可愛さについてのものだけじゃなくて、音楽に対して面白いというコメントがたくさんついていたんですよ。

それがきっかけで、キャラクター性だけで聴かれる文化じゃないんだって気づいて、いろんなボカロ曲を探して聴いてみたら、いわゆる代表的なアイドルソングの下に独創的な作品がたくさん眠っているし、しかもある程度聴かれている。これはすごいシーンが生まれているぞと驚いて、自分もすぐにでも行動しなきゃと思い、それからはほとんどの時間をボカロ曲を聴くか、作るかに費やしていました。初投稿するのはそこから1,2ヶ月くらい後だったと思います。

haruna808さん以外にその当時衝撃を受けたボカロPはいますか?

なっとくPさん、こんぺいとうPさんには特に大きい衝撃を受けました。よよPさんやすんzりヴぇrPさん、牢獄Pさんなど、他にもいっぱいます。

多様なジャンルの音楽を偏見なく聴かれている印象ですが、これまでの音楽遍歴と、特に影響を受けたと感じるアーティストを教えてください。

小学生の頃は、親や姉の影響で売れているJ-POPを中心に、フォークソングや洋楽の有名なハードロックとかを聴いていました。その後、中学生になった頃に自分の音楽の価値観を変えたのがcali≠gariというバンドです。はじめて聴いたときは全然訳がわからなかったんですよね。アルバムは1曲ごとに方向性がバラバラだし、この人たちは何がやりたいんだろうと思って、しっくりこなかったんです。でも、ただ事じゃないことをやろうとしていることは伝わってきたので、強く興味を惹かれつつ何度も聴いていたら徐々に、一方向の音楽の価値観に囚われていないことの凄みに気づいて、衝撃を受けました。それをきっかけに、最初に聴いたときのフィーリングで決めつけるんじゃなくて、違和感があっても理解するまで聴いていこうというスタンスになりました。また、cali≠gariのメンバーの方々がそれぞれマニアックな音楽趣味を積極的に発信している方々だったので、その情報を伝って新たに知らないアーティストを知っていきました。

そして、高校生の頃にcali≠gariの延長線上でボアダムスというバンドに出会いました。『スーパー アー』というアルバムをはじめて聴いたときは本当に訳がわからなくて、全然しっくりこなかったんですよ。でもヤバい雰囲気だけは感じとっていて、これは気に入るまで聴き続けるしかないなと思って、そのアルバムを半年くらいほぼ毎日聴き続けていたんですよね。するとある日、突然頭がパーンと開けたような感覚があって、世界の全ての音がここに詰まっているような印象に変わったんですよ。聴き終わった後には自分の部屋がキラキラして輝いて見えたり、聞こえてくるあらゆる生活音も魅力的に感じたりして、音楽の解像度がグンと上がった感覚になりました。こうした経験が、今の音楽を聴くスタイルを決定付けたんだと思います。

cali≠gariで特に聴いていた作品はありますか?

特に好きだったのは『8』というアルバムですね。cali≠gariはビジュアル系にカテゴライズされることもあるバンドですけど、『8』というアルバムを出したときにメイクを落として格好が地味になったんですよ。だけど音楽は一番ひねくれたような内容になっていて、最初はまったく理解できなかったけど、数回聴くうちに音の細かいニュアンスがわかってきて、「この音じゃなきゃいけないんだ」とフィットしました。

ヒットチャート常連のアーティストに関してはどうでしょうか。

B’zや浜崎あゆみなど、小学生の頃から好きです。当時、ネットの掲示板で「本当の音楽通はそういう音楽は聴かない」みたいな論調があったんですけど、すごく嫌だったんですよね。なんで聴く音楽で音楽好きのレベルを決められなきゃいけないんだって気持ちが強かったから、自分はB’zや浜崎あゆみも聴くよとあえて主張していました。でもそれを抜きにしても普通に好きでよく聴いています。

ヒッキーPさんの動画には「リンダストリアル」というタグが付いていますけど、歪んだサウンドや金属的な音色にはどのような背景があるんでしょうか?

ニコニコ動画に投稿しはじめた頃に「インダストリアル系の音楽だね」とコメントをもらったり、タグを付けられたことがあったんですけど、その当時はインダストリアル系を聴いたことがなかったんですよね。もし他の方に「こんなのインダストリアルじゃない」と言われたら困るなと思って、パチモノっぽいタグを付けたら面白いかなと思って自分で「リンダストリアル」のタグに付け替えたんですよ。そうしたらそれ以降はこのタグが付くようになったんですよね。

でも、インダストリアル系のキンキンした音だという自覚は全く無くて、ただ好きな音を使っていただけですね。最初期の作品は当時聴いていた浜崎あゆみのような曲を作ろうと思ってできた曲なんですけど、誰もそんな風に解釈してくれませんでした。ナイン・インチ・ネイルズみたいだねと言われたこともあって、未だに腑に落ちてないです(笑)。

ボーカロイドは「最高のシンガー」

制作環境について教えてください。

1年半くらい前にPCを新しくしたんですけど、それまではOSがWindows XPのものを使い続けていたんですよ。父親が買ってくれた最初期のSONAR 1.0が動く環境で続けたかったから、本当に最近までその環境で作っていました。だからプラグインもまともに入れられなかったんですよね(笑)。音を編集するフリーソフトも使っていたんですけど、プラグインという形では組み込めなかったですね。

現在はCakewalkというSONARがフリーになったソフトを使っています。SONAR 1.0から十何年も経っているので、いろんなことができるんだなと感動しました(笑)。

PCを新しくする前は、具体的にはどんなフリーソフトを使っていましたか?

当時はSoundEngine Freeというソフトを使っていて、例えば机を叩いた音や電子ピアノを弾いた音を録音して、加工したり歪ませたりして音色を作っていました。 

曲を作る際は、どのような手順でどういうところから作るのでしょうか?

ニュアンスが伝わるかわからないんですけど……まずは気持ちというか、自分の中にあるどうしようもないような感情を高めていくんですよね。理解され難いと思うんですけど、例えばめちゃくちゃ力んだり頭を壁に打ち付けたりするくらい、自分を切迫した感じにするんですよ。そうしたときに自分の中に生まれてくるリズムを叩いて録音するんです。不安定なリズムみたいなものが録音されるんですけど、その時に出てきたリズムというのは自分の感情が乗ったリズムなんですよね。それをDAWに落とし込んで、そこにメロディのフレーズやアイディアを肉付けしていったり、無駄な音を間引いたりして曲を作っていくというのが多いですね。

ドラムのループ素材を使うこともあるけど、そのまま使うんじゃなくて、音を一音一音切り離してから使っていますね。例えば力んだ状態でマウスをクリックしたときに生まれる不安定なリズムを録音して、そこにドラムの音を置いていく。そうすることで、自分にしか生み出せないリズムを表現できる気がします。

他の人はこんな作業や機材の使い方をしないだろうというのはありますか?

他の方のプロジェクトファイルを見てみると、長いフレーズをピアノロールで全部打ち込んだりするじゃないですか。僕の場合はピアノロールを数音だけ打ち込んだら、その刹那の音符の動きをその都度WAVに出力して、編集して置いていくというのを繰り返しやっています。他の人のように何小節分かのフレーズやメロディを書いていくというのをほとんどしない。その一瞬ごとに全てのパートを作っていくみたいな感じです。最終的に鳴る音をいち早く聴きたいという気持ちがあるので、その一瞬だけを全部のパートで作って、こんな音が鳴るんだというのを確認してから次の部分を作っていますね。

このコード進行を使うとか、全体の流れをイメージしたりはしないんですか?

頭の中でぼんやりとした全体の流れのイメージはあるんですけど、実際に作業するとなると一瞬ごとに作っていて、次の瞬間をどのようにしようかとその都度考えるという感じですね。

コラージュ的に入り乱れるパーカッションや効果音が特徴だと思いますが、どのような音楽の影響を受けて、どのように作っているのでしょうか?

魔ゼルな規犬というアーティストの影響を強く受けています。電子音の上に様々な映画などの音声が細切れになって鳴っているような曲を作っているアーティストで、その作風は自分の根底になっていると思います。

あとはAphex Twinとか、ドリルンベースやエレクトロニカのアーティストの影響もあります。だけど、さっき言ったようなその都度アイディアを詰め込んでいく作り方をしているから、結果的にそうした音になっているんだと思います。

サンプルを使うことはありますか?

使いますが、そのまま使うことはしないで、細切れにしたり何かしらの加工をしてから使うことが多いですね。

コラージュ感覚を曲全体の展開にも感じます。キャッチーなサビが一度だけしかなかったり、すぐ別の展開に移ったりしますが、どのようなアイディアなのでしょうか?

そもそもの話なんですが、サビを2回以上出す必要があるのかなと思っています。それは商業的な事情で作られたからだと思うんですけど、僕は次々と違う展開をした方が楽しいと思うし、そっちの方が聴いていて興奮しますね。

曲の長さが短いのも特徴ですよね。

曲の短さは今となっては普通になりましたけどね。引き伸ばすことはしないですし、そもそも引き伸ばす必要ってあるのかな? 自分の伝えたいことをバンって出し終わったら終わるので良いんじゃないの、と思います。

先程も話題に挙がったようにボーカルとして鏡音リンを主に利用していますが、その理由を具体的に教えてもらえますか。

はじめて聴いたときからキンキンしていて良い声だなって衝撃を受けて、ボーカルとしての鏡音リンが本当に好きでずっと使っています。僕自身は太い声だし、メロディを正確に歌う繊細なボーカリゼーションは難しいので、すごく頼りにしていますね。

なっとくPさんの「ヒッキーPを一言で表す」というブログ記事にも指摘があったと思うんですけど、感情的ともとれるバグのようなボーカル加工についても教えてください。

「liberal pops」を作っていたときはVOCALOID EDITORの「ジェンダー」などの複数のパラメーターを同時に極端に変えたりしていました。なっとくPさんの記事では「ボーカロイドの声でありながら、その背景には作者がいる」「このボーカルの感情はボーカロイドのものなのか、作者のものなのか。その曖昧な半透明な感じがボーカロイドの魅力だ」と書いてあって、それはまさしく自分がボーカロイドの声で表現しようとしてることだなと、後付けながらも納得しましたね。

それを踏まえて作ったのが「君を見た光」という曲です。鏡音リンの叫びのようなボーカルがどんどん機械的な声になっていくように聞こえる箇所があるんですけど、あれはリンの声を細切れにしたものをつなげているんですね。まずリンの叫んでいる歌声をWAVファイルに書き出して、その音声の途中の、ほんの一瞬だけを切り取ったものを何十個も並べていって歌声の間に挿入していくんです。切り取る幅を狭めて何度も繰り返していくほど、どんどん無機質で切実な声になっていくように聴こえたので、そこにエモーショナルなものを感じ、取り入れてみようと思いました。

ボーカル加工の様子(下記動画2:00頃から)

ボーカロイドのことはどのように認識していますか?

僕としては最高のシンガーですね。機械音だという人も結構いますけど、はじめて初音ミクの声を聞いたときからすごいシンガーだなという印象でした。ボーカロイドだから人間と違うという認識はないですね。

処女Aというバンドではご自身で歌っていますけど、ボーカロイドを用いる際との違いはありますか?

やっぱりボーカルが異なるのが一番の大きな違いですね。自分が歌ったときに魅力が出るメロディと、ボーカロイドが歌ったときに魅力が出るメロディは全然違うと思います。あと、処女Aはライブを意識して曲を作っているんですけど、ボーカロイドの方はライブで再現することを想定していない音作品として作っているという自覚がありますね。

少し内容がかぶるのですが、音域や声の持続時間、打ち込み性の高さなど、ボーカロイドの特性がメロディに反映されることはありますか?

ボーカロイドに歌わせると聴き取りにくくなってしまう音域もあるので、鏡音リンだったらリンの得意な音域で作っている感覚はあります。編集次第で細かいメロディも歌ってくれて、精密な表現ができるなと思いますね。そういう特性は自分の楽曲の音全体にも影響を与えているかもしれません。ボーカロイドを使っていなかったら、今のような音楽性にはなっていなかったと思います。

『Eutopia』収録曲あたりから喋りのようなボーカルが増えたと思うのですが、これにはどのような背景があるのでしょうか?

厳密には喋りではないんですよね。初めての流通CDを出すということもあって、他の人が踏み込んでいないところまで踏み込んだ新しいものを作りたいという意識が強かったんです。その瞬間ごとに感情が変わっていくものを作りたくて、BPMやリズムを瞬間ごとに変えて、メロディもポップスの格子から少しずつ外していくことで感情を表現しようとしていました。おそらくそれが喋りのように聞こえ始めたのかなと思います。

それに、ポップスって一定のリズムを刻むものがほとんどじゃないですか。それにすごく違和感を覚えていて。気持ちから音楽を作るという話を先ほどしましたが、果たして自分の気持ちって一定なのかと考えると、そんなに一定じゃないと思うんですよね。すごく元気なときがあったとして、その5秒後には憂鬱になることだって普通にあるじゃないですか。それを音楽上で表現するということは手付かずになっているなと気づいて、感情やテンションの波みたいな動きを音楽に落とし込もうとした結果が不安定なリズムの変化につながっているんだと思います。そこにポップスを流し込もうと試みたのが『Eutopia』の頃なので、そうしたことも喋っているように聞こえることに影響しているのかなと。

『Eutopia』発売時のインタビューではクリップしないようにミックスすることを教わったというエピソードがあったと思うんですが、その経緯について教えてもらえますか?

恥ずかしい話なんですけど、それまで音割れを全然気にしてこなかったんですよね。普通の人はトラックごとの音量を-12dBくらいにして作るみたいなんですけど、それまで僕は音量をマイナスにしたことがなかったし、なんなら5つほどあるトラックはほとんど音割れさせていました。それをミックスダウンするとさらなる音割れが完成して、むしろ気持ちいいなと思っていましたね(笑)。『Eutopia』を作るときに、音割れさせたとしても音量を絞って作りなさいという初歩的なことを教わりました。

そこまで音割れが好きなのはなぜなんでしょうか?

だって気持ちいいじゃないですか(笑)。ジミ・ヘンドリックスのノイズを聴いていて気持ちいいと感じてた僕のお父さん世代と同じ感じだと思うんですよ。「ジャリーン!」という感じがキますよね。 

現代におけるアンダーグラウンド、そしてボカロシーンのこれから

ボカロシーンやカルチャーのどのような部分に面白味を感じていますか?

最初の方で言った内容と共通するところもあるんですが、ボーカロイド以前ではプロ以外のアマチュアの自作曲が聴かれる環境がなかったんですよ。それが突然爆誕して、それぞれの人が抱えていた音楽への思いや個性的な性質を持った衝動、今まで吐き出す場所がなかったからこその強烈な意欲が堰を切ったように出てきた。そのインディーズならではの異様な熱量が好きになったきっかけであり、またボカロカルチャーの魅力だと思います。今となっては個人で自作曲を発表することは普通になった時代だけど、その環境が今でも残っているのは魅力的ですね。

長くシーンに関わってきた中で、大きな変化を感じたことがあれば教えてください。

最初期は、アマチュアの人がどんな曲を作るのかという感覚が、聴く側に全然なかったんです。だからこそ聴く側はある意味で見くびっていたし、一方で曲を作るという行為を神格化していた。流通している曲やヒットしている曲は魔法のように作られている、魔力をまとっているといった神格化が、ボーカロイド楽曲に対してもあったと思うんですよ。

だからシーンが誕生したばかりの時期というのはリスナーが「アマチュアが曲なんて作れるはずがない」という意識で聴いていたら名曲がどんどん生まれてくる、という状態があって、「神がいっぱいいる!」という熱に浮かされていたんです。期待値の低さとクオリティの高さにギャップがあったからこその、バブルのような状態が数年ほど続いていたんです。

今はその下駄が外れた状態で、みんなフラットな気持ちで曲を聴いている。ある意味では厳しいシーンになったのが、昔と今の大きな変化だと思います。

他には、最初期は商業的な動きに対して敏感に反発していた印象がありました。その後、たくさんの大企業がボカロシーンを消費していって、一旦その商業活動が落ち着く時期があるんですけど、その時期もボカロシーンはインディーズシーンとして数々の種を育んできた。そこからまた音楽シーンで有名な人が出てきたりして、商業ともある程度繋がりがある音楽シーンとして変わってきているので、それを経たことで受け取る側の商業アレルギーみたいなものは軽減された印象がありますね。もちろん商業目的を第一に掲げたりすることは、ボカロシーンのカラーとは合わないですが。

それに、ボーカロイドのトピックがニュースになったからといってあらゆる話題に対して盛り上がる雰囲気が減ったというか、ボーカロイドを好きな人たちでもいちいち反応しなくなったように思います。例えば「中田敦彦がボカロ曲を作りました」と言っても、興味ない人は全然興味ないみたいな。それくらい裾野が広がって、ボーカロイドが日常的な1カテゴリーになったのは大きな変化なんじゃないかと思います。

ヒッキーPさんのキュレーターとしての代表的な活動として、再生数1万以下の個性的なボカロPをピックアップした「VOCALOID・アンダーグラウンド・カタログ」が挙げられると思います。この動画を作成した当時の問題意識や、シーンへ及ぼした影響などを教えてください。

あれを作った当時のボカロシーンというのは、ニコニコ動画のなかでも「もっと評価されるべきボカロ曲集」みたいなBGM動画が投稿されていた時期だったんです。2008年はじめくらいのことで、ボカロ曲を作ったからといって必ずしも伸びるわけではなくなった時代に突入していたなかで、再生数は多くないけどすごくいい曲を紹介する流れがあったんですよ。でも、バラードや電子ポップやクラブミュージック系など、紹介されている音楽が限定的だったんですよね。そこから外れた音楽性のものは評価されるべきものに含まれないのか?という不満があったので、そこから外れた曲をピックアップするために「VOCALOID・アンダーグラウンド・カタログ」を作りました。

投稿後は反響が結構あって「VOCALOID・アンダーグラウンド・カタログ」のファンも出てきたし、2chのボーカロイドスレで変わった音楽性をやるボカロPのことをアングラ系と呼ぶという流れもできました。第2弾の動画を僕じゃない人が作って投稿したのには驚きました。第一弾で僕が紹介していたsansuiPさんが第2弾の編集をしていて、そこから僕とsansuiPの投稿合戦みたいなものが始まってシリーズ化していきました。

最近は「VOCALOID・アンダーグラウンド・カタログ」はあまり更新されていませんが、何か理由はあるのでしょうか?

ある時期からアングラ系の定義が難しくなったというのがありますね。最初は再生数1万回以下という括りでピックアップしていて、2008年当時はそれが適当かなという自分のなかでのラインがあったんですけど、どれくらいの数値が指標となるのかが時代とともに変わっている。

それに加えて、第一弾を投稿した時期は「ボーカロイドといえばこういう曲調だ」という範囲がすごく狭かったんですよ。「電子の歌姫」みたいなキャラクターソングやバラード、王道ポップス、電波ソングとかが多くの割合を占めていたので、逆説的にアングラ系も定義しやすかったんです。だけどハチさんやwowakaさんが出てきた時期からはボカロシーンならではの音楽性が形成されてきて、それが日の目を見はじめる、音楽的に前衛的だったり、革新的なことをやっている人も再生数が伸びる時代になってきた。僕が最後に投稿したアングラカタログの次のカタログを作るときはハチさんやwowakaさんをはじめ、梨本ういさんや盛るPさんをピックアップしようと思っていたんですけど、気づいたらみんなヒットして有名になっていました。もし今の時代にアングラカタログを作るとしたら、編集者のセンスがすごく問われるので、ハードルがかなり上がっていると思います。

初めてヒットチャート外のボカロシーンに触れる人に向けて、この人は是非とも聴いてほしい、というボカロPを教えてください。

これはたのしいマグロダンスPを挙げるしかないですね(笑)。「5月4日!運動!叩く!」という曲があるんですけど、みんなにこの曲を聴いて欲しい。僕の作風と通じるところがあるんですけど、喋っているような曲なんですよね。<なんでそんなこともできないの>と言うところがあって、怒りが頂点に達したときに出てくる言葉のニュアンスやリズムみたいなものをそのまま音楽に落とし込んでいる。これからDTMが主体の音楽シーンになっていくにつれて、「2021年からこんな斬新なことをやっていたんだ」という解釈になっていくポテンシャルがある曲だと思います。

以前はリズムを正確に刻むことにロイヤリティがあったと思うんですけど、DTMが当たり前な時代になるとその付加価値がなくなったんですよ。今後は、その一定のリズムから外れたときにどんな表現が生まれるかみたいなところが注目されていくと思います。そうなったときにこの曲は重要な作品として注目されるんじゃないかなと思っています。

あとは負二価-さんですね。中国の方で、日本のボカロPでは思いつかないような曲作りをされている。「縄に噛まれた」という曲ではリズムの安定と不安定を使い分けていて、自分たちとは全然違う価値観で音楽を作っているので衝撃を受けました。

挙げてもらったおふたりは最近の方ですけど、これまでの全てのボカロPという括りだとどのような方が挙げられますか?

偉人がたくさんいるので挙げるのは難しいですけど、他の人が挙げなさそうな人だと大丈夫Pが真っ先に思い浮かびますね。「おれの闘病日記」という、若くして癌を患ったときに入院生活を全部映像資料に残してドキュメンタリーを作ったという作品が傑作です。破壊的な音色や汚い音を意図的に出すというところを研究している人で、下品だけど攻撃性が高い音を作っていますね。

ヒットチャート内で最近注目している人はいますか?

いよわさんですね。他の人も言及していると思うんですけど、たのしいマグロダンスPや大丈夫Pのように一定のリズムじゃないところに感情の起伏を見出している方だと思うので、すごく好きですね。

最近では「Rate Your Music」を中心に『Eutopia』が海外で注目を集めていますが、どのような聴かれ方をされているのでしょうか?

海外でも聴かれるようになったきっかけは全然わからないですけど、歌詞のメッセージ性じゃなくて音のニュアンスからアルバムの内容や意図を汲み取ってもらっているなと思いますね。こんな音楽はこれまで聴いたことないぞという評価をされているし、YMOやジョン・ゾーンなど、他の著名なアーティストと並べられて評価されているのがすごく嬉しいです。

近年、より一般化した印象のあるボカロカルチャーですが、ヒット曲が隔たりなく多くの人に聴かれるようになる一方で、これまであったシーンとしての独自色や、投稿すればほぼ必ず数十~100回は再生されるような場としての側面が薄れてしまうことも危惧されると思います。今後のボカロシーンに関する見込みや期待を教えてください。

そうした側面が薄れるかどうかはわからないですけど、最初期のボカロシーンにかかっていた魔法みたいなものはもうなくなっていて、純粋なインディーズシーンのひとつになっていると思うんですよ。今は「ボカコレ」とかが開催されていて、ニコニコ動画の方でボカロに寄り添う活動が始まっていることはすごくいいことだと思っています。

YouTubeは外に開いているので聴いてくれる母数は多いけど、ニコニコ動画はボカロシーンのコアの人たちを尊重している。検索システムやタグも普及しているし、今から新しく生まれる知らないボカロPの知らないボカロ曲を聴いてくれる場所というのは、今のところニコニコ動画しかない。YouTube内で知らないボカロ曲を探して積極的に聴いていくムーブメントが生まれると良いんですけど、YouTubeが今後ボカロのために何かしてくれるというのは多分なさそうですよね。だから、僕たちがニコニコ動画を大切にして、ニコニコ動画がボカロシーンをどれくらい尊重してくれるかというのはかなり重要かなと思います。個人的には今後もニコニコ動画を母体としてコミュニティがより広まっていくと良いなと思いますね。くりたしげたか(※)さん、応援しております!(笑)

※ドワンゴ専務取締役COO、栗田穣崇氏。Twitterのスクリーンネームは「くりたしげたか」で、ボカロ曲含めニコニコ動画に投稿された注目の動画を積極的にピックアップしている。

リード文・聞き手:Flat
本文構成:しま

ヒッキーP プロフィール

2008年よりニコニコ動画へボーカロイド楽曲の投稿を開始。
2012年、一般流通アルバム『Eutopia』をGINGAより発売。
当時は関係者やごく一部のファンを喜ばせる規模の反響に留まったが、2020年頃から海外のレーティングサイト「Rate Your Music」を通じて海外のリスナーからのリアクションが増え始める。
「VOCALOID・アンダーグラウンド・カタログ」初代編集者。
ボカロシーン初期からの知見を活かし書籍『合成音声音楽の世界』等で執筆活動も行っている。

niconico: https://www.nicovideo.jp/user/1296199/mylist/5527329
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