2022.05.20

エレクトロニックミュージック産業が2021年に再成長! テックハウスやアマピアノの存在感が増すなどトレンドも変化

音楽業界は2020年のコロナ禍により、非常に大きな経済的打撃を受けました。しかし、昨年夏以降は欧米を中心に徐々にライブミュージックビジネスが再開。国内においても今年は海外アーティストを迎えたクラブ/ライブイベントやフェスが数多く発表されるなど、音楽業界はコロナ禍以前の活況を取り戻しつつある状況です。

今年4月末にイビサ島で開催された「International Music Summit(IMS)」では、イベントの一環として、毎年恒例の現在のエレクトロニックミュージックシーンの動向をまとめたビジネスレポートが発表されました。

レポートによると2021年のエレクトロニックミュージック産業の評価額は60億ドルと推定されており、34億ドルだった2020年から大きな成長が見られました。

この評価額は、音楽機材(ソフトウェアとハードウェア)、音楽販売とストリーミング、DJとアーティストの収益、イベント収益といった各音楽ビジネスを考慮して算出されていますが、今年から新たに“教育”カテゴリーが追加されました。このカテゴリーには、Point Blank Music SchoolやBridges For Musicといった音楽学習機関や、MasterClass、Toolroom Academyなどチュートリアルを販売するオンライン・プラットフォームなども含まれます。

フェスのチケットの検索数がコロナ前より1.5倍増

2021年はエレクトロニックミュージック関連のフェスやクラブにも成長が見られました。昨年は2020年に25億ドルだった評価額が前年比166%増に。しかしながら、2019年の評価額と比較した場合42%減少しており、業界関係者は今年の完全復活に期待を寄せています。

またSkiddleのデータによると、2021年のフェスのチケットの検索数はコロナ前の2019年に比べてフェスのチケット検索数は150%にまで急増。クラブイベントに関しては36%に留まっていたことから、昨年はクラブイベントよりもコロナ禍で延期が相次いだフェスの需要が高まっていたことがうかがえます。一方でコロナ禍をきっかけに需要が拡大したライブストリーミングの成長が頭打ちになり始めていることも報告されています。

音源のセールス部門では、2021年はフィジカルセールス、ストリーミングセールスともに成長が見られました。フィジカルセールスでは、近年右肩上がりの成長を続けるレコードが昨年比51%増、CDが昨年比9%増となり、20年ぶりにフィジカルセールス全体の売上が拡大する結果に。

またストリーミングセールスは前年比24%増となっており、引き続き好調を維持する一方、ストリーミングから年間6万5000ドル以上の収益(※コラボレーターへの収益分配前)を得ているアーティストはわずか1650人であることも明らかになっています。このことからかねてから指摘されてきた「ストリーミングはごく少数のアーティスト以外には機能していない」という問題が改めて浮き彫りになったと言えます。

ストリーミングの収益の問題に関しては、昨年イギリスの知的財産庁(UK Intellectual Property Office)が、同国のアーティストを対象に行ったストリーミングで得られる収益に関する調査結果をまとめたレポートを公開しています。同レポートでは、「ストリーミングだけで生活できるクリエイターは720人」という厳しい結果が報告されています。

一方、プラットフォーム側もこの問題に対処する動きを見せています。昨年から、Spotifyはアーティストへの支払いにまつわる疑問に答えるサイト「Loud & Clear」を公開し、ストリーミングの実態を自ら透明化することに取り組んでいます。このサイトはストリーミングにまつわる収益問題に対して、建設的な会話の価値ある基盤を提供することを目的としたもの。これまで憶測交じりに語られていた点を当事者自らがクリアにすることで、(ポスト・)ストリーミング・サービス時代における音楽のあり方について、思考を促してくれるものとして捉えることができます。

テックハウスやアマピアノの勢いが顕著に

また、2021年にはドイツが初めてイギリスの録音音楽の市場シェアを抜いたことも明らかになっています。このトピックで興味深い点は、ラジオでのエアプレイが楽曲のヒットにつながっていること。

Sony Musicのプロデューサー兼A&RプレジデントのWolfgang Boss氏は、

「Robin Schulz、Alle Farben、Felix Jähn、Purple Disco Machine、Topicなどのアーティストがラジオのエアプレイでヒットし、シングルでもリリースごとに強くサポートされています。エアプレイが第一で、成功の原動力になっていいます」

とコメント。ドイツでは商業的なダンスポップが市場をリードするジャンルではないにしても、そのひとつとして商業ラジオで受け入れられており、シーンの成長の原動力となっているとのことです。

また、ラジオでの成功はストリーミング・プラットフォームでのシェアにも反映されていることが明らかになりました。IMSが調査した28地域のうち16地域で、Spotifyのトップ200におけるエレクトロニックミュージックのシェアが伸びていることも報告されています。

2021年は人気のあるエレクトロニックミュージックのジャンルにも変化が見られました。Soundmainでも以前、テックハウスが音楽配信プラットフォーム「Beatport」で最も人気があるジャンルになっていることをお伝えしましたが、それと同様にこのレポートでも昨年テックハウスの売上がテクノを抜き、1位となったことやテクノとハウスがそれに続く人気ジャンルになっていることが報告されています。

また、ここ1年ほどの間に日本でもにわかに人気が高まっている南アフリカ発祥の新興ジャンル「アマピアノ」が、昨年は世界的に見ても爆発的に売れたジャンルになったことも明らかになっています。その結果を反映して、現在Beatportでは、アマピアノをテクノやハウスといった従来のジャンルと同じように独立したジャンルとして取り扱うだけでなく、アマピアノ専門チャートも公開しています。

このように2021年は多くのカテゴリーでエレクトロニックミュージック産業の成長が見られたことから、レポートを作成したDavid Boyle氏は、以下のように述べています。

「現在、この業界は活気に満ちています。今年3月に行われたアーティスト、プロモーター、エージェント、レーベルとの面談では、非常に多くの盛り上がりの声を耳にしました。これは昨年予測されたように、エレクトロニックミュージックが再び世間に戻ってきたことも理由のひとつです」

エレクトロニック・ミュージック業界の今後の課題

しかしながら、このレポートでは、業界が抱えるシリアスな問題点も指摘されています。コロナ禍中の2020年に起こったBlack Lives Matter(BLM)をきっかけにイベント出演やメディアで取り上げるアーティストの人種差別や男女差別を撤廃していく取り組みが広がりました。レポートでは、イベントのラインナップに黒人の代表となるアーティストがいないことを大きなポイントとして取り上げています。

Black Artists DatabaseとResident Advisorのデータを元に分析したTechnomaterialismによると、アメリカやフランスなど特定の国では、その人口と比較した場合、黒人アーティストがイベントのライナップを占める割合はまだ大幅に不足しています。またそれらの国ではBLM以降、一時的に急増したものの、フランスでは最終的に急増前を下回る結果になったことなども報告されています。このことについて、David Boyleは「緊急に注意を払う必要がある厳しい統計」と述べており、今後の改善が求められています。

また昨年の人気DJランキングのDJ Mag Top 100のデータによると、同ランキングでは有色人種がそのうちの20%を占めるまでに成長。アジア系アーティストの躍進がその結果を後押ししたとのことです。その一方で女性DJは、前年より1人多い12名がランキングするも、成長率としては伸び悩みが見られます。

現在、イギリスを拠点に活動するドラムンベースプロデューサーのMakotoさんもインタビューでBML以降のブッキングポリシーの変化について述べていましたが、このことに関してレポートでも「プロモーターのブッキングの仕方に明確な変化があり、彼らはブッキングに対して責任を持たされている」と報告されています。

レポートではその他に、DJ機材を購入する13歳から16歳の若者が、DJ機材を購入する際にホームエンターテイメント用の“ミックステープ・マシン”の購入として捉えていることや、昨年以来バズワードとなっているNFTやメタバースについても言及。

音楽関連NFTの売上トップ10のうち7つはエレクトロニック・アーティストによるもので、その売上は音楽NFTの総売上の64%、合計5540万ドルとなっています。またIMSはメタバースについて、「若者が集まり、お金を使うエンターテイメントを求める空間」であり、業界はそこにアプローチしていく必要があるとの認識を示しています。

今回のIMSによるビジネスレポートでは、コロナ禍で停滞を余儀なくされたエレクトロニックミュージック産業が復調傾向にあることがわかりました。しかしながら、その一方で業界が取り組むべき新たな課題も浮き彫りになっています。2022年は、この結果を受けて業界がどのように変化していくかに注目していきたいところです。

文:Jun Fukunaga

【参考サイト】

IMS – International Music Summit
https://www.internationalmusicsummit.com/

Electronic music industry value rose to $6 billion in 2021, IMS report reveals | DJMag.com
https://djmag.com/news/electronic-music-industry-value-rose-6-billion-2021-ims-report-reveals

IMS business report reveals music industry grew by 18% in 2021 – News – Mixmag
https://mixmag.net/read/value-music-industry-up-ims-report-news