
女声ボーカルのサンプルを取り入れたヒップホップトラックの名曲を時系列で辿る
女声ボーカルのライブラリを多数収録したサウンドパック「R&B Vocals volume.1」がSoundmain Storeにて提供開始。これに合わせて、女声ボーカルのサンプル音源を使用したヒップホップトラックの名曲を、連載「サンプルパックとヒップホップ」執筆のライター・アボかどさんに辿っていただきました。プレイリストも末尾に掲載しています。これを読んで、同サウンドパックを用いた新しい音楽づくりのヒントにもしていただければ幸いです。
最新ヒットでも使われている女声サンプル
現代のヒップホップを牽引するラッパーの一人、Futureがリリースした最新アルバム『I NEVER LIKED YOU』が大ヒットを記録している。トラップをベースとしつつも幅広いビートを揃えた同作は、Futureがシーンのトップに立っていることをはっきりと示す強力な作品だった。
そんな同作の中で、一際異彩を放つのが、DrakeとTemsをフィーチャーした「WAIT FOR U」だ。リリック解説サイト「Genius」が企画するライブ企画「Open Mic」のTems出演回をサンプリングした同曲は、Temsの美しい歌声を全編で用いたビートでDrakeとFutureの優しいラップを聴かせるもの。Spotify上では同作で最も多くの再生回数を獲得しており、Futureの新たな代表曲の一つとなった。
同曲のように、女声ヴォーカルをビートに取り入れた曲は多い。Jack Harlowが今年リリースしたシングル「First Class」では、The Black Eyed PeasのFergieが2006年に発表したシングル「Glamorous」のピッチを落としてサンプリング。フックでJack Harlowのラップとサンプルが掛け合い、クールでいてキャッチーなフックを生み出している。
「WAIT FOR U」と「First Class」でも全く使い方は異なるが、女声ヴォーカルのサンプリングはヒップホップ史において多彩な表現を生んできた。本稿ではその歴史を振り返る。
ソウルフルな歌声が使われた1990年代
ヒップホップでは歌声をサンプリングすること古くから行われてきた。サンプリングによるビートメイクを始めたパイオニアであるMarley Marlも、1988年にBig Daddy Kaneがリリースしたアルバム『Long Live the Kane』収録の「I’ll Take You There」のフックに歌声を配している。同曲で使われている歌声は、女性ヴォーカリストがフロントを務める偉大なゴスペル~ソウルグループ、The Staple Singersの同名曲から持ってきたもの。「私がそこに連れて行ってあげる!」と歌う声をフックに挟み、Big Daddy Kaneは戦争や犯罪のない理想郷についてラップしている。
初期のヒップホップでは、同曲のようにフックで歌声をサンプリングし、そのテーマに沿ったリリックをラップするケースがしばしば見られた。男性中心の社会であるヒップホップだが、サンプリングされる歌声に関しては女声ヴォーカルも初期から重宝されてきた。先述したMarly Marlは、その後もLL Cool Jが1990年にリリースしたアルバム『Mama Said Knock You Out』収録の「Around the Way Girls」などで女声ヴォーカルを巧みにサンプリング。ほかにもThe Notorious B.I.G.が1994年に放った名盤『Ready to Die』タイトル曲のフックでスクラッチされるBarbara Mason「I’m Ready」の声ネタなど、フックで女声ヴォーカルを使う例は多く登場した。
その後ヒップホップビートでソウルフルに歌うMary J. BligeのブレイクなどによってヒップホップとR&Bが接近し、フックでサンプリングするのではなく新たにシンガーをフィーチャーする例が増加していった。しかし、それが全く途絶えたわけではなく、1997年にはJanet Jacksonがシングル「Got ‘Til It’s Gone」でJoni Mitchell「Big Yellow Taxi」の声ネタをループしてフックに使用。また、1998年には同曲にも参加していたQ-Tipも所属するA Tribe Called Questがシングル「Find a Way」で女性シンガーのBebel Gilbertoが歌うTOWA TEIの「TECHNOVA」の声ネタを使い、浮遊感のあるビートにキュートな魅力を付与していた。
このようなフックでの導入のほか、ループに歌声が組み込まれる例も1990年代半ば頃から見られるようになっていった。それまでのヒップホップではサンプリングするとしたら歌の入っていないインスト部分を用いるのが主流だったが、Wu-Tang ClanのRZAはヴォーカル入りの部分も大胆に使用。1995年にはOl’ Dirty Bastardの「Snakes」やRaekwonの「Ice Water」などで歌声をこれまでとは違った形で用いたビートを披露していた。その試みは後進に受け継がれ、1999年にはAyatollahがMos Defのシングル「Ms. Fat Booty」で歌声を組み込んだビートを制作。そして2000年代に入ると、新たなトッププロデューサーたちによってこの手法がトレンドとなっていった。
ビートの一部に組み込むのがトレンドとなった2000年代
2000年代前半のサンプリング関連のトピックといえば、歌声のピッチを上げて甲高い声を生み出す「チップマンク・ソウル」と呼ばれる手法が挙げられる。この手法のオリジネーターの一人はRZAだと言われており、先述したOl’ Dirty Bastard「Snakes」などでもそれを聴くことができる。
チップマンク・ソウル浸透のきっかけとして知られるのが、Jay-Zが2001年にリリースした名盤『The Blueprint』だ。同作では当時は新進プロデューサーだったKanye WestとJust Blaze、Bink!などをプロデュースに迎えてチップマンク・ソウル使いの曲を多く収録。男声を女声のように変換した「Song Cry」など、多くの名曲が詰まった名盤となった。なお、同曲のサンプリング・ヴォーカルはライブ企画「Unplugged」(ライブ盤もリリース)では女性シンガーのJaguar Wrightが代わりに歌っており、見事に男声から女声の変換が行われている。
Jay-Zは翌年にリリースしたアルバム『The Blueprint 2』でも「Poppin’ Tags」や「Some How Some Way」などでチップマンク・ソウルを使用していたが、チップマンク・ソウルにこだわらないソウルフルなサンプリングビートを好んで使っていた。そして2003年のアルバム『The Black Album』では、当時メインストリームではほぼ無名だったプロデューサーの9th Wonderを「Threat」で起用。同曲から9th Wonderの知名度が上昇し、所属グループのLittle Brotherにも注目が集まった。
そんな9th Wonderもまた、歌声を巧みにビートに落とし込む達人だった。『The Blueprint』後の勝負作となったLittle Brotherの2005年リリース作『The Minstrel Show』では、先行シングルとなった「Lovin’ It」や「The Becoming」など多くの曲でソウルフルな歌声を使ってビートを構築。その手腕は高い評価を集め、アンダーグラウンドでの評価を不動のものにした。
「The Becoming」ではRufus & Chaka Khanの「Circles」を使っていたが、Chaka Khanの歌声は初期Kanye Westの名曲「Through The Wire」でも使われていた。2004年にリリースされたアルバム『The College Dropout』の先行シングルとなった同曲では、Chaka Khan「Through The Fire」を早回しして使用。切なさを見事に引き出してビートに組み込み、フックにも大胆に配していた。そのほか『The College Dropout』にはLauryn Hillの「Mystery of Iniquity」を使用……するはずだったが許可が下りずにシンガーのSyleena Johnsonに寄せて歌ってもらう離れ業を披露。見事にビートに組み込んでいる。
2006年にはThe GameがKanye Westプロデュースの「Wouldn’t Get Far」で女声ヴォーカルを執拗にループしたビートを使用するなど、こういったソウルフルなビートは2000年代を通してトレンドの一つとなった。メインストリームでもアンダーグラウンドでも多くの曲が生まれ、そしてこの流れはまた新たなアイデアを生んでいった。
ソウルにこだわらないサンプリングが増えた2010年代以降
2000年代半ば頃からソロでの本格ブレイクを掴み、シーンのトップに立ったのがLil Wayneだ。公式のミックステープや非公式のリークで大量の曲をリスナーのもとに届けたLi Wayneだったが、そんなLil Wayne屈指の人気曲として挙げられるのが2007年頃にリークされた「I Feel Like Dying」だ。女性シンガーのKarma-Ann Swanepoelによる曲「Once」を早回ししてサンプリングして内省的なリリックを乗せた同曲は、これまで多かったソウルフルなネタ使いから一歩進んだものだった。クリアランス問題で未だに正規リリースはないものの、Lil Wayneの代表曲の一つとして多くのファンから愛されている。
同曲のように、2000年代後半から2010年代半ば頃には(リリースされるかは別として)あまり著作権を気にしない奔放なサンプリングをした曲が多く発表されていた。ベイエリアのラッパー兼プロデューサーのDroop-Eは、2010年に全曲でSadeの曲をサンプリングしたミックステープ「BLVCK DIAMOND LIFE」を発表。それまでは打ち込みによる奇怪なビートメイクを得意としていたDroop-EらしいユニークなセンスとSadeの美しさが奇妙に調和した「I’m Loaded」などは大きな話題を集め、Droop-Eの評価をさらに高めた。
また、ベイエリアではほかにも「クラウド・ラップ」と呼ばれるドリーミーなヒップホップのムーブメントが発生。その代表的なアーティストの一組、ラップデュオのMain Attrakionzが2011年に発表した曲「Perfect Skies」ではPerfumeの「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」がサンプリングされている。この頃のヒップホップでは日本のアーティストをサンプリングした曲も少しずつ増加しており、ほかにも宇多田ヒカルの「Sanctuary (Ending)」をサンプリングしたXV「When We’re Done」などの例が見られた。
以降もクラウド・ラップからブレイクしたA$AP Rockyが2013年のメジャーデビューアルバム『LONG.LIVE.A$AP』収録の「LVL」でサンプルパックから引っ張ってきたタイの女声サンプルを用いるなど、メインストリーム・アンダーグラウンド問わず様々なアプローチで女声サンプルが使われていった。かつてはソウルフルな歌をフックに配し、その後ビートの一部として使い、そしてジャンルの幅を広げていったヒップホップでの女声サンプリング。これからも多くの曲で使われ続け、新たな名曲が生まれていくだろう。
文:アボかど