
「町工場にはミニマルなグルーヴがある」――“工場の音”を電子音楽に生まれ変わらせるレーベル・INDUSTRIAL JPの活動に迫る
日本の各地に点在する町工場。その工場内にあるアナログな製造機械が発する音を素材に音楽と映像を制作するレーベル「INDUSTRIAL JP」をご存知でしょうか?
2015年にスタートしたINDUSTRIAL JPでは、気鋭のトラックメーカーとコラボレーションし、これまでに数多くの作品を発表しています。また、この活動は工場マニアや音楽ファン、製造業界だけでなく、文化庁メディア芸術祭の優秀賞を始め、カンヌライオンズのデザイン部門でブロンズ、グッドデザイン賞でも金賞、ADC賞ではグランプリを獲得するなど、多方面からの注目を集めてきました。
また、昨年4月からは新たに町工場および製造機械が奏でる音のアーカイブを制作するプロジェクトとして、サブレーベル「INDUSTRIAL JP ASMR」を始動。音をアーカイブするだけでなく、アーティスト向けにその音を利用したサンプルパックの提供も開始しています。
今回はINDUSTRIAL JPのクリエイティブディレクター兼サウンドディレクターとして同プロジェクトに関わるMOODMANさん(@moodman10)に、町工場をレーベル化することにした経緯や工場から発せられる音の魅力、その音を録音する時のこだわりなどについて、お話を伺いました。
町工場を「アーティスト」として捉える
MOODMANさんは、クリエイティブディレクター兼サウンドディレクターとしてこのプロジェクトに関わられているとのことですが、プロジェクト自体はどれくらいの人数で運営されているのでしょうか?
基本的にINDUSTRIAL JPは、工場好きの有志の集団です。僕はサウンド面を中心にクリエイティブ全般を担当しています。僕の他にもアートディレクター 、プロデューサーなど、4〜5人のコアメンバーがおりまして、企画によってそれ以外のメンバーが出たり入ったり、流動的なチーミングをしています。コアメンバーはそれぞれがわりとマルチに動けるタイプなので、プロジェクトごとに役割分担しています。
INDUSTRIAL JPがスタートした背景を教えてください。
2015年にプロジェクトがスタートしたのですが、元々は茅ヶ崎にある由紀精密という、航空宇宙関連機器の精密切削加工を行っている工場の大坪取締役からご相談を受けたことがきっかけです。ざっくりというと「日本の工場は何をしているのか見えにくい。特に町工場をもっと知ってもらうために、動画コンテンツのようなものを一緒に作れないか」というご相談でした。
そこで町工場のコミュニケーションの実態をリサーチしたところ、日本の工場はすでに各社で動画を作っていたり、プロモーションも行っていたんです。それが工場関係者以外にはほとんど届いていないことが課題だなと思いました。つまり、1~2本の動画を作ってただ単に公開するだけでは、そうした根本的な課題の解決にはつながらないんじゃないかなと思ったんですね。
そこで行き着いたのが、音楽レーベル化です。まずは工場の動画をミュージックビデオとして制作する。そして音楽レーベルのプロモーションのフローに「町工場」を落とし込んでみる。つまり、工場をアーティスト、動画を新譜として捉えてリリースしたり、それをダウンロードして家で楽しめたりするようにする。……という感じで発想が膨らみ、INDUSTRIAL JPという町工場の音楽レーベル化が動き出しました。
そのアイデアに対して由紀精密さんからはどんな反応がありましたか?
由紀精密さんをはじめ、どの町工場も初めから面白がっていただけたというか、とても積極的に対応していただいたのは幸いでした。ですがやはりプロジェクト開始当初は、工場の音がどんな音楽になるのかが予想しにくかったこともあり、いくつかの工場を回って録音している時に「その音を録ってどうするの?」みたいな雰囲気が漂うことはあったと思います(笑)。
INDUSTRIAL JPはどういった収益モデルで運営されているのでしょうか?
収益に関してはケースバイケースです。基本的にはご連絡いただいた工場のプロモーションとして、制作費をいただき、コンテンツを制作することが一番多いですね。その際には動画と音楽だけでなく、記事もセットで作成して自由にプロモーションで使っていただけるようにしています。コスパは高いと思います(笑)。企画によってはメディアとも組みますが、その時はそちらから制作費をいただいたり。あとは音楽フェスなどのイベントにアーティストとして出演して、その出演費をいただくこともあります。最近は文化庁のメディア芸術クリエイター支援プログラムに参加し、そこでいただいた資金を元手にASMRに特化したプラットフォームを作りました。
これまでの音源は(音楽配信サイトの)OTOTOYなどでデジタルリリースしていますが、制作を依頼したアーティストには制作費の他に、別途その売り上げを100%お渡ししています。
アーティストにとっての「工場の音」の面白さって?
INDUSTRIAL JPがコラボする工場とその音を使って音楽を作るアーティストは、どのように選定されているのでしょうか?
まずINDUSTRIAL JPメンバーでご依頼をいただいた工場見学に行くのですが、そのタイミングで僕が工場の音を録音します。そして、持ち帰った音を聴きながらその工場特有の音を抽出し、その音に合うアーティストをセレクトして、他のメンバーと協議した上で依頼するアーティストを決めています。
依頼されたアーティストはどんな反応を示すのでしょうか?
ローンチ以前は説明が難しかったのですが、INDUSTRIAL JPがプラットフォームとして形になってからは、むしろやることが明確なので面白がって引き受けていただけているかなと思います。普段サンプルを使って音楽を作らないアーティストの方にも、一種のゲームとして挑戦していただいています(笑)。
工場の音は音楽を作るアーティストにとってどんな魅力があるとお考えでしょうか?
アーティストによって違うと思いますが、工場の作業は繰り返しということもあって、ミニマルなグルーヴがあるというか、そこで鳴っている音がもともとミニマルミュージックなんですよね。工場の音はもともと音楽に近いと言えます。
さらに機械がたくさん並んでいる工場だとそれぞれの機械がミニマルなグルーヴの音を出しつつ、工場全体ではポリリズム的に重なって響いていたり、本当に工場ごとに鳴っている音が違うんです。
あと、一音一音、短く切り出した時によりはっきりしますが、人が作り出せない、機械由来の音があります。そこにも面白さや魅力があると思っています。
これまでの作品の中で最も印象に残っている作品をあえてひとつ挙げるとすれば?
ひとつのプロジェクトを完成させるまでに半年程度かかることも多く、それぞれの作品にはやはり思い入れがあります。その中で、今あえてひとつ印象に残っている作品を挙げるとすれば、DJ NOBUさんに作ってもらった「TOYO VINYL」という作品ですね。この作品では、東洋化成さんというレコードを作る工場のカッティングやプレスの音をサンプリングしているのですが、実際に最終的にその音を収録した機械で7インチアナログレコードをプレスしてリリースしています。それまではデジタルリリースしかしてこなかったので、ビジュアルアプローチを含めて印象に残る作品になりました。
過去にチャレンジして、もっと追求してみたいなぁと思っている方向性としては、海外のアーティストにリミックスしてもらったシリーズがあります。その時は、日本でジューク/フットワークのシーンを引っ張ってきたPaisley Parksさんの「MEIKO WIRE」という曲を本場シカゴのオリジネーターであるTraxmanにリミックスしてもらったり、Gonnoさんの曲をフランスのミニマルテクノのアーティストVoiskiさんにリミックスしてもらったのですが、今振り返ってみると企画を伸ばしていく方向として正しいし、挑戦的なことだったと思います。何が出てくるのか、すごく楽しかったことを覚えていますね。
実際に日本の工場の音を使った海外のアーティストからはどんな反応がありましたか?
海外から見た日本のインダストリアルな――緻密で精確といった――イメージとも近いことがあって、すごく喜んでくれていたと思います。できればなんとかお金を工面して、世界各国のアーティストにもっとリミックスしてもらいたいですね。そうすれば日本の工場のことも海外の人にも知ってもらえるはずですし、プロジェクトとしてもまた新しい展開につながると思います。
昨年からASMRプロジェクトも新たにスタートしましたが、このプロジェクトでは具体的にはどういったことをされているのでしょうか?
これまでは工場の音を録って楽曲化していくことをやってきましたが、工場の録音を重ねていく中で、フィールドレコーディングしたままの工場の音でも楽しいし、心地よいことがわかってきました。スタッフ間でも「そのままの音でも十分エンターテイメントとして成り立つね」と話していたのですが、コロナ禍が決め手となって、ASMRプロジェクトを始めることになりました。
コロナの初期、徐々に工場の活動が再開する中で、僕らとしても何か工場をサポートできないかと方法を模索していました。そこで、以前から話し合いをしていたASMRのプロジェクトのアイデアをまとめ、文化庁のメディア芸術クリエイター支援プログラムに応募し、動かすことにしました。
これまでのプロジェクトは楽曲と動画制作をしていたので、コンテンツを制作するためにはすごく大きいというほどではないにせよ、それなりの予算がどうしても必要でした。それをコストダウンしつつ、工場の今を伝えるためにも、音だけでもできるASMRは有効だと考えました。
そして、過去に協力していただいた工場とともに新たに、町工場が多いことで知られる大阪の八尾市を回らせていただき、そこで録った音を使ってASMR作品として仕上げた形です。ASMRの録音・制作には、サウンドデザイナーの佐藤公俊さんに入っていただいています。佐藤さんは以前、Sountriveとしてアーティストとしても参加していただいています。
ASMRプロジェクト、サンプルパック……今後の展開
ASMRプロジェクトでは、録音された工場音をASMRライブラリとして公開し、サンプルパックとしてアーティストに提供されています。ここで提供されている音素材はどんなアーティストの利用を想定されているのでしょうか?
工場の音にはなんとなくテクノっぽいイメージがあるかもしれませんが、そういうイメージとは関係のない音の使い方のほうが実は面白かったりします。これまでの作品でもアーティストによって本当に色々な使い方をしていますし、それが曲の個性として表れています。だから、僕らとしても幅広く色々な人にそれぞれの方法で使ってもらえると嬉しいですね。
工場の音素材を録音する際のこだわりを教えてください。
工場の広さや置いてある機械、工程などで変わってきますが、ドキュメンタリー的に正確にフィールドレコーディングすることよりも、この後に曲を作ることを前提にしながら録音しています。
例えば、「これはバスドラムっぽいな」「これはスネアっぽいな」と思う音を、機械の近くで録ってみたり、マイクを置く角度を変えてみたりして、なるべくその工場の音のキャッチーな部分が引き立つように録音しています。
録音した音素材に関しては、こちら側である程度使ってもらえそうな音をセレクトしてはいますが、できるだけ原音に近い状態でアーティストにお渡ししています。それをアーティストが自分でエディットして、何かしらの形で使ってもらい、完成した曲をこちらに返してもらうという感じです。
ただ、ASMR作品に関しては、そういった楽曲制作を前提に意図を持って録音する方向性だけではなくて、アンビソニックマイクなども使いつつ、もっとドキュメンタリー的にフラットに録音する方向も試行しています。大きく2つの方法を使い分けて録音しつつ、録音した音素材の中からベストなものを選び、それをエディット、マスタリングした上でコンテンツとしてアップしています。
今後のINDUSTRIAL JPの展望を教えてください。
INDUSTRIAL JP本体では、ひとつでも多くの工場にお伺いしてコンテンツを作っていきたいので、ぜひ気軽にお声がけいただければと思います。先ほどお話ししたリミックスやフィジカルのリリースもやりたいですね。それとこれはコロナ禍で止まってしまっていることですが、音楽フェスなどのイベントにお誘いいただけるのであれば、またぜひ出演していきたいです(笑)。
ASMRプロジェクトでは、アーカイブをまず増やしていきたいです。サンプルパックにしても、galcidさんが手がけてくれた『INDUSTRIAL JP ASMR SAMPLE PACK 01 GALCID』が好評ですが、現状はまだこのひとつだけで。今後、コロナ禍が落ち着いてくれば、以前のように全国の工場を録音して回ることができると思うので、そうなればASMR作品のカタログもサンプルパックのカタログも、どんどん増やしていくつもりです。
取材・文:Jun Fukunaga
参加アーティストへの一問一答
DJ TASAKA
■ INDUSTRIAL JPで楽曲を制作した際のテーマを教えてください。
制作時は小松ばね工業さんの工場と同じ大田区に住んでいたこともあり、「この工場で出来るバネはどんな製品に使われるのだろうか? 近所の羽田空港を離着陸する飛行機を支えて、世界を旅していたりも?」といった妄想をしつつ、“大田区から世界へ”といったようなことを考えていた記憶があります。
実際に何に使われるバネなのかは伺っていませんし、出来た曲調も“飛行”というよりは地面から潜るようなものになりましたが(笑)。
■担当した「工場の音」の、どんなところに面白さを感じましたか。
それぞれ違う味のハイトーンな声を持つラッパーの集団みたいに感じられたところ。しかも全員クオンタイズが常にきっちりしたスキルフルさ。
■「工場の音」を電子音と自然に混ぜるために気をつけたポイント、難しかったポイントなどありますか。
低域を担当出来る音は無かったので、それはドラムマシンに任せました。その上で、各音の役割分担をハッキリさせるということをポイントに作りました。
■ご自身以外のINDUSTRIAL JP参加作品で、このアプローチは面白いと思った作品と、その理由を教えてください。
坂本製作所 × Cherryboy Function「SAKAMOTO Metal」
ノイズを快楽的に変換するフェティッシュさを感じました。
galcid
■ INDUSTRIAL JPで楽曲を制作した際のテーマを教えてください。
マシーンから、生命感を引き出す。
■担当した「工場の音」の、どんなところに面白さを感じましたか。
工業機器から出る音は、直線的でレゾリューションの幅が大きなイメージがありますが、それは機械の一音を聴いた時であって、実はある一定時間を持続的に聴いてみると、独特のシャッフルがあり、グルーヴを生み出している事がわかります。そこをいじっていくところに面白さを感じました。
■「工場の音」を電子音と自然に混ぜるために気をつけたポイント、難しかったポイントなどありますか。
工場の音の独特のグルーブを生かすため、あえて素材を細切れにチョップしてシーケンスで制御せず、プリミティヴな反復箇所を探し出しループさせてみました。
■ご自身以外のINDUSTRIAL JP参加作品で、このアプローチは面白いと思った作品と、その理由を教えてください。
NIKKO × 食品まつり「NIKKO CERAMICS」
とにかく音の定位がさまざまな箇所に振られていて、臨場感がすごかったです。 音を最小限に絞っていて、音の粒立ちもよく、素晴らしいと思いました!!