2022.05.02

きくお インタビュー 海外リスナーも熱狂させる、極北のオルタナティブ・ボカロサウンドを生み出す思考回路に迫る

2007年の初音ミク発売から始まる15年ほどの歴史を通して、ボカロカルチャーは形を変えながらも広がり続けている。ボカロPとしての活動を出自に持つアーティストからはヒットメイカーが何人も生まれ、シーンの主な現場としてYouTubeが台頭。邦楽シーンへの浸透が進み、多くのボカロ曲が遊べるスマホ向けリズムゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』も大ヒットを記録している。ただ、カルチャーとしてはより一般化した一方で、こと音楽性に関しては未だに固定的なイメージが先行しているように思う。

本連載では、様々な立場からオルタナティブな表現を追求するボカロPにインタビュー。各々が持つバックボーンや具体的な制作方法を通して、ボカロカルチャーの音楽シーンとしての一側面を紐解いていく。

初回に登場するのは、きくお。2010年にボカロP活動を開始して以来、圧倒的な個性とクオリティでシーンに鮮烈な印象を与え続けてきた。その音楽性はアコースティックな歌ものから大胆な音響実験と幅広く、シンガー・花たんとのユニット「きくおはな」やインストメインの名義「Asian melancholic」など、ボカロシーンに留まらない活動も展開している。現在では国外でも大きな支持を集めるきくおの話から見えてきたのは、オリジナリティへの強いこだわり、冷静ながらもひたむきな創作への態度だった。

きくおさんの普段の制作風景

「オリジナリティを輝かせろ」――音楽の原体験

音楽制作を始めたきっかけ、またボカロPを始めたきっかけは何でしたか?

さかのぼると幼稚園の頃からの話になるんですけど、その頃からずっといじめられっ子で。小学生のときに、ひとり遊びの延長でゲームブックみたいなものを作って遊んでいたらみんなが興味を持ってくれて、その間だけいじめられなかったんですよね。そんなことがあって、自分は何かを創作して人を喜ばせることでしか社会で身を立てられないのかなと思ったんです。

何か得意技を身に着けて、お金を稼いでいかないと死ぬかもという思いがあったので、音楽や絵、漫画、ゲーム制作などいろいろ試しました。そのなかで唯一飽きなかったものがDTMだったんです。だから、何かきっかけがあったというよりは、生きていくために音楽を仕事にしたというのが正確ですね。

ボカロPを始めたことに関しては、その後、大学を中退したり、入社した音楽制作会社も半年くらいで潰れちゃったりして、これはやばいなと思っていろいろもがいていたときに、そのひとつとしてボカロにも手を出したのがきっかけです。

公式YouTubeにアップされている、自身の音楽遍歴を解説する動画「きくお曲の昔と今」

ボカロPとしての活動以前にも同人や商業媒体で音楽制作をされていましたが、それらとボカロPとしての活動に違いはありましたか?

当時、同人音楽はCDを作ってリリースして、お客さんから反応をもらうまで何ヶ月もかかることがあったんです。でもボカロを使った曲に限っては、ニコニコ動画に投稿したらコメントで即反応がもらえたので、めちゃくちゃ新鮮な体験でしたね。

音楽的なルーツについて、以前、「私を構成する9枚」として影響を受けたアルバムをTwitterに投稿されていましたが、それぞれどのような部分に感銘や影響を受けたのかお聞きしたいです。

全体に共通するのは、強烈なオリジナリティとレアリティがあることですね。特に『聖剣伝説3 オリジナル・サウンド・ヴァージョン』(1995)というサウンドトラックなんですけど、ブックレットに作曲家本人が書いたセルフライナーがあって、そこに「オリジナリティこそが最高だ」とか「独自性をめちゃくちゃ輝かせろ」みたいなことがびっしり書いてあるんです。それが今でも活動の芯になっています。

9枚の中には『サルゲッチュ』のサウンドトラックも挙がっていますし、枠外では『ボンバーマン』にも言及されていました。音楽に触れる場としてゲームが多かったということでしょうか? それとも、挙げられたこれらのサントラには特別オリジナリティがあったということでしょうか?

両方ですね。当時プレイしていたものから選んだのですが、それにしても、今のいろんなゲームや音楽と比べてみても圧倒的にオリジナリティがあるなって感じます。他に似たようなものを感じるのは『MOTHER』シリーズですね。

あとは、サンボマスターを挙げているのが意外でした。

サンボマスターのコード使いは曲全体を通してすごくおしゃれなんですよね。そのイメージに反して難しいコードをいっぱい使いがちで。ストレートで感情を揺さぶってくる歌でありつつも、やたらとメロディとコードがおしゃれ。それを両立できていることにすごく感動するし、レアリティを感じますね。

muzie(※1)やBMS(※2)カルチャーなどについてもお話を伺いたいです。

当時お金がなかったこともあり、インターネット上に投稿されていて無料で聴ける音楽だけを聴き続けてきたんですね。muzieにはとにかく面白くて突拍子のない、「なんだこれ」という音楽がごろごろ転がっていたんです。ジャンルごとに分かれているランキングがあって、ゴシックな感じのものだったり、ノイズが延々と続いているようなとんでもない曲とかがランキング1位になっていたりしました。商業音楽からは出てこないような音楽が湯水の如くあって、めちゃくちゃ面白いシーンだったんです。BMSも同じで、インディーズ精神に溢れていて面白かったですね。

インディーズ精神に惹かれる傾向はそれ以前からあったんですか?

そうですね。音楽を聴いていて、聴いたことのない意外な音がぽんぽん出てくる、思いもよらない展開をする、という体験がとにかく面白かった。そういう音楽を自分から探して楽しんでいましたね。

※1:前身サイトを含めると1999年から存在していた、音楽配信&コミュニティーサイト。アマチュア音楽家が自作の曲をmp3フォーマットで公開・配布するための場が提供されていた。
※2:音楽ゲーム用のファイルフォーマット(譜面データ)と、それを用いて作られたゲームの総称。主にアマチュア音楽家によるオリジナル曲がプレイされた。

きくお曲、海外リスナーからの人気の理由

「愛して愛して愛して」はYouTubeで5000万再生、Spotifyでは7000万再生を超え、特にSpotifyではおそらく最も再生されたボカロ曲になりました。この曲はどのような経緯でここまでの大ヒット曲になったのでしょうか?

「愛して愛して愛して」ミュージックビデオ

もともと「愛して愛して愛して」は雑誌のコンピレーション企画で作った曲で、当時はそんなに伸びると思っていなかったんです。2013年に制作して、2015年に赤卵さんが勝手にMVを作ってくれたので公開しました。案の定、再生数の伸びもそこそこでした。

だけど2020年前後にTikTokで突然バズりはじめて、そこから火がついたんです。「愛して愛して愛して」以外にも自分の曲でTikTokでミーム化しているものはいくつかあるんですが、あとから考えてみると、きくおの曲とTikTokというメディアとの相性が良かったのかもしれないですね。でも、バズったこと自体はたぶん偶然だと思います。

それに、人気が持続しているところは面白いなと思いますね。バズった曲って弾けたらすぐに聴かれなくなるのがパターンだと思うんですけど、未だに聴かれ続けているんですよ。ロングランを支えているのは、「愛して愛して愛して」以外のきくおの曲のバリエーションが多彩で、曲数もたくさんあったことだと思います。とはいえ一番重要なのは、リスナーの応援がたくさんあったからだと思いますね。

きくおさんは国外のリスナーにも人気がある印象ですが、実際どのくらいの割合なんでしょうか?

Spotifyを見てみると圧倒的にアメリカが多いですね。次にメキシコ、ブラジルとなっていて、Spotifyが浸透している文化圏でよく聴かれている印象です。YouTubeでも同じ傾向ですね。

国内と国外の割合はどうでしょうか?

YouTubeの過去28日間のデータだと日本が20%で、アメリカが24%ぐらいです。非日本語圏が80%ということになるので、コメント欄上だと日本人が少なく見えるかもしれません。

国内リスナー数を国外が上回ったのはいつ頃ですか?

これも「愛して愛して愛して」がバズったのがきっかけですね、明確にここが境になっています。ちなみに、「Rate Your Music」というサイトで日本地域で絞り込むと「史上最高の日本の音楽アルバム」みたいなランキングが生成されるのですが、その上位に『きくおミク6』が入っているのを見かけたことがあって(編註:下記ツイート。ツイート主の許可を得て掲載)。おそらく「愛して愛して愛して」をきっかけに、他のきくおの曲やアルバムを聴いてくれた人が予想以上に多かったのかなと思います。

「世界観ファースト」で進めるトラックメイキング

音楽制作の方法として「表現したい世界が先にあり、それに合った音楽性を取り入れる」といった趣旨のお話をされているのが印象的でしたが、具体的にどのような手順でアイディアを出していくのでしょうか?

技術的な面で見ると器用貧乏タイプで。もともとゲームBGMを作る人になりたいと考えていたこともあって、広く浅くどんなジャンルでも作れるというスキルが身に着いたんですよね。だから、まず表現したい世界を先に固定しないと、際限なくぐちゃぐちゃな曲になっていってしまう。それこそ、変拍子を連続で取り入れたりとか、ロック→ジャズ→テクノ→ノイズの展開で終わろうとか、そういうことが無限にできてしまうんですよ。

だから、まず表現したい世界観をガチッと固定して、それに則した音を自分のできる技術の中から選んで作っていますね。そうしないとやっぱりぶれてしまう。これは、絵描きの吾嬬竜孝さんの言葉から影響を受けていますね。また、bermei.inazawaさんもそのような手法で作っているような印象を受けるので、そこからも影響を受けています。

世界観を固定していく段階で歌詞もだいたい決まる感じでしょうか?

曲によるんですけど、主要な部分はだいたいその段階で決めています。けど、あまり歌詞を浮かべないで作った曲はめちゃくちゃ難産になりますね。なぜかというと世界観が固定されていないので、選択肢が無限にあってどれを選んでいいかわからない状態になってしまうんです。

世界観に沿う技法はどのように導き出すのでしょうか?

基本的にはいろんな曲を聴いて、それらしいところをピックアップして参考にしていますね。例えば、水っぽい音が欲しいなと思ったら、いろんなゲームBGMの水のステージの音を参考にしています。あと、その世界観を頭の中で思い浮かべて、そこで鳴っていそうな音を想像して作ったりもしますね。

「さかさまうちゅう」という曲のメイキングでは、一度頭の中でサビを組み上げてから打ち込みに着手されていましたが、このような方法は現在も変わらないのでしょうか?

「さかさまうちゅう」のメイキング動画(2012年配信)

基本はそうなんですけど、最近変わってきましたね。「愛して愛して愛して」を作っていた頃は1曲にかける時間が短くて、3日前後で作っていました。いまは1ヶ月ほど時間をかけて作っています。もっと時間をかけるほど緻密なものが出来上がっていくなと気づいて、一度組み上げたものを崩したり、新しいアイディアを入れたりすることは最近やるようになりました。

きくおさんの楽曲は圧倒的な作り込みが特徴だと思うのですが、どうなったら完成というような基準などはあるのでしょうか?

雑な性格なので、こんなもんだろうと思ったら完成ですね(笑)。たしかに音数はすごく多いけど、IDMを作る人たちのような、異様な神経質さみたいなものはあまり感じないと思うんです。実際に音の精度はそこまで高くないし、雑に音をドカッと詰め込んで気持ちいい感じになったら完成させてしまうことが多いですね。めんどくさがりで飽き性なので、この性格がある意味幸いだったのかなと。この性格じゃなかったら、いつまでたっても完成しない気がします。

アコーディオンやガムランなどの楽器や、3拍子系のリズムを多く用いられている印象ですが、一般的なポップスではあまり用いられないこれらの要素はどのような背景があってのものなのでしょうか?

基本的にたまの影響だと思いますね。ガムランは菊田裕樹さんからで、『聖剣伝説2』に「呪術師」という曲があるんですけど、すごくガムランを多用してるんです。子供の頃に聴いて「なんだこれ」ってびっくりしたのが原体験になっています。あと、muzieで見つけたんですけど、「チョウの標本」という曲を作っていたBitplaneさんが民族音楽を作るのが得意な人で、その人の音を作りたいなって思っていたので強く影響を受けています。アコーディオンはバンドネオン奏者の小松亮太さんやチャラン・ポ・ランタン、もちろんたまもですね。

あと、Plus-Tech Squeeze Boxというアーティストの作り方にも影響されています。膨大な量のサンプリングだけで曲を作る、音のおもちゃ箱みたいなのをコンセプトにしているアーティストで、いろんな音がぽんぽん出てきて面白いので、そのスタイルも自分の軸になっていますね。この音はみんな好きだろうなとか、気持ちいいなって音をあれこれ詰め込みたいという気持ちがあるんです。

きくお流、サンプル・機材の使用法

オフィシャルサイトのFAQには制作環境について「シンセやサンプラーからは凡庸な音を出し、VSTfxで妙な音にする感じ」と書かれていますが、このような制作方法に至った時期やきっかけをお聞かせください。

そもそも世の中に奇抜な音が出るシンセは少ないんですよね。たぶん制作コストもかかるし、売れないからだと思うんですけど。EDM系の音が出せる「SERUM」とか、Brostep系の音が出せる「MASSIVE」とか、そういう流行りの音を出せるシンセやサンプラーが多いんです。でも、エフェクターのプラグインは、サンプラーなどと比べて制作コストが低いと思うので、探してみると結構尖ったものがあるんです。飛び道具系の音が出るサンプラーは「Omnisphere」くらいな気がします。「Omnisphere」を奇抜な音が出るものとして捉えている人も、あまりいない印象ですけどね。

個人的には使用エフェクトに「Glitchmachines社製 全部」と書かれていたのが気になりました。セール時にはかなりの安価で売られており、手に入れやすいプラグインという印象なのですが、具体的にどういった使い方をされているのでしょうか?

安いのでみんな買うけど誰も使っていない系プラグインでいうと、トップクラスになるんじゃないかなと個人的に思っていて(笑)。だからこそ、レアリティを出すにあたって狙い目のプラグインだとも思っているので、好んで使っているんですよね。

UIがめちゃくちゃとっつきにくくて複雑だったり、ノブの数がやたらと多かったり、プリセットも奇抜すぎるものしかなくて変な音しか出ないから、これは使えないなってみんな思っちゃうんですよ。でも、ノブを一つ一ついじってみると主要なものは大体3つぐらいだし、あとはディレイやリバーブなどの基本的なセットが付いている仕様なので、かなり簡単に使えますね。

Glitchmachines社製プラグインのインターフェース

特に「Fracture」というプラグインがすごく好きで、言葉ではうまく言えないけど、分身の術がかかったみたいな音になるんです。「昨日はすべて返される」という曲ではめちゃくちゃ使っていて、スネアやミクの声をランダムで分身させています。「SUBVERT」というディストーションもすごく良くて、わかりやすくて美しいかかり方をしてくれます。

「昨日はすべて返される」ミュージックビデオ

あとは類似のプラグインとして、Unfiltered Audio社の「BYOME」。Glitchmachines社のプラグインと相性がよく、基本的なエフェクターが全部入りで、無限の組み合わせができる……みたいなもので、全てにおいて使っていますね。

挙げてもらったプラグインはほとんどの曲で使っている感じですか?

そうですね、ほとんどの曲で使っています。今年の3月に発表した「幽体離脱」という曲でも「BYOME」を使いまくっていますし、「バツ猫」やいま作っている荒々しい曲も「SUBVERT」まみれですね。実際にいじってみるとわかると思います。まあ、そもそもいじる気が起きない作りになっているのが問題なんですけど(笑)。

楽器の演奏はせずに打ち込みで完結させているとのことですが、MIDIを打ち込む際のコツや意識されていることなどはありますか?

DTMの打ち込みで作った音楽は、生演奏の音楽に勝たなければならないという原罪を背負っている、みたいに思っていて。MIDI的なきっちりクオンタイズされたピアノやアコーディオンの打ち込みって、どう頑張ったって生演奏には勝てないんですよ。だから、そこを解決してやる必要があって、必要以上に生々しい音の鳴り方をするようにMIDIを打ち込むことを心がけていますね。

例えば、ピアノを高速で弾いているときにはあえてミスタッチの音を入れています。顕著にやったのが「KIKUOWORLD 3」で、冒頭のピアノのフレーズはそう打ち込んでいますね。あとはグリッサンドをずらしたりもしています。

「KIKUOWORLD 3」の冒頭部分。演奏後半になるにつれ、ノートの間隔が乱雑になっているのがわかる。なお当時はCubaseで、現在のメインDAWはStudio Oneとのこと。

アコーディオンの場合は、間違って楽器自体をパチンって叩いてしまった音を入れ込んだりしています。普通のレコーディングではする必要のないことで、むしろきれいに録った方が良いと思うんですけど、打ち込みの場合はそれくらいやってようやく生々しさが出てくるので、そこはすごく気をつけていますね。

普段の楽曲制作におけるサンプルの使い方もお聞かせください。

湯水のごとく使いますね。いまロックっぽい曲を作っているんですが、ギターのサンプルをたくさん使おうと思っていて。サンプル音源サービスの「Splice」でダウンロードしたギターのサンプル数が2000音くらいあって、その中から特に使えそうなものを数百サンプルほどピックアップして、そこから切り取って使っていますね。生演奏では鳴らないような独特な味が生まれるので、それを逆手にとって生演奏のロックよりも魅力的なものを作ろうと考えたりしています。

上述の楽曲の制作画面

サンプルはパーカッションやFXだけを使うという人もいると思うのですが、きくおさんはコードやメロディのサンプルも使われますか?

使いますね。逆にそういうものを使う人があまりいないので、使いこなせばレアリティが出るんです。分かりやすい例で言うと、Asian melancholic名義はサンプルを切り貼りしていて。コードやメロディのサンプルを切り刻んで、それにピッチを付けて自分のメロディを作ると、普通に打ち込んだだけでは出ないような独特の風合いが生まれたりするんですよ。

Asian melancholic名義の1stアルバム『at first』ティザー動画

制作環境にドラムのソフト音源「Addictive Drums」も記載されていますが、ビートを作るに当たってサンプルとはどのように併用していますか?

例えばパーカッションのサンプルに欲しいフレーズがない場合など、どうしてもサンプルだけでは届かない範囲があるんですよ。そういった際にうまく打ち込みを混ぜ込んで、リアルな感じを出しつつ欲しいフレーズも出したいときに使います。

ドラム音源は他にも多くありますが、特に「Addictive Drums」にしかない魅力があるんでしょうか?

「Addictive Drums」は奇抜な音が出せるところが好きで。一番使っている音源がパーカッションと「Reel Machines」という808や909の音が出るものなんですが、例えば808のスネアの音に対して、スナッピーの音を強調したり、マイキングを調節するといった生ドラム的な処理をすることができる。生音を再現するだけではなくて、面白い組み合わせが可能なんです。同じ理由で、ピアノ音源も「Pianoteq」が一番好きだったりしますね。サンプリング音源ではなく物理モデリング音源なので、微分音のピアノが作れたりするんです。そういったおかしなことができる機材が好きですね。

歌ものにおける転調の多いコード進行や動きまわるベースも特徴的ですよね。こういった要素はどのようなアーティストやジャンルに影響を受けていますか?

ちょっと前まではimoutoidさんや、ShakeSphere(鮭P)さんというボカロPの方ですね。ベースラインだけじゃなく、コード使いも含めてめちゃくちゃ参考にしています。

最近だとFuture Funkを通して、日本のシティポップのファンキーなベースの流れとかコードの動きを聴いて参考にしていますね。ベースの演奏動画も大好きなのでよく見ているし、田中秀和さんや安井洋介さんからも影響を受けています。

あとはDigital Fusion(digifu)という、FM音源などを使ってベースをうねうね動かしたり、難しいコードを使ってひたすら研究したりしているすごくコアな界隈があるんですけど、そこからも要素を引っ張ったりしていますね。やっぱり、誰も参考にしていないところからアイディアを引っ張ってくるのが大事で、そうすることで曲にレアリティが生まれるんじゃないかなと思っています。

「ごめんね ごめんね」や「愛を探して」など、BrostepやFuture Bassのようなその時々の流行のクラブミュージックを軸にした楽曲も発表されていますが、そうした要素を取り入れる際に意識されていることはありますか?

「愛を探して」ミュージックビデオ

そもそも音楽をやっている目的が生きていくためなので、ロングランしないといけない。だから、昔の音にならないことは最も重要視していますね。例えば、「流行りのFuture Bassを作りました! 聴いてください!」という感じでいると、ジャンルには必ず流行り廃りがあるので、そのジャンルが昔のものになってしまったらどうしても忘れられてしまう。だから、流行りの音をきちんと咀嚼して吸収して、「その音を参考にしたきくお曲を作りました!」的な形に必ずなるように気をつけていますね。

流行のスタイルを取り入れること自体は意識していますか?

それはピュアな感じでやっていて、「すげー! おもしれー! 俺もやってみたい!」という純粋な気持ちだけですね。

ボカロシーンには「厚み」が生まれている

きくおさんは主に初音ミクを使用されますが、よく設定しているパラメータやDAW上で挿すプラグインなどはありますか?

「VOCALOID5 Editor」を使っているんですけど、ミクはボカロの中で一番声が可愛いと思っているので、その可愛さを強調するように「Character」のパラメータを上げたりしていますね。また「Air」を上げて息成分を多くしたりもします。あと、ボカロPのwhooさんの影響で初音ミクの「SWEET」というライブラリが好きになったので、「ORIGINAL」と「SWEET」の2種類のライブラリを主に使っていますね。

「VOCALOID5 Editor」 のパラメータ設定

あとは、基本的にはFabFilterのマルチバンドコンプレッサー「Pro-MB」を使います。ローカットして、ちょっと中域も落として、高域を上げたりしていますね。イコライザ、コンプレッサー、ディエッサーは主に「Pro-MB」1台でやっています。その前に「Renaissance Vox」で音量を整えたりもしていますね。「VOCALOID5 Editor」内にあるエフェクターも使い勝手が良いので、よく使っています。

特殊な効果を入れたいときは「Guitar Rig」も使いますね。「ソワカの声」では結構プリセットを使っています。ギターには使えないんですけど、ギター以外の楽器にはめちゃくちゃ使えるんですよ(笑)。

NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』出演時にも紹介された2021年作「ソワカの声」

ボカロの音域や声の持続時間などがメロディに反映されることはありますか?

もちろんありますね。歌えるかどうかよりも面白いかどうかを優先してしまうのですが、ボカロはそれに応えてくれます。例えば声が裏返る表現は、人間だと意図的にバチッとかっこいい裏返り方をするのは難しい。それをボカロは簡単にできたり、C7やC8までピッチを上げて裏返すことが可能なので面白いですね。

例えば歌手であったり楽器であったり、ボカロをどのように認識しているかはボカロPによって様々だと思うのですが、きくおさんはどう認識されていますか?

今はだいぶ「歌」として認識しています。はじめの頃は自分自身が歌が苦手だったこともあり、ボカロというものを楽器として見ていた面が大きかったので、ベタ打ちということも多かったんです。けど、「あなぐらぐらし」の前後くらいから自分でも歌の練習を始めて、そこからはボカロに歌わせることを意識するようになりました。とはいえ、自分の場合は例えばMitchie Mさんのようにボカロを「人間らしく歌わせる」ことに注力する方向ではなく、人間には出せない「こんな歌い方ができたらいいな」みたいなものを歌わせる感じです。

ボカロPに関してはTreowさんやwhooさん、10代の頃からファンであったというATOLSさんなどをフェイバリットとして公言されていますが、最近注目しているボカロPはいらっしゃいますか?

いま挙げていただいた皆さんは現在でも好きですが、最近ということだと断然フロクロ(Frog96)さんですね。音楽に対する解釈がめちゃくちゃ独特で、歌やリズムではなくパズルとして捉えている節があるんですよね。その技巧的な部分に100%徹しているので、突き抜けていてかっこいいです。

曲で言うと「ことばのおばけがまどからみている」とか、すごく面白いですね。以前、フロクロさんのTwitterを見てみたらラップの話をしていたんですけど、ヒップホップ的な文脈じゃなくて言葉遊びや韻の踏み方の技巧について触れていて。ラップにもパズル的な面白さを見出していてさすがだなと思いました。

フロクロ(Frog96)「ことばのおばけがまどからみている」

ボカロシーンやカルチャーのどのような部分に面白味を感じていますか?

何よりも「長生き」していることですね。まさかこんなにボカロシーンが長生きするとは、誰も思っていなかったんじゃないでしょうか。それこそ、生まれたときからボカロがあって、親がボカロを聴いていて、その影響でボカロが好きになって、その人がもう社会人になっている状況なんですよ。長生きしているからこそ、厚みが生まれている。ボカロだけを聴いてきた人が作る音楽も生まれてきているし、ボカロPにもリスナーにも世代の層ができている。インターネット的な独自の感じを持った上でさらに深みが生まれてきていて、すごく面白いなと思います。

ボカロPを出自に持つ人が音楽で生活するための手段として、メジャーシーンでアーティストとして活動、または作曲家として活動するのが主に挙げられると思います。一方で、きくおさんは現在、自主制作の楽曲の販売とパトロンサイトの収益で生活されているとのことですが、こうした活動の向き不向きについてどのようにお考えでしょうか?

自分の場合は、性格上それしかできなかったから、おっしゃられた形に落ち着いているんです。でもそれって、音楽家として生きていくには不器用な性格をしていたとしても、その受け皿があるのがいまの時代だということだとも思っていて。

メジャーシーンに行ったほうが良い人もいるし、事務所に所属をしたほうが良い人もいる。色んな人と関わって大きなものを作りたいという人もいるし、ボカロを踏み台にして最終的には自分が歌って有名になりたいみたいな人もいる。そのほぼ全ての受け皿がいまはあるので、アーティストにとっては生きやすい時代になっていると思いますね。向き不向きに関しては完全に人によるので、自己分析をしっかりすれば、ちゃんと生きていけるんじゃないかと思います。

最後に、音楽で生活しようと考えている方々へのメッセージなどがあればお聞かせください。

インターネットでは、人気になりたいとか、ランキング上位に登りたいって人がたくさんいるように見えると思うんですけど、自分の実感としては「自分がやりたい音楽をやって、それでお金も稼げたら良いよね」くらいの温度感の人が多い気がしていて。音楽でお金を稼ごうとしている人へのアドバイスを周りから求められたことも、これまでなかったんですよね。

希望のある話をすると、例えば表現が尖りすぎていてあまり人気がない人たちも、実はその音楽の専業作曲家として稼いでいるようなケースも多々あるんですよ。YouTubeのチャンネル登録者は数万人だけど、年収700万の専業作家とかも知っていますし。尖っていてオリジナリティがある人を探している企業や人もいて、突然おいしい話が来ることも珍しくないです。もし、音楽専業で稼いでいきたいと考えているなら、チャンスがある状況なので、自分に合ったやり方を探していったら自然となれるんじゃないかなと思います。

リード文・聞き手:Flat
本文構成:しま

きくお プロフィール

https://kikuo.jp/

https://www.youtube.com/c/Kikuo_sound

https://open.spotify.com/artist/5FhcqamaRFfpZb4VHV47fu