2022.04.26

DJの現場から収益をプロデューサーに還元。テクノDJ・プロデューサーのDVS1による収益分配サービス「Aslice」とは?

昨年、Apple Musicが、DJが作成したミックス音源から正しくすべての権利者に直接ロイヤリティの支払いができるようにするシステムを開発したことが、DJやプロデューサーの間で話題になりました。

また、日本でも昨年末にJASRAC(日本音楽著作権協会)が、フィンガープリント技術を用いて利用楽曲を自動的に特定するデバイス「Audoo Audio Meter」を一般社団法人JDDA(Japan Dance Music&DJ Association)の協力を得て、東京都渋谷区のDJバーに設置。楽曲特定における精度の検証と運用面の課題等を把握するためのトライアルを実施しています。

最近では、このように演奏権の分野において、アーティストらに対する収益の還元をより適正かつ、正確に行う取り組みが徐々に増えています。今年3月末にパブリックベータ版がローンチされた「Aslice」もそんなサービスのひとつです。

DJ/プロデューサーが立ち上げたサービス・Asliceとは

Asliceは、テクノシーンで人気のDJ/プロデューサーのDVS1ことZak Khutoretsky氏によって立ち上げられました。同サービスは、DJと彼らがプレイする音源を制作するプロデューサーとの間でより公平に利益を共有することを目的に設計されています。

大手エレクトロニックミュージック専門メディア「Resident Advisor」によるドキュメンタリー動画(2015年)

Asliceのシステムが実現するのは、イベント出演者がプレイリストのテキストファイルをアップロードするプロセスの自動化。

まず、USBメモリやSDカードからAsliceにアップロードされたrekordbox、Serato、TraktorなどのDJソフトの履歴データを利用し、そのトラックとデータベースを照合します。その後、DJは自分の出演料のうち5%(Asliceが推奨する目安)を音源を制作したプロデューサーとシェアします(その際、独自のAI技術により、自動的にマッチングされてシェアされた出演料が分配されます)。なおAsliceは、プロデューサーに支払われる総額の15%を手数料として徴収します。

アーティストや楽曲が特定できない場合は、ユーザーの投票によってチャリティーに寄付されます。レコードDJやDJソフトを使わない人は、セットリストを手動で入力することも可能です。

また、未発表のトラックやプロモ曲の場合は、ユーザーがトラックのメタデータに追加できる「Aslice ID」を使うことで、自動的にそれらを識別することができるとのことです。 

「年間最大5500万ドルをプロデューサーに還元できる可能性」

このようにAsliceを利用した場合、DJがイベントやフェスで誰かの音楽をプレイするとその作り手にも楽曲が使用された対価として、お金が支払われることになります。

Asliceは、このシステムが導入されることで「年間最大5500万ドルをプロデューサーに還元できる可能性がある」と主張しています(この数字は、IMS Business Reportによる「2019年にDJの出演の総収入が11億ドルに達した」という報告を根拠に計算されたものです)。

DVS1はAsliceを立ち上げた背景として、2020年、エレクトロニック・ミュージック産業が73億ドルの評価額を得るほど急激な成長を記録したにもかかわらず、プロデューサーに与えられるロイヤリティは不足しているという実態があったことを述べています。

Asliceのシステムは従来の演奏権管理団体による既存の報告に取って代わるものではなく、補完・補強するものであるとされています。現在、多くのプロデューサーが団体から報告されるロイヤリティを見逃しているということもAsliceは指摘しています。

2010年代に起きたEDMブームにより、カルヴィン・ハリスやベテランDJのティエストのような有名音楽フェスのラインナップの常連DJたちは、年間数十億円もの大金を稼ぐようになりました。

しかし、その反面これまでDJたちがプレイする音源は、基本的には買い切りのため、最初に購入された金額以上のお金は入ってきません(プロデューサーの権利処理によって厳密には変わってくるとは思いますが)。

このようなDJとプロデューサーの格差が広がっていることについて、DVS1は以下のように述べています。

私自身、自分が(DJとして)プレイした音楽に対して、一般的な感謝の気持ちとして、アーティストに直接お金を払いたいと感じていました。コロナ禍をきっかけに私はこの問題に取り組む機会を得ました。既存のシステムは、40年以上前から存在する問題を解決することに関心がないことを証明しています。私たちのコミュニティはDIYで始まったので、AsliceはDJとプロデューサーの関係に革命を起こし、誰もが公平に利益をシェアできるようにする試みと言えます。

近年は、DJ機材の進化によって、経験がなくても誰でも簡単にDJができるようになりました。それによってDJを始める人自体は増えていますが、このシーンには今回取り上げたような課題もあります。

もちろん、DJたちにAsliceを利用することの意義について理解してもらう必要がありますが、このようなシステムが公式にイベントでに採用されることになれば、現在の業界が抱える課題の解決に一歩、近づくことになるのではないでしょうか?

なお、Asliceのパブリックベータ版は公式サイトに登録後、デスクトップアプリを使用できるとのことです。

文:Jun Fukunaga

Asliceの詳細はこちら:
https://www.aslice.com/

【参考サイト】