2022.04.08

illequalインタビュー 壊れた音像が描くダウンサンプルされた感情――HexD/Surgeを再解釈する新鋭トラックメイカー

連載企画【エッジーなエレクトロニック・サウンドを求めて】。この連載では、エレクトロニック・ミュージックシーンの先端で刺激的なサウンドを探求するアーティストにインタビューし、そのサウンド作りの心得やテクニックを明らかにしていく。

第8回のインタビューは2019年から活動するトラックメイカーのillequal。2021年にネットレーベル〈i75xsc3e〉からリリースされたデビューEP『無色透明/2020』は、エモーショナルなメロディラインを細かく砕くビットクラッシュの手法を用いたことで、HexDやSurgeとよばれるアングラシーンのホットワードとも関連付けられ注目された。また近年では《Cicada》や《K/A/T/O MASSACRE》、《第四の道》などのイベントにもDJとして出演するなど、オンライン・オフライン問わず活躍の場を広げている。

今回はそんなillequalの活動の軌跡を辿りつつ、「あえてサンプルレートを下げる」といった逆行の発想に至るまでの経緯を伺った。

ドラムンベースを環境音に、自分の音楽を探った

はじめに、音楽を作るようになった原点について教えてください。

まず自分の音楽体験を説明する前提として、父がドラムンベースのDJをやっていたことを話さないといけなくて。車の中でもずっとドラムンベースが流れているし、初めてもらったCDがPendulumの『Hold Your Colour』というアルバムで、好きとか嫌いとか関係なくとりあえず聴いているという感じでした。特に好きにはならなかったんですけど(笑)、今も自分の音楽観に直結しているとは思います。

それから中学生の時には音ゲーにハマっていて、なかでも『Cytus』や『DEEMO』などのスマホのタイトルをやっていました。そういった音ゲーの中にはユーザーからの公募で音源を譜面に起こしてくれるものもあって、音楽を作り始めたきっかけもそれに提出したいというものでした。ゲームに楽曲が収録されているクリエイターで言うと、xiや削除(Sakuzyo)をよく聴いていましたね。

あとはginkihaの「oriens」という和風テイストの曲があるんですけど、それは今でも聴くくらい好きです。この曲を聴き込んだことや、小学生の頃に琴を習っていたことの影響か、今の自分の音楽に和のテイストがあると言われることがあります。

子どもの頃からドラムンベースを聴いていて、琴を習っていたというのはすごい経歴ですね……。とはいえ、きっかけは音ゲーだったと。

そうですね。父はDJだけでなく音源も作っていたので、教えてもらうこともあったし情報共有もしていました。でも、父はあくまでクラブシーンの人だし、自分は音ゲーキッズだったので方向性が違うというか。俺は俺のやり方でやろう、というスタンスはDTMを始めたばかりの頃からあったと思います。

DTMを始めた時のことも詳しく教えていただけますか?

音MADにも興味があったので、一番最初は音MADのクリエイター界隈で普及しているREAPERという無料の音声編集ソフトを使おうとしたんですけど、それは使い方がわからないうちにやめてしまって。それからFL Studioの体験版を落として音MADを作ろうとしたり、音ゲーに公募する曲を作ってみたり、という感じですね。当時は自分の制作環境もなかったので、おじいちゃんのパソコンを使っていました。

そんな感じで2016年初頭にDTMを始めて1、2年ほどはハッピーハードコアやガバといった音楽を作っていましたが、Skrillexを聴いてからブロステップにハマって。だんだん音ゲー的な音楽よりもベースミュージックに関心が向くようになりました。現在SoundCloudに残っている最初の音源は「higurashi」という曲ですが、これはちょうどその転換期くらいに作ったものです。当時から仲の良かったhallycoreが主宰した夏をテーマにしたコンピレーション・アルバムに提供しました。そして高校に入る手前にillequalという名義を使い始めて、最初にリリースしたのはグリッチホップの曲でした。

ビットクラッシュは「思い出」に似ている

2021年にリリースしたデビューEP『無色透明/2020』ではサンプルレートを意図的に下げるビットクラッシュと呼ばれるサウンドメイクに取り組まれています。近年アングラシーンで注目されているHexDやSurgeといった動きと共振するものとも捉えられますが、どのような意図があるのでしょうか?

実のところ、HexDやSurgeの中心地であるDismiss Youself(注:2017年に興ったオンラインコミュニティであり、ネットレーベル)の文脈について詳しかったりよく聴いていたりするわけではないんですよね。自分がそういった音楽に触れたのは、acidswimmerというトラックメイカーの「desire」(※現在は視聴できない)という曲でした。このビットクラッシュの手法を自分なりに解釈しようとしたのが『無色透明/2020』です。

どのような解釈をしたのでしょうか?

ビットクラッシュって音像をあえて悪くさせる技法ですけど、それって思い出に近いんじゃないかと思ったんです。記憶ってだんだん薄れていくもので、クリアじゃない音像を使うことで、自分の思い出の中にある情景を表現できるんじゃないかと。だから、HexDの文脈でよく言われる悪魔崇拝的なものは全くなくて(笑)。

なるほど。鮮明な像だったものが曖昧に崩れていくようなビットクラッシュの手法が、記憶そのものに近いということですね。では、『無色透明/2020』ではどのような記憶が表現されているのでしょうか?

個人的な話になってしまうんですけど、2020年頃、自分の初恋の相手とお付き合いしていて。その当時、パンデミックでかなり心が弱っていて音楽からも離れていたんですけど、好きな人が近くにいるなら音楽も辞めていいかと考えていたんです。大学に行って就職して、音楽も作らなくていいやと。でも結局失恋という形で終わってしまって、感情のやり場に困っていた時に、改めて音楽を作ってみようと思ったんです。だから『無色透明/2020』は基本的には彼女とのことがテーマになっています。

実は、ビットクラッシュをしようと考える前に影響を受けたのがYokai Jakiでした。たまたまライブ映像を見て「この人やばいな」と思っていたんですけど、音源を聴いてみたらすごく腑に落ちるところがあって。めちゃくちゃ音が割れているわけですけど、感情が音のリミッターを超える状況ってあるよな、と。それで自分も一旦音をデカくしてみようと思って(笑)。

ものすごくパーソナルな感情が起点にあったと。Yokai Jakiの名前が出てきましたが、ほかにもインスピレーションを受けたアーティストはいますか?

『無色透明/2020』への影響が大きいのはPuhyunecoの『Present EP』です。あの人みたいに儚い歌詞は書けないけど、歌詞がなくても自分なりの世界を描き出したいと考えていて。

音だけで風景を想起させるという点で、自分が一番憧れているのはSam Gellaitryですね。あの人はずっと参考にしています。

あとはdltzkの、昔のYouTubeの128kbpsみたいな音質の悪さも影響を受けています。『Fraity』は彼が幼少期に聴いていた音楽を自分の中で再解釈したようなアルバムだと考えているんですけど、音質が悪いのはそういった演出だと思っていて。初めて聴いたときは「先越されたな」と思いました(笑)。

ちなみにillequalさんがEPのリリース時に「リファレンス」と一言添えて公開したプレイリストには、リーガルリリーやナンバーガールなどが入っていますね。DJをされた時のトラックリストにもTempalayなど、国内オルタナロックの系譜が見てとれるのですが、こうした音楽からも影響を受けているのですか?

自分はほとんどバンド音楽を聴いてこなかったんですけど、先ほど話した初恋の方がすごくバンドが好きで。彼女の影響でいろんなバンドを知ったのですが、その時に聴いた音楽を忘れないように、自分の記憶の断片としてDJミックスや作品に入れる、という意味合いがあります。

illequalさん作成の、『無色透明/2020』のリファレンスとなった楽曲のプレイリスト

記憶と照らし合わせるビットクラッシュの塩梅

具体的な制作についても伺っていきます。まずは制作環境から教えてください。

自分で組んだゲーミングPCを使っていて、DAWはAbleton Live Suiteです。鍵盤を弾けないのでMIDIキーボードなどは使っておらず、基本的にはマウス一つで打ち込んでいますね。プラグインはSERUMとOmnisphereを使っていて、あとはサンプルで作ることがほとんどです。

ありがとうございます。やはりillequalさんに伺いたいのはビットクラッシュの手法ですが、どのようにエフェクトをかけているのか教えていただけますか?

自分が使っているのは、Ableton Live内蔵のReduxというエフェクトか、iZotopeのVinylというプラグインです。ほとんど後者を使うことが多くて、前者だと効きが強すぎて鋭い音になっちゃうんですよね。だからReduxはアグレッシブにビットクラッシュをさせたいときにだけ使っています。

Vinylは「Lo-fi」というスイッチがあって、それをかけるとビットクラッシュがかかるんです。Reduxと比べてふんわりかかってくれて、自分としてはかなり好きな音になってくれます。

ReduxとVinylのエフェクトの差異を実演した動画(illequalさんご提供)

Vinylというくらいだからアナログレコードの音響を模しているのだろうと思いますが、結果的にデジタルなダウンサンプル処理が行われるというのは面白いですね。

ローファイヒップホップを作りたかった時期があって、その時に入れたプラグインなんですけど、一つ前のバージョンの時はLo-fiスイッチが搭載されていなかったんですよ。アップデートしたと聞いてなんとなく弄ってみたら、「これビットクラッシュするじゃん」と(笑)。

ただ、Vinylを使うとハイがかなり削れちゃうので、その上にOTTを挿すなどして補強するというのは最近よくやっています。

先ほどの話だと薄れていく記憶を表現するのにビットクラッシュをさせるということでしたが、Reduxだと強すぎて、Vinylだとちょうどいいという理由をもう少し詳しく教えていただけますか?

過去を思い出して、その時自分がどれだけ辛かったのか、嬉しかったのか、という感情の度合いでビットクラッシュの程度を変えているところがあって。EP三曲目の「kaisou」は一番辛かった頃のことを表現しているのでReduxを使ってバキバキに割っていますけど、他に関しては誇張しすぎないように柔らかめなVinylを使っています。

シンセはSERUM、Omnisphere、ほかはサンプリングで作曲しているとのことですが、どのようにサンプリングしているかについても伺えますか。

SoundCloudを中心に活動しているビートメイカーの中にはドラムキットを販売している人もたくさんいるので、そういったところから入手することが多いです。自分が一番好きなビートメイカーはbsterthegawdという方で、よれたビートがすごくいいんですよね。

これまでいろんなジャンルに手を出してきたのでダブステップとかフューチャーベースとかのプリセットをたくさん持っていて、それも流用しながら作っています。

少し意地の悪い質問かもしれませんが、illequalさんが作っているジャンルってご自身では何だと思いますか?

ヒップホップが土台になっているとは思うんですけど、ジャンル分け自体あまりよく思っていないところはあって。ジャンルとかよりも感情が先行しているようなアーティストでありたいと思っているので、特に自分が「◯◯のジャンル」を作っていると考えることはないですね。だから初めて会う人に「どういう音楽をやってるの?」と聞かれても「音が割れてる」くらいしか言えないんですけどね。

自分が最近仲良くしてもらっているサンクララップシーンのアーティストも同じ発想でやっていると思いますし、それこそhyperpopというムーブメントだって、ジャンルに分けることが難しい時代だからこそ生まれたんだと思っています。

やれることを全部やりたい

普段どのようにディグっているのかについても教えてください。

最近はDJをやらせてもらう機会が多いのですが、DJ用の曲ってあまり持っていなくて。それで最近やっているのは、Boiler Room公式のSound Cloudアカウントから好きなアーティストのDJミックスを探して、どこかしらから拾ってきたトラックリストを見ながら聴くことです。それからまたSoundCloudのライク欄を漁って……ということを繰り返しています。

あと自分の制作のリファレンスにしているのは昔のゲームのサントラですね。特にホラーゲームが好きなんですけど、『SILENT HILL3』のサントラはよく聴いています。恐怖以上に意図するメッセージ性みたいなものがあって、本当に参考になります。

ありがとうございます。具体的なアーティストだと最近気になっている方はいますか?

自分が次にやりたいことに近くて参考にしているのは、SoundCloudシーンのアーティストが多いです。TOKYOPILLやDARK0といった海外のアーティストをよく聴いています。

国内だとlilbesh ramkoさんや、SoundCloudの文脈とは違うかもしれませんがAOTOさんも好きですね。

最後にこれからの展望について教えてください。

今年は自分のアルバムを出す余裕はなさそうで、共作をすることが多くなりそうです。ありがたいことにいろんな方から声をかけてもらっていて、自分にとっても意外なところとのコラボレーションがありそうで。主にプロデュースで参加しつつ、幅広く作品が出せると思います。

やはりプロデュースをメインに活動していきたいのですか?

それはそうでもなくて(笑)。このあいだ初めて自分でラップした曲をリリースしたんですよね。歌詞の力は絶大だと感じているので、その力を借りたいと思うことが最近すごく強くなっていて。共作はプロデュースを主に、自分の作品ではマイクを持ちたいなと考えています。

それと今後もDJはたくさんこなしていきたいです。先日Manaというイベントに出させてもらったのですが、その時の手ごたえが半端じゃなかったんです。 いつもと客層が全然違うところで自分の感性がどこまで通用するのか不安だったんですけど、ありがたいことに大絶賛していただけたんです。トラックメイクやプロデュースだけじゃなくて、できること全部をやり切っていきたいという気持ちがあります。

それは今後の展開が非常に楽しみですね。本日は本当にありがとうございました!

取材・文:namahoge(@namahoge_f

illequal プロフィール

Twitter: @illequality

Instagram: @17alter

SoundCloud: https://soundcloud.com/illequality